前回のあらすじ
師匠と山本──遭遇。
「え、もしや山本…お、お主なのか?……何故なにゆえそのような姿に?」
「あなたのせいですよ」
「うむ、覚えがあるな。マジで済まんかった」
突然だが、俺はビリデスの姿になって1番会いたくない人がいた。
それは深煙流を教えてくれた師匠の柳田である。説明が面倒だったのもあるが、1番は師匠の観察眼を信用していたからだ。
着ぐるみと言っても、すぐ本物の生身だと気付くだろうって。……裏切られたけどさ。案外バレなかったっぽいけどさぁ……?
「……確かに改めてよく見れば、お主はぬいぐるみじゃなく生き物じゃな。儂より20しか下がらん背丈の人形を持ち込み、あまつさえ己の服を被せるとはなんとも豪胆だと思ったものだが……そうか、山本だったのか…」
「夢の世界の影響です。暫くしたら戻るみたいですねぇ? えぇ、えぇ、どうせなら見かけた時に気付いて欲しかったものですが」
事の発端は、俺が昼休みで心地いい日差しに負けてベンチでグッスリと眠っていた時のこと。
こんな事は初めてなのでこれは兎人になった影響なのは明白であるが、その現場を偶然師匠が通りがかり、寝てる俺を人形だと勘違いし、落とし物として忘れ物の展示棚に置いてしまったのだ。
男物の制服を着てたのに違和感無かったのか?
俺が通う高校では、落とし物は落とし物ボックスと言う名のガラスの棚に入れられる。
これには鍵が設けられていて、職員室で自分のだと言えば持ち出せるシステムになっている。
その辺りの管理はかなりルーズであり、貧乏で倫理観のない奴なら目敏く私物化して持ち出すのはよくある事なのだ。
うん……本当さ、目覚めたら大半の私物が取られててビックリしたよね。
だって起きたら全裸でガラスのケースの中だったんだもん。
「師匠、なんで俺の制服と俺を別にして置いたんですか? 産まれて初めて羞恥心で悲鳴を上げるハメになったんですけど」
まぁ、兎人だから声にならない悲鳴になったけどさ?
今は適当に拾った葉っぱで局部を隠しているけど、何事も限界はあるというもの。ゲームじゃないんだから恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。人よりの身体になってるのも恥に感じる要因として大きいとは思うけどね、マジでアレはダメだよ、人として。
なので師匠、ここで助けなかったら俺は師匠を気絶させその服を追い剥ぎます。寝てる間に何人に見られたか考えるだけで眼がぐるぐるになりそうだからね! 最低でも服を盗んだ野郎には見られてると思うと殺意すら湧いてくる。
というかマジで誰! 下着もあった筈なのにすっぽんぽんってことはそれも持って行ったって事だよね!? バッッカじゃねぇの!?
「……儂の体操服と制服を選ばせよう。お主がマシと思う方を選べい!」
「ありがとうございます。体操服でお願いします」
「…ほう、そうかそうか」
「……なんですかその反応は」
「いやぁ…なんでも。罪人つみびとの儂になにか言う資格はないからの」
選んだ理由は師匠は制服だったからだ。サイズ的には余裕のある制服が望ましかったが仕方ない。
「取ってきたぞー」
「シュバ!」
「おお、これぞ脱兎か。全裸だけに」
「……服を貸して下さりありがとうございます」
「そこでスルーされると気不味い物があるのぉ?」
ふぅ……やっぱり服があると落ち着くね。これで草むらからジト目で師匠を暗に責め続けるのも終わりだ。いやぁ、俺も悪いことをしたものだね。見た目に沿った演技も出来なく程余裕をなくしてしまってたよ。
「何故かのぉ、なにか刺さってはならんモノが刺さりそうじゃ」
「……? やめて下さい師匠。武人が刺さるとか縁起でもないんですから……死んじゃヤですよぉ」
「ほぐぅ…! 無垢風天然ロリケモのジト目の不貞腐れつつのデレ…! 抜かった……ケモ化した此奴の反応が可愛い過ぎる…!」
なにか刺さったらしい。師匠は早口で何かを言いながら心臓を押さえて蹲った。
《検診》をしても異常は無かったので軽度の精神的ショックだろう。付ける薬は持ってないので代わりに話の続きをすることにした。
「ふふふ……伊達に演劇部として名を馳せてるだけはあったわ。とんでもない萌え力ぢからじゃ」
「いくら世間では先ほどの私みたいなケモセーフが一般になってようが、全裸で徘徊するのは中々堪えたんですからね!? ホント反省してくださいよ。
というか、最低でも鍵と財布とスマホを取り返す手伝いをしてください。このままじゃ家に帰れないんですから」
そこは本当に反省して欲しい。幾ら特殊な事例だったとしても何かしらの拷問に値するような目に遭ったのだ。もー……触れて人肌の温かみとか、生き物っぽい骨の感触とか、気づける箇所は幾らでも有っただろうに。なんで違和感を放置しちゃうかな。
「そこはドンと任せい。追跡術、捜索術は護衛の必須科目。トーシロの盗みを暴くなど朝飯前よ」
「ホントお願いしますよ。師匠だけが頼りなんですから」
「はっはっは。そう案ずるな───……ん、あっちか」
その後の師匠は言うだけはあり、全方位に意識を集中させたかと思うと、突然走り出して犯人を取り押さえ、3分もしない内に俺の服や財布といった私物を次々と取り返してくれた。
