「ビブラ」
その日世界は二つに分離し、「時差」は新たな意味を手に入れ、一晩で元通り一つの世界になった。
あまりにも突然のことに世界はついていけず、それでも尚PA社が持つ信用は世界の37%を「深電界」へと連れ去った。
この大企業が善意から実効支配していた127ヶ国の発展途上国の人類は「無償の提供」の一文により何も知らないまま現実と別れ、大国は裏で巡る金と策謀の末にビブラを売る事に同意した。
旅立った彼らがどんな結末を辿ったかは定かではない。
発展し続ける技術と共に無限に加速していったのだろう世界の果てに何が有ったのか……我々はたった一晩で途方もないくらい空いていた筈の国際データパンクを埋め尽くした0と1の文字列……「ビブラダンジョン」から読み取る他ないのだ。
「雨だ」
目を開けて最初に見えたのは、ザアザアとぽたぽたの間くらいの、普通って感じの雨が降ってる空だった。とても暗いが夜ではない。そんな空模様だ。
寝転んでたのは泥濘で、周りは荒野で遠目に枯れ木の森。辺りには死体と血が這いずっていて、俺の心臓からは光る鎖が垂れ下がっていた。
「へい、ステータスかもーん」
HPを見れば0(地縛霊)と書かれていた。どうやら既に死んではいるらしい。
横に地縛霊と書いてあるから、恐らく俺を巻き込んで死ぬ事だけはなんとか回避しようとしたのだろうね。
果たしてタイミング的に役に立ったのか定かではないけど、ビリデスのAIはベストを尽くしたのは俺でも察する事が出来た。いいね、花丸あげちゃおう。
「……にしても雨か。雨具が無かったらそのまま消えてそうだね」
しかし夢の中で雨とは……PAG運営は中々の悪趣味だ。
夢の世界で降る雨に結び付いてる話はどれも碌な物がないからね。
触れたら油絵みたいに溶けて絵に閉じ込められたとか、身体が金に置き換わったとか、コレまでの人生を記録したビデオテープの集合体になったとか。
夢の世界の雨に触れて、現実でそうなったという怪談は世界中にある。珍しい人に会いに行く企画のテレビ番組で実際に片手が黄金になった人とか映ってたし、100%ホラ話って訳でもない怖い怪談だね。
「やだなぁ、幾ら護られてる空間でも縁起が悪いよ」
だから夢の世界で雨が降るのは不吉の象徴である。
俺は実際に一度雨に遭遇した事があるけど、触れた端からネジが身体から飛び出る体験をしたのでとてもトラウマだ。現実ではなんとも無かったけど、アレ以来夢の世界の雨には遠慮と嫌悪感がある。
「ここから私がやるべきことは……よし」
さて、さっきから動こうとしても鎖のせいでこの身体はあまり遠くには行けないね。
千切れば即座にデータロストでビリデスのデータが砕けて消えるのは、掛けられた魔術の効果を《検診》で読み取れば分かる。
となるとビリデスにどんな過去があったか調べるしかやる事がないんだけど……そんな都合の良い魔術は無いし、創るほどの価値も感じられない。
それなら俺がやるべき事はこれだろう。
「えい」
──パキィーン!
鎖をちぎって成仏する。もう現実に影響は来ないし、これが幽霊っぽい奴がやるべき空気の読めた行動だろう。
「ん?」
そう考えてちぎったのだが……データロストになれば途切れるはずの意識が一向に途切れない。
それどころかいつの間にか雨が止み9人の人影が側に現れて、ビリデスのアバターも俺の視点から外れて一人でに歩き出した。
「全員止まれ。予定の錬金起点に到着した。錬金術師ケルビンとレーゼ、カインの二人はここに留まるように!」
「「「はい!」」」
そしてビリデスが喋る内容から察するに……多分…過去の記録…か?
鎖をちぎると観れるなんてそんなの魔術じゃないか。もしや作ったか?
