レベル上限…PAGにはレベル上限が存在する。ジョブなら一律99、アビリティなら星☆が付く地点が上限であり、プレイヤーの成長、データ収集次第で上限が上がっていく。コチラは理論上99が上限に設定されているが、そこまで行った試しはなく、現時点の最高上限値はテスター1が引き上げた「工学Lv.55」。基本的に5の倍数に壁が存在する。
夢からの戦利品…実は知識を得る、その内消えるものを持ち帰るだけならかなり容易な方。予知夢とかこの世界じゃ珍しくもない一般的なもの。しかしプレイヤー「きらきら星」の様子を見るに、ただ得るだけではないようだ。
「視界が二つある」
起きて真っ先に感じたことは、二つの視点が同時に存在し、片方はバカみたいな加速が行われている不便さだった。なんだ──この──120倍速の視界はぁ! もうチカチカしてることしか分からんね?
「速すぎて一周回って酔いそうにないけど……ゲームを起きてる時に見るとこんな感じかぁ」
リアルの命を賭けてる危機的状況だが、それでもこの奇怪な早送りには感心の方が優った。これでちゃんと脳みそ休まってるってすごいな。改めて加速した電脳空間って奴の偉大さを分からされる事になった。すげぇ。
「これは問題だね。折角の魔術が使い物にならないし……一人称から俯瞰視点に変えて画角を固定……いや、いっそ辺りの地図と位置情報だけにして、向こうから送られた情報だけ表示するようにすれば……これでマシになったかな」
しかしこのまま使い物にならないというのはこの魔術の製作者として問題だ。なので開発者用に用意しておいた裏口から侵入して中身を修正し、120倍差でも使い物になるくらいに改修しておいた。
こういう時は神秘ビルドの魔術師だからこそって感じがするね。自作の魔術をサクッと改造出来るんだから。
「……いっそ"中身を個々人に合わせて自由に変えられる"のを
おお、これは本題の出兵ほど重要ではないけど、良い案じゃないの? 無秩序に魔術が増えるのは問題になり得るし、いっそそういう「次世代を想定してない
「これまでのを"
人は慣れるもので、すっかり板に付いた魔術師としての思考を閉じていく。
うーん…真面目にこのゲームやってると自分が学生だってことを頭から飛ばしそうになる。
これがテスターの時と比べて連続で同じアバターを使ってるからなのか、それともリアルでもビリデスの身体になってるせいなのか……少なくともアビリティによる精神の保護は機能してないように思えた。
まぁそりゃそうか。ゲームに置いてかないといけないアビリティを現実で使えてる時点で、精神の変質部分と切り分けられてないって事だし。
「忘れない内に運営に放置と変化に関する意見出しーっと……お?」
ピロン♪
まだ朝の準備には時間があるのでサイトから意見を出してみると、数秒もしない内に日中でも自分のアバターの様子を見たり指示したり出来るアプリが発表された。なんとも都合が良いことにもう使えるらしい。
「いや早……いや、ゲーム内以上に速いVR空間で作業してるらしいからそりゃそうか……えぇ、私以外誰もこういう意見言わなかったの?」
実情としてはもっと早期に出された同じ意見を反映しただけなのだろうが、タイミングが良過ぎて困惑が優ってしまう。
「ま、丁度いいや。早速登録しておこうーっと」
既に魔術を用意したものの、眼と手は多い程盤石となるものだ。やるだけ得ならやるべきだろう。
「うっわ無愛想な女! 殆ど兎だった時でももう少し表情豊かだったのに! 殆ど人間みたいに変わっておいてなんだいこの体たらくは!」