幸いにもまだ昼休みだったからね。バラバラに散ってないのが功を奏した。
「ほい、これで全部じゃろ。すまんかったな、儂も眼の修行が足らなんだ」
「ありがとうございます!……けど、どうやって見つけました? 人の知覚を超えて見つけたとしか思えないんですが」
「あー…ほれ、斬り殺す相手を見定め、そこに至るまでの剣筋を幻視する技があるじゃろ? 視線のリソースを食うから実践には向かぬアレな」
あぁ、ゲームじゃユニークで再現してくれてたアレか。アレは理想だからまた違うと思うが…。まぁ同じだよね。
無意識に理解した最適解を視る「先見」の技術。知らない話じゃない。
「お主と違い儂はコレは眼で見ぬものじゃ。「辿るべきを知る」という実利のみ汲み取った、相手の立ち位置を広く長く感じ取れるようにした技。名を「空識」、夢も
……まぁ、先見とは似て非なるものよな」
「…つまり?」
「あー………ゲームに例えると知識判定で失敗すると成功になる感じ?…かの。知る余地がない物ほどよく知れるが、教養の代理になる訳でもなし。ただ、何処にいるか知りたい相手を知れるだけよ」
「なるほど!」
ということらしい。
そもそも、最適解だけしかない剣筋なんて読み易くて使い物にならないし、そもそも銃の方が強いんだとか。
確かに……俺もゲームの後半じゃ見えてる動きを追い越してたし、極めるとそんな感じになるのだろう。歴史を感じる先見の発展型である。
キーンコーンカーンコーン……。
鐘の音が校舎に響く。どうやら昼休みが終わるまで取り返すのは間に合ったらしい。
これで安心して授業に戻れるというものだ。
「む、昼休みも終わりか。ではな山も……そうじゃ次体育だった。山本もういいじゃろ、服返せ」
「はい、どうぞ。貸して下さりありがとうございました!」
「あーいーいー。儂が原因なんじゃから頭を下げるな。こういうのは悪態一つ付いてりゃいいのよ」
なにっ貸し借りは常に感謝と礼を尽くすものではないのか? 今回の状況で正しい反応は悪態だったと?
えぇ? そんなぁ〜…また空気読めなかったとかしょげるねぇ。よし、今から仕切り直すか。
悪態なら……あー女役のサンプル少ないなぁ……じゃあコレでいいか?
「あっはは……それなら一言だけ。あ、耳元を貸して下さい」
「おん?……まぁいいじゃ──!?」
はいここで態とバランス崩して不意打ちハグとうるうるした眼、後は熱に浮かされてボーッとした顔ね。
「ししょぉ…? 私、とっても恥ずかしかったんですよ? こんな目に合わせるなんていけない人ですねぇ♡ だからぁ…よるのせきにん…とってくださいね♡」
「お"ぅふ…!?」
「はいおしまーい。コレに懲りたら私だって直ぐに分かるようになってくださいねー? ではではー、次はゲームの中でー」
女役悪態の演技サンプル3、「ダメな夫に幼妻が文句を言うやつ」。当日配役の子が風邪を引いたから代役で俺がやった奴な。性別からしてアレだったから観客も最初は笑ってたし、後半はなんか眼を逸らすか隠していた奴だ。
コレが合ってる選択かは分からないが、これで悪態は吐いたという事にしよう。
俺はその場を後にして授業も戻っていった。
──山本が立ち去った後、ゆらりと柳田の姿がブレると共に三度空が斬られ、鞘に納まる。
斬ったのは気の迷いか……否、日差しに紛れ見え辛いが、
霞離れ。北辰一刀を祖とする柳田家の刀流が至った業の一つ。
形無き悪きものに形を与え、自身から切り離す心頭除却の斬業。
未熟故に一刀にて振り払えずとも、確かに彼女は己の業を正しく使った。
柳田は消えゆく霞を双眸で捉え、表層から洞察する。
「──…ん? なんじゃコレ」
そして柳田は、自分が思っているものと違うものに霞を与えたと悟った。
「てっきり役の押し付けじゃと…否、役とコレ関係ないな。じゃあむっちゃくらりと来て変な声出したのは…単に儂が乗せられただけかい」
柳田はあまりに蠱惑的なものに夢の世界由来の魅力でもあるのかと思い斬ったのだが……どうやらその眼で捉えた情報によれば関係無かったようだ。
「それはそれでショックじゃが、コレはそんなものよりずっと根深く恐ろしい……そういえば奴のあの姿は夢の世界の影響と言っていたか。コレはその残り香ということか?」
由来を洞察した柳田は、抜刀してから一歩踏み込んで霞に触れる。
洞察だけでは限界があるのもそうだが、触れてもさしたる問題ないと察しが付いたが故の、大胆な一歩だった。
キンッ!
「
頬に撫でようとした斬気を弾き、崩れていく形を捉える。
それは桜。その花弁であり、刃の性質を得たものだった。
これが山本に宿っている夢の世界の残り香か。
随分と古い湿り気の宿った……ああ。
「既に死した意思…それも千は超える……あぁ、そうか」
検討を付け、その場を後にする。
もう残り香に興味は無く、柳田もまた授業に向けて歩調を早める。
「"雨が降る"な、これは」
たった一言、それだけを言い残して。
一方その頃、ゲーム内では送り出した先鋒隊が帰って来ないのでビリデスに様子を見て欲しいという依頼が届き、学院長が単騎でキーラ大森林の調査に向かっていた。