紫電が乱舞する。
「落ち着いてください。争う意思はありません」
「うるさい!!」
メロースパークの得物は、可愛らしいステッキでも聖剣でもない。無骨なネイルガンである。
深夜の海を思わせる深い群青色のドレスが、激しい身のこなしに合わせてふわりと舞う。ふんだんにあしらわれた白いフリルやリボンは、魔法少女という名に相応しい可憐さを放っていたが、──そこから放たれるのは、一切の容赦がない無慈悲な殺意だ。
バシュゥン! バシュゥン! と、圧縮された空気の重い破裂音と共に、太く鋭い鉄釘が連射される。
それは恐るべき『避雷針』の役割を果たす。
ひとたびゲダモノの肉体に深々と食い込めば最後、紫織の左手から放たれる紫電が獲物の釘へと誘導され、不可避の電撃が絶えず乱れ飛んで内臓から焼き焦がすのだ。
彼女のファンからは、お魔法少女様の戦い方じゃない、と評判であった。
どちらかというと、某アクションゲームの主人公みたいな戦い方っぽい、と。
右手でネイルガンを撃ち、左腕から電撃の鞭を操る。
それがメロースパークの戦い方だった。
「こま、り、まし、た」
彼女と対峙する魔人は、異形に膨れ上がった右腕で顔面を防御しながら、たどたどしい人語でそう呟いた。
盾にされたその太い腕には、すでに数十本もの鉄釘がハリネズミのように突き刺さり、紫色の火花をバチバチと散らしている。
ゲダモノは動物の肉体を取り込むことはあっても、植物を模倣することは決してない。
その性質上、体内から天然ゴムなどの絶縁体を生成して電撃を防御することは不可能に近い。
さらに、奴らの肉体の大部分は人間と同じく水分で構成されているため、全身を駆け巡る紫電は、ゲダモノを内側から破壊する極めて有効な攻撃手段だった。
だが、それだけだった。
相手は魔人。イグニスが相打ってでも倒さなければならない、人類の仇敵だ。
怪物の身体が、ギチギチと不気味な骨鳴りを響かせて変貌──急速に進化を始めた。
人間の姿を保っていた怪物の上に、黒光りする重厚な装甲の層が浮かび上がった。
それはカブトムシのような甲虫の外皮を思わせ、全身を強固な鎧で覆い隠していく。
ジャリ、ジャリリ……と、怪物の肉体が膨張し、深々と刺さっていた無数の鉄釘が押し出されて地面に抜け落ちる。
皮肉にも、特撮番組の悪役のように禍々しい姿へと変わり果てた魔人は、変態に伴って生じた莫大な熱量を逃がすように、シューッと白い呼気を吐き出した。
「メロースパーク。私に戦う意思はありません」
「黙りなさい、化け物。なんで、よりにもよって、あのストーカー男の!!」
強固な外骨格を手にした魔人に、ネイルガンの釘は玩具も同然だった。
直接電撃を浴びせても、外皮を伝って地面へと吸い込まれる。内臓にダメージは行っている様子はない。
「メロースパーク、これ以上の戦いは無意味です。私は貴女の戦い方を知り尽くしています」
魔人の言葉は、嘘では無かった。
メロースパークはメディアに露出が多い魔法少女で、その能力は非公式wikiに詳細に乗っているほどだった。
「それでも!!」
紫織は、メロースパークは、ネイルガンを投げ捨て、効果が無いと分かっていても両腕で電撃を浴びせる。
彼女の闘志は、微塵も衰えていなかった。
「私がお前たちと、戦わない理由がない!!」
「理解できません」
魔人は嘆息して、やり方を変えることを決めた。
「こういうやり方は好ましくないのですが」
魔人はまるで、両腕で閉じた両開きドアをこじ開けるような動作を取った。
「ッ!? ま、待ちなさい!!」
「待て? 対話を拒絶したのはあなたの方ですよ」
怪物の腕によって、空間が引き裂かれる。
そこから、赤黒い粘液が溢れ出て来た。
そう、魔人の最も厄介な特性。それは、彼らはゲダモノ──“特異事象災害”を人為的に引き起こせることだった。
エンバーマーは言った。空に孔を開けて粘液を垂れ流すだけでゲダモノは最強、と。
魔人にとって、攻撃手段はそれだけで十分なのだ。
ひとつの特異事象災害を封じるのに、概ね三人の魔法少女が必要となる。
では、二つ開いたら? 三つめはどうなる?
