前回のあらすじ
山本が昼休みを過ごしていた頃、山本が資金提供した研究会の成果により知能向上施術の失敗要因の特定、電脳LANの接続部の炎症抑制など、欠けたパズルのピースが埋まったが如く、抜けてた基礎研究が成されたとばかりにあちこちに影響が波及していた!
キーラ大森林。
普段は静かな森で広大な森であるが、この日ばかりはあちこちで草木を伝って動く影が点在していた。
「……よし、今の内に」
ビリデスのプレイヤー代理である私もまた、その影の一つだ。
何故極力死が近づく事を、盤面が動かないことを命題とする私が死地の代名詞に居るのかと言えば、それは今から3時間ほど前、都市長から帰ってこない先鋒隊の様子を見て欲しいと頼まれたからに他ならない。
可能ならプレイヤーにでも任せればいいじゃんと言って拒否したかったのだが、生憎と今のリアルタイムは12時15分。平日の昼間にベッドでぐっくりするような人は少数派であるからして、無い袖は振れないとばかりに実力十分なプレイヤーの確保は出来ず、私にお鉢が回ってきたという次第である。
ヘーグイの兵士? 単独である程度戦えて高速移動できてキーラ大森林の地上での隠密に心構えのある奴は全員先鋒隊だね。100は居た筈なのに一人も帰ってこないなんて事ある? 外で待機してた観測分隊も音信不通なんて不穏過ぎてやんなるね。
私は正直こんな案件はプレイヤーの安全の為にもテコでも動きたく無かったが、ここまで部の悪い内容を聞かされて断るのもプレイヤーの再現性に反する。リアルの命の危機なのにオールインした奴がここで拒否るのはないという判断だった。
「……そろそろ目的地だね」
先鋒隊の役目は大開拓の際に進む方向の目印の設置と維持管理を行い、森の中に局所的な休息地点を作り、作戦日までに新種の魔物が現れないか散策し、定期的に観測分隊に報告するハードなものだ。
私の管理権限があれば不要? 残念、コレの更新は1週間に一回で、最新というにはスローリーなんだよね。
彼らは最低でもレベルは25はあるし、浅い所や道にする予定地周りに偏っているとはいえ、それでも散っている方だ。それが全員。
うん、事故である筈がない。絶対誰かが意図的にやった。でなきゃ、とんでもない災害が起きた以外無い。そうなるともうお手上げなのだが……?
「さぁて、桜の鬼も紫の蛇も出ておいて更になにが出てくるかなーっと……?」
ぽつ、ぽつぽつ。
先に断っておくが、私は森の中では証拠を見逃さない為に空路を行かず、道の予定地を順当に進んできた。
先鋒隊が枝や草の結び目で作った目印を頼りに、周囲に異常がないか探りながら。上を見る機会なんて無かったし、見たとしてもこの深い森の中では空を見ることなんて出来なかっただろう。なので、これは必然だったと言える。
"このゲームが始まって以来初めての雨だった"。
ぽつぽつと、しとしとしてるものだった。
「…あ、そうだ、カバンにレインコートがあるんだっけ」
このゲームの舞台は夢の世界に作られている。だからこそ変な事が起きないように、雨が降ることはないようになっている。
雨は"海"からやって来るものだから、例え電脳側の仮想の物でも、寝てる間に降る雨には嫌悪感が勝るらしい。曰く、古くから人の本能に刻まれた嫌悪感だとか。
具体的にどんな悪いことが起きるかは知らないけど、あの怖いもの知らずのプレイヤーが"念には念を"と言って、循環炉よりも先に蛇の体液でコーティングしたこの雨具を錬金術も使わず手作りしたのだから、相当おかしな事が起きるのだろう。
"もしも雨が降ったらコレを着る"。
基本的にプレイヤーと同じことしか出来なくても、予めプレイヤーが決めていたもしもif構文は再現範囲内だ。AIとIF構文は本来相反するものだが、元の性能が低い自分は元から構築要素としてIFがある。
