今回のお話は幕間、ちょっと先の時間軸のお話です。
「お二人共、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
ここはエンバーマーの拠点とする、街はずれの廃病院。
いや、廃病院だった場所である。
表向きは寂れた廃屋のままだが、その内部には最新鋭の設備が整えられていた。
電気、水道、Wi-Fi環境は当然のごとく完備され、彼らが今いるこの部屋に至っては、快適なリラクゼーションルームへと改装されている。
「なんですか、希来里ちゃん」
メロースパークこと紫織は、油彩のカンバスに向かっていた手を止め、筆を置いた。そして、この場所をただの廃墟から快適な作戦本部へと作り変えてしまった張本人を見やる。
「ああ、すみません。作業の邪魔をするつもりはありませんでしたの」
彼女に声を掛けたのは、金剛寺 希来里。享年14歳。
日本有数の財閥である金剛寺グループの一人娘だった少女だ。
彼女の一声で、この廃病院は秘密基地みたいな様相になってしまった。
「聞きたいことって、何なの、希来里」
ヒトをダメにするソファーにぐでっと身体を預け、スマホを充電しながら動画を見て暇をつぶしていた陽菜が応じる。
「いえ、エンバーマー様はいったいどういう御方なのか、と」
希来里は手持ち無沙汰なのか、豪奢な扇子を弄びながらそう二人に問うた。
「死体弄りが趣味の変人でしょ」
「まあ、芸術家ではあるね」
陽菜と紫織の認識は一致していた。
だが、それ以上の情報は持ち合わせていなかった。
「お二人は彼女のプライベートを共にしたりはしませんの?」
「いえ、一日中モルグやアトリエに籠っていたりで、詳しくは」
「そういや、私らあいつの本名すら知らないよね」
二人の返答に、まあ、と希来里は口元に扇子の先を当てて驚いた仕草を見せた。
「本当に何も知らないのですか?」
二人は顔を見合わせ、頷くしかなかった。
「希来里ちゃん、なんでそんなことを?」
「私の方でも、エンバーマー様について調べたからですわ」
希来里がパンパンと軽く手を叩く。
すると、音もなく老齢の執事がスッと現れ、彼女に調査結果のファイルを恭しく手渡した。執事は一礼すると、再び気配を消して去っていく。
「結果だけ言えば、調査は不可能でした」
「不可能? どういうことなの?」
「そのままの意味です。彼女の素性の取っ掛かりすら見つかりませんでした」
紫織はその答えに絶句した。
現代日本で生きている以上、何の痕跡も残っていないなど通常はあり得ない。
「でも、あいつの制服は? 私と同じ学年だって、あいつ言ってたよ」
「彼女の着ている制服から身元を調べたところ、彼女は在籍してはおりませんでした。恐らく、ダミーでしょう」
陽菜は、嘘だろ、と言いたげな表情になった。
「次は医療記録から当たろうとしました。彼女の抜け毛を採取しまして」
「さらりとスゴイ事してる……」
「結果は、空振り。彼女の体毛は、調べる度に違うDNAが検出されました」
その意味は、ここに居る三人は良く知っていた。
「じゃああいつも、死体を動かしてるってことなの?」
「恐らくは。彼女自体が復活者、或いは遠隔操作のラジコンの可能性が高いですわね」
驚異の外科技術を持ち、死体を好きなように改造できるエンバーマーならやりかねないことだった。
「彼女普通に変身とかしてるし、そんな発想は無かったよ……」
「あいつ、自分だけ残機持ちとかズルいでしょ……」
その事実を知った紫織と陽菜の反応がそれだった。
「残機持ちなのは今の我々も同じですわ、陽菜さん。
ともかく、彼女の素性に迫ることは出来ませんでした」
「慎重なのか、謎なのか……それとも私達を信用してないとか?」
「あの人が誰かを信頼するところを想像できませんね」
希来里の調査結果を受け、陽菜は呆れ、紫織は苦笑した。
「あいつ、時々外出するから、その時にこっそり付いて行くとかは?」
「おや、陽菜さん。ノリノリですわね」
「先に始めたのは希来里の方だろ」
しかも私よりずっとエグイし、とヒナは半眼になってぼやいた。