答えは単純だ。魔法少女側の対応能力が飽和し、崩壊する。
魔人はその気になれば、簡単に町一つ、国一つを滅ぼせる。
かつてイグニスが命を賭して相打ったのは、まさにこの災害の顕現を積極的に行う魔人だったのだ。
それこそが、魔人が人類の仇敵たる理由だった。
「何してるの、勝手に突っ走らないで!!」
そこに、階下からイグニスが躍り出た。
小さく開いた空間の孔を紅蓮の刃で両断し、無理やりかき消す。そこから溢れ出た粘液も、瞬時に立ち昇った炎が一瞬で焼き払った。
だが、これは一時的な処置に過ぎない。完全に封印を行わなければ、すぐにまた孔が開き、粘液が垂れ流れてくる。
「ご、ごめんなさい」
「おや、魔法少女イグニスまで。これは驚くべき事態です」
自分前に出て剣を構えるイグニスに、謝罪するメロースパーク。
魔人は二人の死者の登場を、無感情に眺めていた。
「死ね、化け物!!」
「私はあなた達と戦いません。しかし、良いのですか?」
素早い踏み込みから、燃え盛る炎を纏った剣を振るうイグニス。それを受け止める魔人の硬質な腕が交錯し、激しい火花が散る。
「私はこれから逃げながら、同胞を呼び込みます。
ここは住宅街。被害はどれほど生じるでしょうね」
「黙れ!!」
「それを厭うならば、私を見逃してください。私はあなた達を害したいわけでは無い」
「誰がそんなことを信じるの、お前のような化け物の言葉を!!」
イグニスは全く魔人の言葉に耳を貸さなかった。
彼女は分かっているのだ。目の前の魔人を逃せば、どうなるのか。
どれほど被害が広がるのか。
「では、紬さん。こうしましょう」
「ッ!?」
メロースパークの背で怯えている紬に、魔人は目を向けた。
「私は貴女が必要なだけです。他の人間には興味が無い。また、害意も無い。
ですが、降りかかる火の粉を払うのは、人間にとっても当然の事でしょう?」
「や、止めて!!」
「私は誠意をもって全てを嘘偽りなく答えました。次はあなたの誠意を見せてください」
「紬ッ、耳を貸さないで!!」
メロースパークが魔人の声をかき消すように叫ぶ。
「二人共、止めて!! 私のせいで、誰かが死ぬなんていやなの!!」
紬が涙ながらに叫んだ。
「お前、甘ったれるなッ」
「ッ!!」
「私達が戦ってるのは、災害だ!! こいつらの知性はただの模倣だ!!
こいつらがしたことで、誰の責任になるって言うのよ!!」
イグニスには、それが単なる自己弁護なのはわかっていた。
自分のミスで死なずに済んだ人間は何人も居たはずだった。その罪悪感はずっと彼女の魂にこびりつき、今も彼女を苦しめている。
「お前は連中のせいで死んだ人たちは、全部姉の責任だって言うのかよッ!!」
「ッ!?」
紬はその言葉に、俯いて涙を流した。
世間の理不尽なバッシング。姉の命を削り、家族を追い詰めた、無責任に言葉の石を投げる連中。自分が何よりも憎み、軽蔑していた『一番嫌いな連中』と同じ思考に、他ならぬ自分自身が成り果てていた。
その恥ずかしさ、悲しさ、怒り、悔しさ。そして猛烈な自己嫌悪。
複雑に絡み合った感情の正体を、今の彼女は正確には言葉にできなかった。
「紬さん。泣かないでください。あなたに泣かれると、私はどうすれば良いかわからなくなる」
魔人がまるで人間のような慰めの言葉をかける。だが、紬はキッと睨み返した。
「私は、あなたのモノには成らない!!」
「そうですか。しかし、私は諦めませんよ」
そもそも、魔人には諦めるということが理解できなかった。
「今回は退散しましょう。次はもっと、気の利いた愛の告白を考えておきます」
「逃がすと思うか!!」
撤退の姿勢を見せる魔人を、イグニスが追撃しようと姿勢を低くする。
だが、その瞬間、ぐらっと彼女の身体から力が抜けた。
「また会いましょう、紬さん」
魔人は跳躍し、割れた窓から弾丸のように退却していった。
「くそッ」
「イグニスさん、大丈夫ですか!?」
「……うん。大丈夫」
イグニスは剣を床に突き立て、姿勢を正す。
そしてメロースパークに何でもないと手で示した。
それで彼女はホッと息を撫で下ろした。
「……紬、大丈夫? ケガはない?」
「お姉ちゃん? 本当に、お姉ちゃんなの?」
「ええ、そうよ……」
生死の境界を超えた、奇跡のような姉妹の再会。
一歩踏み出し、姉の温もりを求めて手を伸ばそうとする紬。
だが、姉──紫織の表情は優れなかった。彼女は僅かに迷ったように手を浮かせてから、ゆっくりと、その手を引っ込めた。
「でも、なんで生きて……」
「魔法よ。それ以上は言えない」
紫織は、一歩、また一歩と、意図的に妹から距離を取る。
「紬、約束して。私と会ったことは、誰にも言わないで」
「なんで!! こうして会えたのに!! お父さんもお母さんもッ」
「約束できないのなら、もう二度と会えないわ」
「そんなッ」
紬は悲壮な表情で、理不尽を強いる姉を見ていた。
孔の封印を終えたイグニスはそれを複雑そうに見ていた。
「おい、信者共は無力化した。そろそろずらかるぞ」
すると、階下からエンバーマーが上がってきて、二人にそう告げた。
「分かった。帰ろう、メロースパーク」
「……ええ。そうね」
二人が、踵を返す。
「お、お姉ちゃん、私!!」
紬は姉の背に、叫んだ。
「お姉ちゃんは、私の誇りだった!! ずっとずっと、大好きだった!!
