前回のあらすじ
山本が村を宗教で支配しようと目論んでいた頃、いつも騒いでいる運営はいつもとちょっとだけ違う騒ぎ方をしていた……。
時は26XX年。
ここは地球、日本、東京、第二壁内、その中でも第一壁に寄って建てられた摩天楼の一つ。あるオフィスの片隅でポッドタイプのVR機器に入り眠っている複数人の社員の一人。
一人の男が接続している先、最先端の技術で加速された電脳空間の一角で、彼は上司に頭を下げていた。
「──配達ミスぅ?」
「送り先を間違えた訳じゃありませんよ!? ただ頼んだ業者が間違えて予定より数日早くテスターの家に設置したみたいで……」
「そんな事したら最終調整も終わってないのにテスターが来るだろう! 誰だ安いからって信用のない業者に頼んだのは!」
「差額を着服しようとした部長です」
「今何か言ったか?」
「いえ! なんでもありません!」
「……ふん。他に言ったか?」
「いえ、真っ先に報告に来ました!」
思わず呟いた声に上司が反応し、反射的に再度頭を下げる。
幾ら科学と技術が発展し加速した時間の中で仕事をしていても、こういった光景は消せないようだった。
業者への指示は男に任された仕事。責任は男にある。
故にまた怒鳴られるかと身構えたが…… 伊達で大企業で頭一つ抜けた立場になれる訳もない。
原因は上司も自分にあると理解しているのか、怒りを治め建設的な話を続けた。
「申し訳ありませんでした!」
「そこはもう良い。それで、どこで間違えられた? 300以降ならまだ取り返しつくだろう?」
「それが……4番でして……」
「4番!!」
上司が拍手をし、部下の男はビクリと肩を震わせた。
次にどんな言葉が飛んでくるか戦々恐々とした気持ちでチラリと顔色を伺う。
……半分野望に目を曇らせた、神妙な顔付きだった。
「──スケール指数、どんなものか言ってみろ」
飛んできたのは、教師が生徒に問題を当てるよう解答要求。男はビシッと姿勢を正し、声を張って返答する。
「我々のゲームに齎す混乱と発展、その規模を試験的に数値化したものです! 100を変えれば確実に我々が想定していた結末を逸脱し、最高数値の200にもなればゲームのジャンルすら変わりかねません!」
スケール指数──PAGの運営が高度な現実演算技術であるVRをゲームに転用するに従い提携会社の基準である特異指数を基に創り出したもの。
着想としてはヘンダーソンスケール……TRPGのシナリオ逸脱具合を測る基準を参考にしており、今回集められたテスターはこの数値を0〜200まで満遍なく集めた者達である。
とはいえ人に常識という壁がある都合上、殆どのテスターは高くても20程度。ゲームではお約束のちょっとした
「4番の数値は!!」
「80〜150です!! ゲームに与える影響が不安定であり、提携先の
「そうだ。我々が想定した舞台の時代なら耐えられるかも知れない相手であり、1、2、3の崩壊前提の連中よりはマシな相手だ。最悪の状況だが我々の首の皮はギリギリ繋がっている。繋がっているが……」
VRは高度な現実演算技術である。
現実に即した自由度は元から保証されており、ゲームに転用する場合最も配慮すべきなのは本来の道筋が大きく外れること……ゲーム性を保ち続け、道筋の決まった
これは大企業として実に
「はぁ……まだデータ分割も保存もしてない舞台に上げていい者ではない。我々の黎明期に英雄は不要なのだよ」
カオス理論。運命と現実は些細な行動で容易く変わるのはVRに携わる者なら周知の事実であり、ゲームの舞台を創る最大の敵。
歴史の始まりである程、その影響は強く出てくる。
「FC社には"未来の固定手段の模索"、PD社には"集合無意識G区画へ侵入する為の前哨基地"──我々にとっては"かつて何度も夢想されたゲームの実現"。このゲームには国営企業と民間軍事企業が関わっている」
今回民間から集められたテスターはそのような基準で集められた。
安定の正反対、不安定と破壊を齎す社会性に欠けたあらゆる危険分子に対し、夢とエンタメをエサにして。
「安全の都合、VRは必ず本人の意思でログアウトする必要がある。メールの一つでも送って終わらせれば話は早いが……"それじゃあつまらない"」
スケール200。
異常なレベルの技術と知識を持ち現実にVRという超技術を齎した脳科学者。
スケール180〜195。
圧倒的な魅力を放ち時代が違えば国を傾けたであろう配信者。
スケール170。
内乱罪で独房に囚われた元革命軍特殊部隊隊長。
テスター番号に1、2、3を割り当てられた、現実で良くも悪くも大それた事を成した怪物達。
そんな企業自ら誘致した人材の──1つ下。4番とは、まだ事を成してないだけの外れ値を意味する。
「俺の上、お前にとっては雲の上の連中ならこのトラブルを見てもそう言うだろう。ゲーム会社なら例え不慮の事故でも、テスター相手でも気分良く帰らせろってな。つまり、俺達は全てを終わらせてから上司に報告する際の機嫌にも配慮してコイツを追い払う必要がある」
それはアンタが上司の覚えを良くしたいだけじゃないか?