「天使様は私達魔法少女の個人情報は教えてくれませんから、暇つぶしには良いんじゃないでしょうか」
この三人、表向きにはすでに亡くなっていることになっているため、当然戸籍がない。学校や大学に通う必要もなければ、かといって戦いに備えて四六時中鍛錬をしたところで、このツギハギの身体が成長するわけでもない。
つまるところ、紫織が言ったように事件が起こるまで暇なのだ。良い身分である。
ぱん、と希来里は扇子で手を叩いた。
「では、次のエンバーマー様の外出時に決行ということで」
彼女は満面の笑みでそう言った。
金持ちはいつだって暇を持て余しているものである。
§§§
「お嬢様、エンバーマー様が外出を始めました」
日本全国の特異事象災害を検知し、状況を監視・分析するための最新鋭オペレーションルームは、かくして金持ちの暇つぶしのために使用されるされる羽目になった。
いや希来里の財布から出てる金だからいいんだけどさと、陽菜は後ろから巨大なモニターを見上げながら呆れ半分に思った。
偵察用ドローンを飛ばし、軍事レベルの監視衛星まで活用する徹底ぶり。
そのハイテク設備は、認識阻害の魔法を展開しながら飛行するエンバーマーの姿を正確に捉えていた。
一般のオペレーターたちの目にはその姿をハッキリと認識できないようだったが、システム上のタグ付けと自動追尾は完璧に機能している。
「エンバーマー様の着地を確認。
現在地は隣県のようです……ここは」
「ダヴィンチ展、ですか?」
エンバーマーが入っていったのは、美術館で開催されている『レオナルド・ダヴィンチ展』だった。
死体漁りでも怪しげな裏取引でもない。ただの優雅な芸術鑑賞という事実に、紫織は拍子抜けした。
「絵を見てるってことは、しばらくここに居るでしょ。私達も移動しましょう」
モニター越しに遠くから眺めているだけでは、何も面白くない。
陽菜が当初の予定通り、直接の尾行を提案する。
「そうですわね。オペレーターの皆さん、こちらから状況が変わりましたら随時報告をお願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
そうして、三人はオペレーションルームから出発した。
「彼女は、何をしていらっしゃるのかしら?」
認識阻害の魔法を強めに展開し、三人は遠くからエンバーマーの後をつけていた。
魔法少女の常駐魔法には視力強化や暗視モードも組み込まれているため、変身さえしていれば、かなりの距離からでも見失うことなく尾行が可能だ。
「さあ、遊んでるのかな」
希来里とヒナは小首を傾げる。
エンバーマーは腕を水平にして何かを糸の先に吊るし、街中を歩いていた。
「あれは、恐らくダウジングでは?」
「ダウジングって、水を探したりするやつ?」
陽菜の言葉に、ええ、と紫織は頷いた。
「水に限らず、探し物をする為に行ったりしますね」
「でもあれ、ただのオカルトのインチキでしょ?」
「現代では精神の集中の為に行う場合もあるそうですよ」
「こんな街中で?」
「では、探し物の方なのでしょうね。彼女は私達とは違う魔法を使いますから」
陽菜は以前、エンバーマーの魔法は自分達と起源が違うと言っていたのを思い出した。
陽菜と同じで、あの冥府の女主人によって別の地球から連れてこられたのだ、と。
「……大分歩きますわね」
エンバーマーは町中から、二時間近くダウジングを続けながら歩いていた。
「この先には山しかありませんわね」
希来里は地図アプリを確認しながら、そう呟いた。
「やっぱり水脈でも探してるのかな?」
「さあ、どうなのでしょう……」
困惑する三人を他所に、程なくしてエンバーマーは山を下りて来た。
その手に紐は無い。もうダウジングはしていないようだ。
「また移動を開始しましたわ」
「私達も行きましょう」
三人の尾行はまだまだ続いた。
しかし、この日の追跡は大した結果も無く終わってしまった。
「あの後は繁華街の周りとか、高級住宅街とかを歩いてただけだったね」
「そうですわね……」
