ある記憶──B エンド
「なんか違う」
ふと、そんな事を思った。
「こうじゃない」
文句のない終わりだった。
人類を救って、三人の恋人をいて、すべての怪物を倒して。
ゲームは遊び尽くしたし、やれる事はやったと思う。
「ここは私の居場所じゃない」
場違いな気がした。やるべき
「……行かなきゃ」
気付けば雪原にいた。
森の三怪、未来を見て動く不死身の梟を倒した地。
「どこだ…どこだ……私は何をやっているんだ…?」
なんでこんな事をしているか分からないまま、雪を掻き分けた。
何かを探していた。身体が勝手にそうしていた。なんでかは分からず仕舞いだった。
[探し物はこれか?]
そうしている内に、気付けば見知らぬ誰かが切り株に座って、羽根ペンを自分に見せていた。
本能的に身体が動く。奪おうと、それは自分のものだと無礼を承知で殺そうとした。
[やるよ]
切ろうとして、パッと羽根ペンを摘んでいた指が離れて雪の上に落ちる。
慌てて振り切ろうとした剣を誰かの首元で静止させ、謝罪しつつおずおずと羽根を拾った。
「……なにも起きない」
[そうだろうね。だってお前はチェックポイントを通り過ぎた。どうして殺した奴の羽根に力が残ってると思ったんだ?]
返せとばかりに誰かが手を突き出し、返さない理由もないので羽根ペンを渡す。
……何か、手遅れになった気がした。多分、今更気付いただけでとっくにそうだった。
「……どうすればいいんだろうね」
[どうにかすればいい]
「……もっと具体的に」
返した羽根ペンで何かを書いていた誰かが、私の言葉に顔を上げた。
……そんな、なんで分からないんだという顔はやめて欲しい。分からないものは分からないんだ。
[はぁ……
なんのことだと思考が一瞬止まり、それから舞台の事と思い至り自分の能力をくまなく探す。舞台から降りて、観客席の間の通路を駆け抜けて……壊れた映写機と、丸いテープがワンセットで転がっていた。
使い方は……本能的にわかる。自分の血に刻まれた力なのだから当然だ。
「ありがとうございます! なんで私の能力に詳しいのか存じませんが……お陰でなんとかなりそうです」
………返事はない。どうやら話す気が失せたようだった。
ただ、淡々と誰かの視点を記録している。その一つに、私のようで私ではない者のやつがあるような気がした。……見ようとしても腕で隠されて見れないが、多分そうだろう。
どうあれ必要な物は揃ってくれた。これをして何が起きるか分からないが、きっと私が望むことが起きる筈だと。
私は意のままに、思うがままにこう言った。
「
「………ふぅ〜」
早朝、阿佐美がなんでもない旧世代的ななんの夢の世界対策のされてないベッドで、眼を閉じたままに深呼吸をする。
かつての経験、眼を開けると山本家のベッドだった時をなるべく再現しようと、あわよくば実際そうなって欲しいと願っての卑しい行い。
「やっほ☆」
『久しぶり、元気してた?』
「 !!!!!??!?!!?!!!???」
叶う筈ないと思いつつ、僅かな期待を込めて行った行為が……果たして本当に叶った場合、人は声にならない悲鳴を上げるようだった。
目覚まし時計代わりに枕元に置いていたスマホから念願の声を聴いて驚いた阿佐美が、ベッドからひっくり返りそのまま転がりドンガラがしゃーんと棚に飾っていた物に埋もれる。
「い、いい! イイノリ! イイノリじゃないか!!? 生きてたのかい??!」
『あちこち寄り道しつつも夢の世界から戻ってきました。今までは他の挨拶に行っててね、今日はあの場にいた阿佐美に会おうかと思ったんだ。どう、そっちはどんな感じ?』
「サイコーだね! 今サイッコーになった! うわぁそりゃ電子生命体かい? なんであれ生きてたのはめでたいねぇ!」
阿佐美が鼻息を荒くしてスマホを引っ掴む。画面の中で呑気に浮かび漂っている彼と違い、寝起きから心臓をバクバクとうるさくしていた。
『聞きたいのは精神的な調子じゃ無くて能力の方だね。どう、ちゃんと使いこなせてる?』
「あ?……ああそっちかい? 特に容態が急変したりしてねーぜ。またあの姿になれば戻れなくなるだろうが、普段勝手に漏れ出る分には問題ない。このまま何事もなければ人間50年ってとこか。人より若干早く死ぬだろうが十分な範囲だ」