男は口から飛び出そうになった言葉を飲み込み、恭しく頭を下げる。
ここで口ごたえしても面倒なだけなのは火を見るより明らかだ。
「方針を伝える。一先ず他の最終調整は継続。他の社員には伝えるな。コイツ周りの地域は異常な病原体が発生したとして一日中メインお前、サブ俺の管轄に変更。内々で処理する」
「分かりました」
上司と仕事かぁ……。
男は内心ため息を付いた。加速したVR内では現実の一日中は一ヶ月の共同作業を意味する。
その間どれだけ気を使う必要があるか、男は想像もしたくなかった。
幾ら仕事では頼もしくても、それ以外で一緒に居たくない相手なのだ。
「やる事を決めるぞ。影響は村内部に収め、奴が死ぬかログアウトするまで都市には行かせない。方法としては定期的に来ている行商人からこの村の記憶をデリートする。幸い奴のビルドは後衛。魔物の危険性も相まって陸の孤島の完成だ。これを突破する挙動を見せたら報告しろ」
「分かりました」
「死ねば緊急メンテナンス中としてログアウトを推奨する。終わればその村は消す。これがこれから任せる仕事だ。分からないことは?」
「基本は監視のみですか? 業者の指示は?」
「ああ。見逃して事が起きてはいけないからな。指示は俺がやっておく。引き継ぎがあれば今のうちに教えて欲しい」
男は楽な仕事になったと喜び、嬉々として上司に引き継ぎを済ませてテスター4の監視と孤立化に移った。気分はゲーム実況を観る視聴者である。
「……ふん」
男が去った部屋で、上司は鼻を鳴らす。それだから俺より年上なのに上にいけないんだという見下しも、直ぐに仕事の思考に押し流された。
VR技術は世界を変え、加速させた。
ホワイトカラーの大部分の仕事は一日に一ヶ月分の業務を熟せるようになり、導入した会社は圧倒的な作業効率を叩き出すようになった。
VRは自動的に体調を調整する。栄養を流し、睡眠を助け、文字通りの24時間働かせられ、最高のパフォーマンスを維持する。
しかし給料は変わらない。
幾ら働いても旧来と同じであり、その事実はVR労働者のやる気を低下させた。
その影響で革命軍が発足されたりしたのだが……それは兎も角。
こうして運営は一足先に来たテスターへの対応を決めた。
"可能な限りストーリーとゲーム性が破壊されないようにする"。
《Power of Anything goes》
五つの地形、4種の人種、3体の怪物、2つの都市、1つの夢の島を演算し重ねた冒険の舞台。
それは人々の意識を繋げる夢の世界と重なっており、冒険の成果の一部は現実にも反映される。
世界初のリアル連携型仮想現実遊戯。
遺産を探し、魔物を倒し、人を助け、自由に冒険しよう!
そんな謳い文句の裏にあるのは大企業が協力して制作した、象徴的な舞台から未来に干渉し望んだものに固定する装置の雛形。
メガコーポの社会へ進む為の足掛かりは静かに、されど盛大に準備を進め───。
「──見つけた。ユ、ユニークをアイテムに変える方法」
[うわ、やり遂げやがった……上司に報告しないと]
空気を読まずに仕事をしに来た山本を前に、今際の際を迎えていた。
*
俺は考えました。
【聖なる手】ってアイテムにした方が取り回し良くなりそうだなって。村のみんなが其々勝手に使ってくれたら便利だよなって。
「あ、裾が破けちゃった」
だから村の人々を元気にしている間も考えに考え抜いて、ニョロニョロと【聖なる手】の感覚を伸び縮みさせている時に、村人のふとした言葉から良いアイディアを思い付いた。
「っ!! な、なにも一度に完成させる必要はない……部品単位で錬金して、組み立てて、別の形を与えるだけ──そうだ、布の形にすればいい…!」
連想したんだよね。この伸びる判定、ひたすら細長くすると糸っぽくなるなって。
そして糸と言えば機織りじゃん? そういえば別に意思を伝えるだけなら声じゃなくても良くない?って思うじゃん? そんな事よりトーラちゃんが優先だって考えて、発想が繋がるじゃん?
