前回のあらすじ
山本は演劇部である。名前はイイノリ。
一般家庭で育ち、二人の妹を持つ長男として楽しく生きてきた。
そんなある日部長に空気の読めなさを指摘され、本腰を入れて自分を変える努力を始める。
しかし空気読みの成長は人間としての成長。ただ勉強すれば身につくものでもない。
どうすればと頭を傾け悩んでる彼の眼に、ふとVRゲームテスターの募集が入り──。
俺は空気が読めないとよく言われる。
アレを取ってきてと言われれば毎回別のものを持って行ってしまうし、どっちがいいと聞かれたら必ず誰かの機嫌が悪くなる方を選んでしまう。
別にやりたくてやってるって訳じゃない。俺なりになんとか治そうと人の機敏を知る為に中高校共に演劇部に行ってたし、今日までは社会人になるまでには身に付けようと少しずつ身に付けようとしていた。
だが……。
「その、言いづらいんだが…君は───もう少し、舞台の空気を読んだ方がいい」
今日、いつも頼りになる部長にまでそう言われた。
いつも優しく、時に厳しく、部活全体はガチってないとはいえ、舞台の出来は少しでも良いものする努力を惜しまない部長が──である。
そう言われれば男ならばやらねばなるまい。
いつもお世話になってる分まで報いる為にも、早急に場を読む力を鍛え上げる必要があった。
だが空気読みは普通にやっても直ぐに鍛えられる分野ではない。
ならばどうするか──。
「そこでご紹介に預かりますのがこの《VRゲームテスター》のアルバイト。時給5000円、自宅に届くVR機材で毎晩眠りながらゲームをするだけでいいという仕事であり、なんと6時間の睡眠で一ヶ月の体験が得られるというスゴい品物なのです」
そこで俺が目に付けたのがこのアルバイトである。
睡眠しながら出来るVRはそれだけで金持ちがやるような品物だが、そのゲームとなれば機材だけでもかなりの品物だというのは想像に難くない。
シングルベッドの大きさはあり、壊せば俺は海の藻屑になる事が確定するスゴいものだ。バイトもかなりの高倍率だったが、幾つかの審査の末に俺はテスターとして選ばれたのだ。
「でもなんで受かったんだろうなぁ……一晩で一ヶ月の体験というウマい話に釣られて応募したけど、詳しい事は何も知らないんだよなぁ」
正直受かるとは思わず、今日届いたこのポッドに家族共々仰天したくらいだ。細かい事は業者がやってくれたけど、肝心のやるゲームについても全く調べてない。
「でも逆に考えると、何も知らないからこそ場の空気を読む力は鍛えられるんじゃないか? そりゃあ言われた仕事はするけど、それ以外は好きにしていいって事だもんな」
なにせ一晩で一ヶ月だ。思考が加速し過ぎて脳が焼き切れそうなものだが、そこはスゴい技術が使われてて大丈夫らしい。
俺視点で時間が経ち過ぎて現実の事を忘れるって事も記憶のパッケージがどうこうと問題ないらしいし、最新の技術におったまげるばかりだ。
「そうと決まれば───ふぁ……お休みなさい」
時刻は15時。寝るには早くはあるがこのポッドで寝れば自動的にゲームが始まるのは聞いていたので、俺はソソクサと眠る事にした。
学校の登校に加え必ず最低6時間はVRゲームの仕事をする必要があるしな。今日から……寝るのは早めに…………。
→【Access...OK.good game night】
[初めまして、テスター4様。《Power of Anything goes》、通称
「すみません、ここが真っ白なのはバグですか? 仕様ですか?」
[...*]
何もない真っ白な空間に質素なウィンドウで歓迎された俺は、真っ先にその質問をした。
俺、知ってるよ。ゲームでこういう謎の空間は大抵バグだって。動画で見た事あるんだ。
早速仕事だな、頑張るぞぉ。
[仕様です]
「あなたは……案内のAIさんですかね?」
[はい。チュートリアルの案内であり、今回はテスターの皆様のサポートも任せられております]
AIは確か……安いお値段の旧式、蓄積タイプと最新のお高い学習タイプがあるんだっけ。
