前回のあらすじ
イース星人と遭遇。
謎の荒神登場。
山本、神に囚われる。
フラッタ『ち、因みに、山本が役下ろしと称する行為は、役側からすれば観客席のチケットを渡されたような感覚です。呼ばれれば舞台に上がり、それ以外ではいつでも座って観ていても立ち去ってもいい。死者やワタシみたいな架空の人物は立ち去っても完全に死ぬか消えるだけなので、座りっぱなしの人達が多いんです』
ビリデス『山本が覚えてる間は座れるけど、さっぱり忘れられたら自分の席は無くなるよ。そしたら退席するしかなくなっちゃうんだ。だからこそ観客は舞台に上がれるならそうするし、生者が役者に徹底するかは人によるんけど……ずっと舞台に立てる主役だけは色々と例外で、仮にそれを外から招いた観客が奪ったりしたら……想像するだけで恐ろしいよね』
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』
「あなたは誰でここは何処でしょうか」
155階の復元した次の瞬間、俺は何処かの舞台の上で座っていた。
スポットライトが一つだけ目の前の泥に当てられていて、他は全て暗い。
体育館のような素材の床と赤い幕。目の前には泥のような、粘体のようなスライムがいる。
ぶかぶかと泡立っていて、泡が破裂すると悲鳴なのか雄叫びなのか、絶妙に高いのか低いのかも分からない音が漏れた。
「あなたは人でしょうか。意識はありますか? 此処は舞台で、私は……おや、夢の世界での姿だ」
何となく生きてる気がして声を掛け、それから今の自分が夢の世界での姿をしていると気が付いた。
なんだか懐かしい気がするけど、現実の時間で数えればたった数日ぶりの姿でしかない。ゲームの体験時間を合わせると……半年ぶりな気がするけど。
兎に角、どうも此処がゲームの中ではない……という事だけは確かなようだ。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』
泡が膨れ、破裂し、水を含んだ震え声が舞台に響く。
なんとも無様な演技だった。泥に求めるようなものではないけど、舞台に立って動くならせめて世界観だけでも伝えて欲しい。
「仕方ないですね。手伝いましょう」
仕方ないので座り心地のいい席から立ち、スポットライトの泥を掴んだ。
ヘドロにも石鹸の泡にも見えるそれは意外にも一掴みで全てが持ち上がる。さすが夢の世界、物理法則もいい加減だ。
黄色い花となっている頭上に掲げる。
これから行うのは何度も口にして慣れた言葉で、今まで一度も口にした事のない体験だろう。
多分そうなると、何となく察することは出来ていた。
「私を骨にして立ってください。
私を肉にして動いてください。
私を動脈と静脈にして命を宿し、望んだ通りの性別と在り方を定めてください」
泥を被る。
泥だった何かを演じる。
誰かの意識が、在り方が身体の上辺を這い寄り被さっていく。
「私は何も感じません。なので、私を被られるあなたの方が本当だろう。
劇場を始めましょう。またしても演目のない、見知らぬ誰かの続きです」
慣れたものだった。
初めてのことだった。
どちらにしろ、俺がやる事に違いは無かった。
一礼し、誰かの続きを手に取るだけ。
身体が変質する。意識が現実へと、内側から夢の世界の外側へと連れ出される。
『──ウフフフフ!!!!』
自分を使う誰かが機嫌良く笑った。
それはいいね。誰かが喜んだなら、それは空気が読めていたって事だ。
ああでも、しかし、どうか。
隣人は決して傷付けることのないように。
それさえ守れば、俺の10分間をあなたに貸し出しましょう。
→【Access...OK.good game night】
「よお見知らぬ二人。こんな深い深い海の底で何してんだ?」
『あ…! ミコミコ!』
『助かった! いやこの際幸いにも助けられそう─って表現が正しいね! 良ければ空の旅に連れ出してやれるんだけど、その辺りどうかな!?』
「いいぜ、丁度脚が泥に取られて歩きにくかった所なんだ」
儂らが155階にポップしてから程なくして、空から兎と人間の女のプレイヤーが、若干身体を溶かしながらも自転車を漕いで現れた。
『僕はビリデス、こっちはフラッタ。君達の友達の【夢物語】で創られた召喚物さ』
「マジか、生き物有りなのかよそれ」
『こ、細かい事は気にしないで。今は主人があの泥と一体化してる問題の解決が先決だから』
すわ難敵かと警戒しようとするも、どうも片方兎の方はリアルで見た事がある。山本が全裸で学校を歩く事になった時の姿の同じ。ならばアヤツの産物だろうとミコ殿と共に空の旅に相席すれば、何やら儂らが来るまでに起きた厄介な出来事の説明を始めた。