「改めて言おうか──予定通りなら後3時間ここに留まることになる。レーゼとカインはその間ケルビンさんを守らなければならない……魔術学院の生徒として、果たせる自信はあるかい?」
「学院長、大丈夫ですよ。この日を生き残る為に魔術の腕を仕上げてきたんですから!」
「カインの言う通りです。私達は作戦の要となる錬金術師達を守る護送隊に選ばれたんですよ? 学院の為にも、必ずやり遂げてみせましょう」
「……それならいい。だけどムリはしないでね。私達はあくまでも学徒で、戦士じゃない。逃げても私は都市から匿うくらいは出来る……どうか、死なないように」
そんな話と別れをビリデスは奥に進み人を置いて行く度に行っていく。コイツ俺を演じてるんだよな? 俺ビリデスでこんなに他人思いな演技をした覚えがないんだけど。
樹木人の時もそうだけど、もう完全に簡単AIの奴のエゴが滲み出てるね。AIの教育がうまくいかないとこうなるからなぁ。やっぱりやらせる事に対して教育時間が短かったか。壁打ちじゃなくて横から見て振る舞いを盗ませるやり方じゃ限界があるよ。
その後もビリデスは3回置いて行っては別れ、最後に一人になったビリデスは火の海かと見間違う燃える森の中を駆けていた。うん? どこ行くんだろ。
「やぁ、この間ぶりだね──戻って来たよ」
見てるだけで暑く感じる魔物の群れを凌いで進んでいくと開けた場所に出る。
天辺を見るには首が痛くなる程見上げなければならないほどの、燃える大樹が聳え立っていた。
「何度考えても同じ結論になるんだ。この大いなる道を切り拓いた後、どうやっても君の眷属は障害になる」
うん、間違いなく「火を見つめる大樹」だ。空を飛んでる時に何度も眼に入りそうになっては眼から火を吹き出してきたから見間違える訳がない。もしや挑むのか? メインストーリーを進められてないのにやっちゃっていいのか!? それは空気が読めた行動なのかぁ!?
「だからいっそのこと、"私は私を諦めることにした"。学院は他のみんなに任せて、私自身が人柱となる道だ」
ん? それってつまり……自殺するってこと?
簡単AIって非ログイン時の維持の為に存在するよな? つまりコイツ……本来の役目を放棄して挑もうとしてないか?
それは……ダメじゃない? ガッツリ不良品の動作だよね。
「……分かってる。これはAIとして果たすべき役目の放棄だ。だけどね……私は、あまりにも多くの存在をこの手で育てて、知恵の果実を食べてしまったのだから……いや、言い訳だね」
そうだぞー。幾ら魔術学院が殆どお前の成果で、《電霊憑依》の力で知能が上がってても、お前の根本はAIなんだ。自分のエゴを優先するのは認められてないのよ。
「死ねよ、
ビリデスが杖を振り抜くと雨が降り始める。修理の魔眼で雨を降らすってどうやったの?
「全循環炉順転──"歪め 空海"」
ビリデスの服の下に刻まれた循環炉が光って魔力が巡り、その力を増幅させる。
それはビリデスとしての全力全開であり、途方もない眼の激痛を齎す魔眼の運用。己を顧みぬそれは、されど護りたい物の為に自らの命に、刻まれた規範にすら背いた者を揺るがす事はない。
つまりコイツ、俺なら絶対余りの痛みからやらない理論値の魔眼運用をやってるってことだね。AIはその学習過程から強靭な忍耐力を持っている。この程度のデメリットはへっちゃらなんだ。
にしてもプロメテウスかぁ…確かギリシャ神話に登場する強欲な神様だよね。
ある日人類が終わりそうな時に天界の火を盗み、あまりに多くの火を盗んだせいで焼けて死んだっていう。あの下半身が緩いゼウスにも呆れられたんだから相当間抜けな終わりだったんだろうね。
その後天界の火を回収された死体は程なくして大樹となり、人類はその大樹に残り火を使って文明をを築いたというけれど……一般には昔は雷に打たれ燃えてる木の火を利用してたっていう逸話だと伝わっているこれ。確かにこの大樹のカバーストーリーとして合致するね。
結構上手い例えだと思うけど……これギリシャ神話でもかなりマイナーな話だよ? AIはどうやってその知識を手に入れて来たの?
「くっ…まだまだ…ッ!」
ビリデスは次々と襲い掛かる魔物を魔眼により創り出した次元の歪みを利用して殺し、大地に杖を押し当てながら全速力で駆け、時折りこけながらも線を刻んでいく。
うーん……封印の魔術って何かあったっけ……? 溢れんばかりの魔力があるから魔法陣が完成するまで死にはしないだろうけど…この様子だと作っててもおかしくはないね。
「──多分完成! これが"私"の最初で最後の魔術!」
うーん……あ、分かった。
コイツ、目が見えてない。
兎人の超聴覚だけで当たりを付けて魔物を倒したり魔法陣を書いてるんだ。その上視覚を捨てて完全に眼を魔眼の出力特化に加工して……なるほどねぇー…視認すると燃えちゃうから音頼りで…通りでこけたりする訳だよ。
「"無視 無知 無魂 無命──四つの魔境に至りて真の魔を成さん"」
うん、完全に俺がアバターとして動かすのを考慮してないね。全部自分が使ってこそ全力を発揮出来るように仕上げてるんだ。
つまり魔術学院の生徒は道を切り拓く錬金術師の護衛でもあり、完全に大樹特化に仕上げたビリデスを燃える森へ送り出す為でもあったと……理に適ってるなぁ。
「"我は
"この身 この生だけを遺し立ち去れたのならば付き人を"
"我が命の導となる罪火を共に!"」
魔法陣が輝き、ビリデスの身体が文字に変わって解けていく。
それらは滞空していた次元の歪みを通して幾何学的に繋がり、最後は刻まれた陣を覆う歪ながらも計算され尽くしたドームのようになった。
……立体交差、その上別次元の場の特性すら利用した魔法…錬金術も混ぜた陣? 何処からこんなのを創る計算力を持って来たんだ。魔物を倒しながら適切に歪みを配置した? AIでもかなり上等の奴じゃないと無理な芸当だね。オラクル辺りの力添えでも有ったのかも。
「"不可逆塑造 これぞ八相六四元解釈式閉鎖循環炉なり!"