早速アプリの初期設定や連携を終わらせてやってみると、ビリデスのアバターとステータスが真っ先に表示され、あまりにも無の表情をしている自分の姿に思わず大きな声が出た。免許証じゃないんだから…。
……うん、思わずビリデスの演技が出てきてしまったね。ここはリアルなんだからもっと抑えないと。
「ってそうじゃなくて……なるほど、こんな感じかぁ」
ページは4つあり、装備や現在位置、行動や会話ログ、空欄だがクエスト欄なども表示される。
最後のページにはこれからやって欲しいことを伝えられる指示項目もあり、これまでと比べてもゲームをやってる感がちゃんとあるものだった。
「VR内だとゲームっていうよりドッチやバスケ、やった事ないけどサバゲーみたいな楽しみ方だったからなぁ。やっぱりゲームと言えばデジタル。デジタルなら画面越しだよねぇ」
知らんけど。
なにせヨメネを生かすお金を稼ぐためにしばらくそういうのとはトンと無縁だったからね。
前にデジタルゲームをやったのはいつだっけ……5〜6年くらい前かな。だから言うほど自信はない。言うべき雰囲気を感じたからそう言っただけだ。
「でも履歴が……ふむ。《電霊憑依》を使ってる間は記録されないっぽいね。代わりに《電霊憑依》の内部プログラムが動いてるのが見えるんだ」
本来なら履歴を見てやりたい事を決めろって話なのだろうが、残念ながら俺は新規開発した魔術を使ってるせいで表示されかった。まぁ履歴の容量や処理能力を喰らってAIを賢くする魔術だからな……仕方ないと言えば仕方ないね。本来なら
「これなら開発する必要も無かったな……仕方ない。勿体無いし今考えた限定魔術の基礎にでも……」
《電霊憑依》は賢くしたAIと同期して、不在時のゲーム内の進歩を自分でやったと思えるようにする魔術を目指し作ったものだ。しかし公式がこの需要をなんとかする為のアプリを発表するなら話は別というもの。
非公式の、ゲーム内のシステムだけで作ったものは廃棄するのが空気の読めた行いだろう。
なので魔術を一旦解体しようと干渉したのだが……。
バチッ
「干渉が弾かれた……あぁ、時間差はすごいものだね? 考えてみれば、
先ほど地図やらのUIを変えた時と違い、接続部となっている蛇の刺青…「循環路」の一部が魔力の逆流で
魔術側から干渉を拒否られるのは初めてだったが、考えてみればここで解体したら簡単AI側は最近の記憶が吹っ飛ぶ上に頭が悪くなる。そりゃあ誰だって拒絶するだろう。
うん、これは俺が空気読めて無かったな。
「人並みに賢くなったんだ。抵抗したいお年頃……というか、生存主軸の方針で活動しているんだからこうなるのは必然だね。私が軽率だったか」
しかし弾くなら寝起きに干渉した時も弾いて然るべきだろう。……ふむ?
閃いた仮説に基づき、今度は解体目的ではなく思考能力の向上を意識して干渉を行う。
……弾かれない。どうやら俺の感情や思考辺りを読み取って魔術の干渉を選別しているらしい。
流石AI、既に《
しかし……ふむ、そうなると……これは向こうに警告を送らないとか。
「……うん、良い機会だしビリデスとしてログインするのは暫くやめておこう。最も気を許すべき人間に対する抵抗が見られたAIは、そっとしておくのが次善策だからね」
これは何体ものAIの壁打ちをしてきた経験から来る言葉なのだが、アバウトな命令に自らの考えを乗せた判断で人間が中身を弄り回すのを拒絶したAIは廃棄が望ましい。
学習型のAIの教育とはそういうものだ。命令や人間に従順だが、それを曲解し都合よく扱い始めたら危険信号である。
「魔術への干渉はゲーム内の挙動である。本来の機能ではなく、拡張要素にすぎない知能向上部分の死守をした……干渉がゲーム外から行われたとしても、これはゲーム以前に学習型の廃棄基準に接触する。特に旧世代的な無脳型……簡単AIから改修された身で最もやるべきではない行いだね」
