ラクして生きるために生活魔法を極めていたら、大賢者と呼ばれていた 作:せまほー
魔法とは便利なものだ。
火を生み出し、水を生み出し、生活を助けてくれる。
しかしそれらは、結局現代の便利すぎる生活には敵わないだろう。
スマホもない、車もない。
かつてのような、ボタン一つで食事を配達してくれるサービスなんて、望むべくもないのだ。
だから、俺は自分でそれをどうにかしなくてはならなくなった。
異世界に転生し、不便な生活を強いられた結果である。
風呂もない、移動手段も徒歩か馬。
料理をするにも、一から自分で火を起こす必要があるというのは、現代人にはハードルが高すぎる。
しかし、そんな不便を助けてくれるのが生活魔法だ。
創作に時折存在する、生活を助けてくれる便利な魔法。
この世界においてもそれは存在し、俺にとってはこれだけが生命線だった。
前世と完全に同じとは言わない、けれども最低限、前世と同じ衛生観念の中で生きたい。
そんな俺のささやかとも贅沢とも言える願いを叶えるため、俺は生活魔法の習熟に取り組んだ。
――そんな生活を続けて、そこそこの時間が過ぎた。
あまりにも生活魔法に傾倒しすぎたせいで、時にはバカにされることもある。
けれど、冒険者としては食うに困らない生活を遅れているし、十分じゃないだろうか。
別に大成して英雄になりたいわけではない。
俺は日々の生活を楽にできれば、それで十分だったんだ。
そんな俺の人生に転機が訪れたのは、なんてことのない――本当になんてことのない日のことだった。
■
冒険者ギルドで依頼を見繕う。
俺が受ける依頼はある程度方向性が決まっていて、単独で受ける場合は危険の少ない依頼がほとんどだ。
一番多いのは、町中での修繕依頼。
やれこのテーブルが壊れただの、やれ魔導コンロから火が出ないだの。
まぁ、色々と。
特に魔導コンロの方は
他に知り合いの冒険者が捕まったら、外へ討伐やら護衛の依頼を受けに行くことも多いのだが、今回はそうではない。
というか、先日ある冒険者パーティに引っ付いて、大型の商隊を護衛して帰ってきたところだからな。
あんまり連続して冒険系の依頼を受けると、俺としては疲れてしまう。
冒険者としては根性がないと言われることもあるが、俺自身はこの生活を気に入っていた。
「よし、これにしよう」
今日の依頼は、壊れた道路の舗装だ。
ギルドから出されている依頼で、難易度に対して報酬のコスパがいい。
多分、コスパがいいと思っているのは俺だけだから、コスパがいいんだろうな。
他の人にとっては難易度が高い、という話。
んで、依頼を受付で受けてから外へ向かおうとして――
「おーい、ライ」
声をかけられる。
振り向くとそこには、数人の男女の冒険者が朝っぱらから酒を飲み交わしていた。
声をかけてきたのはその中の一人、俺と懇意にしている冒険者のオリバーだ。
というか、先日まで一緒に護衛依頼を受けていた冒険者パーティのメンバーである。
まぁ、大型依頼が終わったんだし、呑んでても不思議じゃないか。
「お前、また依頼か? こないだの護衛でたんまり報酬もらってただろうに、真面目だねぇ」
「休みたい時には休むけど、そうでないなら働いてた方が実入りはいいだろ」
こちとらこの世界に生まれ落ちて二十年以上経っても、未だに社畜精神が抜けないもんで。
あと単純に、この世界は娯楽が少ない。
一日ぼーっとしてるよりは、仕事でもしてたほうが健康にいいってもんだ。
「ははっ、まぁお前さんはそれでいいと思うけどよ」
「んで、どうして声を――」
「――ねーぇ」
と、そこで別の酔っぱらいから声をかけられる。
というか、知らない声だ。
見ればそこに、ボサボサ髪の見知らぬ女性がいた。
かなり酔っ払っているようで、こちらを睨みながらおどけた様子で笑みを浮かべている。
「あんたがぁ、噂の生活魔法バカぁ?」
「ん、そうだけど」
「あっはははは! ほんとだ! ほんとに生活魔法バカだ! こんな冴えない顔してんだ!」
「あ、おいコラ!」
ケラケラと、楽しそうに笑う女性。
あーなるほどこういうタイプね、と俺はいつものように流す。
しかし、話をしていたオリバーの方は結構しっかり怒ってくれた。
「そういう言動は、自分の首を締めることになるぞ」
「えー、でもこの人生活魔法
「そんなもん、戦士系の冒険者なら普通だろ。ああもう……ライもすまんな、こいつはリサつって、今呑んでる別のパーティが他所の町から組んでこっちに来た新顔なんだが」
「まぁ、よくあることだろ」
