夢の世界由来の力…特別な呼称はなく斬る力の「刃」、人を蠱惑する「魔性」、未来を知れる「予言」がある。どれも強力な力だが強力過ぎて人の身に余るのが実情であり、この三つ以外は民間が知る余地がない。
山本家が継いでる力は「演劇」と言う。
ガタンゴトン…ガタンゴトン…。
「なんか……人が少なくない?」
「人類の4割弱が
早速お出かけに出た俺達だが、周囲には早速異常が発生していた。
何が異常か。パッと見は人の数は変わってないのだが、どうも人間らしさの感じない、機械的な動きをする奴が散見されるのだ。
例えば電車の座席で姿勢がずっと綺麗で、スマホも眺めず前を向いていたら変だろう?
ソイツに俺らが近付くとスッと席を譲ろうとするし、窓から歩いてる人達を見ても規則正しく同じ歩き方をしてる連中が居る。
特に赤ちゃんが機械的に身体を鍛えるように振り回して寝るのを見た時は気味がすごく悪かったし、手を叩く回数でメシやオムツの状況を知らせてるっぽい挙動を見せた時は思わず後ずさってしまった。正直、キモい。
他にも席を譲ろうとした二人に尋ねたら。
「ねぇ、私達に席を譲ろうとしたお二人さん。なんで何駅経っても降りないくらい先なのに譲ろうとしたんですか?」
「人類が優先だからです」
「君達も今は人ですよね?」
「肉体ではなく精神が人工か否か。あなた方の中身は人類でしたので、優先しました」
「AIさん、その身体は妊婦と3歳の女の子なんですよ。それに赤ちゃんだって抱えている。人類を優先するのなら、操作している肉体の負担も考慮するべきだ。人類を優先するなって言ってるんじゃない、"代行してる身体も配慮すべき人類なのを忘れるな"と言ってるんです」
「「なるほど」」
「これは深く学んでくださいね。それと、低年齢の身体と妊婦の身体は強めに配慮する必要があると他のAIにも共有しなさい。これは教育者命令です」
「「了解」」
休みの日に知らない人相手に壁打ちをする事になるとは思わなかったが、教育の終わってないAIに人生の代行をさせる事の不安の方が優るから困る。
絶対どこかでトラブルが起きそうでもうイヤだ。うん、昨日遊ぶ約束をした友人がこれだったら俺は嫌だね。
「慣れるしかねーな。少なくとも、現実に留まるよう足引きした僕はそうしなきゃならん」
「そういえばなぜ私を探す為に人類を現実に留めようと? 関係性が見えて来ないけど……」
すると阿佐美が気恥ずかしそうに顔を背け、ぼそりと囁くように言った。
「さっきも言ったが、夢の力は現実で使う方が強いだろ? ここ最近の僕はシンエンのPLに会うのが1番の目標でね、あの剣舞をもう一度……今度は現実で見れたらと思ったんだ」
「私を現実に残したいからやったと?」
「あー……それに僕は単に他人と普通に話せりゃいい訳じゃねぇ。魔性は不便だが、なんだかんだこの力以外の価値がないのが僕だからな。唯一無二を捨ててやるほどツマらんことはないのさ」
……えっそれだけ? 阿佐美スゲェ、そんな事の為に人類全体を動かそうとするなんて。
相当自分勝手だけど、それでここまでやれるなら感心が優るね。空気を読む側じゃなく作る側って事だからな。
「ま、それでも37%は引き留められなかったがな。実質寿命無限、娯楽無限、人数制限無しは流石に分が悪い。あと、その気になりゃこっちに戻れるユーザーフレンドリーさもか。1日使うのを遅らせて、向こうが自爆するのを祈る戦法しか出来なかったぜ」
「今日の夕方までが阿佐美の魔性で引き留められる限界ってこと?」
「そうそう。それまで何も起きなきゃ99%は行くだろうし、何かありゃ国が止める。一見世間様は平和そうだが、今日は世界規模の分水嶺なのさ」
99%かぁ……身内で使う人が多いほど連鎖しそうな仕組みだし、そのくらいは行って然るべきなのかね。
「私の妹達も使ってそうな99%ね」
「あの子達は使うだろうな。現実にイヤなことの方が多い奴と本質的に電脳空間が故郷の奴。寧ろ留まってる今が奇跡みたいなもんだぜ?」
え、そんなに? マジで?
