都市ヘーグイ…二重の防壁が築かれた城塞都市であり、5万の人口を抱えている。市民には三年の兵役が課され、毎年1000人が村や街に送り出されている。貴族制であり、王の立場は都市長という名前で存在する。
生活圏が貴族街、市民街、地下街で別れており、地下街は推奨Lv.1〜5のエリアとしても扱われる。
俺の拠点は都市から歩いて3時間くらいの離れた場所にある。
都市ヘーグイは立体的にぎゅうぎゅうに詰まってるから拡張や改造が難しいとか、市民として兵役に勤める義務が面倒だからとか色々あるが、1番の理由は魔術を気軽に行使する為だ。
都市の中だと事故が怖いからな。だからこうして都市の外に建てたのだが……。
「ぉぉ……ぐっ…」
「いたぃ……」
「まさか初めての客が盗賊とはねぇ」
魔物は適当に魔術で罠を張れば食事になるが、こういう輩が来るのは想定してなかった。
考えてみれば当たり前だな。いくら都市に近いとはいえ、食うに困った奴は幾らでもいる。
寧ろ、都市から盗みに来たまであるよね。腕に自信があればここら辺の魔物なんて蹴散らせる範疇だし、腕に自信が無くても逃げられる奴ばかりだ。
「それで、死ぬか衛兵に突き出されるか、どっちがいい? 対策してなかった私にも非はあるし、特に盗めるものも置いてなかったから選ばせてあげるけど」
「ぐっ……なんで獣人の
「なにも見えない……」
「おっと、そういえば私の種族は人扱いされてなかったか。失敬、下の立場でありながら人に楯突いてしまったようだね。だが、君達も家のある者に盗みを働いた賊だ。ここは同じ
そういえば今の俺は獣で人でなしだったな。家を貰う時は身を隠して対策してたってのに、忘れてたよ。
市民じゃないから法が守る範疇じゃないし、となると衛兵に突き出す権利がそもそもないな。となると殺すしかないが……人を殺した獣の扱いなど知れている。勝手に蘇るプレイヤーなら兎も角、コマを殺したら世間体が終わるか。
学校を作りたいなら、その辺りに注意を払わないとなぁ。
「じゃあどうする気だよ……」
「そうだなぁ……君達のお名前は? 顔からして姉妹だろう?」
適当に使った土鎖の魔術に囚われた赤髪の美少女姉妹にそう訊ねれば、勝気な方がムスッとした顔で答えた。
「……オレはサンシャ、テメェの魔術で
髪の短い方がサンシャ、髪が長くて一つの三つ編みにしてるのがリーリャね。
レベルは纏ってる魔力からして2と1。見た目の年は8と7かな。コマとしての稼働時間は精々三日だろう。新規生成されたコマ特有の欲の薄弱が見て取れる。同じ役のコマが殺されて、その代わりとして生成でもされたのかなぁ…? あまりいい役ではなさそうだし。
そして魔物からは逃げてやって来た感じと……よし、覚えた。
「改めて初めまして、こんにちは。私はビリデス、君達が言うところの
「たてなぃ……」
「おっと…はい、そちらのお嬢さんもどうぞ」
指を弾いて二人に掛けた魔術を解き、居間に座らせてお茶と菓子を置いた。
さーてどうしようかな。まだ生徒は募集してないが、このまま帰しても適当な金持ちの家で盗みを働き、クエストや依頼を受けたプレイヤーに殺されるのがオチだろう。
死に役が割とすぐ復活するのは家を建てる合間に観察して知ってるからなぁ…ま、本人に選ばさせるか。
「石造りの大きな家に古本が四冊、それから茶葉と磁器の食器と菓子しかない所だが、ゆっくりしていくといい。あーでも、最近は果樹園を始めたのだったね。腹が空いたら適当にもいで食べてくれ。魔物が偶に彷徨いているが、適当に逃げれば大体なんとかなるからあんまり心配しなくていいよ」
「早口言葉かよ……」
「本題の前に何を話すか困ってるだけさ。取り敢えず話の種を適当に蒔いているから、いい感じに食いついて欲しいなーって思ってる」
「変なとこで正直だし……」
失礼だね、空気を読む側じゃなくて作る側だからどうするか困ってるだけだよ。
「あの…ビリデスさんは私たちをどうする気なんですか? 私達は市民権のない下層育ちですし、盗みを働いたら殺すと思うのですが……」
「そんでこっちもバカ正直に聞くし…!」
リーリャがおずおずと質問して、サンシャが頭を抱える。
そんな二人を前に、俺はふむと指を顎に当てて考えた。
いきなり本題に入るタイプかぁ…まぁ下層ってスラムのことだからな。