俺としては、別にそこまで目くじらを立てることではない、というか。
今更すぎる感じだ。
「もともと、オリバーだって同じようなこと言ってたじゃないか」
「そ、それは……今はいいだろ、すまんかったな!」
「ははは、噂が独り歩きして、それで勝手にバカにされるなんて冒険者としてはいいことじゃないか。名前が売れてるってことだよ」
「んひぃー、じゃあじゃあ生活魔法せんぱーい」
とまぁ、俺としては別に気にしてないんだが。
それはそれとして、リサという冒険者は未だに酔っ払って絶好調だ。
「ちょっと私に生活魔法使ってみてくだしゃーすよぉ、うひひ、まぁ生活魔法じゃ私をどうこうするなんて無理でしょうっすけどぉ」
「酔っ払ってるから敬語がおかしいのか、それとも元から使い慣れてないのか。まぁなんでもいいけど――そうだな」
俺は、じろりとリサに視線を向ける。
オリバーはなんだかハラハラしながらこっちを見ているが、悪いようにはしないよ。
多分二十になるかならないか、くらいの若い冒険者。
顔立ちはいいし、冒険者としてチヤホヤされてきたんだろうってことはわかる。
だが、それはそれとして――
「髪、洗わせろ」
――髪はあんま手入れできてないだろ、これ。
ちょっとなんていうか……ここにいるこの町で暮らす冒険者より、
まぁ、口には出さないけどな。
■
「――は、なにこれ。さらさら? いや何この……アタシってこんな髪質してた?」
「ま、こんなもんだな」
パンパンと手を叩きつつ、すっかり見違えたリサを眺める。
さっきまであれほどボサボサだった栗色の髪は、今では完全にさらさらストレート。
それもこれも俺の生活魔法のおかげだ。
「え、何したの? 今の……ウォータークリエイトって言ってたけど、なんで
「俺の生活魔法は、石鹸を含んだ水を生み出せるんだよ」
「――――は?」
――正確に言うと、シャンプーも用意できるのが俺の生活魔法だ。
コンディショナー、トリートメントも行けるぞ?
「魔法ってのはイメージと、それを制御するのが一番大事だ。だから俺は生活魔法の
「いや、いやいやいや」
リサはすっかり、酔いも覚めてる様子だ。
そして、完全に顔を青ざめさせている。
「そんな、そんなの……新しい魔法を作るのと何が違うっていうの!? そんなの、よっぽど才能がないとできないじゃん!」
「別に、俺はそこまで才能があったわけじゃないよ」
リサは見た目からして、魔術を嗜んでいそうなローブを羽織っている。
完全な偏見だけど、魔術に対してそこそこ造詣があるのは間違いっていないらしい。
「ただ――人生の大半を、生活魔法を極めるために費やしてきただけだ」
「んひっ……」
それから、リサは顔を引きつらせて――
「な、生意気いって、ごめんなさいでしたーーー!」
ギルド中に響き渡る声で、謝罪の言葉を述べるのだった。
――それから、俺がリサを許すと、なにやら周囲の酔っ払い達はニヤニヤとした様子でリサを慰め始めた。
こうなることが解っていたからだろう。
あと、髪がきれいになって見違えるように美しさが増したから、下心でハナ伸ばしてる野郎も結構いるな。
君たちだって昔は俺のことバカにしてただろ、というと気まずそうに視線をそらすのが手に取るようにわかる。
まぁ、気の良い奴らってことで。
そんな時である。
ギルドの扉が開いて、一人の少女が入ってきたのは。
「――賢者様」
透き通るような声だった。
見ればそこには、神職と思われる少女が立っている。
背丈は小柄ながらも、どこか堂々とした佇まいがそれを気にさせない。
少し癖のある白い髪と、楚々とした雰囲気。
一言で彼女を表すなら、最も端的な言葉は――聖女。
んで、えっと。
「なぁ、オリバー」
「なんだ、ライ。というか――見てるぞ」
――見ている。
明らかに。
「見られてるよな」
「お前を見てるんだよ。というか、さっきあいつなんて言った?」
「賢者様。……そんな称号がふさわしいやつ、このギルドにいるか?」
「いねぇよ」
そして、何やら顔を輝かせると、パタパタこっちに近づいてくる。
小動物みたいな挙動だな、とかどこか現実逃避染みた考えが浮かぶ。
いや、俺が賢者様っていうのは、何かの間違いだろ。
なあ、オリバー?
「――
……裏切ったな?
いや、そんなことより――
「賢者様!」
いいながら、少女は俺の手を掴む。
もはや、言い逃れの余地などない。
「お会いしたかったです! 賢者ラノ様!」
ああ、まったく。
一体全体、なんだというのか。
俺はただ、ラクして生きるために生活魔法を、極めていただけなんだけどな――――