その魔法少女、死霊魔術師につき   作:やーなん

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紡がれざる糸

 

 

 

「なあ、陽菜。戦力の基本ってのは頭数を増やすことだ」

 

 廃病院の食堂らしき施設で、エンバーマーとイグニスは朝食を取っていた。

 朝食と言っても、牛乳が入っただけのシリアルだが。

 

「これまで戦死した中で、お前が使えると思った奴を現世に呼び戻そうと思う。誰がいい?」

「そんな、急に言われても」

 

 戦力の増強は急務だった。

 イグニスの能力は全盛期に遠い。彼女一人では災厄と戦うには心もとない。

 

「私が知っている中で、戦死した魔法少女は二十人。全員名前を言えるわ……」

 

 誰もが勇敢で、人々の為に命を捧げた英雄たちだった。

 その中で一人選ぶのなら。

 

「メロースパーク」

 

 エンバーマーがシリアルを食べる手を止めた。

 そして、お前マジかよ、と言わんばかりでイグニスを見た。

 その名前は、イグニスに次いで日本では勇名を馳せた魔法少女だった。

 良くも、悪くも。

 

「彼女を呼び戻して」

 

 だが、イグニスは真剣だった。

 

「……いいぜ。奴の身体を用意しよう」

 

 エンバーマーはシリアルの入った器を飲み干し、頷いた。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 ざわめく朝のホームルーム。誰もがいつもと変わらない中学校の始まりの時間。

 教室の扉がガラガラと開くと、担任の先生の後ろから、一人の少女が少し硬い表情で入ってきた。

 

 その瞬間、教室の空気が変わった。

 

「みんな、静かにー。今日からこのクラスに新しい仲間が増えるわよ」

 

 つまり、転校生。

 まだ五月半ばなのに、新しい生徒がクラスに増えるのだ。

 

 教師の言葉に合わせて、彼女は一歩前に出る。少しだけ短めの紺色のスカートに、まだ折り目の新しい真っ白なブラウス。

 肩にかかるくらいの黒髪は、毛先が少し跳ねている。

 

 だが、その表情は陰りがあった。

 

「はい、綾瀬さん。挨拶してください」

「……初めまして。綾瀬 紬です」

 

 教室が騒めく。

 綾瀬。今、日本で一番有名な苗字だった。

 

「なあ、もしかして……」

「ああ、多分メロースパーク……綾瀬 紫織の妹かもしれない」

 

 目の前の席の男子たちの話し声に、紬は酷く顔を顰めていた。

 

 

 

 

 私、綾瀬 紬は魔法少女というものが嫌いだった。

 正確には、“嫌いになった”が正しい。

 

 私の姉は魔法少女だった。

 しかも最悪の。

 

 姉の所為で何度転校したかわからない。

 

 世間は姉を英雄だと称える。

 だが、実際はどうだ。

 

「……なあ、あれが?」

「臆病者の妹だってよ」

 

 人々は、勝手なレッテルを張る。

 しかも死者は言い返さない。殴るには丁度いいサンドバッグなんだ。

 

「ね、ねえ、綾瀬さん!!」

「なに」

 

 隣の席のクラスメイトが話しかけてくる。

 眼鏡を掛けた地味な顔の女の子だった。

 

「綾瀬さんのお姉さんって、本当に──」

「知らない」

「え?」

「人違いよ」

 

 何度も何度も、転校する度に同じ嘘を重ねる。

 

「魔法少女になんて興味無いから」

「あ、そうなんだ。今時珍しいね。変身した格好のままで生配信とかしてる子も居るのに」

 

 馬鹿馬鹿しい話だと思う。

 だけど、魔法少女の活動は完全な無報酬。

 見た目の派手さと話題で、小銭を稼ぎたくなる気持ちはわかる気がする。

 

 どちらにせよ、割に合うバイトじゃない。

 

「ゴメンね、みんな綾瀬さんがメロースパークの妹だって言うから」

「ううん。別に慣れてるから」

「メロースパークはね、私の推しだったんだ!!」

 

 彼女は聞いても居ないのに、息を荒くしてそんなことを言い出した。

 

「ゲダモノの被害から私を守ってくれて。いつかお礼を言いたかったんだけど……」

「彼女はもう、居ないじゃない」

 

 そう、姉は、紫織は死んだ。

 

 世間に、人間に殺されたんだ。

 

 

 

「本当に、酷い話だよね」

 

 お隣さんは意気消沈してそう呟いた。

 

「メロースパークは日本の希望だったのに」

「だからじゃないの?」

「だから、って?」

「眩しいものは踏みにじりたくなるでしょ?」

 

 世間の人々は、姉を人間だとは思っていなかったのだ。

 

