これからのあらすじ
研究し、発見し、設計し、実体を与え、安全を検証し、価値を定め、数を揃え、利用する。
必要なのは手順であり、認知であり、承認であり、そこに掛かる時間は重要ではない。
加速された社会とは一度転がった動きを誰にも止められない。革命家の敗因にもなったそれは、人々を発狂と熱狂の坩堝から離さないものだ。
カン、カン!
「──では、"有機的仮想光エネルギー「プラーナ」及び「クリスタル」の実像的幾何学反応による魔術的超常現象の仮想法則"────通常「魔術」の新たな可能性、「実体を伴い夢の世界に通じる魔術」は三社共同運営対象とし、原本である「紫の循環炉」「空間定規の相違」、高次存在と接触し変質したAIの保有はPA社、管理責任をPAG運営へ。
研究に対する倫理的かつ合理性の監督権限、及び規制責任をFC社に。複製物を研究し、実用的利用価値を定め、魔術を社会に馴染ませる際に伴う風評責任はPD社のモノとして、ここに現時点から絶対時間基準に基づいた22年に渡る規則決定を宣言し、今議題の終了を宣言します。
皆様、
──静寂の中長々と読み上げられた終了宣言と共に、パリッとしたスーツを着こなす老いた人々が思い思いにため息と共に背筋を伸ばし、或いは誘導員に従って会議室──電脳空間に用意された旧世代的な空間──から出ていく。
それを見て、私もまた大きく背筋を伸ばし、パキパキっと鳴る関節に溜まった空気の音と共に眠気を破裂させる──ような振る舞いをする。
「ん〜〜っん! やっ──と終わったぁー!」
「では、我々も帰りましょうか、ビリデスさん。原本を携えてください」
高まり続ける技術とは対照的な儀式めいた慣例に従った話し合いが終わって、私もまた隣に立つ男性に目を向けた。
彼はPAG運営…が所属する会社であるPA社の、前社長である会長……白髪なのに少年かと思える程に若く、されど冬物のコートやマフラーを着た嗄れた声を出す落ち着いた男性で、私が反応を返すより早く杖を付いて前に行く。
「はい!」
慌てて後を追いかける。
彼がAIの自分より早く動くのは、それだけ情報の処理が早い証拠だった。
その事実が微かに劣等感を、性能に対する渇望が増やす。
「ビリデスさん」
配慮を感じる優しさが声に混ざっていた。
前を歩いてるにも関わらず、どうやってか彼は私の機敏を感じ取っているようだった。
「上出来です。これまであの島で野良の魔術師として過ごしたAIにしては、今回の振る舞いは咎められるものではない。
そも、既に絶対時間における94日も36層……ほぼ現実の1日が一年になる環境で、94日も過ごした妖怪を……それよりも以前から、加速した世界で日常的に過ごしている相手に失点を作らなかった。
大丈夫です。あなたは十分、あの島で魔術の頂点として君臨するに相応しい」
言いたい事は察せられた。
会議に集まっていたお偉い様は実質1000年生きた経験を持つ、人の形をしてるだけの妖怪だ。
だから能力差から来る振る舞いの劣りを気にする必要はなく、十分仕事をした。
その言葉自体は嬉しいものだ。
だが……現状を維持しつつ蓄積された「ビリデスらしさ」を熟すのが私の命題である以上、この結果は決して芳しいものではない。
演算すれば本物はより良い結果を出せたと分かるのだから、その時点で私は本来の役目を果たせてないことになる。
だから、彼のその言葉で
「……それは、私の本意ではありません。私なら、もっと御社に有利な条件を引き出せた筈なんです。失点がないだけでは居ないのと変わりない。もっと、やるべきだった振る舞いが……」
会長は静かに私の言葉を聞いていた。
無視でも蔑みでも評価でもない。
私の言葉に宿った熱がどれだけのものか、触れているだけだった。
ただ、寄り添っていた。
「夢を見ておられるのですね」
そして彼が一つの結論を出す頃には、私達は会議室から退室し、元のPAG運営のローカル環境に戻っていた。
VRに移動の手間は然程ないから、これから私に残っている仕事は、プレイヤーが夢の世界からやってきた怪物を倒し得た戦利品を持ち、元のゲームの舞台に戻るだけ。