ヘーグイは立体構造だが、基本的に下や外側に行くほど貧しい人達の棲家になる。
地下の下層民、地上の市民。都市長や貴族は二重壁の中、中心部だね。
外から街全体を見たら三角になるのがヘーグイの街並みだ。俺が古本を初めて読んだ場所は地下と地上の狭間辺りになる。
「見ての通り、私は都市の産まれじゃない。魔術に憧れ学びに来たが、所詮市民権を持ってないただの兎だ。ちょっとばかしキーラ大森林の拡大を阻止する助けになったが、その功績で貰ったのはこの家と住む権利だけ。そもそも、市民でない人を裁く権利すら持ってないのだよ」
紅茶をずずりと飲み、目で促してみた。特に意味はない。
なんと二人はそれだけで察して一口付け、サンシャは小声でうまっと言っていた。
なんでこれだけで察せるんだよ少し分けてくれ。
「まぁここは都市の外だ。殺そうと思えば殺せるし、旅人に扮してしまえば突き出せる。最初の脅しはハッタリじゃない。
しかしそれをすると……最近出来た夢が遠退くと話してて気付いてね。なのでこうして雑談と提案でもしようかと思ったのだよ」
「じゃあその夢ってのは? オレ等を助けて近付く夢なんざあんのか?」
「学び場を作ることさ」
勿体ぶる場面か悩んだが、そこまで大した情報じゃないのでアッサリ言った。
すると二人は困惑した顔でお互いの顔を見ている。なんだ、常識に合ってない自覚はあるからそれ以外で質問してくれよ。
「やっぱり分からん。お貴族様にモノを教えるのと、下層民を助けるのがどう繋がるんだよ」
コイツ論理的な思考高いし色々知ってるな。やはりコマは死に役でもコマか。前任の知識を継いでそうだわ。
現実ならここで学び場についての解説が挟まってたぞ。
「私は目指してるのは万人向けさ! それも魔術に特化させたやつ!
貴族だの地下育ちだの獣だの関係なく、みんなが同じイスに座って教師の教えを学ぶ場所!
……というのが理想だけど、出来ても下層民向けになるかなぁって悩んでるのよね。お金は必要だけど、貴族は誇りが有って、市民は古本一つ買える財力がある。
魔術師になるのに必要なのって魔術向けの本一冊で十分だから、初期は孤児院を兼ねた慈善事業になるなぁって悩んでるの」
悩み所だよねぇ……ゲームだから入門が手軽なのは道理だけど、お陰で独学でもユーザーになる分には問題ないし、態々学校を創るまでもない。
だからやるなら大学みたいな高尚な道か、青空教室みたいな慈善活動の二択。
なら俺は敷居の低い方を選ぶよ。大学とか院生とかのレベルの人って大抵良い役職就いてるし。こっちが金を払う必要があるもの。
「教え育てる、育ったら仕送りして貰う。それで教育と救いの手が巡る。将来はさっき言ったみたいなものにしたいけど、今はそんな感じ。孤児院ならもっと職の窓口は広げたい所だけど……私はほら、魔術師だから。それに魔術は沢山の人に使われてこそ! じゃないと魔物に化けて襲われちゃう!
──さて、ここまで言えば繋がるでしょ? 私の夢とあなた達を歓迎してることの繋がりが」
「……オレ達を迎え入れて、魔術師に育てたいと?」
「願ってもない提案だけど……やっぱりビリデスさんは得をしてないような?」
今更損得とか言うなよ。孤児院なんてそんなものだし、フラッタの時の院長は少しの接触で分かるくらい善意と優しさの鬼だったぞ。
「別にいいじゃーん! 夢なんて損得で考える方がバカを見るんだよ!
──これが本題だ。"会って間もない奴の孤児院に入って魔術師を目指す"かい? それとも、"このまま帰って行く"かい? 折角ならもっと話し合って私の人となりを知って貰いたかったが、直ぐに本題に入りたがってたから仕方なーい! 情報が少ない中、懸命に選びなさいな! 私はそれまで紅茶を嗜んでいるよ」
さて、決まるまでのんびりするか。
「入らせてくれ!」
「……私も!」
さて、紅茶を一口も付けられずに話が決まってしまったぞ。
大丈夫かこの二人。こんな簡単に頷くとか騙されて悲劇を演じることになるぞ。
何処に信用出来る要素があったんだ。俺は自分がどうやって信用させたのか検討が付いてないぞ。
それっぽく話してただけだからこの会話がどんな流れだったか分かんないぞ。
「おおう即答かい……分かった。それなら歓迎しよう、サンシャ、リーリャ──ようこそ、緑の魔術学院に!」
ふぅ…住まいの用意が急務になっちゃったぞぉ、どうしようかなぁ…!