そんな様子を気にすることもなく、彼にしては珍しい事に「魔性」の様子を伺うという他人の心配をすると、阿佐美は十分人として死ねる範疇だと言う。
医療技術の発達により生きようとすれば幾らでも若返り生きられる昨今の有名人にしては珍しく、本来の人としての寿命で死ぬつもりであるらしい。
『それは良かったけど……その言い方だと阿佐美は長生きする気がないように聞こえるね?』
「わっはっは。こんな能力持って長生きするつもりなんざさらさらねーよ。正負問わず他人に強い感情を向けられるだけだからな。いつ妙な奴に拐われて意味もなく拷問に掛けられてもおかしくないんだぜ?」
『そんなのを跳ね返せるくらいの場所に住んでるし、最近は制御も出来てるのに?』
「配信やってると他人の視線から類似能力が集まって、この力もちょっとずつ強くなってるからな。この国が認めれば本来の持ち主であるニグラスに返す気でいるが……態々手に入れた力を手放す国でもねーし、死ぬまで持たされるだろうよ」
「魔性」は国が持てる能力の中では破格な方だ。
戦争も起こさずに他国の民衆に思想を変えられて、定期的に配信をやらせるだけで自国に好意的な外国人が増えていく。民主主義が主流のネット社会において、興味関心を持たせるというのはそれだけで強い。
そんな力を持つ阿佐美が国に従順な態度を貫いている以上、ニグラスという外なる神にその力を返させる訳がない。
だから阿佐美は長生きする気なんてないのだと言う。
「そんなことよりイイノリと身体を用意しねーとな。その状態なら時間は掛かるが全身分の人造臓器を用意して、電脳LANで入れば元通りだ。折角だし僕と同じタイプの電脳LANにするか?」
そんな遠い未来の事情は置いといて先ずは彼の身体である。
という訳で阿佐美が取り敢えずで思い当たるプランを提示すると、彼はスマホの中でちょっと意外そうに身体を起こした。
『え、身体作れるんだ。電子生命体の人権とか無いしてっきりもう戻せないものかと』
「そりゃ創れるさ。一昔前の話だが、さっき話題になった若返りにも使ってた技術だぜ? 万能細胞を特定人物のそれと同じ形に成長させて、それと入れ替える。脳以外の肉体を壊れた機械の部品のように変えるんだ」
『へー…じゃあなんで電子生命体はそれをやらないんだろうね?』
不思議なものだと彼が頭を捻る。人権がないのが不満なら身体を手に入れればいいのに、CUTなんて組織まで立ち上げているのが理解出来ず……そういえばオラクルはその内外に出て人型の身体を手に入れたいと言っていた気がすると思考が逸れていく。
そんな彼の考えも知らず、簡単だが長くなる話だと阿佐美が言う。
「それに関しちゃ2つの理由があるんだ。一つ目、この方法は人間以外も人の身体を手に入れられるから。
AIだろうとチャットボットだろうと関係ねーし、実際昔に色々と騒ぎになって表じゃ禁止された。
なんでLAN施術が刺青と同じ扱いになってるか分かるか? この施術がある奴は中身が人かどうか分からないし……大抵野蛮だからだ。僕も国に保護される前に誘拐されて無理やり施術させられた。脳で直結したいとかなんとかって理由でな。今はちゃんとしたセキュリティのある奴に交換して便利に使ってるが……ゾッとする話だぜ」
『ふーん、つまり電子生命体がこの方法で人になっても真っ当な生き方は出来ないのか』
「だな。2つめは電子生命体の身体が便利過ぎるから。これはイイノリもその身体になったから分かるんじゃねーか?」
『……確かに』
成程と心得る。二つ目の理由にはかなり覚えがあった。思念体と電子生命体では夢の世界に対する耐性が違うものの、普段の利便性においては電子生命体の性質がかなり強い。
慣れればネットに繋がるものに自由自在に入れるし、やろうと思えば口座を書き換えれば簡単にお金を手に入れられるし、電脳空間なら五感もあるし、計算能力や情報の検索能力だってかなり高い。
肉体が無く子供が作れない以外はほぼ上位互換と言って良いだろう。現実ては得られない快感を得られたりと、ネットの内側に限れば自由度がかなり高いのだ。
『じゃあ、やろうと思えば電子生命体の人っていつでも人に戻れたんだね』
