前回のあらすじ
おちびが137Fに突撃開始をするまでの1日半の間、阿佐美達はここが超巨大生物の腹の中である事を突き止める。
内部を調査して別階層の入り口を探すも、どれも上に行くものばかりで──?
「賭けに出よう」
「どうされましたか、ミコ殿」
白グマやペンギンすらも凍えて死にそうな鋭い痛みに満たされた生々しい氷の洞窟の中、一夜を過ごしたミコは突然そんな事を言い出した。
「このままじゃジリ貧だって言ってんだ。今でこそバイアクヘーが作った蝋燭のお陰で凍り付かずに済んじゃいるが、それがなきゃここは問答無用で溶け落ちる狂気的な酸性の氷で出来た洞窟だ。後にも引けない以上、突破には大胆な一手が必須だぜ?」
しかし、多少早くは感じるもののそう言う内心は柳田も察せられる。
先日の時点で二人は察したが、この洞窟は奇妙な事に幾ら進んでも背後が行き止まりになる。背後の壁が迫るのだ。
まるで何かを飲み込んだ時の食道のように、自分たちを後戻り出来ない状態で先に進ませる。
これまでに何回も枝分かれの分岐点に立っては、行き止まりに繋がる道を柳田の感知技能で避け続けてきたが……仮に後ろが塞がり続ける中で行き止まりの道に進んだ場合など、想像するだけで恐ろしい。
「分岐点は倍々で増え続けてるし、次第に立ち止まってても背後の壁はジワジワにじりよって来やがる様になった。このままじゃドン詰まりだ。二満月も分かってるだろ?」
「……分からぬ話ではない」
「だろ? だったら」
「だが、考える猶予が残ってるのも事実だ」
「ねーから賭けに出るって言ってんだよ」
ミコがもう手段を選べる段階じゃないという焦りを訴えるものの、柳田にはイマイチ伝わらない。
何故か? 武術を学んだおかげでもあるが、最も心の安定に寄与したのは弟子が寄越したアイテムによるもの──灯っている限り洞窟に溶かされる事の無い二本の蝋燭と、星のシンボルに眼が描かれた印の存在である。
「幸い蝋燭はまだ半分残っておる。それまではこの星の印がなんの役に経つか調べてもいいだろう」
「最後の蝋燭が燃え尽きる直前になってからじゃ遅いって何度も言ってんだよ二満月。蝋燭のタイムリミットを時間に直せば12時間。それまでにこのだだっ広い洞窟を攻略出来ると思ってんならかなりやべー思い違いだぜ?」
「だが、焦ってばかりでは」
「てめーは僕が焦ってるように見えるかよ? テメーこそ現実逃避を……あーいや、それならあれだ、一から現実を振り返ってやろうか?」
背後の壁から逃げる足は止めないまま、無意な口論が重なる。
このままでは埒が開かないと、ミコは改めて状況を言葉にまとめ直した。
「ここは101Fに行く為にバイアクヘーが復元した100階層。何処までも続く氷の洞窟。
最初に手元に渡されたのは寒さと酸性から身を守る蝋燭二本とぼんやり光る星の印。
しかし今となっては蝋燭は一本を使い切り、残りも半分まで溶けて、星の印の光量も弱くなった。
現状はゲームの影響下にあるが、だからって復元した空間で死んだらログアウトされる保証はねー。
──だが、今1番あぶねーのはバイアクヘーの方だ。
死ねば確実に終わりの101F、印・蝋燭・道案内で殆どの力をこっちに割いていて、しかも孤立してる。
いいか? 僕が賭けに出ようしてる理由は自分の安全じゃねー。"目先に助けたい奴が居るから賭けに出たいんだ"」
状況が纏められ、柳田も改めて賭けにノるか考え──やはりダメだと首を横にした。
