迷宮と復元…迷宮は森の三怪の一体、山羊の資産とも言えるものである。PAG運営がコピーしたその資産を前にして行ったのは、ゲームの舞台として形を整えること。
しかし長年夢の世界を漂っていた空間の損傷は激しく、元に戻すにも「夢」と「空間」の二つを合わせた専門家に心当たりなんてない。そこで行われたのが上辺から抑えつけ、その性質を弱める強引な対処だった。
それが間違っている訳では無い。しかし適切な対処を行わず画一的な手法を取るということは、却って悪化することもあるということ。
元の形に戻し、沈静化させ、それから改めて抑制と保護を行う──復元。丁寧な手法は失敗した時のリスクも大きいが、代わりにその後の安全も安定も、強引にやるよりは良くなる物だ。
「幻想具現ってのはなんでも出来る万能の力じゃねー」
阿佐美が選んだ入り口の先は一気に55階も飛んだ57階層だった。
想像よりも飛んだ辺り、俺が復元して上手くやれば今日中に最下層に行けそうな気もするね。
危なそうだから二人に許可を貰った時に限るけど、この途方もなぬ荒れた農地をこれから歩く事を思うと、かなり魅力的なものに感じるから不思議だ。いやホント広い。地平線まで続いてるもの。
[迷宮57F
荒れ地とどう関係あるのかとフロアの名前を見る。この名前はどういう基準で付けてるんだろう。
地上のドーイラ島に付けられた名前とはセンスというか、名付け方の毛色が違うんだよね。
「幻想なんて名乗ってるが、身近な物の再現や現実で出来る事以外はそうそう上手くやれねーんだ。要素としちゃ「具現」が9割、幻想はそこにない物を持ってくるって一点の要素しかない」
「なんだか《
「必要なものを一時的に創り出す魔術か。確かに似てるが、幻想具現と一介の魔術じゃ扱えるリソース量や使い勝手、出せるレパートリーも持続時間も違う。大型車両とバイクくらいの差だな」
師匠が既に具現化が解けて元の姿に戻った刀を持ち直す。どうやら元の刀に姿を被せるように具現化していたようだ。
うーん……確かに《
ふむ? 【夢物語】の描いた絵を具現化する力と「幻想具現」と《
「バイアクヘー、儂は出力は高くともコップや食べ物や乗り物などは具現化出来ぬ。出来るのは精々、刀と馴染みの服だけよ」
「僕は使い慣れた銃を使った時の出力とテレポートさ。普段は転移での移動が多いからな」
師匠は初心者だからそんなものとして、阿佐美も案外出来る事少なくない?
銃は一階で使った次の入り口直通の道を作った奴だとして、テレポート以外も出来そうなものだけど。
「あれ、ミコさんは何度もダンジョンアタックしているし、もっと色々出来そうなのに意外だね? アビリティのレベルはどのくらいなの?」
俺は絵の具を出せるようになったのに、未だにアビリティとして手に入れてないけどね。
何度も使ってる阿佐美ならレベル10は超えてるものじゃない?
師匠はまだ1だとしても、9も差があればかなり変わると思うんだけど。
「おいおい何を言ってるんだい?