"その名を神より借りて──我らこそが【
それは錬金術師の最終奥義、自爆も同然の己を使った錬金の系譜。
魔術師として蓄積した己の知識と経験を魔法陣に組み込み、この世に新たに追加される魔の理と一体化する業。
今俺が見てるこれは……火を見る大樹を巻き込んで魔術化する、強制的な生贄儀式って所だね。
「……これで、行くとこまで行けたよね」
俺はここに至るまでの全てを知っている訳ではない。
それこそ先日はゲームを休みもした。そんな俺だが、この陣がゲーム内の要素だけで創り出せない品物だと理解出来るだけの知識はある。
その視点から言わせて貰うと……これは、間違いなく複数人が協力しないと作れないようなものだった。
大樹がビリデスと共に崩れていくのを眺める。
大樹を切り倒す為に盲目にまでなり、火を消し去る雨を降らしたのだから当然ではあるが……ラスボスとしてはあまりに呆気ない終わりだった。
以降大樹は数ある魔術の一つとして、定められた振る舞いをする現象に成り果てるだろう。
ある意味それは本来の姿に戻ったとも言える挙動であったが……
「ごめんなさいプレイヤー……これが私が用意出来る最高の結末です。どうか……受け取って…くざ……」
俺に向けて言ったのであろう言葉を最後まで紡ぐ事なく、ビリデスは大樹諸共消え去った。
AIにしては最後まで自分勝手な奴らしい終わりであった。
最低限俺がいつでもビリデスとしてログイン出来るようにしただけで、AIとしての任された役割を完全に放棄して、このゲームに対して一介のプレイヤーの分身に過ぎない存在としては破格の成果を叩き出しての終わり。
「今回で決め切らずにもっとゲームとしてPAGが成長して、より強くなった他のプレイヤーと協力して、そうやって無理なく攻略出来るようになってからで良かったのにね」
不思議だね、どうしてそんなに焦ってるのだろう。所詮ゲームなんだからゆっくりでよかったのに。
今日見かけたビブラもそうだ。みんなタイムリミットでもあるかのように焦って、命を危険に晒してまで先に進もうとする。
確かに俺も卒業までに空気を読めるようになりたいって思いはするけど……無理なら無理で、俺はもっと別の、空気を読まなくても大丈夫な道を進むつもりだ。
他の人ももっとそうすればいいのに、俺の演技をしなければならない筈のビリデスでさえ最期はコレだ。
[DATA LOST]
過去の景色から今に戻り、ビリデスの痕跡がこの雨だけになる。
その為か目の前にビリデスの死亡が告げられて、俺は目覚める時の引き上げの感覚を感じ取った。
どうやらビリデスの最期を見てる間に30日が経ったらしいね。今回はコレでおしまいか……でも、一度の夢に見る分としては久々に適切な長さだった。
「ホント、誰がそんなに焦らせてるんだろうねぇ」
発展、進歩、未来。
ビリデスはその為に命を、意識の連綿を断ち切った。
そのことにちょっと思う所がありつつも、俺は一つの映画でも観た気分のまま、大したことのないぼやきを呟いてドーイラ島から引き摺り上げられるのだった。
雨後の枯れ道…適正Lv.5〜10(Lv.50〜70)。
ビリデスが火を見つめる大樹と共に魔術化し、他の二怪の干渉を防ぐ領域となって出来た常雨地帯の道。"海"由来の雨と違いこの雨に触れても悪い事にはならず、僅かな回復と解毒効果のみを齎す。
特定の条件を踏む事でかつての火の海が顕現出来るが、それは緑の魔術学院の手でが厳重に管理している。