だからというつもりはないが、私は草陰の中で恙無く雨に合わせた身嗜みを整え始めた。
「後は…アレとアレとアレと……」
暗い…濃い紫色に艶消しを行ったコートに包まれた私は、装備の適時入れ替えだとばかりに手袋に袖の長いズボンと長靴、それからガスマスクを装着した。どれも蛇の体液のコーティングがされた特注品だ。コレらはコートと違って体液の上に黒の塗装もされているから、ファッションとしてはまだ見れる範囲になっている。
果たしてちゃんとプレイヤーが警戒している物に対する効果があるのか分からないが、やれと言われたらどんなことにも従うのがAIの誉れだろうね。
「シュコー…よし、行こう」
ぐぐもった自分の声にこそばゆさを感じつつ、装備から毛がはみ出て無いことを確認した私は、そのまま堂々と雨の中を突き進んだ。
……もう必要がないから草陰には隠れない。何故かは知らないが、雨が降ってから他の生き物の気配が消えたからだ。こうなったからには、再現性に従って行動ルーチンを変えるのみである。
なにより、堂々と調べた方が早い。
「……おかしい」
歩けば、異常は直ぐに見つかった。
それこそ、管理権限越しにプレイヤーの視界を覗けば一発で。
[↓ビックディア 推奨Lv.18]
「なんで何もいないのに、魔物の表示があるんだろう」
[↓ヒートバード 推奨Lv.15][↓ヒートバード 推奨Lv.14][↓ヒートバード 推奨Lv.15][↓ヒートバード 推奨Lv.15][↓ヒートバード 推奨Lv.15][↓ゴブリン 推奨Lv.7][↓ゴブリン 推奨Lv.5][↓ゴブリン 推奨Lv.5][↓ゴブリン 推奨Lv.6][↓ゴブリン 推奨Lv.4][↓惑わしガイコツ 推奨Lv.9][↓ベアー 推奨Lv.28]…………。
「それもこんなに沢山、あちこちに」
……見つかり過ぎていた。
先ほどまで確かに生き物の気配を感じていた所には、まだ生きている魔物がいる事を表示するネームプレートだけが所狭しと浮かんでいて、辺りに魂でも漂っているかのようにプレートが浮遊感のある動きをする。
生死判定を覗いても生きているとなっていて、ゲーム側のバグかと疑いたくなる光景だ。
だが……仮にゲーム側が正常に動いているとすれば?
「起きない筈の雨、宙に漂う魔物の表記…シュコー……あ、長靴の黒色の塗装が剥がれてる。
……酸性雨なら全部溶けるだろうし、表記バグにしては自然な剥がれ方だ。やっぱりこのは"海"由来ってことなのかな」
順当に考えればそうなるだろう結論に達して、木陰の下を歩くように意識していく。水溜りも出来るだけ避ける方針だ。物持ちは出来るだけいい方が望ましいに決まっている。
溶ける理由に"海"が関係するなら、私は前例を知っている。
プレイヤーが海の研究をしていた頃、石を投げて観察していたのにそういう事例があった。
プレートの浮遊の方も…知っていると言えば知っている。
"海"は世界中から迷い込んだ人類が必ずどこかにいるのに、この島からは彼らを見る事はない。出現範囲が広大であったとしても、夢の世界には中にいる存在を透明にする…"海"に包まれているものへの干渉を断つ何かがあってもおかしくはないだろう。
「先鋒隊が全滅した原因っぽいよなぁコレ。逆に木が消えたりしてないのが不思議だね?」
さて、この雨は先鋒隊が消えた理由に当て嵌まりそうだが、本当にこれが原因かは疑問が残る。
本当にこの雨が原因なら、外で待機していた観測分隊も消えたことの説明が付かないからだ。観測分隊も雨で消えたなら、拠点に使われていた村の人も消えてなきゃ可笑しいでしょって話だ。
まだ探索不十分だね。
そう判断し奥に進む。こんなにサクサクと森の中を歩けるのは中々ないから、キーラ大森林の地上を進んでるにしてはハイペースな進行だ。