 

 

 一年と半年前。

 私の前に、“天使”が現れた。

 

『綾瀬 紬。ゲダモノと戦い、この世界を救う一助となって欲しい』

 

 整いすぎてマネキンみたいな表情の天使は、私にとって地獄の幕開けを告げる存在だった。

 

 私は戸惑い、迷った。

 だって、急に現れて戦ってほしいとか、何様のつもりなんだろうか。

 

「待ってください、天使様」

 

 私の困惑を目にして、五つ上の姉が前に出てこう言った。

 

「私が戦います。だから、妹を戦いに駆り立てるのはやめてください」

『自ら志願する者を拒絶はしまい。

 だが心得てくれたまえ。君の才能は、妹より一回り落ちる』

「それでも、妹を戦いに赴かせたい姉は居ませんよ」

『……良いだろう』

 

 そして姉は、魔法少女になった。当時十九歳だった。

 それから半年して二十歳になった姉は、何を思ったのか世間に自らの正体を公表した。

 

 それから私達家族は地獄だった。

 

 毎日のように家の周りに知らない誰かが張り付いていた。

 マスコミ、不審者、姉の自称ファン。それから頭のおかしい人たち。

 

 両親にそれを訴えても、警察にお願いするばかり。

 姉が死んだ後は、仕事も辞めて他人の御涙を頂戴するようになった。

 

 最悪だ。最悪だった。

 

 

「そうだね。本名を明かして世間の前に出たのはメロースパークだけだったもんね……」

「……」

「それまで魔法少女って、政府も本名どころか所在地も知らなかったんだよね。

 でも、メロースパークは、紫織さんは魔法少女の活動を世間に認知してもらおうと働きかけた」

 

 そう、そうやって姉はメディアに露出するようになった。

 魔法少女の活動を人々に認めて貰おうとして。

 

 でもそれは、魔法少女の全てのバッシングを一身に受けることだった。

 

 

 当初、テレビやネットでの魔法少女の評価はこうだった。

 

「魔法少女魔法少女っておだててるけど、あんな力を持ってるのが中学生くらいの女の子なんでしょ? 危なくない?」

「あの化け物どもと対等に戦えるなんて、結局化け物と変わんないでしょ」

「魔法少女って誰も正体を知らないんでしょ? 魔法で犯罪とかやりたい放題じゃん」

 

 表向きには魔法少女を救世主と称えつつも、ネットではそんな本音が沢山漏れていた。

 

「ねえ、お姉ちゃん。どうして誰も魔法少女の素顔を知らないの?」

 

 ある日、私はお姉ちゃんに尋ねてみた。

 

「天使様曰く、未成年のプライバシーを守る為、だって。

 私達が政府の干渉を受けずに、自由で居られるのはその為なのよ」

「他の魔法少女が、こっそり悪いことしてても?」

「天使様は変身と魔法の使用にはログが残るって仰ってたわ。常に自分がそれを監視しているとも。

 安心して、紬。悪いことをすれば、すぐに天使様が魔法を取り上げてくれるから」

 

 私は幼心にも、それって信用されてないんじゃ、と思ったものだった。

 

 でも、未成年ではなくなった姉は、魔法少女として責任のある大人を演じようとした。

 

『いい年して魔法少女かよww』

『本名公表とか完全に売名じゃん。裏で政府からいくら貰ってんの?』

『こいつが戦ったせいでうちがが巻き添え食った。正義の味方なら責任とって賠償しろよ』

『フリフリの衣装で正義の味方ごっこ。二十歳にもなって就職もせず、ただの痛い無職じゃん』

 

 そんな風に世間で言われても、姉は笑って流していた。

 でも、ある時。

 

「あんたが昨日、サボらなければあたしの息子はゲダモノに食われずにすんだのよぉ!!」

 

 知らないおばさんが、私の家の前で叫んでいた。

 すぐに警備会社が駆けつけて、連れて行かれたけど……お姉ちゃんはただリビングのソファで膝を抱えて泣いていた。

 

 ゲダモノは災害だ。誰も悪くない。

 被害が起きてからじゃないと、誰かを助けられないのは仕方のないことだ。

 それでも、やり場のない怒りを誰かにぶつけないとやっていけない人間は大勢居たんだ。

 

 たとえそれが、揚げ足取りでも。

 

 

「魔法少女が災害現場に駆け付けるのは、ある程度のローテンションがあるとネットでは有名な話でした。被災地から遠ければ天使様から呼ばれないこともあると。

 でも、メロースパークが現場に出ないと、騒ぐ人が一定数いました」

 

 眼鏡のお隣さんは私が魔法少女に興味無いと言うから、なぜこんなに私が騒がれているのか説明しているようだった。

 ありがた迷惑ってこう言うことを言うんだろうね。

 