陽菜の総括に、つまらなさそうにする希来里。
「でも、終始何かを探してるようでしたよ」
「探してるって、何を?」
「私が見る限り、何を、というより、誰か、という感じに見えましたね」
紫織は他人の秘密を暴くのに楽しくなってるのか、にこにこしてながらそう言った。
「おい、紫織」
リラクゼーションルームで三人がくつろいでいると、件のエンバーマーがやってきた。
「はい、何か御用ですか?」
「これだよ。今日、レオナルド・ダヴィンチの絵画展行って来たんだ。
ほれ、パンフレット。お前も元美大生なら行ってみたらどうだ」
「わあ、ありがとうございます」
どうやら彼女は単に絵画展のパンフレットを渡しに来ただけのようだった。
「エンバーマーさん、ダヴィンチが好きなんですか?」
パンフレットを開きながら、紫織は尋ねた。
「……いや」
だが、エンバーマーの返答は酷く歯切れの悪いものだった。
「あいつは才覚はスゴイし、何でもできるんだけどよ……男の趣味が悪い」
「あはは、男色家だったという説もありますからね」
「こっちの世界じゃどうだか知らないが、俺の前世では魔術にも傾倒しててな。こっちには無い異端児らしい絵も発見されたんだぜ」
「それは……見てみたかったですね」
「良ければ模写してやるよ。
もう、俺の記憶の中にしかないが……あれは死んでも忘れられない絵だった」
「(俺……?)」
「本当ですか!! まさか、並行世界のダヴィンチの絵を見れるなんて!!」
紫織は手を合わせてぴょんぴょんと跳んで喜びを示した。
芸術に明るくない陽菜と希来里は、完全に置いてきぼりである。
紫織はイーゼルに乗せていた描きかけのカンバスを下ろし、真っ白な画布を素早くセットした。
「とりあえず、鉛筆の下書きで悪いが」
「いえいえ、画家としての技量は素直に尊敬してますよ」
「そりゃあな。昔、めっちゃ上手い奴に教わったんだ」
完全に二人の世界に入り込んでしまったのを見て、陽菜も希来里も興味を失い、各々の暇つぶしに戻っていった。
それから二時間ほどだった。
「……」
紫織は息を飲んでいた。カンバスから目が離せない。
ただの鉛筆の下書きだというのに、エンバーマーが再現したダヴィンチの世界は、圧倒的な“異端”の熱量を放っていた。
ベッドに横たわる青白い肌の男。その上に、もう一人の男が覆いかぶさるように密着している。
お互いの顔は吐息が混ざるほどに近く、上の男は蜜壺のような小瓶から指先に何かを掬い取っていた。
「これは……死体に化粧を施しているんですか?」
「ああ。だろうな」
「当時のキリスト教の価値観では、死体に手を加えるのは絶対の禁忌の筈です。生きた人間だけでなく、遺体への化粧も神の造りたもうた肉体への冒涜として禁じられていました。
しかも、この二人の男性の距離感は……」
「この絵は、奴の没後数百年経ってから隠し部屋で発見されたんだぜ」
それはまさに、当時の禁忌と異端を煮詰めたような作品だった。
ルネサンス期に公表されていれば、異端審問にかけられ、火刑に処されてもおかしくない。
「これほど神秘的で、背徳的な作品が、私達の世界の歴史には存在しないなんて……」
紫織は元美大生として、深い感嘆と共にそれを惜しんだ。
「この世界に、この絵があってたまるか」
「え?」
「いや、何でもない。それよりお前ら──」
エンバーマーは、ソファーでぐうたらしている二人へと鋭い視線を向けた。
「今日、私の後をつけてただろ」
優雅に紅茶を嗜んでいた希来里はカップとソーサーをがちゃがちゃと鳴らし、陽菜は驚きのあまりソファーから転げ落ちそうになって、派手に動揺を示した。
「ああ、気づいていたんですね」
「バレバレだわ。お前ら素人には分からないだろうが、魔力の波長でずっと気付いてたぜ」
「あはは、ちょっとした好奇心でした。すみません」
「いや、丁度いい」
エンバーマーはニヤリと不敵に笑った。
「お前ら、明日ちょっと手を貸せ」
「ここだ」
エンバーマーの手から伸びる紐の先が揺れる。
それは独りでに地面の方を示していた。
「なあ、紐に付いてるそれ……」