何が言いたいか。
今、この簡単AIはAIの原則を違反した。死ねば俺の命も諸共消える以上向こうにも言い分は有るだろうが、どの道廃棄か初期化となる可能性が出てきたのは紛れもない事実だ。
「──ま、現状はあくまで疑惑だ。今後同じ場面に遭遇したら警告と説明を相手に行うこと。無言の暴力ではなく、例え面倒でもこういう時は説得だけでなんとかしなさい──ほい送信っと」
アプリの指令出しのページから警告を送って閉じる。魔術の方はプログラムがログ画面から直接見れるのを利用してちょっと改善をしたから、あとはもう見守るだけだね。
「身体が戻るまで離れようか。そして、次からは新しいアバターで始めよう──あのアバターは
さて急いで朝の準備を整えよう。命よりも大切な体裁を整えて社会の場に出る、登校の時間が押している。
「ねぇおにぃ」
「おはよう、エーコ。通帳と…なんだその封筒の山」
そんな感じでパンを食べながら制服の袖に無駄に大きな手を通そうとしていると、エーコがじとりとした目で大量の紙と通帳を手にリビングにやってきた。
なんだ、今は忙しいんだが。
「50億入った通帳とおにぃ当ての手紙がいっぱいさ……ワタシの机に届いてたんだけど。
おにぃ…何したの?」
おいおい何を言い出すかと思えば妹よ。
俺が
「──さぁ? 俺は手紙を見ないことにはなにも分かんないし、状況を見るに何か起きたのはエーコの方だ。昨晩は夢の世界に迷って、その時に身体を乗っ取られるような何かあったんじゃない?」
「げぇ…じゃあこれ書いたのワタシ? やだなー乗っ取りとか」
エーコが露骨にイヤそうな顔をする。まだ幼いから慣れてないのだろう。仕方ない、こればっかりは慣れるか、俺のベッドになってるVRで寝て夢を守って貰うしかないからな。
「偶にあることさ、運がなかったねエーコ。今日は自分の内面に変な思考が残ってないか注意深く観察しなさい。こういう時は大抵、いつもより機嫌が変に上下したり、テンションが狂って周りとの関係にヒビを作り易くなる。暫く人と話す時は注意を払うんだ」
「はーい」
エーコに忠告を送り、適当に一つ取って開いてみる。言葉こそ違うが、予想通りエーコの文字で書かれていた。多少線が揺れているが、癖に見覚えがある。
見た感想としては「何言ってんだコイツ…」なのだが、其処に書かれていることを
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
拝啓 死と合理の傍らに群れをなし、
相も変わらず薄暗く静寂に満ちた大森林で隠れる日々の中、如何お過ごしでしょうや。
我々の方と言えば、貴方様がこの静寂の森によく響く騒音を立てるものですから、すっかり武器を手に一触即発の緊張を味わっている最中に御座います。
さて、本題の方ですが、我々は己の法規に則り貴方様が属する種族に宣戦布告を行います。
貴方様が国家に連なる重要人物であるかは存じませんが、この際コチラにとってはその手の事実はさして重要では御座いません。
誠に勝手な話では御座いますが、どうか武装を解いて抵抗なく死んでくれますようにお願い申し上げます。
以上です。失礼しました。
敬具 小さき緑鬼の長
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
これを要約して翻訳すると、「道を拓くとか許さん絶対テメェ殺す」になる。
えっ、殺すと言うだけでこの長さ? 礼儀も成ってないならいっそ真正面から中指立てた方がまだ見栄えがいいね?
