ユッコ…江戸のある茶屋に産まれた看板娘。最近よく来るお侍さまが心配……と思ってたらお侍さまがいつも大切そうに懐に入れてた櫛が椅子の上に置かれている。なのでちょっくら忘れ物を届けに追いかけることにした。
お侍さま…戦場がなくて出世の機会も名を上げるもない貧乏侍。最近関ヶ原で大きな戦が起きると聞いたので東軍に行く事にした。
西軍の武将…お城アリ、金に余裕アリ、強兵アリ。すごく強い。一眼見たユッコに惚れる。
戦場「千本桜峠」…徳川が花見のために関ヶ原の近くの山を桜山に魔改造した場所。文字通り千本の桜が植えられており、春はそれはもう見事な景色となる。現代には残ってない。
仮に地獄があるとすれば、それは眼の前の景色と同じものが広がっているでしょう。
「どうだ見事な用兵だろう! これぞかの最強と名高き車懸りの陣なり! どわっはっはっは!!」
櫛を握り、唇を噛んで涙を流し……きっとどれほど流しても、この身では全ての死を悲しむことが出来ないと思うと、とてもやるせなく…歯痒い思いを、お侍さまの死を誤魔化せなくなるものですから。
「戦に行こうと思う」
彼は常連客の1人でした。
「近いうちに大きな…戦国最後となるだろう戦があってな。そこで武将の首を取って、一国一城の主にでもなってやろうと思うのだ」
私は茶屋の娘です。侍や武者の世界とはとんと無縁で、近い内に近所の金物屋の若旦那に嫁げれば最高のアガリと思っている程度の、今年で14になる普通の生娘に御座います。
茶を運び、愛想良く笑い、時折り厨房で菓子や茶を作る。時代は戦乱の世でありましたが、幸いにも私はそんな斬った張ったとは無縁な日々を送れていたのです。
ですから、客の1人がそのような事を申しても、私ははぁと曖昧に頷くことしか出来ず、なんとも言えない顔で頑張って下さい、などとありきたりな言葉で見送ることしか出来ませんでした。
「あ、櫛…」
そんな折です。お侍さまが帰った席には代金と共に、稀にじっと見つめては懐に仕舞っていた櫛が置いてありました。
漆塗りの、金銀の粉が
傷一つなく、それはそれは高そうな櫛で、お侍さまは大事にされていたのでしょう。
「おーい、忘れ物ですよー!」
普段あんなに神妙そうに見ていたものです。きっと大事な誰かの遺産なのでしょう。
いくら戦に疎い私でも、初陣に行く時に大事な物を忘れるのが縁起の悪い事だと分かります。
急いで声を掛けますが、今日に限ってお侍さまは足早に立ち去った後でした。
「……おっとさん! ちょいと届けに行ってくる!」
常連とはいえ客と店員。次に来るまで置いておけばいい。
きっとそうするのが正しかったのでしょう。ですが、この時の私は漠然とした不安に駆られて……ここで渡しに行かなければお侍さまが死んでしまうような、そんな得も知れぬ責任感と不安から、足早に追いかけたのです。
「お侍さまどこ行った…? おーい! おーーい!!
……ど畜生、こっちは死んだって知ったとき、あの時渡さなかったからって思いたくないんだよ!