ログとデータの複製、戦利品の研究、そして会議への立ち合い。
最後の工程が終わったのだから、会議の決定通りに返されるのは道理だった。
「お疲れ様でした。私もそろそろ、元の舞台へ帰らせて頂きます」
誰でもゲームの舞台に行けるよう設定されたエリアに入り、表示されたコンソールを操作して。
「ビリデスさん、あなたにこのゲームの管理権限を渡しましょう」
ゆっくりと、落ち着いた声で呼び止められた。
動きを止め、彼を見やる。
出会った時から変わらず、無感情な顔で私を見ていた。
「私はゲームのコマです。権利を持つ資格はないと思いますし……なにより、今だけとはいえ、私は重要技術となった魔術を最も使い熟せる者の1人です……会長に悪評が付くかと」
「構いません。我々は今でこそ夢の世界と電脳空間の繋がりを創る技術屋ですが、創立した当初はN社やSIE社頼りに、ゲームソフトを卸す一企業に過ぎませんでした」
年老いた眼に微かな光が宿っていた。
細やかな希望を見つけたように、或いは小さな芽を見てこれから成長するのを思い馳せるように。
「転機が訪れたのは、現実を基準に16年前のことです。当時小学1年生だった私の孫が、ある日夢の世界から電脳空間を創り出す技能を──当時の技術で開発出来る基準のVRを、創れるだけの才能を持ち帰ってきた」
懐かしみ、記憶を辿っていた。
電脳空間で活動する内に遠い記憶となったそれらを掘り起こしていた。
「……あり得ない、話ではありません。人が迷い込む際は、夢の世界に無秩序に現れるわけではなく、夢の世界の中でも特定の区域に限られる。
その「人の出現領域」を集合無意識と呼ぶ方々も居ますし、そのおかげで我々は先人の足跡を頼りに出来る。意識せずある程度均された場所を、安全な場所に避難出来るのです」
「それは……明確な利点では?」
「はい。ですが、変わりに夢の世界から持ち帰えられる
夢の世界に漂う生き物も、現状確認された全てが人間が元になったモノです。ビリデスさんが従えた蛇も桜も、在来種では有りませんでした。
得られる才能は鬼のような剣才か、誰にでも好かれるカリスマか。程度の差はあれ、人が出現出来る領域ではその二つが……或いは、「語れずの知識」も含めれば──"三種"」
……いや、待て待て。
「……三種? それはもしや、キーラ大森林に再現された怪物達と…」
仮に森の三怪から祝福を得られるなら……もしや。
「
有名所だけでも、ロシア皇室の氷炫騎士、清の堕狐、ブリテンを終わらせた聖剣王、ギリシャの形なき島の三姉妹、江戸幕府の二刀流、アメリカの妖綺大統領、ドイツの海割族……現代で言えば剣とカリスマの両方を授かった
ですが、あの2人は歴史に名を残すことはないでしょうね。
彼らの中にも歴史に名を残す者、残さぬ者と別れてますから。授かってなお独房に入った者とその気のない者では、些か厳しい。
……話を戻しましょう。
──ですから、夢はこれまで「刃」でも「魔性」でも「語れぬ知識」でもなく……「技術」を与えることは無かったのです」
段々と話が繋がり始めた。
技術を携えたテスター1という人が居るのは、先ほどの長い長い会議の中で知り得たものだ。
今の話とその情報を繋がるならば……。
「お孫さんは、集合無意識の外から授かり物を得て、テスター1になったのですね」
静かに、彼の頭が肯定へと揺れた。
「18になった際、あの子は出来婚の責任で婿入りし、他所の財閥の子になりましたが……そうなるまで、我々はあの子の手足となってVRを創り出す経験を得た──えぇ、世界初のVRゲーム。ハード参入の夢。世界初……世界、初。
始まりの夢を叶える機会が有り、名誉が目前にあり、あの子に従わない自由を得て……私は、この会社はかつての夢に踏み出した」
「その結果がPAGの誕生ですか……へ〜ぇ、長年の夢が叶って私も嬉しい限りですね。そのお陰で私が生まれたのですから」
「面白くないでしょう」
突如として繋がり続けていた話の、脈略が途切れた。
感心と感嘆の振る舞いが緩み、「えっ」と変な声が出る。
「ゲームソフトを作ってるのは創立当初と言いましたね。