比べること自体が間違っていると言われるかも知れないが、柳田の優先事項はあくまでもミコが安全に帰ってこれるようにする事だ。
社会への有用性からして違うのだ。ただの演技上手な高校生と、世界規模でビブラの事態を牽引している配信者。
優先すべき命を考えるまでもない。ミコ側が無事に帰還すれば自分の将来も安泰と来れば、保守的な考えになるのは至極当然な話だった。
「成りませぬ。御身の命と我が知人の命、どちらがより大切かは語るまでもない」
「……"テメーも僕の方が大事だって言うのかよ"」
「ええ。世界に愛された姫と一介の芸者。語る言葉はそれ以上必要に御座いますか?」
二人の間に沈黙が流れた。不思議と氷の洞窟よりも冷たく、凍える様な気が立ち込める。
柳田が語った正しさに満ちた空間だった。
「……僕はよ、「僕」じゃ無くなったら処される程度の存在なんだ」
「なにを」
「そうなった時僕を殺すのは人じゃなく、テメーが従う「世間の正しさ」だ。人の世の人の理、変わり続けた果てに全身はみ出たら終わりの消耗品。テメーらが愛する「魔性」が表に出た時、急にそっぽ向いて器諸共処分されるんだから、「魔性」にとっても「僕」にとっても理不尽な話だぜ」
「ミコ殿」
「黙って聞け」
──瞬間、暴力的な魅力で世界が満たされた。
美しい、愛しい、手に入れたい、独占したい──従いたい。
突然語り出したミコ殿への疑問が霞となって消えて、ただ価値のある存在の絶対的な言葉が優先さへた。
「この世は理不尽だ。いつも通り起きて、いつも通り学校に行って、いつも通りぼっちで過ごして、いつも通り今日も友達ができなかったとしょぼくれて帰って、いつも通り一人か二人しか見ねー生配信で雑談やゲームやって、いつも通り明日こそ友達が欲しいなと願って寝て。
いつも通りじゃない夢の世界での遭難一つで不条理な運命を決定付けられる。
いつも通り起きたら親が僕を崇拝してて、いつも通り通学したら人々から金も子供も何もかも貢がれて、いつも通り座ってるだけで周りに人だかりが出来て、いつも通り帰宅したらストーカーや人攫いに襲われて、国に保護されて、それからもう二度と我が家の敷居を跨げないままいつも通りじゃない日々を過ごしている。
僕はな、別に好かれたい訳じゃ無かったんだ。寧ろバカな事をしたら
ああ、別に絶対そうじゃなきゃヤダって訳じゃねーぞ?
誰でもいいから一人さえ隣にいてくれたら、僕はどんな友人でも悪友でも恋人でも仲間でも共犯者でも良かった。どんな関係でもな、ほどほどの付き合いが出来たら満足だったんだ」
傅いたまま壁に呑まれる。壁から逃げるより静かに彼女の言葉を聞く事が最優先だったから。
壁の中、息が詰まる中でも不思議と彼女の声は柳田の耳に届いた。
「やっと出来た友達なんだよ、アイツは。あんなんでも僕を「僕」と見てくれて、何年かぶりに食卓って奴を他の人と囲ったんだ。家族みてーによ、この力の抑え方を教えられたりして……やっと出逢えた奇跡なんだ。
それを平気なツラして手放してやるほど、僕はまだ人でなしになっちゃいねーんだよ」
周りの土が剥がれ、再びミコ殿が儂の前に現れた。
その足取りからして道を引き返したにあらず。故にそれが意味することは……儂らが歩き続けた洞窟は、同じ場所を永遠と巡り続けていた事に他ならず……このまま洞窟を歩く意味が消えた瞬間だった。
……何故気づかなかった!!