失礼だと思うけど、正直あの人が生きて帰ってくるとは思えない! 私はこういう忘れ形見とか大嫌いなんだ! 意地でも返してやる! 死にたいならテメェが背負うべき想いも全部持ってけ! それがせめてもの義理ってもんだろう!? あんのすっとこどっこいが!」
そんな訳で自分勝手ではありますが、私は罪悪感を抱かずに済むために、ひーこら言いながら江戸を探し回り、終いには旅支度までしてお侍さまを追いかけたのです。
村に着けば探し、また新たな村で探し……道中で襲い掛かる不届者もおりましたが、そこは拳骨で懲らしめてから先に進みました。
「金目のもん全部置い──カハッ」
「なん──」
「この女やば──」
「邪魔すんじゃないよ、タコども。こっちはお侍さまに義理を成させる為の巡礼中なんだ。死にたくなきゃとっとと失せな」
「「「ひ…ひぃぃ〜〜!!」」」
不思議と殴ったり蹴ったりするのは茶や団子を作るより上手く出来ましたから、私の旅は想像よりも穏やかな時間が過ぎていったのです。
「──そこの女を捕えろ。儂が"使う"」
「……あ"ァ"?」
関ヶ原に着いた時、私に掛けられた言葉はとても不埒なものでした。
後から知りましたが、戦利品というものだそうです。戦場で得たものは奪った兵のもの。
それこそが命を落とす場に出た事への報酬である。だから戦場では女子供を殺すも使うも自由で、のこのこと現れた私は奪っていいものとして彼らの眼に映ったようなのです。
酷く悲しい風習ですが、自ら与える金に限度があるのはどこも一緒かと思えば、そう腹は立つ事もありません。
知らなかったが為に七百の腕を囚われぬよう、戦に出れぬよう脱臼した事故もありましたが……知らぬは一時の恥なりとも言います。以降に恥をかかなければ宜しいと、私は粗相を働いた武将に対し頭を下げたのです。
「無知が理由とはいえ無闇に兵を弱めたことに謝意を。外した腕は全てハメ治しましたが、しかと治るまで七百力の働きを致しましょう」
「──がっはっは! ただ戦場に迷い込んだ哀れな女かと思えば、随分と愉快な鬼女が来たものだ! 宵い宵い、其方の同行を許そうぞ!」
一体何が面白かったのか、武将は笑って私を迎え入れました。
私は本当に戦場での女の振る舞いを教えてくださった礼と詫びとしてそう言ったものですから、何故そんなに愉快そうなのか、トンと理由がわからず困惑するばかり。
武将はそれを見て更に笑い、気まずい時間だったと記憶しております。
「先日の地震で崩落したか? 大岩が道を塞いで──」
「退かしましょう」
「いや流石に……えぇ?」
「すげぇ…馬50頭と人500を抱えて川を飛び越えたぞ…」
「おらぁ出来たとしても絶対あの女は抱けねぇ。挿れた鞘が潰れちまうよ」
「次の方ー! 壊れた橋の代わりに全員で渡すんですから、パパッと集まってくださーい!」
「姉御、試しに一回思いっきりあそこの山に向けて刀を振りかぶってくれねぇか? 姉御が山を切れるかどうかで賭けをしてんだ」
「あんちゃん! そのくらいなら刀なんていらねぇよ!──ラ"ァ"! ふぅ……悪い、流石に大口だった。この距離じゃあ山崩れが限界みてぇだ」
「……いや届くのかよ…妖術怖ぇ〜」
そんな気まずい様子に神様が悪戯心でも抱いたのか、行軍は今までと比べ前途多難でありました。
地震で大岩が道を塞ぎ、橋が壊れ渡れず、兵が期待する一芸に応えられない。
一つ一つは大したことはなくても、こうも重なれば流石に私もへとへとに疲れてしまいます。
「なに? 戦場には出ないと?」
「ここまで十分助け、私が怪我をさせた兵も元気になりました。ここからは元の人探しに向かおうと思います」
「そうか……いや、構わん。どうせ儂らにお前は止められん。だが、お前程の者が探している人とはどんな奴なのだ。最後にそれだけ問わせてくれ」
ですが、疲れたのはいい契機でもございました。
そろそろ