阿佐美が髪を掻き上げてそう言った。
あ、そうだ。そんな事より移動用に車を描いて【夢物語】で具現化するのは如何だろう。歩くよりずっと楽だしやらない理由はないよね。よしやるか。
「へー……あ、そうだ。描いた絵を具現化するユニークをさっき覚えたから、それで車を描いてみるね。ちょっと待っててねー」
「おーそれは名案じゃな、頼むぞバイアクヘー。
で、ミコ殿よ。お主「幻想具現」の説明でアビリティ曰く〜と枕詞に置いたじゃろ。アレか、他人のステータスを覗いて知ったもので有ったというオチか?」
ホイホイ……あ、これ描いた絵と出てくる物のスケール同じだ。描き直しだね。
「バイアクヘー、そういう事なら転移装置の方が……やっぱいいや、絵の再現率次第で失敗とか有ったらこえーしそのまま車を描いてくれ。ちゃんとオフロードタイヤで車高の高い奴にしろよ。
ま、そうだな……ぶっちゃけると僕は「幻想具現」を……リアルって言っていいのか知らねーが、とにかくゲーム外の夢の世界で使える。だからアビリティには出てこねーんだよな」
こうしてこうして……あ、これ内部も描かないと上辺だけのハリボテになるタイプの能力だ。あーでも奥行きや描かれてない裏側は補完されてるから……。
それなら油絵のように隠れる部分にも内燃機関の絵を積み重ねてやればいいね。足りない知識は演技で適当な車の設計図を網羅した知識人から補うとして……うーん、せめて名前だけでも知りたいな。
「ミコさん、視聴者さんに車の全部品の設計図を頭に入れてる人を名乗り出させてくれない? 本名じゃなくてユーザーネームとユーザー画像の特徴を教えてくれると嬉しい」
「ん? あーなるほど…? いやそれでイケるってマジかよ。別に便利だから構わねーけどよー……おい皆、聞いてたな。自信のある奴は「ノ」か「Me」か「我」で名乗りでな、先行30人だけ僕が読み上げてやる。ただし、コンプラが怪しいのは僕の判断で除外だ」
ふむふむ……覚えきれないから地面に書き出しといてと。
よし、30人も居れば知識だけ束ねて演じればイケるか? 数人ローテして足りない部分を補うようにすれば、絵描きの役で枠は1つ埋まるから、残りの枠で交代しつつ集合知で完成まで持っていけば……。
「……で、アビリティは元からその技術を持ってると獲得しないって所まで話したか?」
「うむ。その仕様のせいでミコ殿は「幻想具現」を使えてもアビリティとして表記されないとな。
コレは儂も剣術武術の類いが全くアビリティに出て来ないからの。理解しておるよ」
あ、誰だか知らないけど15人目が完全記憶能力持ちの知識人だ! 順番に役に何が出来るか書かせてるけどこれは頼もしいね。
となると……後は大企業の特殊車両のベテラン整備員の23人目と最先端の
うーん、もしやこれは所属の垣根を超えたドリームチームじゃないか?
実に……うん? 不思議だな、俺の脳内で役が勝手に──。
「ま、そういうことだ。これはな、幻想具現はチョイと前に通りすがりに教えた時に知ったってだけの話なのさ」
「それで、何故無駄にカッコつけたりしたのだ? それもあそこで絵を描いてるバイアクヘーに向けて」
「……だってよー、アイツアビリティに出てきてないのに「幻想具現」で絵の具出してるんだぜ? 普段使ってる訳でも無さそうなのにそんな小回りのいいこと出来るかよ。そりゃあちょっとは問い詰めたくもなるだろ」
……よし、脳内で役が勝手に相談しあったお陰で完成図はできた。こんな事が起きるのは始めてだったから驚いたけど、後は構想通りに描いてみるだけだね。
にしても……へー、俺って沢山役を展開すると勝手に俺を舞台にして劇を始めるんだ……へー。
「……確かにの。儂とバイアクヘーはリア友じゃが、あやつは普段演劇部とバイトの掛け持ち。幻想具現で絵の具を取り出し、その上絵を具現化させるなんて
「それなら僕の予想通りだが……予想通りに謎は深まっちまったな。やれやれ、謎まみれなのは迷宮だけにして欲しいんだが」
「別によいじゃろ。誰かが暴かねば他人様が死ぬ訳でもなし。遺跡と違って一個人のプライベート、放っておくのが常道──」
よし、出来た!