「大勢のネットの人達も、分かっていたんです。そんなのは分かりやすい相手に怒りを発散しているだけだって」

「でも、メロースパークは必ず現場に駆け付けるようになった」

「……知ってたんですか?」

「こんな世の中よ。嫌でも聞こえるわ」

「……そうですよね。彼女が戦死した時、大きく報道されましたから」

 

 お隣さんは眼鏡を取って、ハンカチで目を拭いた。

 姉の為に泣いてくれる人がまだいるなんて、思わなかった。

 

 目の前で泣いているお隣さんは、きっと本当に純粋に、お姉ちゃんのファンで、良い人なんだと思う。

 だけど、そんな優しい人でさえ“メロースパークは日本の希望だった”と、お姉ちゃんをひとりの人間ではなく、神様か何かのように見ていた。

 その無邪気な憧れそのものが、お姉ちゃんを逃げられなくしていたんだ。

 

 ……どちらにせよ、お姉ちゃんは死んだ。悪意に背中を押されて。

 死んだのはゲダモノのせいかもしれないけど、死地に追い込んだのは人間だ。

 

 ゲダモノは毎日現れるわけじゃない。

 けど、ゲダモノが現れたあと、数日は怪人が現れる可能性がある。

 

 お姉ちゃんは仲間の魔法少女と徹夜でそれを警戒していた。

 それが終わって帰った後、疲れ切っていつも寝ていた。

 

 戦っていない時も、政府のお役人さんとの打ち合わせやメディア対応で忙殺されていた。

 

 魔法少女は世間が見るようなキレイな仕事じゃない。

 私はそれをよく知っていた。

 

 

 

 

 今度の学校も長続きしないだろうな、と下校しながら私は思った。

 すると、新しい私の住処であるアパートのドアから両親が出て来た。

 

「お父さん、お母さん。これから遺族会に行くの?」

 

 私の問いかけに、四十九日を終えても喪服に身を包んでいる両親は、未だ憔悴の消えない顔で頷いた。

 

「うん、またゲダモノが現れたみたい」

「もう魔法少女たちが解決してくれたみたいだけど、また何人も亡くなったみたいだからね」

 

 国が指定する『特異事象災害』。

 ゲダモノの襲撃でお姉ちゃんが死んでから、二人の“仕事”はそこの被害者の会に通うことになった。

 悲劇の広告塔として他の遺族とメディアの前で涙を流し、国からの特別手当や寄付金を管理する。

 

 お姉ちゃんの死を消費して生きる両親を見るのが、私は何よりも嫌いだった。

 イグニスが死んだときも、この二人はカメラの前で涙を流していた。

 それがまるで、お姉ちゃんの代わりをしているみたいで、堪らなく虫唾が走る。

 

「ねえ、紬」

「なによッ!!」

「最近、物騒らしいから、明日から登下校は政府の方が車で送迎してくださるようよ」

「……なによそれ」

 

 お母さんの言葉に、私は一瞬で頭に血が上った。

 

「それって、私がお姉ちゃんの妹だって周りに教えるようなものじゃない!!」

「ごめんね。でももう、私達は娘を亡くしたくないのよ」

「ああもう、うざいんだけど!!」

 

 お母さんの言葉が、癪に触ってたまらなかった。

 

「みんなみんな、お姉ちゃんが死んで大げさに騒ぎ立てて!!

 私が世間でなんて言われてると思う!? 

 メロースパークの妹はなんで魔法少女にならないんだ、姉の意思を受け継いで戦わないのかって!!

 どいつもこいつも勝手すぎるのよ!!」

 

 お姉ちゃんはメディアで度々私や家族の事を愛していると話していた。

 世間はそれを美談として受け取った。

 だけど、私にとっては徴兵の為の赤紙同然だった。

 

「……紬。お前の気持ちは痛いほどわかるさ。

 だけどね、それほど紫織は大勢を救ってきたんだ。はは、トンビが鷹を産むとはこのことだね。あの子は、私達には出来すぎた子だった」

 

 お父さんが諦めたような笑みを浮かべてそんなことを言う。

 

「わかってない、わかってないよ!! お父さんは何も分かってない、お母さんもそうよ!!」

 

 私はそう吐き捨てて、逃げるようにアパートの中に飛び込んだ。

 そして、段ボール箱だらけの自室で、布団を被って泣いた。

 

 

 そして翌日、結局私は黒塗りの車で、隣にサングラスをかけた屈強なボディーガードと一緒に校門まで送り向かえをされる羽目になった。

 

 私が教室に入ると、一瞬で中は静まり返った。

 クラスメイトは、やっぱり、本当にそうだったんだ、とかこそこそと隠せもせずに話し始めた。

 