「犯罪に躊躇がなけりゃな。出来ると気付いた奴がその気なら今言った方法なり全身義体なり使えば戻れる。戻らない奴は、大抵今の身体に味を占めて好き勝手したい奴だ。そんな奴相手に一々発砲許可を取るのも面倒だから、国も人権剥いでサッサと殺されるか社会の隅で慎ましく隠れてろってスタンスな訳だ」
『なんか国の殺意高いね。それで、身体が出来るまで何日かかるの?』
彼があんまりにもデッドオアライブな国の対応に舌を巻くが、これから人に戻るつもりの自分には関係ない話だ。そんな事よりあと何日で身体が手に入るかの方が多少は重要だった。
「……ん? 珍しいな。イイノリ、僕を頼るとか」
『珍しいかな。迷宮探索の時とか頼ってたと思うけど』
「それは僕から一緒に行こうって言った奴だろ? 僕が言いたいのは、イイノリは"自力で身体を取り戻そうとする奴なんじゃねーのかって事だ"」
……沈黙。
互いの考えにズレがある様だった。
『……話の流れ的にそういう話じゃないの?』
「おいおい、僕は単に提案しただけだぜ? どうした? 関わる時間こそ短かったが、イイノリは貸し借りは避けるタイプだったろ? 出来ても直ぐにチャラになるようにして………いや、いや、待て」
『……?』
微かな違和感。
阿佐美が見た限り、山本は周りに合わせる癖が有っても礼儀や恩義には並々ならぬ情熱を注いでいた。他人に失礼がないように、他人に借りを作りすぎないように、或いは持たせすぎないように。
その二点に関しては、山本は強い自我を出して周りに自分を合わさせていた。
なのに……今、目の前に居る"彼"はどうだ?
友人の仲とはいえ、話してるのにずっとスマホの中を漂って姿勢のなっておらず。
無断で、一言も声を掛けずに他人のスマホに侵入して。
なんの躊躇もなく、それが当たり前の流れであるかのように人に身体を作って貰おうとしている。
どんなお礼をすれば良いか話題にすら出さずに、頼む立場に居るのに敬語も使わない。
そんな無礼で恩知らずな真似を……果たして山本はするのだろうか。
「……なぁ、イイノ……いや、お前さん」
『ん?』
「いつからそんな、"人でなし"になったんだ?」
疑問を抱いて見つめ直して……気付いた。
声が[無機質]な人の物ではなく、不気味な『化け物』のそれになっていて。
何処までも上っ面だけの……『ただの仮面』だった。
「……出て行ってくれ」
僅かに上擦った、出来るだけ動揺を抑え込もうとした声だった。
『分かった。それじゃあ元気でねー』
本当ならここで心配するべき場面だというのに、空気も読まずにスマホの中に居た彼はCUTについての情報を残して立ち去った。
なんの躊躇も思考もない、「あー」と言えば「こう」と言うだけの条件反射。AIよりも酷い、定文的対応。
そして出ていけと言われた以上、彼は二度と阿佐美の敷居を跨ぐ事はない。これが永遠の別れだったが、阿佐美がそれに気付くのは死ぬ直前になるだろう。
「……夢の世界の産物の恐ろしい所は、使うと人間性を奪うことだ。
それは場所を選ばない。現実に持ち帰った戦利品でも、夢の世界で使っても使った分だけ消えちまう」
なんとなしに阿佐美が呟く。
果たしてどうしてそんな事を言ったのか。
自分でも分からなかったが、それを考えるのも今はイヤだった。
友人が"手遅れ"になってたなんて、考え無かったから。
「………泡沫の様に消えちまったな。僕の夢は」
後に残るのは、友人の末路を考えたくない考えが一つ。
[山本イイノリ…別に自分が死んでても生きててもどっちでもいいが、生きてた時は普通に死にたくなかった。]
[山本ヨメネ…演劇を知ってからは幸運な者の役を被る事で自らの不幸を封印していた。それが消えた今、その不幸を縛る枷はない。]
[山本エーコ…兄と姉と名前を繋げるといいノリ読めねぇ子。悪い事ばかり気にする。産まれる経緯が一向に死なない姉に母がストレスを感じ孕んだという経緯なので、姉が死んでたら産まれてなかった。]
[山本家の子供達……望まれてない人達。生まれ付きなんの役割もない。]
……彼は梟の羽根を拾い続けた。
夢の世界の産物を、過去のやり直しを、戦利品として持ち帰り続けた。
その度に人間としての自分が削られていっている事にも気付かずに……"4回"も。
ただでさえ一人の偏屈な人間の一側面を蒸留して創り出した仮想の存在が…である。