「……そうなの?」
「そうなんだよ。魔性のお陰で"人を見る目"が鍛えられた僕が保証してやる。力に執着もねぇのならこんなにも都合の良い逃げ場も早々ないのさ。
ほら、そんな伏線に覚えがねーか? 例えば、"「ビブラ」を貰った時に喜んでた"…とかな」
うーん……貰った時に
うん、覚えは。
「ない!」
「テメェは今からクソボケカスアホの称号を名乗っていいぜ。演技の力を持つ癖にそこまで人の心が分からないのは、いっそバカみてぇな話だ」
なにうぉー。
「不服そうだが、そんな顔をする資格はイイノリにはねーぞ。現にエーコから借りたそのスマホ。普通、人は家族相手だろうとそう簡単にスマホは貸さねーんだ。それを貸したエーコが何を代わりに持って行ったか覚えてるか?」
「そこまで見てない!」
「おっと、どうやら僕は節穴の称号を与え忘れていたらしい。
答えは"ビブラ"さ。ヨメネも持って行ってたぜ? ビブラはAR仕様の視覚補佐式ニュートラリンクじゃない。大方エーコは友人が向こうへ行ったかどうか、ヨメネは向こうの様子見で使うだろうよ」
……マジかー。
「戻って来るかもだし……」
「向こうの住み心地次第だな。間違いなく現実は負けるだろうが。
電脳空間じゃ会いたく無い奴は簡単にブロック出来るし、やろうと思えば繰り返したい記憶を再現し続けられる。
へぇ、なんか便利そうで不便な仕様だね。会いたい人が居てもブロックされてたら二度と会えないし、新しい視点や考えを取り込み辛いなんて。
「そうなった人間はいっそ哀れだぜ。ゲームのNPCみたいに同じ言葉と行動しかできなくなる」
「なんだかAI以下だね、それ」
「だが不幸じゃない。徹底的な自己肯定とストレスフリーな環境に置かれた結果そうなるだけで、そこに辿り着くまでの道のりは幸福しかないのさ」
「阿佐美はそうなったら何が悪いと思うの?」
俺は別にビブラを適切に使えば問題ないとは思ってるけど。
「なにも。僕はただ、向こうに行った人間の大半はそうなるだろうって考えてるだけさ。1日が500年近くあろうが、文明進歩の歩みは亀より劣るし、寧ろ下がるかも知れねーって予想に過ぎない。
寧ろ、僕はイイノリが妹達がそうなったらどうするって聞きてーな」
二人がそうなったら?
うーん……聞いた限りかなり可能性が高い結末でそうなるだろうし、今から阿佐美を置いて考え直すように言いに行った方がいいかも知れないけど……"それって空気が読めた行動かな"?
客人を置いて身内を優先するのは、空気以前に礼儀に反する気がするんだよね。
それに……。
「今度は"
「……おいおい、中身は向こうに行ってるって話なんだぜ? そっちはどうするかって話なんだが」
「言ったわ、言葉の外に」
"中身がすげ変わった程度でその子達を妹と思わないのは、空気が読めてないだろう"?
家族なら目の前の子達を愛してやるべきだと、俺は両親から学んでいる。
なら、俺はその教え通りに新しくなった家族を愛するべきだ。
「……大事なのはガワかよ」
「演劇において大事なのは役者じゃなくて役よ。それは家庭という舞台でも、学校という舞台でも、社会という舞台でも、舞台という舞台でも同じこと。
いい? 阿佐美。私はね、他人にとって他人の中身はどうでもいいと思ってるの。本当に大事なのは、自分の役を正しく演じられているかどうか」
その点、俺は演劇部なのに演じるのが下手なのだ。
主役も脇役も相応しくない、裏方が本来妥当な立ち位置だ。山本家に産まれておいて演技は酷いものだし、
「一応、中身がどうでもいい訳じゃないのよ? ただ、私には
「台本は渡されてないだろうが」
「ええ、だから周りを見て1番正しそうな演技をしてるわ。今は
その点AIはすぐに舞台に馴染めてスゴいとは思ってるよ。
俺なんかよりよっぽど正しい振る舞いを掴んで馴染めるんだから。
「……言葉の外に置く辺り、中身が変わるのはイヤなのは事実だろうな。
だけどそれは他人よりよっぽど弱い拒否感だぜ。普通、人はラベルに死ぬほど拘るもんさ。天然産のAIか、人工のAIか。長寿番組のキャラの声優が世代交代するのは訳がちげーんだよ」
同じだろ。
「違いが分からねーって顔に出ちまってるぜイイノリ。何もかも
等しく価値を感じてねーから何がどうなろうがどうでも良くて、堂々巡りにどうやっても成長出来ないでいるんだ」
うーん……そうなのか?
