その魔法少女、死霊魔術師につき   作:やーなん

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イグニス・オリジン

 

 

 

 明星 陽菜。後にイグニスと言う名で魔法少女として活躍する少女は目を覚ました。

 

「ここは、どこ?」

「よう、お隣さん」

 

 隣には、サングラスをした女が居た。陽気な態度で声を掛けられる。

 だが、そんなことは些細な事だった。

 

 陽菜はおどろおどろしい雰囲気の一室にいた。

 悪趣味な骸骨の調度品が並べられ、青白い炎の灯火が室内を照らす。

 

 左右にはドアがあるが、その前に立つのは黒い肌で牙を剥き出しにした怪人──どうみても悪魔だった──が門番のように見張りをして。

 

 自分や声を掛けて来たお隣さん以外にも、この場には多くの人間が安っぽいパイプ椅子に規則正しく並べられて座らされていた。

 

「なに、なんなの、ここ、どこ!?」

「おいおい、気づいてるんだろ?」

 

 隣の席の女は笑う。

 

「ここが、死後の世界だってことが」

「ッ!?」

 

 心当たりはあった。そう、自分は死んだのだと。

 

「お前、なにしたの?」

「なにって……?」

「ここは悪人専用の待機場所だぜ」

 

 ぎゃはは、と女は可笑しそうに笑う。

 

「ほら、見てみろ」

 

 並んだパイプ椅子の先に、デスクに座る女がいた。

 まるで企業の面接のようだと、陽菜は思った。

 

「さて、我が名はリェーサセッタ。全ての邪悪を知り、司る者である。

 もう知っているだろうが、ここはお前の罪科を計る場所だ」

「いや、ヤダ、嫌です!!」

 

 最前列に座る男は、女の言葉に精一杯身じろぎした。

 

「ほう、イヤか。それはお前が暴行を働き殺した少女も言っていなかったか?」

「じ、地獄、地獄行きだけはッ」

「自覚があるのは素晴らしいことだ。連れていけ」

 

 ドアの前の悪魔が、パイプ椅子の男を掴み右のドアへと連行していく。

 

「次の者、前へ」

 

 パイプ椅子の順番がずれる。

 陽菜の隣には、見知らぬ男が出現した。

 

「……な?」

「──てない」

「ん?」

「私は何もしてない!!」

 

 陽菜はパイプ椅子から叫んだ。

 他の順番待ちの人間から視線が注がれる。

 だが、すぐに興味を無くしたかのように視線は戻った。彼女のようなモノは珍しくないらしい。

 

「え、閻魔大王だかなんだか知らないけど、私は割のいいバイトに誘われただけで、闇バイトだって知らなかっただけで!!

 そこに居ただけなんだってば!!」

「あー、なるほどなぁ。それ、国によっては厳罰だぜ。司法は言い訳だって言うだろうな」

 

 サングラスの女は、陽菜の主張に腕を組んでうんうんと頷く。

 

「人生の選択肢を運悪く間違える。よくあることだな」

「そんな、なんで、どうして……地獄行きなんて……」

 

 陽菜は俯いて顔を抑えて泣き始めた。

 隣の女は我関せずと言った様子だった。

 

 そうしている間も、順番は進む。

 

「次はお前か」

「よう、女神さま」

「お前は後回しだ。罪が多すぎる、地獄に落とす価値も無い」

 

 そして、隣の女が終わり、陽菜の番になった。

 

「地獄行きはイヤ、イヤぁ」

「そう恐れるな。お前は地獄行きではない」

「……え?」

「お前は何もしていない。ただそこに居ただけだ」

 

 総ての悪を見通す目が、陽菜を見ていた。

 

「強盗に集まった仲間が、押し入った先の住人をバールで撲殺した。

 司法では暴力を構成した人数に入っていたとして厳罰だろうが、私は違う。お前を赦そう」

「ほ、本当です……か?」

「ああ。だが、遺族は赦さないだろう」

 

 邪悪を司る者はどこからともなく資料を取り出した。

 

「お前は逃げる途中に運悪く転んで頭を打って死んだが、他のメンバーは無期懲役か三十年以上の懲役だ。お前達が殺した者もまた、お前たちの地獄行きを望んでいる」

「そ、そんなぁ」

「お前に償いの機会を与えよう」

 