「……そうだ、必要なのは完全に治す事じゃなくて、トーラちゃんを元気にすること。それなら、今の状態を安定して継続出来れば……後は骨を肉に変えるだけ。難易度は下がる」
俺はクエストを受ける時に実力不足と忠告されたのを決して忘れてはいない。
村長には今研究しているものがどうこうとホラを吐いたが、その中身は今定まった。
「あ、お医者さま! どうしましたか?」
「トーラちゃん、トーラちゃんは今熱かったり苦しかったりする?」
「えーと……いえ、とくには。最初の頃みたいにちょっと熱くて、疲れなくて、元気がみなぎってて、いっそどこか走りたいくらいです」
「ありがとう……お、恩恵が無いわけじゃない。初期は活力に溢れる。体力が削られると悪化してああなる……回復できなければ症状の悪化を進めるだけ。でも、適切に管理すれば……」
そしてローグライクにおいて、恩恵と呪いの抱き合わせはよくある事だ。
その点この呪いは分かり易い。
おお、聞こえてくるぞ……運営はこう言っている。
装備やアビリティでデメリットを踏み倒せと。
言われたからにはならねばならない。
「キャハハハハ! キャハハハハ!」
「よ、よし…ごくん。《妖精達よ! 言葉を分かるなら耳を傾けよ! 私はあなた達と話がしてみたい!》」
「《あら? あら? ニンゲンが喋ってる! 私たちと同じ言葉を喋ってる! オモシロイ! オモシロイ! 巣に連れて行こう!》」
「《オモシロイか! ならば私に着いてくれば、もっとオモシロイ物を与えよう! 私達に食料と力添えを与えれば、今住んでる巣よりうんと素晴らしい家を与えよう!》」
「《まぁ、なんてステキな提案! だったらヤクソク! ヤクソク! 私達とのヤクソクは絶対よ!》」
「《勿論だ! その為に私は来たのだから!》」
[*変動を確認しました。アビリティ「モンスターテイムLv.1」【妖精魔法】を
[*新たなアビリティが世界に刻まれました]
だから最初の10日間で色んな手法を試した。
丸薬を改善して、意通丹で近場の妖精みたいな魔物と交渉して、何故か最近来てないらしい行商人の代わりに妖精から森の食料やらなんやらを貰って、代わりに妖精の遊び道具を錬金したり住処を建てたり、村人に妖精と契約させて戦力化したりした。
何故妖精と話そうとしたか? ゲームなら妖精と話せるかなって思ったから。
「ち、力は与えました……あなた達はもう無力な羊ではない。共に行きましょう。トーラちゃんを治すものを創る素材を集める為に、武器と契約を手に取るんです」
「「「おおーー!!」」」
そして次の10日間では村人と共に森に突撃しまくった。
妖精が撹乱し、村人が攻め立て、俺が回復する。この陣形はかなりハマった。
ゴブリンを倒し、オークを倒し、
「樹が6種、花が12種、植物が20種、魔物から32種、川魚が3種、鉱石が4種、その他70種……錬金の新素材が大量……うん。これなら出来そうな気がする」
次の10日はひたすら研究と組み合わせの確認だった。
本当に地味で退屈な作業だったので詳細は省く。これのどこが面白いんだと何度も思ったが、考察好きとかは苦もなく楽し気にやれるのだろう。
[*変動を確認しました。アビリティ「指揮Lv.1」【素材学】【物理学】【幾何学】「農業Lv.1」【建築】【酒造り】「設計Lv.1」【鉱石学】【植物学】「魔物学Lv.1」を
[*新たなアビリティが世界に刻まれました]
お陰で錬金と練丹以外に色々なアビリティが生えた。けどなんだか嬉しくないな。お前は遊んでるんじゃなく勉強してるって言われてるみたいだ。
「後は創るだけ──ヨシ」
けれど色んな珍味を味わえたし、ユニークをアイテムに変える目処も立った。
熱を保ち続ける木材、妖精の粉を固めた歯車、魔力が浸透した針、空気から電気を貯める蓄電植物、周囲の揺れによく反応する花の種……それらを大釜に適切な順番で入れ、取り出し、時には一部を別にして結晶化させて──。
……という感じで作った。作れた。
神の声を届けられて、トーラちゃんの為のアイテムも作れる機織りが。
「……聖者の糸で神の声を織る機織りが」
[成功。新アイテム「