ぼと、ぼと…ザァァァ。
「…ここからは葉っぱの傘は無しか」
[↓燃え散る葉 推奨Lv.43][↓火の子 推奨Lv.50][↓蛇行せし輝き 推奨Lv.60]
どれだけハイペースかといえば、漂っている魔物のネームプレートに記載された推奨Lv.がどれも40を上回っている程度には森の奥に進んでいた。
レベル40〜上限不明、「燃える森」、火を見つめる大樹が聳え立つ灼熱地帯。
雨で鎮火したのか黒く枯れた木があるばかりで、草は一つも生えてない。空を飛べば一発で分かる程度には目立つ──目に入れると「常赤の火眼」に罹るから顔を逸らす必要がある──大樹を中心に常に燃えている森が沈黙しているというのは……思っていた以上に薄気味悪いものだった。
「……今回の大開拓で通る場所じゃないけど、森の異常を調べるなら避けて通れない所だからね」
それこそ、森の異常を調べる先鋒隊ならば自らここに向かう筈だろう。それが彼らの仕事なのだから。
[↓コマ キーラ大森林大開拓先鋒隊第四小隊隊員 job Lv.27]
事実、管理権限で覗ける
「シュコー……ヤな予感がするね。仮に雨が先鋒隊が死んだ遠因だとすれば、直接的な死因はこの大樹という事になる。相互に干渉されないのが雨が降っている間だけだとして、雨が止めば元に戻るのだとすれば……」
泥濘に足を取られつつも炭化した樹海を進んでいくと開けた場所に出た。
それはそれは大きな枯れた大樹が聳え立ち無数のネームプレートが辺りに漂う空間は、そこが本来火を見つめる大樹が轟々と火を巻いて鎮座している場所であると語っている。
しかしそんな光景も今だけは過去のもの。今の私の前にあるのは、物悲しさすら感じる雨に打たれる枯れ木に過ぎなかった。
ザァァァ……サァァ……。
……雨足が弱くなってきた気がする。そろそろ戻らなければ不味そうだと判断し、その上でプレイヤーの行動再現の為に留まる事を優先した。
「細やかな矛盾を無視して最も分かりやすい筋書きを考えるなら──雨が降ってる内にこうして怪物の所まで来た先鋒隊の大部分はここか、戻っている最中に雨が止み死んでしまった。
一部は大樹の一部を採取して観測隊の所まで帰還。雨の影響から外れた大樹の一部は元の力を取り戻し先鋒隊を全滅させた…シュコー…なんだけど、そのためには雨が止んだらどうなるか確認しないといけないんだよねぇ」
現状から大体の筋道を推測するだけなら簡単だった。コマも所詮はAI、時間のツマミの集合体でしかなく、私の命題至上主義の延長線で考えれば動線の想像はつく。だから、現状と動線を照らし合わせれば後は穴埋めでしかなく、この情報を持ち帰れば仕事は出来たと言えるだろう。
「少なくとも、プレイヤーの視界越しに見えてるこの浮遊するネームプレート、不可視不接触の彼らが死んでるか生きてるか……
1番難しいのは、私の行動原理として刻まれた優先順位はあくまでも「プレイヤーの再現」であり、それ以外は二の字であるという事だろう。
こんな時プレイヤーならより情報の確度を高める筈なのだから、安牌な逃亡は許されない。例え夢からの汚染により今は私が死ぬとプレイヤーが道連れになるとしても、プレイヤーの再現と比べると優先順位は絶対的に落ちる。
そして、落ちるということは後回しにしていいってことだ。
「さぁて一発勝負だ……私の魔術がどこまで通用するかなぁ。最低でも、ここから命を繋げられるくらいは通じてくれないと死ぬほど困っちゃうんだけど」
パラパラ……。
これがマズいことであるのはプレイヤーの倫理観から理解はしてる。
だが関係ない。私はいつだって推測で割り出したプレイヤーがやりそうな事をやるのが仕事だ。
「全循環炉順転開始、修理の魔眼
その為なら、私は痛みを伴う雨への干渉だって厭わないのだ。
ボッ!