本当はずっと、お姉ちゃんみたいになりたかった!!」
それは、世間のバッシングに怯え、姉の前でずっと口にできなかった、心の奥底にしまっていた紬の本当の本音だった。
その叫びに、紫織の背中が、ぴくりと小さく揺れる。
「また、会えるよね!!」
「生きていればね」
§§§
エンバーマー達の拠点である廃病院。
ひんやりとした空気と微かな消毒液の匂いが漂う薄暗いロビーに戻った三人はようやく落ち着いて顔を合わせていた。
「……ありがとう、エンバーマーさん。
あなたのお陰で、妹を救えました」
「偶然だよ、偶然」
変身を解き、元の姿に戻った紫織は深く頭を下げた。
だが、当のネクロマンサー本人はどこ吹く風といった軽い調子でそう返した。
「それよりも、一つ聞かせて」
イグニスが、苦虫を噛み潰したような険しい顔つきのまま、エンバーマーを真っ直ぐに睨みつけて問うた。
「なんで、──あの魔人を見逃したの?」
あのタイミング、あの時で、イグニスの身体の力が抜けた。
結果、あの魔人を見逃す羽目になった。
「逆に聞くがよ。お前ら二人であれを殺しきれたのか?」
「……ッ」
「私らの仕事は
それにゲダモノに嘘やら騙し合いなんざ理解できねぇはずだ。あれは後回しでいい案件だろ」
エンバーマーの判断に、イグニスは苦虫を嚙み潰したよな表情になった。あの魔人の討伐は表舞台の者達の仕事だと、突き付けられたからだ。
紫織も妹の貞操が掛かっているので何か言いたげだったが、反論する材料を持っていなかった。
「……つまり、我々に求められている役割は、陰から生きている皆のサポート、ということでよろしいでしょうか?」
「そうなんじゃねぇの? 私はあの天使野郎から仕事を割り振りさせられているだけだしよ」
少なくとも、表立ってゲダモノの対処を命じられたことはない、とエンバーマーは語る。
理にかなった適材適所だと、紫織は冷静に思考を巡らせた。
「紫織さん、私達はこれからどうすればいいでしょうか」
「これから、ですか?」
「ええ。こいつは死体弄りと自称芸術にしか興味ないんで」
「……なるほどね」
イグニスの発言で自分が二人目に蘇らせた理由を、紫織は察した。
「少なくとも、私達の存在を公表しない方がいいでしょうね」
「やっぱり、か。まともじゃないもんね……私たち」
「それもあるけれど。いくら死人を生き返らせられるからといって……たとえそれがどんなに狂った手段であっても、身近な人間の死に耐えきれず、縋り付こうとする人は必ず現れるわ」
紫織の判断は妥当だと、イグニスは頷いた。
「まあ、前世はそれで商売してたから、そのお前の懸念はよく当たってるよ」
エンバーマーはあっけらかんとそんなことを言うので、紫織は彼女を見て顔を顰めた。
「ですが、今は倫理を気にしている場合ではないという天使様の言い分も尤もです。
こちらの死者を蘇らせられるという、アドバンテージを最大化すべきでしょうね」
「具体的にはどうする?」
「とりあえず、私は政府と知り合いに最低限の情報の共有を行おうと思います。個人規模で出来ることは限られますから」
「そいつは賛成だが、私の芸術に口出しはさせねぇぞ」
「ええ、弁えています」
紫織の人脈は武器だ。それはエンバーマーも認めていた。
「ああそうだ、陽菜の奴は気づいてるだろうが、お前らには睡眠なんざ必要無い。災害後の怪人発生の警戒にはうってつけだ」
エンバーマーの補足に、紫織は何度目か分からない複雑そうな表情になった。
「怪人の警戒は、皆の負担になっていました。
一先ずは寄生体罹患者の──ステージ2、怪人の対応が我々の仕事のメインにしましょう」
「了解。天使様にはそう報告しよう」
紫織の実感のある言葉に、イグニスは頷いた。
「少なくとも現時点で、戦力の増強は急務だと思う。最低でもあと一人は欲しいかな」
イグニスは対特異事象災害の定石である、三人体制を希望した。
「ええ、それには賛成です。問題は、誰にするかですが……」
「候補はありますか?」
「まあ、一応は……」
紫織は若干歯切れが悪かった。
いくら死人を蘇らせられるとは言え、その手段は人道にももとる外法なのだ。躊躇いはする。