どっちも成長すれば人間と変わらないくらいの振る舞いは出来るって学校で習ったけど、このAIは前者っぽい気がする。駅の案内用とかと雰囲気が似てるし。
丁度良い、このAIにテスターの仕事を聞いてみよう。
「テスターとして報告するにはどうすれば良いか分かりますか?」
[指で宙にhackと描いてください。報告用の画面が表示されますので、其方に内容を記載してください。時間、場所、過去の行動履歴は自動的に添付されます]
「わあ便利。これなら俺でもやれそ……AIさん、社会人としてこのメールの文面が合ってるか確認お願いします」
[主語が抜けて敬語が変になってますね。訂正文を以下に表記します]
「ありがとうございます」
よしよし、早速メールを送信する前にAIに尋ねるという空気の読めた行動が出来たぞ。
どうやらこの真っ白空間は仕様みたいだが、お客さんにバグと思われないように良い感じに幻想的なフィールドを用意したらどうですかと提案は送っておいた。
「すみませんお待たせしました。案内の続きをどうぞ……えっと、お名前は?」
[チュートリアル説明用(最新).2ですね]
「AIさんごめんなさい。本名なのでしょうがフォルダ名を言うのはバグとして報告しておきます」
[ダメでしたか]
「せめて
[拝領。以降の名称としてオラクルと名乗ります]
素直だけど……テスターが任命して良かったのかな。なんかダメな気がする。
ヨシ、ここは一度誰の命令を聞くべきかしっかり話し合おう。蓄積不足が響いてる感じがするし。
「……一度しっかり話し合いましょう。テスターの言葉を簡単に受け入れる点も含めて、何がダメで何が良いのか、俺なりにチュートリアルAIとしての振る舞いを教えます」
それから俺はゲーム内で5日間、現実だと1時間掛けてオラクルの学習相手になった。
部長から指摘された演者としての基本から、俺が知ってるコンプラについて。それからAIっぽさを抜いた喋り方を指導していると、いつの間にかそのくらい経っていた。
「いいですか、先ずゲームの案内人だからといって現実のことは何でも言って良い訳じゃないです。メタネタは確かにありますけど、それはゲームシステムについての言及までて、AIとしての立場とか、そういうのはお客さんの前に出さないように──……」
テスターだから未完成なゲームなのは覚悟してたけど、まさかチュートリアルだけで体感5日も話し続ける事になるとはね。これで全然眠くならならず腹も減らずとは、流石は最新のスゴいゲームだ。
「──以上です。教えられる事はこれで全部ですが、あくまでも参考にするだけにしてください。俺が間違ってる事を言ってるかも知れせんし」
[いえいえ、コチラこそ学習を進めて頂きありがとうございました───では、
前よりどこか人間らしくなったAIの通達に従って職業を選ぶ。
どうやら俺は後衛的なプレイの調査をする必要があるようだ。
「分かりました。他の指示事項はありますか?」
[以上です。プレイして気になった点がありましたらご報告ください]
そしてそのままアバターのカスタムに移るのを見て、流石の俺もこの仕事の大変さを察することになった。
これは……骨が折れる仕事になるぞ…と。
「けど眠りながらの仕事だものなぁ…あんまり強くは言えないか」
考える。未だゲームの中身はファンタジー要素以外検討がついてないが、こうしてチュートリアルを受けて仕事の勝手は理解出来た。
要はバグりそうな挙動を片っ端から試して、修正出来そうなら俺がやりつつ、全部報告する感じだ。
本人……本AIに聞いた所だとオラクルは最近学習の基礎が出来たAIで経験不足が目立っていた。
それを俺が話し相手になる事で解決したように、俺でも直せる範疇のものもある。
そこは随時直していこう。
「そういえば他のテスターはもう行った感じですか?」
[いえ、テスター4様が最初に来ましたね]
「"4"なのに?」
[私は存じませんが……恐らく名前順なのでは?]