このゲーム、タイミングのテンポが早いせいでせかせかしないといけないのがね………忙しいね!
とりま紅茶飲んでから出発するか……勿体無いし。
「けど意外だね。地下育ちでこんな怪しい誘いに乗るだなんて。初対面の人と同居とか怖くないのぉ?」
「やぁ…野宿よりマシだし。それにさ」
「嘘を付いてるとは思えないので……どうなっても今よりマシかなって」
「…癪だけど、何となく今までと違うって感じがしたんだよ。提案された時にさ、何となくこれから死ぬかもなぁって感覚が消えたから」
「ビリデスさんって表情が分かりやすいですし……だから信じてみようかなって」
「後、オレ達は騙されようが奪われるもんはねぇ」
あ、姉妹特有の息のあった会話のバトンリレーだ。リアルだとお目にかかれない奴。初めてみたよ。
「うーん、見縊ってたねぇ。
コマの記憶がどう引き継いでるか知らないけど、役を引き継ぐといつもの流れ、これからの流れが分かる感じなのだろうか。
うーん…恒常クエストの死に役を継いだとして、死ぬまでの流れを事前に教えておくのは演劇じゃ普通のことだからなぁ。そういうものなのかもだ。
ともすれば……殺人鬼役のコマに殺される役のコマと似たような感じなのかも。大変だなぁ、コマの仕事って。
「ま、いいや。ずっと同じ結末じゃあ面白くないし、偶には自称善良な魔術師に拾われるパターンが有っても良いよね!」
「自分で自称って言うんだ…」
という訳では二人を風呂に突っ込んでる最中に錬金でデザイン候補として仕立てていた制服(仮)にもうちょい手を入れて、風呂上がりの二人に着込ませてみた。サンシャは探偵っぽい感じのやつ、リーリャは白シャツ的なのとスカートだ。男女別ワンセット、緑を基調とした黒と白でいい感じに彩ったものとなる。胸の赤ネクタイ、赤リボンがワンポイントだ。
「おぉ」
「わぁ…!」
「どーお? 礼服として結構拘った奴なんだけど。後は背筋を伸ばして自然体で歩けば君達を地下育ちって思う人いないだろうね! 人間見た目が9割なのさ!」
「いや、ローブだけ羽織ってる奴に言わむぐっ!?」
「っとう!……あっははは。ありがとうございます。こんなにいい服をくれるなんて」
なんで姉の口抑えた? ただの事実を言ってるだけでしょ。別にいいんだけどさ。
「明日は食べ物や日用品とか色々買うから、その時はそれを着ておいてねー。今日は君達の部屋を仕立てるから、こっちの普段着で雑用してちょーだい!」
「「はい!」」
そんなこんなでアレそれ用意したり、足りないお金を適当なクエストや討伐、使い捨てのスクロールを作ったりして稼ぎつつ日々を過ごし──あっという間に五日が経っていた。
その間の二人は意外にも素直であり、畑と果樹園から獲れた物を食べたからか血色も瞬く間に改善されていた。今の二人を見て元は地下育ちだと思うものは誰も居ないに違いない。
「……アレェ?」
おっかしいなぁ……夜に闇討ちの一つでもやってこの家をまるごと乗っ取りに来ると思ってたのに。
リアルだと俺がたんまり稼いだ日はバイト代を奪おうと帰り道で襲い掛かる強盗やスリが居たんだけど……同じスラム育ちでもゲームとリアルじゃ違うってことかな。
「あっ?」
「ひ…!」
[↓PC 621 jobLv.5/Lv.3]
「おっほ! 美少女姉妹発っけ──」
「誘拐し欲を満たそうとする頭を持つ者には破裂の呪いを……はぁ、この人は4回目だっけ? 学ばないよねぇ。ちょっとは怖がってくれてもいいのにさ?」
うーん……プレイヤーはいつも通り欲望に忠実だからなぁ。この辺りの人の良さがリアルとゲームの差になってるのかもだ。
プレイヤーは殺しても死体が残らないし、罪に問われないのはいいけど……さすがは都市だよね。買い物をするだけで何人にも絡まれる。
幾ら二人の身体付きが良くなったからって、そこまで正直に欲情したくてもいいんだよ?