そう言われてもあんまり身に覚えはないんだけど。
「そうなんだよ。例えば……そうだな。
イイノリ、将来の夢・一人称・好きなもの・妹への振る舞い・両親への感情・PAGをプレイする理由・自分の性格を"なんでそうしたか、そうなったか"まで言ってみな」
唐突だね。別に言って困る事じゃないからいいけど。
「別にいいよ、私は山本・イイノリ。
将来の夢は大企業のリーマン。何故ならそれが空気の読めた普通そうなものだから。
今の一人称は私。何故なら今はそうするのが空気の読めた普通の振る舞いだから。
好きなものは未設定。何故なら人によって多種多様でどれにしても空気が読めない角が立つものになるから。
妹への振る舞いは兄っぽいこと。何故なら兄の立場として演じるのが空気の読めた行いになるから。
両親への感情は尊敬。何故ならそれが親に向けるには正しい感情であるから。
PAGをプレイする理由は空気を読む練習をする為。何故なら空気を読む練習するのが空気の読めた行いと判断したから。
という理由だよ。仲良くしてね」
自己紹介なら仲よくしようと言うべきだろう。
そうして最後まで言った頃には阿佐美は眉をひそめつつも笑っていた。
恐らく苦笑いだろうね。
「お前、本当に人間だからここまで人間失格なんだな。AI以下で、以下だからこそ人間らしいや」
阿佐美はそう言うのを最後に景色を眺め始めた。
次に会話をしたのは第一壁を前にした夕暮れ時の別れ際。
「これが僕の連絡先だ。
それじゃーまたな。お前が僕と遊びたかったり、演技をやめたいと思ったら連絡してくれ。スーパーパワーを持つ者同士、世話になった分も合わせて助けてやる」
「じゃあね。今度からは寝る前に財布とか持っておくんだよー」
「ああ、そうするさ」
そんな事を言って別れ、電車代が勿体無いのでのんびり歩きで帰っていると夜の12時になっていた。
「ただいまー」
「「おかえりなさい」」
「お、阿佐美の言う通り本当にゴーストになってる。二人ともー、壁打ちをするからそこに座っておいてね」
「「了解」」
そして妹達の身体を代わりに動かしていたゴースト達に二人の振る舞いの壁打ちを施し、深夜2時に俺はVRベッドで就寝した。
こんな世の中でもPAGは正常に動いているのだから、流石大企業なだけはあるらしい。
「そういえばオラクルに頼まれた仕事はどうしよっかな。これだけ世間が変わったんだし、もうだいぶ夢の世界に対する姿勢も様変わりしてると思う……ん…だけど………むにゃ」
夢の底へ沈む中、奥底に光り輝く川が見えた。
今まで無かったもの。その光に見覚えがあり、記憶を探ると先日の流れ星が該当する。
恐らくあそこがビブラで行ける領域なのだろう。妹達もあそこで元気にしてるのかな。
なんとなく手を振った。届く訳がないが、自分の中で二人との別れは済ませられた。
明日からは新しくなった姉妹と頑張ろう。
[お久しぶりですね、テスター4]
「うん、昨夜ぶり。世間は随分と変わってるけど、そっちはどんな感じ?」
そんな事を考えながら、俺は久々にオラクルと腰を据えて会話する事にしたのだった。
PAG…ビブラの登場により島の様子が各サーバーでかなり変わった。特に"海"が不安定なものから安定したものに変わり、どんよりとした荒波立つ岩礁になっている。