私は武将に別れを告げて、最後ならばと誰を探しているかを語ったのです。
「ほう……侍に櫛を…か」
「はい。大したことないと思うかも知れませんが、私にとってはこれが最も大事なことなのです」
「そうは思わんな。お前はこの戦乱の世でも他人に向ける優しさを備えてる。それがどれだけ希少か、儂はよぉく分かっているぞ。
そこでだ、妙案が一つある。立ち去るのは聞いてからでも遅くはあるまい?」
そして武将から語られたのは、争うその直前……互いの陣が造られる時まで付き添うというもの。
道に迷って遅れては台無しだ。もうじき戦場に辿り着くのだから、出陣した時に探せばよい。そんなにも強いお前が死ぬことは無いだろうから、これが1番確実に会える方法だろうと。
悩みました。
武将の言葉は道理で御座いましたので、断る理由がありません。
ですが……そこに何か裏があるというのは、幾ら争いに疎い私にも分かること。正直従ってよいものかと私は頭を抱え……。
「……分かりました。ではもう暫しの間お側に居ることにします」
「ククッ…それがいい。賢明な女は好きだぞ」
結局、ご厚意を跳ね除けるのは失礼であると頷いたのです。
──そして、全てが冒頭に至るのです。
武将は私をあの手この手で引き留め、始まった戦は私に悲嘆を齎し、目の前で途切れる命に心を痛める。
私が最も嫌悪を抱く全てが、広がっていたのです。
「どうだ!! どぉーーだァ!!? この血と怒声こそ戦の花!! 戦を知らぬ者すら魅了する死と知と暴の芸術よ!!
あっはっはっはハハハハハ/ \ / \
/ \ / \ / \!!!!」
興奮と絶頂を共に迎えた笑い声が耳に残るのです。
汚れきった全てが身体に纏わりつくのです。
悪縁が鎖となり、散った命は桜の塵となり。
「────!?
肌に墨を落としたように、全てが私に刻まれるのです。
『恨み…怨み…裏見りゃ二度と表にならず……怨み
……一つ、私には生まれてからずっと同じ夢を見ているという、ちょっとした特技がありました。
それは赤い陽射しが差した深い森。神の道と見間違う蛇の道。
その道端の、蛇の卵の殻となった夢。
『
無形、無根、無知、無銘。それ即ち──』
何も知らずとも、誰に聞かずとも、私は無意識に悟っていたのです。
我が身は怨みの蛇を閉じ込める殻であり、誰かの無念を背負う程にこの
そうなった日が、私が愛する全てが壊れる日なのだと。
「一刀流──」
だからこそ。
「鎖だ! あの鎖こそ東西万軍の死と怨根を吸い取る根本だ!! 死した
だからこそ──。
キン…。
「──…絶縁だ、ユッコ。何も背負わず、あの世へ行くといい」
『……いーえ』
この夢を、正夢にせずただの悪夢として終わらせてくれたことが嬉しくて。
もう会えないことがひたすら悲しくて。
『あなたを好きになったこと。それだけは抱えていきますよ、お侍さま』
せめてたった今抱き失した片想いの分だけの傷を残そうとして。
「なら、両想いだったな。
……せめて、良い夢を」
……到底敵いそうにない事に苦笑いして、この世の何処でもない場所へと引き摺り込まれました。
お侍さま…戦を最後まで生き残り徳川から柳田の名を授かる。その名誉を種火に道場を立ち上げ、最後は自分の子供3人に囲まれて死んだ。
西軍の武将… 即座に最も斬るべき物を見抜ける眼の持ち主。名誉の戦死を遂げる。ユッコを引き止めてなければ戦場のど真ん中で『怨故痴審』が出現し、迅速に封じ込められずに数百万の無辜の民の犠牲が出ていた。
ユッコ…夢の世界に迷い込んだ際に存在を原生物の殻にされた。代わりに尋常じゃない怪力を持つ肉体を得たが、死者の無念が近くで発生するとそれを吸い取り蓄積する体質になる。ゲーム的に言えば怪力になり経験値獲得率が百倍になる代わりにレベル上限で死ぬ体質。
夢の世界を放置するということは、こういう被害者を容認するという事である。