「──なるほど、貴様もスキモノだったか」
完成報告をしようと振り返ると、そこには変な笑顔を浮かべる阿佐美と苦笑してそうな雰囲気を出してる師匠が仲良く話していた。
お待たせして申し訳ないね。いい物が出来ました。
「二人ともー出来たよー──"解禁"」
「それユニークを発動させる為の詠唱だったのかよ」
「一瞬ドキッとしたなあ」
という訳で俺達は中々オシャンティーで質の良い車に乗って荒野を駆け抜けたのだった。
阿佐美が運転して、魔物は師匠が薙ぎ倒し、俺が燃料の色を補充する。
【夢物語】で出した車は俺が点検しなければ持って1週間という所か。複雑でひっきりなしに内燃機関が動いてた割にはかなり頑丈だと思う。
やっぱり元が絵の具で消耗が激しい事を見越して役が自動で色を補充するシステムを組んだのが良かったらしい。詳しい仕組みは知らないが、絵の具さえ足りてればずっと新品のように動かせるとか。なお、弱点は雨なので都市部での需要は無さそうである。
「──着いたのう、1日で」
「本来なら1週間かけて歩く予定だったんだがな。文明の利器さまさまだぜ」
「ミコさんはいつもはテレポートだったりする?」
「最深部に行く時はな。僕一人に限ればダンジョンの何処にだって一っ飛びだ」
「便利だねーそれ」
[迷宮88F
「覇仇ってなんて読むんだろ」
「
「制覇、覇権の覇。仇は恨みを持つ者を指すが……恨みを晴らすのを極めた末は地獄なのだと言いたげじゃな」
「待ちな、仇打ちしたら地獄に落ちたくらいのニュアンスなのかもだぜ?」
これは…解釈を言い合う流れだよね?
「うーん……地獄でトーナメントでも開かれてるんじゃない? 復讐者の中で誰が1番強いか選手権」
「優勝」
「大喜利は貴様の勝ちじゃ。良かったのう」
なんだか知らないけど俺は勝ったらしい。取り敢えずバンザイをして喜んでおいた。
二人はそんな俺をスルーして周囲の魔物を一掃していく。チラリと推奨レベルが40を超えているのが見えたが、そんなの関係なく全員一撃で倒されていた。
「地獄かあ……地獄には見えないけどなあ」
そんな魔物に溢れたフロアだが、景色自体はなんの変哲もないローマみたいな場所である。
下に潜るほど時代が逆行してそうだが、88階でローマならそれ以降は如何なるんだろうね。
原始人? マンモスと会えたりするのかな。地底に住む恐竜人とか居たらワクワクするんだけど。
「バババババババババ──…ふぅ、飽きたから後は任せるとするがいいか? 護衛の二満月」
「承知──ハアッ!」
「よ、バイアクヘー。そろそろお前さんにコミュの時間が向けられる頃合いだぜ」
ずっとバンザイしているのもアレなので階層を移動して車に何か異常が出てないか確認していると、阿佐美が襲い掛かる魔物の処理から抜け出して俺に話しかけてきた。
どうやら配信のパートを俺との会話で埋める気であるらしい。
「いいですよー。何を話しますか?」
「何って言われたらそれこそカメラが回ってない時に聞きたい事まで含めて色々あるが──時と場所を考えると正にコレだな」
なにやら阿佐美が改まった態度でビシッとカッコつ付けたポーズを取る。
何回もやった事があるのか、実にサマになってるものだった。
──ピピピピと聴き慣れた音が耳に入る。
[*天啓:PA社の不祥事に当たりそうな情報は全て漏らすな]
「お前さんの好きなタイプは?」
天啓が阿佐美の顔と重なって表記される中、俺は凡そ不祥事とは正反対で……最も返答に困る質問を前にする事になった。
大丈夫? お互いの思惑と纏う空気が合ってなくない?
うーん……俺はどの空気を読めばいいんだ?
其々の思惑
阿佐美(イイノリが女の姿なら炎上はしねーし、こんな時だからこそ恋愛みてぇな明るい話題で世間の空気は変えておきてー。二満月の方はシリアス気味だし、そろそろギャグ要素をここらで補充しねーと配信の空気が死ぬぜ! 決して僕の私情が入った話題じゃねーって事は自己弁護しておくぜ!)
柳田(今回の振る舞いで将来がかなり変わるとなると緊張がやばい……車内じゃ魔物の処理でちょこちょこ逃げられたとはいえ、カメラが向けられる頻度が多すぎて胃が死にそうじゃ……魔物と戦うより辛い。おーい山本ー、そろそろ盾になってくれー!)
山本(「幻想具現」がアビリティにならないなぁ。《