『1、復元したら主人は瞬時に溶けてあの泥と一体化した。い、今は足元程度の高さですけど、元は津波になる程度には泥に溢れてたんですよ』
『2、2分くらいして大半の泥が一点に圧縮。あっちの遠くに見える人影に変わった。アレヤバいよ、僕らじゃ歯が立たなかった』
『3、や、火傷希釈窒息氷結分解毒溶解原子爆弾は過程一通りを変えても無理でした。相手は動きませんが、近くにいるだけで精神が削られアバターが剥がれます。プレイヤーがずっと近くに居るとゲームではなく夢の世界の姿になるでしょうね』
『以上、ゲームのシステムは効かないって考えた方がいいかもね。幻想具現は元から使えたら効くかも。まだ試してないから可能性はある。そんな感じ。もう僕らはお手上げだから君らを空に飛ぶための足になってるね。後はお願い』
「なるほど、じゃあこっちからも質問行くぜ」
語られたのは大体試して無理だったという報告。
「会話」
『聞こえてない』
「地面の泥との切り離し」
『何も起きなかった』
「そもそもアレの中にバイアクヘー居るのか?」
『僕らは被造物だ。繋がりはあそこに向かっている。そして僕らがまだ保ってるって事は生きてるってことだ』
「助けなかったら?」
『リ、リアルで死ぬでしょうね。まだここは電脳空間に収まってませんから』
「電脳空間じゃねーのになんで【夢物語】の由来の君らが成り立ってんだ?」
『そこは色々な現象が絡んでるけど、1番の理由は
「二人が出来る事」
『常に全財産フル投入出来る錬金術師と全ての魔術が使える魔術師』
「盛りに盛ってんなーおい。次、後何分残ってる」
『『5分』』
「オーケー。それがお前らの限界でも囚われプランの限界でも、どっちにしろそれまでに解決する必要がありそうだ」
奴の命を助けたいなら、5分で遠くからでも唯ならぬ気配を感じる"アレ"を殺すなりなんなりしなければならないというタスクであった。
「ふむ……」
儂はあくまで護衛としてここまで来たが、さりとて護衛対象の要望に全く聞かぬ訳にも行くまい。
どれだけ無謀でも護るべき者がそこに行くのなら、黙って従うのが誉れである。
しかし神性を気配に滲ませる相手にどうやって刃を入れれば良いと言うのか。
儂は人や獣を相手にする用意はあれど、神殺しを成せるほど実力がある訳でもなし。後光を背負うような仏相手に斬り捨てなんてバチが当たりそうだし、素直に言えば怖い。絶対死ぬじゃろあんなの相手にしたら。
「まぁなるようにしかならんか」
世は並べてこともなし。事実としてそこにあるならば受け入れるべきであるし、何があろうと持てる全てを使うしかやれる事はないのだ。
「よーしそういうことなら僕も本気を出さざるおえねーな……二満月、悪いがカメラをそっちにやるから頼むぜ」
「む?」
[プレイヤー[ミコミコ]から配信起点を一時譲渡されました]
譲渡? 待て、一体何を──。
○ミコミコちゃーん!○がんばれー!○死なないで死なないで死なないで○殺す殺す殺す殺す殺す殺す○がんばれ!○レッツファイト!○ミコミコミコミコミコ○愛してるぞー!○結婚しよう○泥きたな〜○☆〜☆〜☆〜☆〜○ミコミコ食べたい○殺す○脇○頑張れ!○私だけを愛して○達磨に[自主規制]○俺のミコミコにくっつくな○溶けて混ざり合いたい○ミコミコ!○私だけを愛して○好き好き大好き!○がんばれー!○一緒の墓に入ろうよ!
途端、視界を埋め尽くす醜い文字の濁流。
なんだこれは──配信のコメントか──脳が、苦しいが、それ以上に──。
「醜悪」
「わっはっは。視界端のコメントオフを起動するといい」
痛む頭の抑えなんとか視界を晴らす。なんだあれは? 儂もミコ殿の配信は観るがあんなに醜悪なコメントは……もしや、配信側でNGやブロックを付けてない?
そういえばいざという時に世界に情報を発信出来るようにしているとここに来る途中で聞いたような……。
「あれは……」
「多めに見てやってくれ、みんな自分なりに僕に引っ付いてる「魔性」を愛そうとしてるだけなんだ。そして僕はそれを受け止めてやる度量がある。そんだけの話だ」
「……苦労、しているのだな」
「ちょっとだけな。だが、おかげさまで世界1位のチャンネルをやらせて貰ってるからトントンだ」
空に残る微かな魔力の残光、儂と向き合うミコ殿の髪が澱む風でたなびき……次第に離れて行く。
……! マズい、見惚れていつの間にかミコ殿がフラッタと共に飛び立ってた事に気付かなかった!……何故気付けなかったのだ!?