「乳歯だよ」
「うッ」
陽菜は露骨にイヤそうな顔をした。
「それじゃあ、掘るぞ。お前ら」
「掘るって」
「さっさとやれ」
エンバーマーに急かされ、四人は黙々と持参したスコップで土を掘り返し始めた。深夜の山中で少女たちが無言で穴を掘る姿は、とても魔法少女のやることとは思えない光景である。
かちん、と程なくして何か硬い物に当たった。
「見つけたぜ」
「……これは」
希来里は息を飲んだ。
彼女達が掘り出したのは、──白骨化した遺体だった。
「この子の母親に、娘を探してほしいって頼まれてよ」
エンバーマーは目を伏せ、手を合わせた。
「前に言ったろ。こういう商売をしてたって」
「警察に捜査協力してたって奴?」
「おいおい、そりゃあカネに成らんだろ」
彼女はおどけてみせたが、その言葉の裏にある凄惨な現実に、陽菜は何も言い返せなかった。
「匿名で通報をしましたわ。
遺体遺棄……殺人を視野に入れて捜査が入るでしょう」
「じゃあ、あとはこっちの警察に任せようぜ」
エンバーマーはやることは終わった、と言わんばかりに踵を返した。
紫織は、無責任な、と思いつつも自分達が説明しても面倒が増えると思い、行きましょう、と二人に呼びかけた。
後日、遺体を埋めた犯人が逮捕されたのを、四人はテレビで報道されるのを確認することとなる。
§§§
廃病院の二階。エンバーマーのアトリエには、彼女が手掛けた作品が並んでいる。
彼女は今、イーゼルに向かい、油絵具であの異端の絵の模写を進めていた。
「完成が楽しみですね」
紫織は、エンバーマーがカンバスに筆を入れるのを後ろから眺めながら言った。
通常、油絵は一度に塗り重ねられる厚さに限界がある。下の絵の具が乾くのを待ち、少しずつ、少しずつ、数か月という時間をかけて完成へと近づけていくものだ。
「ああ……」
「画家になろうとは思わなかったのですか?」
「なんだ、教えて欲しいのか? お前の専攻はミクストメディアだろ?」
今日の作業を終えて、エンバーマーが筆を置く。
「いえ、まだ総合基礎のカリキュラムの途中だったので。ただ、カンバスに木材とかをネイルガンで打ち付けるのが楽しいので、立体的に自分を表現できるそちらをやってみようかな、って」
「そういや、お前の居た美大、お前の銅像が建つらしいぜ」
「……勘弁してほしいですね」
悲劇の死を遂げた魔法少女として銅像を建てられる自分を想像する紫織。
伊達政宗や西郷隆盛も、死後に銅像を建てられてこんな居心地の悪い気分になったのだろうか。彼女はそんな取り留めもないことを思った。
ふと、そこで紫織は思った。
前世からの転生、そんな眉唾物の話を理解できる経験を紫織はした。
では前世とは、転生とは、死んだ直後の時間からあの女主人の部屋へと招かれるのだろうか?
例えば、芸術の最盛期と称されるルネサンス期の時代に実際に生きた人間が、現代に転生する可能性はあるのではないか?
「(でも、この絵はダヴィンチの没後数百年後に発見されたって言っていたし……謎だわ)」
結局、紫織たちは何一つ目の前の謎めいたネクロマンサーの正体に近づくことが出来なかった。
でもまあいいか、と紫織は思った。
芸術が解釈によって、無限に見る者を楽しませるように。
全てが簡単に分かってしまうのは、つまらないから。
ミロのビーナスがそうであるように、人は未知を想像で芸術を膨らませて来た。
「そう言えば、エンバーマーさん。この絵のタイトルは何だったんですか?」
ふと、紫織はまだタイトルを聞いていなかったと、それを訪ねた。
エンバーマーは答えた。
「『化粧をする男』、だ」
今作の文章校正担当のアシスタント君の提案で、まだ主人公の掘り下げがしていないということになったので、彼女のお話を書きました。
個人的にはエンバーマーは舞台装置であればいいと思っているので、全ては語られない感じで行きます。
皆さんの高評価、大変うれしく思います。
出来る限りそれに応えようと頑張ってみますね!!
高評価だけでなく、感想の方も首を長くしてお待ちしております!!!
ではまた、次回!!