[品質「?」:製作したアイテムには時に品質が「?」で表記される物があります。これはゲームが良し悪しを測りかねたものであり、この状態以外あり得ない……複数作れたとしても個体差が存在しない、若しくはまだ未完成とされたものです]
ぎぃ、ばたん、ぎぃ、ばたん。
そんな軋みを鳴らしながら一人でに動く機織りを眺める。
非常にゆっくりだが、俺から切り離しユニークを収めた水晶から糸を取り出し布に変えているのを見ていると込み上げてくる物があった。
「でも……まだ未完成って言われた」
俺からすれば一ヶ月掛けて製作したものがちゃんと動いてくれているだけで嬉しい。
うん、この達成感は普通じゃ味わえないね。頑張った甲斐があるよ。
でも運営はまだ完成してないと言う。
まぁ……分かるよ? ユニークで伸ばせる手の感触は射程があった。つまり限りがあり、これはいつか機織る事をやめてしまう。
折角周囲にある魔力や熱や微弱な電力で自動的に動く様にしても、素材が有限では片手落ちだ。
「……編み目のほつれに神の意思が宿るように、いつ神が喋っても良いように決して止まらないようにした。だけど、素材が余りにも少ない。これじゃあ数ヶ月で止まる」
つまり、そこをなんとかしろと運営は言っているのだろう。
ならばそれに従おう。運営の想定通りなら、必ずその先に僧侶を堂々と名乗れるゲームになる筈だ。
「だけどユニークの代わりになる素材なんて……」
腕を組み、若干演技を捨てて考えてみる。
俺はアイテムにした方が便利そうだから、アビリティを取り出せるアイテムを創り【聖なる手】を取り出した。
だけど途中からは神の声を届ける素材に最適だと分かったから利用した側面もある。
一回織った布を解いて織り直すのは……この布は便利過ぎて手放す人は居ないだろう。身に付けてるだけで回復するんだ。俺だって手放すのは勇気が必要だった。他の人に求めるのは酷だろう。
「この布を持つならトーラちゃんみたいに手放せない事情もあるかもだし……仕方ない。別の方法を考えよう」
どうやっても【聖なる手】と同じ物を用意するのは無理そうなので別の物を創ることにした。
とはいえこの機織りはこの状態でも便利なものである。アビリティを布にして織るなんて多分そうそう創れるものじゃない。創るのにどれだけの理論を見つけ学んだと思ってるんだ。見ろ、俺の錬金術のレベルは今や消えて【錬金術】になった。
アビリティの説明読んだけどさ、俺は過去にこのアビリティを手にした開祖を超えたんだ。かなり頑張った自負があるよ、本当に。
本当……これで他のプレイヤーがアッサリ作ってたら俺は泣くよ。
男の恥は捨てて地面に転がって泣く。それだけ真剣にこれを作った。
一体どれだけもっと良い素材が欲しいと考えたか数えたくもない。今ある手札で最高の仕事をした自信がある。
「……賢者の石…いや、機織りの追加パーツとして特化すればもっとランクを落とせそう」
今となっては錬金術は俺の血肉となって頭に刻まれた。執着を捨てれば割と新しい方法を思い付けるくらいには。うんうん、朧げながら運営が想定してそうな方法を思い付いて来たぞ。
「……ぬ、布も出来たね。神の声は……ほつれが無いから何も言ってないか、失敗かな……うん、ワタシにはもう要らないし、トーラちゃんにあげよう」
一先ずトーラちゃんの件は解決したんだ。そっちの報告に行こう。石化を治す丸薬も作ったし、これで治療完了だ。
[*自動生成クエストクエスト「石化する娘」 クリア]
[*世界に新たな変化が訪れます]
「──我々はフラッタ医の導きに従い、妖精と共にキーラ森林に新たな故郷を築くのです!!」
「「「おおーーー!!!」」」
「……えぇ?」
そんな訳で報告したら、トーラちゃんが村のリーダーとして森に住むとか言い始めました。
……何故ぇ?
キーラ森林…まだ大森林じゃない森。その内大森林になる。多種多様な魔物が跋扈しており、言葉が通じれば和解出来る相手もいる。この島にある二つの都市の間にあり、お互いの交流を良くも悪くも妨げている。ハスクラ出来るメインコンテンツ。
キーラ村の住民ならば一度は税も何も取られない森の中へ行きたいと考えたりする。