『そ、それじゃあ片道切符の墜落旅行にご招待ですが……アレと相対する用意はお済みで?』
「いいぜ、そっちこそ魔に魅入るなんてヘマはすんなよ」
『未設定なので問題ありません』
「……それを聞いたのは2回目だな」
フラッタがストレージから取り出されたアイテムが輝き、妖精の粉のように変じて二人を包む。
それが何かは儂の知恵に無かったが、これからどうなるかは容易に想像が付いた。
「ビリデス! 儂も神の方へ!」
『あー無理だね』
何故、とビリデスの首に刀を添える。
手段は選んでいられなかった。
「行け」
『だから無理なんだよ──もう君は"アレ"を"神"と認めてしまった。もう心が折れてるんだ』
「──…ッ」
『どうもこの迷宮は心が擦り減るのに長けていて、君はあそこに立っても役に立てないほど当てられたみたいだね』
「そんなことは」
『だったらその重力を操れる刀であそこに行けよ』
………──言葉に詰まるとは、正にこの事なのだろう。
儂はその言葉を投げかけられた途端、心臓が止まったかと錯覚する程に身体を硬直させてしまったのだから。
「…………」
『ミコって子は君をよく見ていたね。そして思い遣った。だから君はここで僕と一緒にデートとしようよ。ここは泥だらけだけど飽きさせないよ』
「……頼む」
『ん?』
図星だった。
だからこそここで止まることは許されないじゃろうな。
「儂は刃こそ持つが、求められてるのはだれかの盾でしかない。盾が慄いて人の前に立たんでどうする。例え壊れるのが分かってようと、前に出るのが務めじゃろう」
『………』
「使い切ってくれて構わん。盾とは元来消耗品じゃ。どれだけ飾ろうと、どれだけ強固であろうとな。
──故に頼む。"その
『おっと』
刃が兎の皮を僅かに斬りつけ、儂も自転車から蹴落とされる。
しかし落ちない。この刃は既に重力の幻想を与えた。なれば"落ちない"のは余りにも容易い。
空に佇む。兎の魔女と相対する。
既に儂の戦いは、鍛造は始まっていた。
『乱暴だね。親切にした絵の具を殺そうとするなんて』
「ああ、護るべき者の為なら狼藉者と呼ばれても構わぬのでな?」
それが護り手である。なればそうであれと定められ育った儂は、どんな手を使ってでも護衛対象の側に立たねばならん。
文字通り、"どんな手を使ってでも"。
『あーよし分かった分かった……君のプロ意識に負けてあげるよ。全く、本来なら見ることすら魔術学院に認められる必要があるんだぞお? それを世界公開とかさぁ…』
「かたじけない。恩に着る」
『だったら殺気を収めなよもー。狂気を無理やり捩じ伏せるとか無茶やるんだから……』
言われ、いつの間にか殺手のそれになっていた己を潜める。
これは失礼した、どうも儂は手が早いようだ。一々鯉口を鳴らす様な真似は品位を損なうのだがなぁ……コレばっかりは経験不足が響いておる。こうも気が早いのは顧みねばな。
『はい、かつては人類の味方であろうとした巨人が盗み出した火だよ。
もっと辿れば◼︎トゥ◼︎ア、クロノス、ゼウス、プロメテウス、アトラス、スルト、ユグドラシル……果ては世界樹を薪にラグナロクという終わりすら燃やし尽くした、かつては生きていた火。
それを電脳的に一側面を再現したものを封じたの──を絵として具現化したのが"コレ"だ』
「おお……! なんと、美しい…!」
そして魔女が自らの心臓から引き抜いたのは、青白く輝く太陽の如き火。
見ただけでもミコ殿と並ぶほどの魅力を放つそれは、発する熱すらも、伸ばした手を焦がされるのも構わずに伸ばすに足る。
例え燃え尽きようと、この火の薪となるならば──。
『こら』
「──はっ!?」
額にそこそこの痛みが走り、意識を取り戻す。なにが……念力!
そして身体を包む熱波に思わず空を切り裂き、重力の壁を生成した。危ない所だった…!
「それが…儂が最初に感じ取った熱の正体か」
『そうだよ。劣化に劣化、再現に再現を重ねてるけど、プロメテウスが本来盗む筈だった火より優先させただけはあるでしょう? 今では狂気的なほど純粋な火だからね』
「それを貰うには儂は不足してるな」
『そうだね。伊達に僕の命と魔術の力を全て注いで封じてるだけはあるってことだ。
だから今からやるのはあくまで"鍛造"。火を与えるじゃなくて、君をほんのちょっぴり強くするだけだ』
受け入れてと一言だけ断られ、儂が斬り作ったじゃあ重力の歪みが正される。
『言い換えたら──君は今から山本とミコの"同類"になる。一生続く人間性と人外性のチキンレースだ。代わりに今後ずっと、どこでも、コレの"残火"が使えるけど……それだけ。そもそもコレを直接ぶつけたって"アレ"にとっては微風だったし、今後マトモな幸せは得られなくなるよ……それでも、いいんだね?』
答えは決まっていた。
「──本望」
護る為なら、命すら投げ捨てるのが我らが故に。
『……潔しだ。
ならば受け取るといい。理想すらも燃やし尽くす絵空事の残火を』
[*柳田・ニマンが「残火」の戦利品を獲得しました]
[*現在の世界全体の