 彼女は左のドアを指差した。

 

「そのドアをくぐった先の新しい人生で、命を懸けて償いをしなさい」

 

 悪魔がドアが開く。

 私はその意味も理解せずに、足早に向かった。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます、女神様!!」

「そう感謝されるほどでもない」

 

 かの女神は本当にそう思っていたのだろう。

 

 

 前世の罪って、本当にあるのだと知った。

 

 彼女は前世と同じ、明星 陽菜という名前で転生をした。

 人生の全てをリセットし、やり直すことができた。

 

 そう、──ゲダモノが現れるまでは。

 

 

『明星 陽菜。お前の罪を償う時が来た』

 

 半透明の天使が、彼女の目の前に現れ告げる。

 

『この世界を脅かす者と戦い、更生の意思を示せ』

 

 陽菜に拒否権は無かった。

 

 

 それから陽菜はがむしゃらにゲダモノと戦った。

 天使は丁寧に陽菜を、イグニスを使い潰すつもりのようだった。

 

 天使の指示を守っていれば、そう簡単に死ぬことはなかった。

 だが、あの化け物と戦った時、相打ちになって陽菜は二度目の死を体験した。

 

 もういいだろう、自分は十分戦った。

 そう思っていたら。

 

「よう、蘇った気分はどうだ?」

 

 目の前の魔法少女に蘇らせられた。

 

「ここは、どこなの?」

「私の工房だよ」

 

 陽菜は手術台に拘束されていた。

 その魔法少女は手術衣を着て、チョキチョキと陽菜の身体にハサミを入れていた。

 

「私の身体に、な、なにしてるの!!」

「エンバーミングって知らねえ? 日本語で遺体衛生保全って言うらしいけど。まあ、遺体が腐らねぇように防腐したり損壊してたらそれを整えて遺族の前に届ける、そんな技術よ」

 

 彼女は脱脂綿を陽菜の体内に詰め込みながらそう言った。

 

「ま、私のはそんなレベルじゃねぇけどな。

 私は……そうだな、今は死化粧屋(エンバーマー)って名乗ってる。死霊魔術師だ」

「……死霊魔術師?」

「お前ゲームとかしないの? 漫画とかアニメでも出て来るだろ。

 死体をゾンビにしたりとか、そういうの。それと同じ」

「わ、私を、ゾンビにしてるの!?」

「そんな素人の作業と一緒にするな!!」

 

 マスクと手術帽で隠されて全貌が見えなくても、彼女が激怒しているのが分かった。

 

「私の死霊術はアートなんだよ!! 芸術だ、わかるか、げ、い、じゅ、つッ!!

 私に掛かればお前を生きてた頃と同然に動かすことが出来るんだよ!!」

「そんな、馬鹿なこと……」

「馬鹿なことだって? お前はこうしてここにいるじゃねぇか」

「……」

 

 それがどうしようもない、否定しがたい現実であった。

 

「なんで、私を蘇らせたの……?」

「簡単な話しだ。私、あんなバケモノと戦えるほど強くないからよ。

 かといってあんなバケモノの一部として死ぬなんて御免だ。だからお前さんを蘇らせた」

「あんたも、……魔法少女なの?」

「ああ。お前の魔法とは起源が違うだろうがな。素人の分類上は同じだろうさ」

「……なんで」

 

 陽菜は感情の押し殺したまま呟いた。

 

「もういいでしょ、私頑張ったよ、理想の魔法少女を演じて、死ぬまで戦ったじゃない!!」

「そりゃよかったな。だが、それはあんたの都合だ」

 

 彼女の叫びは、そのエンバーマーには届かなかった。

 

「よし、これでオーケー。

 どうだ、動けるだろ?」

「……」

「ま、お互いに魔法少女なんて身の上だ、笑っちまうよな」

「……」

「そもそもな、なんで天使が魔法を与えるんだよ、天使が魔女を作ってどうするんだよ、教えはどうなってるんだよ、教えは!!」

「……」

「おい、何か言えよ」

 

 エンバーマーは嘆息した。

 陽菜はいっそ死人のように身じろぎしなかった。

 