──雨が止むと共に、辺りに火が迸る。
辺りに見えず触れられずにいた魔物と死んだコマの死体が次々と現れると同時に、私の指先が天を指し示す。
痛みのパラメータが異常値を叩き出すが、生憎今回は痛みに苦しむ振る舞いより演劇のように物事を進める出力が優先された。故にどろりと溢れる血眼は、燃えゆく大樹を視界に収めた事で延焼する肉体の異常は無視する。
さて、1秒後には死んでてもおかしくない状況だ。
私のプレイヤーなら生き延びられるだろうから、再現してみせろよ、
修理の呪文の完全詠唱くらい、やってみせろ。
「DMP全数値入力、魔眼出力一点処理。
"
"終わり転じ辿った局面を巻き戻し、破滅をより遠ざけんが為に刻む、綻びを設ける業"
"故に始まりに立ち返る" "それこそが俺が修めた理の一つだ"
────"
世界がピタリと静止する。
灰に変わっていく私の身体も、差し迫る魔物達も、取り戻されていく大樹の火も、全て。
「──こんな出力をしておいてなんだけどね。私はこの推測が正しいって自信は無かったよ」
構わず、その場を後にした。
全てを静止させるまでの景色から大体の流れと現象は読み取れたのだから、もうここに用はない。
。……ラパラパ
「DMPを用いた魔術は現実に、夢の世界に干渉出来る。
それを知ったら思い浮かぶよね。"電脳空間の存在は、ゲームの舞台はどうなのかって"。
修理は物にしか効かないけど、果たしてDMPを使ったこの魔術はどの視点からこれを観るんだろうなって。運営と一緒に魔術の検証をしている時に思ったんだよね」
。……ァァサ……ァァァザ
静止したものが全て逆順に遡っていく。
火が消えた所から雨が昇り、魔物と死体は姿を隠し、次第に雨足は強くなっていった。
「答えは
ゲーム内ならコマは生き物で島は土地だけど、リアルから観ればAIと半電脳空間だ。コマは十分物に限定して修理する魔術の対象内になるし、土地も天気も掛かりずらいだけで十分イケる。
コレよりヤバい結果を出した魔術が幾つもあったから、運営は修理の検証はそこそこで終わらせて重要視してなかったけどさ、VRを"直せる"ってかなりスゴいと思うんだ」
やった事は単純だ。
この雨が外から来たものなら、それはVRのシステムが壊れた以外にあり得ない。
それならそこを直してやれば、そこから派生する被害は修理の魔術による直り方からして無かった事になる……というより、運営と魔術の検証をする際に《修理》の制作者本人から聞いたんだけど、《修理》は極めると複数の直し方が出来るようになるんだよね。
組み直し式、2コ1式、巻き戻し式、改善式……魔術は本来覚えられても一つか二つだから、奥深さにはこだわったんだとか。
勿論私はそこまで極められてないから、制作者本人から聞いた完全詠唱を唱えて下駄を履かせて貰ったんだけどね。
きっとプレイヤーなら本人に聞かなくてもその場で自力で解き明かせただろうから、完全再現とはいかないのが口惜しい限りだ。AIに覚醒は無茶振りもいい所だから仕方ないとはいえ、結果しか真似出来ず私の尊厳が擦り減る気分だ。
ァァァザ…とぼ、とぼ
そうして森から抜けて雨足がいつ降ってもおかしくない頃合いになると、次第に熱くなる身体を感じ、急ぎ早に都市へと帰還する事になった。
空を走れるチャリンコも使った急足である。
なにせ幾ら改めて降り出す雨で力を失っていても私が大樹の火を直視したのは変わりないのだ。雨が降る前は灯っていただろう大樹の影響が、雨が降る直前まで修理された事により私の身体に現れたのである。
「あち、あっっつあ! やべ、急げ急げ!」
《修理》はあくまでも物を直すだけで罹患した病を治しはしない。雨が再び降り出している間に、私はこの病を神殿で治してやる必要があった。流石にもう一度全身を炎の髑髏で纏うのはごめん被るという話である。
ドン!
「うわっ!? なんですか!?」
「あちちく薬! アッツ常秋のやつアッツァ!! 至急誰か持ってきて!」
「ギャァ火だるま!」
幸いだったのは修理が進んで先鋒隊が死んだ時の雨の所まで戻り、ギリギリ神殿に着くまでには間に合った事か。
お陰で私は生き残り、火だるま兎になることは避けられたのであった。
とっびんぱらりのぷう。
一方その頃山本は。
「うわあスマホのニュースで金を投げ渡したトコが話題になっtッッッア"ァア"バッ!!!!?」
燃えていた。