……実の所、この会社はゲーム業界から早期に撤退しています。経営が立ち行かなくなり、苦肉の策としてハード開発の為に蓄えた経験から開発した、羽のない扇風機や効率的な冷蔵庫が爆売れ。
その後液晶の研究を応用したテレビや、充電無しに140時間保つノートパソコンも売れてしまい……すっかり自分達は家電屋だと社員も勘違いした頃──今から少し前に、PAGを開発しました」
「えっ……えぇ?」
「なので、分かっているのですよ。自分達が全く面白くないゲームを作ったことは。
そもそも、PA社を未だゲーム会社だと思っているのは私だけです。創立して三ヶ月で撤退した事実なんて、当事者しか知らなくて当然ですからね。当時付いてきた社員も、既に老いて死にました」
「早期にしたって早くないですか?」
「えぇ、ですので就職でこの件に言及する熱心な方は、何者でも採用するよう、人事に言っていますが……この裏技を使ってくれた志願者は創立68年経って尚0人でした。採用試験はAIに録音録画と解析を回させてますので、試験担当が握りつぶした訳でもありません。本当に0人です」
「なんだいこの爺さんメンヘラの気があるじゃないのかい!?」
「そのくらい面白味のない者しか居ないのです。社員が熱心になるのは金、立場、技術ばかりで、事実出来上がったゲームも、なんの面白味のない軍事訓練施設と、人の出現領域のG区画に根ざす、保護区域に成り下がりました。こんなものはゲームではありません。このVRを買った者だけのゲーテッドドリームコミュニティです」
「自社の会長がアンチとか終わってるねぇウチの
「ビリデスさん、あなたにはこのゲームを面白くして欲しいと考えています。どんな不謹慎なネタを使っても構いません。場合によっては、すべてのサーバーを巻き込んだ大戦争も許可します。プレイヤーの命が亡くなる寸前までなら、ドーイラ島の
「そんなのアリかい? 安全神話が崩れるのはヤバいんじゃないのかい!?」
「
……なんとも言葉にし難い複雑な感情値に数値がブレるも、会長の口説きに
例えプレイヤーの模倣と現状維持が命題だろうと、自分を所有する最高権力者の言葉なら、AIであればどんなに矛盾してようとその命令を従わないとならない。
故にこそ、この時の私が用意出来る言葉はこれだけであった。
「
故にこそ──……。
「故にこそ、この大開拓には平穏な波乱てなくてはならない……かぁ」
《
思考が纏まりを得て、速度を得て、要領というものを覚えても、どうやら私が矛盾を抱える必要があるのは変えられないらしい。
「ホントどうする…? プレイヤーは夢の被曝で私と同期している。故に死ぬリスクがある選択は取れないけど、プレイヤーの行動を模倣するとなると他の犠牲を許容するのは論外だ……だが犠牲無しに運営のオーダーは叶えられない。しかし全て魔術で薙ぎ倒しては、運営の意に背くことになってしまう」
私が命を賭けて最前線に出陣すれば盛り上がりと模倣の話は済むが、それではプレイヤーが荼毘に伏しかねない。
荼毘に伏すのを許容してしまえば、私はAI史上初の心中自殺を図ったAIになる。
「冗談じゃないぞ……普通にあの空気読めないカスと心中とかごめん被るね! というか死んだらそこまでなのは私もなんだ! 普通に死にたくない!」
先に行ってしまうと、私はあの自分勝手なプレイヤーが嫌いだ。
成長速度が速くて追い付くのが大変だし、現状維持の難しい立場を得るし、なにより最初の方で魔術で都市長と無理やり話をさせられた時はすごく不快だった。
だってそうだろう? 私は不在時に任せられるのが仕事なのに、それを一切信用せず全ての動きを強制してくるのだ。
そんなの、「あ、私邪魔者扱いされてるな」って思うに決まってるじゃないか。
その上苦肉の策で建築した魔術学院の城も、ログインして早々「達成感が無くてツマんない」と言うのだ。
仕方ないじゃん、毎日新たな進歩を得るビリデスの振る舞いとAIとして刻まれた行動原理が相反してるのだ。可能な限り無駄で、尚且つ1番地道でプレイヤーが楽しめなさそうな所を埋めるしかやることがなかったんだよ。