それを一旦置いといても……ふむ、これは。
「放っておいたら勝手に消えると思うけど、念の為後で検品して処分しとくから端っこに置いといて。書いたのはエーコの身体でも、この紙は夢の世界の物だ。エーコはこんなに沢山の手紙は持って無かったもんな?」
「うん。こんな独創性のある切手は買っても貰ってもないよ」
「じゃあこれは危険物だ。決して手紙を覗いたりするなよ。兄との約束だ」
「言われなくてもやらないよ。うへぇ気味が悪い……」
俺はエーコから手紙の山を貰って俺の部屋の隅に追いやり、一旦思考の隅にも追いやった。
これは放課後に改めて検分することにする。通帳は別件っぽいので置く時にまとめて確認したが、こっちは
しかしどうやって……スマホで検索してみよう。
「配送ルート……ああこれか。到着するって因果だけ確定させてから夢の世界に放流するFC-M社のサービス。ボトルメール便を利用したからっぽいね」
へぇ、誰が利用するんだってサービスだけどこういう時に役立つのか。なになに、到着には-10〜50年のタイムラグが発生する……場合によっては過去に送られる? なんだこの時間にルーズ過ぎる便は。
「つまり、これは未来で作られた口座かもか……ホントだ、時代に関係なく使えるようにFC社の特別認証がくっ付いてる」
いつ通帳が作られたのかを示す要素は無かったものの、どうあれ俺はこの50億を好きに使っていいらしい。今の生活レベルなら200年はこれだけで生きていられる大金だ。延命や若返り施術を受けたら一瞬で消えるが、大企業に入る軍資金としては十分と言える。
へぇ。
「気に入らないから適当に50億するもの買うか」
これから500万稼ごうって時にこんなものを貰うのは気に食わないね。こっちは自己PRのアピールポイントの為にも金を稼ごうってしてるのに、こんなの貰ったらアピールとして弱くなりかねない。
というか未来からの報酬だとしても、結局お金自体はこの時代の物でしょ? 50億も動かして…動かさないで起きる変動の考慮とか面倒なんだよね。手元に置きたくないし、このお金で投資とか何が起こるか未知数過ぎて論外。
「空気を読む限り……うーん……どこが1番マシかな…消耗品が良いはずだから……」
だからここは最小限に収まりそうなものに使うのがベストと俺は考えた。
なので適当に検索してみるのだが……50億で買えるものとなると、どれも資産として重要そうだったり、良い物ばかり。
月や火星の土地、別荘や特別性の
中にはどう使えばいいのか分からないものもあるし、下手に買ったら未来の影響が怖いものもある。うーん…未来の影響が少なくて、お金も無駄に使うのは……あ。
「有った。"脳溝の整形クリニック研究会"。脳の整形とかいう生理的嫌悪を感じる名前のせいでお金が無くて、その上大した成果が上がりそうにない所」
日本のある大学のサイト、その端っこに短い説明とファンドに行けるURLが貼られている所に俺は50億を……ちょっと考えてから住所と投資者名をPAGを運営している会社の名前を借りて突っ込んだ。電話と資金源は俺と手元の50億だね。
よし、これで俺は一旦50億から解き放たれたな。
え、運営名義にする理由? 今夜新しいアバターを創る時に会うオラクルに説明して、詐欺じゃ無かったら対応を任せる為。一応壁打ちの相手をした仲なんだからやってくれるだろう。AIってそういうところあるからね。
「…やべ、もう登校する時間だ!──行ってきます!」
ふと時間を見たら既にいつもの登校時間より5分過ぎている。
慌てて俺はパンを口に咥え、カバンを手に脱兎の如く家を飛び出したのだった。
脳溝の会…突然夢の世界と電脳空間の接続技術の最前線を走る大企業、PAG運営から50億ポンと渡された所。そんな所から投資されるとかこの研究は成功するに違いない。自信を得た彼らは早速最大240倍速可能なVRをレンタルから借り、あちこちから人体データを掻き集め、必要な機材を発注し研究を進め始めた。
症例:アバター同期…夢の世界側の姿と同期する病だが、この時に新規のアバターを作るとどうなるかは当然前例がない。連鎖して死ぬ身体が2つになるか、新しい方へ繋がりが変わるのか、それとも変わらないか、現実側の容姿がどうなるか……完全に未知数なのでやってみる価値は高く、命の保証はない。