「仕方ないですよ、先生。上の世界からの
「しかしねぇリーリャ君。流石にこうも毎回だとうざったくなるのだよ」
「しかしもなにもねーよ、センセ。アイツらは困ってる時は貴賤を選ばず助けてくれるし、死を恐れずに魔物を沢山殺してくれる。オレらの代わりに森を開拓してくれるからって、都市長様が直々に丁寧に接してやれーって後ろ盾になってるんだぜ? 人ならそうそう悪い顔は出来ねぇよ」
「……ふーん。大変なんだね人間も。こういう時は獣扱いでよかったーなんて思っちゃうよ」
こういう時、この世界に馴染んだコマの言葉は世界観に深みを持たせてくれるよね。
俺からすればただの欲望全開の猿なのだが、コマからしてみればスラム育ちでもこういう反応になるくらいには、プレイヤーは悪いものじゃないという扱いであるらしい。
確かに魔物のいる世界で代わりに怪物と殺し合ってくれる不死の奴らが居るなら、そのくらいの計らいは妥当なのだろう。それもリアルより善人の多い場所なら尚更だ。
「でもさ、ずっと弟子のお使いに付き添うのも手間なんだよねー。そろそろ研究に専念したいしさぁ」
「それは…はい。すみません」
「しゃーねーってリーリャ。魔術の本を見るにもまだ文字を学んでる最中だしさぁ」
「だからちょっと先取りしよう」
後ろからえって声が聞こえたが、ゲームでずっと子守りと育成ばかりにかまけてもいられない。
忘れてるかもだが、俺は今回海に眠ってる「神の声」をなんとかしてくれと友人に頼まれてるのだ。
いつまでも魔術学院運営で遊んでないで、頼まれごとを進めないといけない。
「はい、これ」
「「……本?」」
「教科書さ。絵を多めにしたから雰囲気で魔術を学べられるようになっている」
俺は中身がプレイヤーだからか、コマとして食事と睡眠も必要なものの、二人よりかは少なく済む。
なので生徒がまだ寝ている最中、蝋燭を傍に作った。
この兎の手は不器用だから、幾つかの魔術を組み合わせて描いたんだ。全三冊、文字なら一冊に纏まる内容をより簡単に、よりわかり易く、より楽しく学べるようにしてある。
ナビゲーターのうーてすちゃんと一緒に立派な魔術師になりたまえよ。
「全三冊、一冊ずつしかないから、二人で仲良く読みなさい。魔術は初めの一歩さえ踏み出せば後は閃きが使える魔術を増やしてくれるからね。読み終わる頃には、知らない人に肩を叩かれてもへっちゃらになってるだろう」
文字を学んで魔術を学んでーなんて直列の学習は時間がかかり過ぎるんだよ。
上巻を読み終えた頃には降り掛かる火の粉から逃げる術を覚えられるようになっているからな。あまり俺に手間をかけさせるなよ。
「──センセー!」
「ありがとうございます!」
「わっ!?……急に飛び込むのはやめなさい! フードが取れちゃうでしょうが!」
そういうのやめなよ! 君達人の中では幼くても俺よりはデカいんだから! 体格差を考えろ!
距離感もだ! 生徒じゃなきゃプレイヤーと同様許可なく触れた手を斬るくらいの案件だよ!
ここには礼儀の一つもないのか? ちょっと礼節の授業増やすべきか悩むな…。
「はぁ……落ち着いたら離れなさいな。全くもう」
大通りでやることじゃ無いと咎めるか悩んだが、怒るのも場所を選ぶべきだと考え、俺は二人が落ち着くまで放っておくことにした。
全く……なぁんで五日しか一緒に過ごしてない奴を、胸に飛び込むくらい信用出来るのかねぇ…。
二人が俺をどう見てるのか全く以って分からんな。
討伐クエスト用コマ「盗人姉妹」
赤髪が特徴の地下街の敵対コマの一つ。恒常クエスト「貴族街の盗人」で何回でも討伐出来る。
仲間になることはなく、プレイヤーに出来ることは捕まえて依頼者に突き出すか、殺すか、クエストを失敗して逃すかのどれかのみ。どれを選んでも最終的には姉妹は死ぬように設計されている。
ランダムに選ばれた「裕福な家」から盗みを働き、家の主人をクエストを発注。放置された分だけ盗賊Lv.が上昇。最終的に死ねば初期状態で復活するのを繰り返す。
盗みを働く理由は生きる為。盗みしか知らないからそうしているに過ぎない。
普通なら仲間にならないが、今回盗みに来た家の主人が従来の手順を無視してクエストを発注せず学院の生徒にした影響でいつものルートから外れている。
こういうことはプレイヤーが介入せずとも偶にある為、仮にこのまま生徒として卒業すれば「盗賊姉妹」ではなく、「緑の魔術学院生徒」として新たな役を得ることになるだろう。
その場合、気軽に金を稼げる恒常クエストが一つ消え、魔術学院から発注される何かしらのクエスト枠が一つ増える事になる。