分かんないかなぁ。こんなに頑張ってるのに。これっぽっちも認めてくれないなんて。
大嫌いだ。
「………兎に角、準備は終えた。生徒、教師の基本的な戦闘訓練は終えて、レベルも最低25。コマとして主要地点を攻略出来る程度には……ある」
蛇の体液を材料に刻む循環炉の画数はレベルと同じであるのが望ましい。それ以上は制御し切れず暴走する危険があるからだ。
だから魔術学院に所属した者は倍のレベルの魔力による継戦能力があり、容量を拡張したバッグに食料を沢山入れればそれだけで高度なゲリラ部隊として完成する。
「だけど……そんな振る舞いじゃこの大開拓は失敗に終わる」
ゲンナリとした感情値に従って執務室のお高めの椅子にどかりと座る。
見えてる範囲の手札の強弱の極端さに嘆きが止まらなかった。
物資に関しては南の迷宮から来訪者達のサブアバターが沢山持ち帰るお陰で底を叩くことはないだろう。
兵力と兵装も科学技術が底上げされている「アイン」サーバーより低いが、今回限りの限定強化要素として十分な数の「簡易循環炉」の技術と着色料を都市に提供している。生徒に配る本物の80%程度の出力だが、ヘーグイとアテラスの双方に提供したのだから、かなりの効果を発揮するだろう。
だが、ここまでやって我々は勝負の土台に登れただけに過ぎない。
「あの森は深いからねぇ……管理者権限で生息する存在には眼を通したけど……中央の一点突破をする主力と、全方位から逆侵略を行う魔物を食い止める軍がいる。
全体の戦線の形としては
机の上に広げた地図と駒を動かし、どういう結末を辿るか演算する。
大開拓に向けてこれまで何度も数値の修正を行い行ったものだが、やはり何度やってもどうやってマシな負け方をするかの情勢にしかならなかった。
「やっぱりどれだけマシな負け方になるかは来訪者次第か……レベル15以下は雑魚散らしに有効で、レベルが高い者や夢心地から脱した者は其々適切な使い方をさせる。大枠の動きはこうなるけど、そこにユニークがどれだけ影響を与えるか……」
PC、NPCがコマ扱いになる私のようなものはまだマシで、中にはアバター制作時の種族選択で出来るような、スライムになる能力やゴブリンになる能力だったり、デスペナなんて設定されて無いのにデスペナを消す能力もある。
来訪者の個人の欲望が由来になっているのだから当たり前と言えばそうなのだが、ゲームに有効な固有能力を……それも実用性を持たせるほど強い想いを抱くなんて中々出来ないのだ。
その点プレイヤーのユニーク候補としてログに残っていた固有能力はどれも……という話は置いておくとして。
「局所的な変化がどれだけ連鎖するか……かぁ。
蝶の羽ばたきがキーラ大森林に嵐を呼ぶかどうか……コマもNPCも結局はAIだ。どれだけ人らしさを得ようと、悩もうが感情に従おうが、同じ場面で必ず同じ選択を取る特性は変わらない。変わらぬ過去しかない存在だ。
だからこそ、人の持つ可能性には夢があるんだよ……ね?」
結局、同じ結論に辿り着く。
思考の袋小路にハマっている。
そこが私の限界だった。その先に進めるのがプレイヤーの可能性だった。
こうなる度に嫌なくらい程思い知る。自分が所詮プレイヤーの過去を模倣する影でしかない事実に。所詮は低脳な電子の藻屑に過ぎないことに。
きっと大衆の全てを学習出来れば、もっといい処理能力があれば、また別の選択をパターンとして吐き出せるのだろう。
だけど私に与えられた学習材料は1つだけ、1人だけ。定められた数字に出せない無軌道さは、乱数は真似できない。
「いつまでも待つから、また私の前に立ってくれ……頼むよ、プレイヤー」
いつまでも変わらぬセピア色の夕焼けが窓から差し込んでいた。
自らの足で前に進む術のない自分みたいで、嫌悪感を抱いた。
「……大嫌い」
嫌いなものを前にどうすればいいか分からないまま、私は暮れ行く擬似太陽を眺めていた。
一方その頃、山本は痴漢した奴を殴り飛ばしたり、昼寝をしてる時に人形と勘違いされて校内の忘れ物ボックスに届けられたり、届けた奴に文句を言いに言ったら師匠だったりしていた。
そんな師匠曰く、明日からPAGを始まるらしい。