 

『死化粧屋よ』

 

 その時だった、薄暗いモルグに半透明の天使が浮かび上がるように降臨した。

 

「ほら、お出ましだ」

「天使様……」

『お前には汚れ仕事を頼みたい』

 

 天使は目を細め、淡々と告げる。

 

『現在、この世界は危機的状況にある。

 人類は足並みをそろえなければならないが、それを理解しない勢力とそれを支援する権力者が居る。速やかに対処しなければならない』

「なるほどな、いつだってそう言う連中はいるもんだ」

 

 くつくつ、と愉快そうにエンバーマーは笑った。

 

「とりあえず、枕元に祖先でも立ってもらおうか」

『最初の警告としてはそれでいいだろう。だが、それで済まない場合は──』

「わかってる。その次は私が()()()()させてもらう」

『それで構わない』

「天使様!!」

 

 陽菜はたまらずに叫んだ。

 

「私はまだ、戦わなければならないんですか!!」

『その問いに、私は答えられない』

「なぜ、どうして、私は赦されないんですか!!」

『ごく単純に』

 

 天使は無感情に、流れ作業のように、こう答えた。

 

『今のお前の存在の維持は、エンバーマーが担っている。

 私の力の及ぶ範囲にお前はいない。管轄外だ』

「そんなッ……」

 

 目の前の得体のしれない魔法少女に自分の命が握られている。

 その事実に、陽菜は打ちのめされた。

 

『だが、私としてはイグニスのように優れた魔法少女の損耗を抑えられるのは賛成だ。現時点で、倫理的観点を視野に入れる段階にはない』

「私は、道具だって言うんですか……?」

『生前は人権を容認していたはずだ。プライバシーにも最大限、配慮を行った。

 そして、お前も分かっているだろう。ゲダモノを放置すれば、この世界は滅びる』

 

 天使の言うことは全て事実だった。

 

『魔法少女は、この世界の希望の象徴であるべきだ』

「それは、偶々最初の私が魔法少女っぽかっただけで、こんな風に世間に認知されるなんて思わなかったんだもん……」

『だが、都合が良かったのも事実だ。そしてお前はそれを理想としていた』

 

 天使の言うように、陽菜は自らを魔法少女のように振舞う様に課した。

 それは創作の魔法少女が好きだったからであるし、自分の力で他者を救うのが嬉しかったのもあった。

 

「でももう、限界です……私はただの、ちっぽけな子供なんです」

「おもろ。魔法とか手にすると、もっと増長するもんじゃないのか?」

「あなたに何がわかるの……ッ」

 

 茶々を入れて笑うエンバーマーに、陽菜は怒りを覚えた。

 

「なあ、一つ聞かせてくれよ」

『なんだ』

「ゲダモノを放置すれば、この世界が滅ぶのは間違いないだろうな。

 だがよ、──誰がこの世界を滅ぼすんだ?」

 

 陽菜は一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。

 

『無論、我が主がこの世界の滅菌処理を行うことになる。

 ゲダモノの浸食はこの世界に限らない。この世界を奴らの巣にするわけにはいかないからな』

 

 二人に沈黙が落ちる。

 そして。

 

「ぎゃははは!!」

 

 その返答に、エンバーマーは腹を抱えて笑った。彼女の笑い声が冷たいモルグに反響する。

 あまりの理不尽さに、むしろ笑うしかなかったのかもしれない。

 

「素晴らしいな、クソくらえだ!! なんて神様らしいんだ!!」

『異なことを言う。人間も同じことをするだろう』

 

 陽菜は愕然と、その会話を聞いているしかなかった。

 

「天使様……私の罪は、こんな境遇に追いやられるほど罪深かったのですか……?」

 

 そう、天使の指示を守っていれば、そう簡単に死ぬことはなかった。

 だが、あの化け物は違った、相打ちになって──彼女の視界は、再び真っ暗に塗り潰された。二度目の、死だった。

 

 もういいだろう、自分は十分戦った。そう思っていたのに。

 

『私は管理者だ。お前の罪科の大小を推量する立場には居ない』

「そんな……」

『だが、今お前の置かれている状況は、同情の余地があるだろう』

 