「希来里さんなんてどうでしょう」
「ああ、ゴールドシャワーか」
魔法少女ゴールドシャワー。彼女も界隈では有名人だった。
具体的には、その素性がバレバレだった、という意味で。
ただ紫織のように、誰も彼女をバッシングの対象に出来なかった。
「ええ、彼女は日本有数の財閥の一人娘。
そのバックアップを受けられれば、我々の活動の幅も広がります」
紫織が彼女を指名する理由。
それは実力ではなく、身もふたもない言い方をすれば、彼女の実家の権力と財力だった。
生前、ネットで彼女を批判した者達は片っ端から開示請求されて名誉毀損で起訴され、その家族や就職先にまで徹底的な圧力が掛けられたと、もっぱらの噂だったほどだ。
「でもあのお嬢様か……。あの子、いつも私に突っかかって来たんだよなぁ。年も二つ下だし」
「それくらい、可愛らしいものじゃありませんか、ライバル視されてたんでしょう?」
「決まったのなら、私は作業に掛かるぜ」
二人が生前の思い出に耽るのをよそに、エンバーマーは興味を失ったように冷たいモルグへと歩き去って行った。
「あいつ……」
「まあまあ。あの人は自称芸術家なのでしょう? 私も美大に通ってたので、ああいう職人気質の人は覚えがあります」
「こんな嫌な職人気質があったものね」
イグニスは放置された長椅子に座り込み、溜息を吐いた。
「……妹さん、抱きしめてやればよかったんじゃないの?」
「こんな冷たい、ツギハギだらけの身体で?」
紫織は、血の通っていない自分の真っ白な両手を見つめ、ひどく儚げに笑った。
イグニスは、己の言葉が配慮に欠ける残酷な失言であったと瞬時に悟った。
「……ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ」
それから二人は、他愛のない話を始めた。
お互いのこと。これからの戦いのこと。そして、遠く離れた家族のこと。
冷え切った廃病院の夜。眠る必要の無い死者の彼女たちには、他にすることなど、何も無かったから。
§§§
数日後。紬は隣の席のクラスメイトである小清水を伴って、姉・紫織の眠る墓所へと赴いていた。
静かな霊園の風の中、二人は紫織の真新しい墓前で静かに手を合わせる。
──だが、紬だけは知っていた。最愛の姉の魂が、ここには眠ってなどいないことを。
あの日、警察に無事保護された紬は、姉のこと以外のすべてを正直に話した。カルト集団は全員、誘拐およびボディーガードへの殺人未遂容疑で一網打尽に逮捕された。
ただ、魔人が野放しになっているという事実を重く見た政府によって、事件の詳細は厳重な情報規制が敷かれることとなった。
娘が攫われたと知った両親は、すぐに紬が検査の為に送られた病院に駆けつけ、彼女を抱きしめた。
その温もりに触れた瞬間、紬の心から憑きモノが落ちたような気がした。
ずっと彼女を縛り付けていた、姉に対する罪悪感と自己嫌悪が涙と共に溶け出していくのを感じながら、紬は両親に何度も何度も謝った。
そして、二人に己の決意を示したのだった。
「小清水さん」
「はい、なんですか、綾瀬さん」
膝を突き、花立に新しい花を挿してくれていた小清水が顔を上げる。
その瞬間だった。
紬の衣服が、バチバチと弾ける眩い紫電の光と共に、劇的に姿を変えていく。
それは紛れもない、本物の魔法少女の変身だった。
紫織の面影を継ぐような美しい紫色のスパークが収まると、そこには凛とした出で立ちの少女が立っていた。
「私、サンダーメロウは、姉の意思の意思を継いでゲダモノと戦う」
応援してくれる、と彼女が問おうとした時だった。
「さ、最推しになりまふ……綾瀬しゃん」
なぜか小清水はガクガクと震え、鼻血を出しながら崩れ落ちた。
膝を曲げていたことが幸いし、大事には至らなかった。
「小清水さん!? 小清水さんッ!? しっかりして!!」
紬の新しい友人は、そんなちょっと変わった人物だった。
とりあえず、見切り発車にしては七話も書けて満足です。
次回以降の更新は、とりあえず未定ですが、それは需要次第ってことで良ければ感想や高評価をお願いします。
では、また次回!!