「へー、まあそんなものかぁ」
俺の名前はイイノリ・
それは兎も角、アバターだ。
「この場で動かして確認する事は出来ますか?」
[可能ですね]
「それなら……」
まぁ……取り敢えず別の性別になった場合と本来のものとは別の身長差、体格差、定められた範囲を超えた異常な人体構造に出来るかは試してみよう。
「ふむ……ふむふむ…ふむむ…! イメージが自動的にアバター像に反映される!」
[当ゲームの目玉の一つです。本来なら面倒な3Dのアバターを容易に理想的なものを制作でき、ゲーム側が補正を掛けて動けるようになっております]
「オンオフはここで出来て……それなら先ずは──……」
そして一通り試したが全て違和感なく、異常なアバターは創れないようになっているようだ。
片乳だけデカいとかそういうのは通るけど、その手の奇形の動作もゲーム側の補正はカバーされている。スゴいシステムだ……。
でも……ここで穴を見つけて変な事をするのがプレイヤーって人種らしいからな。例えば……補正を切るとか。
「内臓や骨格は……あ、やろうと思えば変えられるんだ。獣人とか竜人とか作る人居るだろうなぁ」
[それは想定された遊び方ですね]
「おぉ、流石。自由度の範疇か。その内テスターの誰かで試されそう」
特に変な所は見受けられなかったので僧侶と錬金術師っぽいアバター……前髪が垂れ、ボサボサした茶髪の女の子にしておいた。なんだか田舎の魔女っ子っぽい。
実際、今度劇をする作品のキャラの一人、魔女キャラを参考にした造形だ。
声は俺より高く、だけど女子にしては低くボサボサした声質をしている。これはそのキャラを演じる部員に寄せた。大声が出せないと悩んでたから、彼女が参考になるアドバイスをする為にそうしたのだ。
[おやおや? TS願望をお持ちですか?]
「現実と同じ見た目なのはイヤだし……それに俺は演劇部だから。今度の劇に合わせて一緒に演じる子の視点でどう見えるか、知った方が良い演技が出来るかなって」
[……変なお人ですねぇ]
「えっ……そうなのか…?」
これ変か? やっぱり折角VRゲームなら現実と違う姿にするのは醍醐味だよな?
それに本来の目的である演技をよくする努力は忘れてはいけないし。
丁度与えられた職業もこのキャラに近い所があるからと選んだものだ。
……一度選んだからには貫き通そう。改善は次回からだ。
[では──最後に今作のメイン。【
「
[テスターに限ります。本来ならプレイヤーの望みに沿った力を授けます]
「なるほど。それなら……固有じゃないスキルとかは?」
[アビリティは"まだ"ありませんね。今後次第です]
あ、このゲームだとスキルじゃなくてアビリティって言うんだ。
「まだまだ発展途上なんですね」
とはいえ、自由と言われても困るもの。
【
「【
[……ほほう、その心は?]
「僧侶と言えば回復ですから」
[なるほど……ではPC名を教えてください。これは1プレイに付き毎回変わりますので、お気軽にどうぞ]
プレイヤー名ではなくPC名……もしやローグライクみたいなキャラロスト要素があるのだろうか。
それならそれっぽい名前にしないとな。うーん……「フラッタ」でいいか。
「書きました。次はなんですか?」
そう言うと、AIはこれまでと違い畏まった文字でYES/NOを提示した。
[──あなたの過去を体験するかどうかお選びください]
「????」
……経歴? よく分からないが、テスターならこういうのはやってみてこそだよな?
「YESで」
よく分からないまま俺はYESを押した。
[拝領しました。それではテスター4様──
その言葉と共に意識が遠くなる。
これからゲームが始まる事に不安とワクワクを感じながら、俺は導かれるように深く深く、夢の中へと沈んでいった。
VR…山本が産まれる百年前に開発された技術。脳とネットを接続し仮想現実を歩けるようにする。日進月歩の甲斐もあり、最高峰のものは6時間を三ヶ月にする加速が可能。
《Power of Anything goes》…世界観を一つの島に閉じる事で仮想世界全体の質を上げる試みがされたゲーム。島と言ってもリンクのブレワイ島くらいある。