 お隣の席の眼鏡さんは、チラチラとこちらを落ち着きなく盗み見てくる。

 

 私は教室の窓から、どこまでも他人事のように広がる青空を見上げた。

 いっそ今から唐突にゲダモノが現れて、この学校ごと全部めちゃくちゃにすればいいのに、と本気で思った。

 

 ゲダモノは現れなかったが、昼休みにそれ以上に余計な奴が現れた。

 

「おい、あんたが本当にメロースパークの妹なのかよ」

「おい、やめろって!」

 

 知らない男子と、その友人らしい男子が他クラスからやってきた。

 

「だからなに? お姉ちゃんのファン? 前の学校にも居たのよね、姉の私物が欲しいって奴」

「ふざけてんのか。こっちはあんたの姉貴が腰抜けだった所為で、親戚が死んだんだよ!!」

 

 私は拍子抜けした。この手の輩なら一時期、家の前に毎日のように湧いていた。

 

「ああ、不幸自慢がしたい手合いね。私もお姉ちゃんが死んだわ。お互い可哀想ねって、慰め合ってあげようか?」

「ざっけんな!! 俺の親戚の時だけ、あいつは手を抜きやがったたくせに!!」

「だから私に八つ当たり? 他人にどうこう言う前に、自分の人生の手を抜くのを止めたら?」

「こ、この野郎……!!」

「だからマズいって、戻ろうぜ!!」

 

 今にも殴りかかろうとする男子を、友人が必死になって組み止める。

 

「姉が腰抜けなら、その妹もそっくりだな!! どうせ死んだ姉貴を切り売りして、政府からたっぷりカネを貰ってるんだろ!!」

「──聞き捨てなりません!!」

 

 男子の暴言に、なぜか私ではなく、お隣の眼鏡さんが椅子を蹴立てて激高した。

 

「魔法少女の活動が完全無報酬なのは、政府の公式発表の筈です!!」

 

 彼女の必死の反論に、遠巻きに成り行きを見守っていたクラスメイトの何人かが、小声で「そうだぞ」「的外れだろ」と同調し始める。

 

「そいつの姉はテレビに出てただろ!! そもそもそんな綺麗事、誰が信じるんだよ!! カネを貰ってないって証拠があるのかよ、証拠を見せろ!!」

「自分の発言に何の根拠もない者ほど、相手に証拠を求めたがりますね」

「なんだと、お前ッ!!」

 

 ……ああもう。お願いだから、私を抜きでやってよ。

 

 

 

 結局、騒ぎを聞きつけた先生がやってきて、あの馬鹿な男子は連行されていった。

 

「綾瀬さん!!」

 

 下校の時間、私はお隣の席の眼鏡の──小清水さんと言うらしい──に呼び止められた。

 

「……なに?」

「あ、あのッ、推しの家族に詰め寄るのはファンとして失格なのはわかりますが!!」

 

 彼女は顔を真っ赤に紅潮させ、まるで告白でもするかのようにこう言った。

 

「……できれば、紫織さんの墓前にお花を添えさせてもらえませんか!!」

 

 あまりの剣幕にどんな暴言が飛び出すかと思えば、出てきたのはそんな言葉だった。

 私は別の意味で面食らった。

 

「別にいいけど。今度案内するよ」

「あ、ありがとうございます!! 全メロースパークのファンを代表してお礼申し上げます!!

 では都合のいい日に!!」

 

 と言って、ばびゅんというオノマトペが聞こえそうなほど颯爽と小清水さんは去って行った。

 私は久しぶりに、ほんの少しだけ笑えた気がした。

 

 

 

 ──だが、その約束は守れなさそうだった。

 

 

「う、ぐぅ……」

 

 送迎車の運転手である、ボディーガードのおじさんが苦痛で呻いて倒れた。

 その背中には、ナイフが突き刺さっている。

 

「終末の使徒に抗う、憐れな者どもよ!!」

 

 アパートの目の前に立ち塞がったのは、赤黒い異様な装束に身を包んだ謎の集団だった。

 

「使徒の邪魔をする者の血を、我らが神に捧げるのだ!!」

 

 日常の皮を被った理不尽は、いつだって唐突に襲いかかってくる。

 抵抗する間もなく、私は彼らに拘束され、視界が塞がれてどこかへ連れ去られることになった。

 

 住み慣れないアパートが遠ざかっていく気配がする。

 

 

 あーあ、ほんとクソみたいな人生。

 

 

 

 





感想とか、高評価とか、何らかのレスポンスがあると、その、嬉しいです。
もっと需要があると確認したいので……。

ではまた次回!!
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