その事実から次第に正気に戻る。地形を探査していたにも関わらず円環に繋がっていると気付かなかった失態、現実から逃避し全てを他人事のように見ていたという己の異常の自覚。その起因、この洞窟に精神を蝕まれていたと自覚し──恥を承知で彼女の賭けに乗ろうと顔をあげた。
「そこまで大事であると言うならばミコ殿、儂もその賭けに乗りましょう」
「あ? おっおー……珍しいな、「魔性」に惑わされながら前言撤回出来る知性があるなんてよ」
「先ほどの無礼、大変失礼した。安全の為に主の意思を阻害するのは護衛ではなく従者の行い。この失態はこれからの働きで取り戻させて頂きましょう」
ミコ殿が感心した顔で頷く。
どうやらまたの機会を下さるそうだ。大変慈悲深いと、感謝の念が絶えなかった。
「伊達で師匠と呼ばれてる訳じゃ無さそうだな。いいぜ、それじゃあ先ずは──」
眼を閉じ、これまで辿った軌跡をなぞる。
弟子の残した痕跡はゲームのアイテムに留まらず、特異な光を放つ道標もあった。
であればその光さえ感じ取れさえすればら奴が落ちた入り口へ自然と辿り着けようというもの。
「──"斬り拓け 二満月"」
「仰せのままに」
であれば──幻想より取り出すべきはコレだ。
ダイナマイト。
「──え、爆弾?」
「手榴弾を使った経験から引っ張り出しました」
「そこは切って道を開けよ」
「普通岩壁は切れませぬ。重力刀もこうも相手がデカくては意味がない。爆発させるのが1番です」
我が流派は護衛の為に手段を選ばぬ。
見てくれの良さで未だ補助として刀を使いはするものの、あくまで補助。真の武器は銃やドローンといった現代の兵器。
故に──こんな技もある。
「一刀流──"爆路"」
「た だ の 投 擲 !」
「失礼な、投げで安全距離を稼ぎつつ的確に崩落しない場所を崩し退路を作る繊細な技に御座います」
ミコ殿は「え〜…」と言いたげな顔をしておられたが、世の中は結局1番新しい武器が強いのです。刀や弓といった冷たい武器より火薬を用いた火器。これがこの世の絶対の真理である。
最近はPAGを利用して刀や弓が復権する可能性があるものの、どちらでも戦える様に残している我が流派ならば無事に時流に乗ってこの先もやっていける……儂が無事このヤマを乗り越えられたなら、の話になるがな。
「見てくださいミコ殿! 奴の絵の具が岩盤から流れて出てきましたよ!」
「折角描かれた矢印も爆熱で溶けたからな」
「見たところ真上にありますな。多少時間は掛かりますが、螺旋状に掘って進んで行けば……」
「いや、その必要はねーぜ」
儂が新たなダイナマイトを取り出すと、ミコ殿はそれを制して頭上へと人差し指を向けた。
あれは…幻想具現による砲撃? しかしそれは本人が1階層しかくり抜けぬと言っていた筈……。
「まあ見てな── バン」
反射的にしゃがみ、耳を抑え口を開ける。直後に衝撃波。
粉塵が立ち込め、パラパラと小石が落ち──耳鳴りが止み晴れた景色には、見事な縦穴が穿ち溶けていた。
「ダイナマイトには面食らったが、冷静に情報を纏めりゃ復元された地盤は復元前よりずっと脆いってことだ。それなら僕の砲撃で直通だろうよ」
「なるほど、では真上までの直行便は重力刀にて」
「おう、切られたらいいか?」
「刀に触れるだけで結構ですよ」
無事、二人揃って101階へと落ちる。
その先はピンクの草原が広がっており……目の前には「へーのかりきょてん」と書かれた看板が取り付けられたプレハブ小屋が有った。
うん、案外元気そうじゃなあやつ。
「思ったより無事で安心したぜ」
「入ってみましょう」
中は実に簡素で寂れたものだった。
机と椅子が置かれ、2つのノートと3つのポーションがあるのみ。休息の為に使われた痕跡はなく、物悲しい廃墟の虚さが残っている。
目立つのは……2つのノートと3つのポーションか。ミコ殿も同じ考えだったようで、彼女はノートを一つ手に取った。
釣られ、残ったもう一つを手に取り開く。
中身は……複数の人格を抱えた精神異常者の3日分の日記だった。
なんじゃあ役って。結局元は一人なんだから頼る必要とかないじゃろ。
「コチラは奇妙な日記ですな。ミコ殿、そちらにはなんと書いてありました?」
「この階層の地図、ここに置いてある精神保護ポーションの効能、行ける階層と最短経路の算出、色々あるが、1番やべーのは──」
ミコ殿が3つのポーションを引っ掴み、儂に一つ渡してから自身も飲む。
あやつが用意したからには必要なのだろう。儂も飲むと、扉を蹴破って飛び出たミコ殿の背中を追う。
「──アイツ、発狂して137階に突撃かましやがった! フラッタって人格の奴の走り書きが正しいならな!」
狂気…フラッタが制作した精神保護ポーションは確かに効果を発揮していた。しかし何事にも効果の切れ目がある。3日で途切れる薬を飲ませたのなら、周りは彼女に対し2日目の時点で飲むように言いつけるべきだった。次からは処方箋に2日に一本飲むように記載するべきだろう。