 絶望する陽菜から、天使はエンバーマーに視線を向ける。

 

『彼女を無下に扱えば、お前の扱いは更に悪くなることは心得ておくことだ。

 お前の存在が許容されているのは、リェーサセッタ様の慈悲に過ぎない』

「へいへい、地獄行きはイヤですよーっと」

 

 エンバーマーは肩を竦めておどけてみせる。

 

『陽菜よ、私からお前に助言できることは少ないが』

 

 陽菜は顔を上げる。天使は表情一つ変えずにこう言った。

 

『変身をするといい。それで感情の整理はつくはずだ』

 

 魔法少女の変身は、ただの少女を一瞬で戦闘装置へと変える。

 感情の抑制もその機能の一つだった。

 

『そして、私はお前の正義感や義侠心は本物であると推定している』

「……」

『私はお前にもう一度、再び立ち上がってほしい。他の魔法少女たちも、そう願うだろう』

 

 ではそろそろ別件がある、と天使はスッと消え去った。

 

「私も願ってるぜ。私が矢面で戦わなくていいようにな」

「……」

 

 陽菜が何とも言えない視線を、相手に向けていると。

 

『イグニス。ゲダモノだ』

 

 何の情緒もなく、淡々と天使がまた出現した。

 

『現時点での君がどの程度の戦力になるか把握しておきたい。出撃を望む』

「ほんと、こいつ……」

 

 陽菜はいろいろと言いたいことがあったが、それを飲み込んだ。

 エンバーマーは声を押し殺して笑っている。

 

「わかった、変身する。移動のサポートをお願い」

 

 陽菜は手術台から降りて、魔力を解放する。

 

「……変身」

 

 ドクン、と。

 止まったはずの心臓が、呪いのように無理やり人工的な鼓動を打つ。

 足元から這い上がるように渦を巻いたのは、死臭と防腐剤の匂いを纏った、どす黒い真紅の業火だった。

 

 炎が彼女の死後硬直したような青白い肌を舐め上げる。

 血塗れの手術着が燃え尽きると同時に現れたのは、乗馬服を思わせる豪奢で重厚な、深い血の色の装束だった。

 コルセットのように硬く胴体を締め付ける黒い革は、人工物で代替された内臓などがバラバラになりそうな死体を繋ぎ止めるための拘束具のようにも見えた。

 赤い三つ編みが宙を舞い、足元を覆うロングブーツが、かつての英雄のシルエットを組み上げた。

 

 熱で歪んだどす黒い炎の中から、一本の白銀のロングソードが引きずり出される。

 陽菜がその柄を握りしめ、慣れた動作で横に薙ぎ払うと、淀んだ爆風がモルグの薬品の匂いを吹き飛ばした。

 

 炎の帳が晴れる。

 そこに立っているのは、人々の誰もが憧れた、最強で無敵の存在。

 魔法少女、イグニスだった。

 

 だが、その瞳にかつての輝きはなく、ただ深い絶望と虚無だけが底なしの沼のように沈んでいる。

 

「よし、上手く行ったな。流石は私」

 

 死体が生前と同じように動いている。その動作確認をしたエンバーマーは自慢げに笑った。

 

「……天使様の言う通り、整理がついたわ」

 

 戦いに余計な悲嘆や絶望が削ぎ落され、イグニスは真っ直ぐ前を見据えた。

 朽ち果てたはずのこの国の英雄が、蘇った瞬間だった。

 

「私は私の、為すべきことをします」

『そうだ。それでいい。お前はそれが一番美しい』

 

 それは、天使らしからぬ、情緒的な表現だった。

 

『移動をサポートする、外へ』

「わかったわ!!」

「出口はあっちな。行ってらー」

 

 イグニスはエンバーマーの指差す方に、駆け出して行った。

 

「……実に冒涜的(アーティスティック)だ」

 

 独り、モルグに残された少女は愉悦に嗤う。

 

 その胸中は、今はまだ誰にも明かされることなく、冷たいモルグに笑い声が反響するのだった。

 

 

 

 

 

 





世界観を深堀する為の二話目。
次回以降を書くかどうかは、考え中。
スランプ脱却の為に乱筆中なので、三話目は需要があればって感じで。
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