『それで、俺が次にやるべき事は……宇宙人の対処か』
梟の羽根は未来から順番に人間性を奪っていく。
それは過去から未来に向かって生きる人間からしてみれば、歳をとる程人としての自分が欠落していく様に見えるだろう。
『やり方は……さっきの話的に、宇宙人を身体に見立てて乗っ取るべきなのかね?』
羽根を拾うほど過去を理想的に出来る代わりに、未来が台無しになる。
自分が消えて行き、自分ではない誰かが代わりに動いて、その内何もかも知っているのに何もしない存在に成り果てる。
『よーし乗っ取れたね。電子生命体の特性と思念体のパワーとアプリの多様性の勝利だった』
それこそが「予言」。
"予め決まった言葉しか言わない人でなし"になる戦利品。
『その次は……』
須くを切るしかなくなる「刃」と、人を魔に落とす性質になる「魔性」に並ぶ、最も人が持ち帰りやすい三つの戦利品の一つ。
此度も例外なく堕としたり。
こうなっては最早木偶の坊、過去の自分を繰り返すだけの人モドキである。
『"テスターの仕事を終わらせないと"』
──ただ一つ、梟にとって…誰にとっても例外だったのは。
『取り敢えず森を攻略すればいいかな』
彼がPAGのテスターであり。
もう終わってるテスターの仕事をまたやり始める程のバカであり。
ピピピピ。
『お、天啓だ──"全ていい感じに最善手を取れ"かぁ。
なんだ、いつも通りだね』
あらゆる声を……台本に書かれた1行すらも受け取れる思念体であり。
それを天啓であると誤認するほどアホであり。
『そうだ! 運営の言うとおりにすれば空気読みも上手くなるんじゃないか?』
こうなる前から周りに合わせて生きようとした存在であり。
それすらも満足して出来ないのだから、「予言」によって刻まれた往復動作を空気を読んで行える訳がないポンコツであり。
『つまり……目の前にいる奴殺していけば大体おっけー!』
それでも梟がシンエンの攻撃を自身に届かせない程の不死性を持っていると思えば、これもまた無為に終わるものに見えたが……。
思念体、宇宙人の身体、特殊な戦闘術、意識があるとは思えない程軽量化された精神構造。
きしくも、その全てが、偶然にも噛み合わさり……。
森の三怪の一匹。梟を殺す為の条件を満たしていた。
『ホーォ、ホーォ』
『でやー!』
『ホァァァァーー!!??!』
……………。
梟は梟のように見えるが、実態は音と時間の集合体、思念体である。
どれだけ物理的に傷つけようと、自身と同じ怪物でない限り傷を付けられる事はない。
彼はフラッタ作の神の声を元にした思念体であり、同族である。
『キィィーー!!!』
『深煙流──"煙々羅"』
『『『『『誰が本体か分かるまい──?』』』』』
『キメェェェーー!!!?』
梟も思念体であるというだけで絶対死なないと驕っていた訳ではない。
その羽根に当たる音に時間も空間も狂わす性質を持たせ、天敵である近場に棲む空間の山羊や火の大樹の対抗戦闘術を磨いていた。熱は音すら取り込み、空間の変異は音の移動を妨げるからだ。
彼はその二つを掛け合わせた剣術の使い手である。流石の梟も自身の弱点を二重で突いてくるのは想定していなかった。
『キィ……────ギ
ギ── ギ──
ギギ─── ギ─ 』
梟はそれでも死ぬ可能性の対策として、自身を常に過去と未来に置いていた。
音とは光より遅く通り過ぎる過去なれば。音である梟は存在しない己の姿を未来に、己の存在を過去に置いている。
ゲーム的に言うと見た目のテクスチャは未来へ、当たり判定は過去へ、両方を現在に連れ出さないと攻撃が通らないという仕組みである。
『宇宙!! それから──"☆…8♪"』
『ギェゲ!!!!?!?』
今の彼の身体は宇宙人である。故に同じ宇宙人の言語を再現するのはそう難しい話ではなく、完璧に《時間を停滞させる魔法》を唱えることが出来る。未来とか過去とか置いといた所で、全てを一纏めに蓄積させれば関係ない。その上魔法の対価に出来る時間の力が宿った羽根が沢山転がっているのだから、なんともやり易い話であった。
それにしても深煙流の使い方に耐えられる刀を隕石から拵えられたり、実に便利な宇宙人だ。現実から夢の世界に物質を送るのは難しくないとはいえ、これほど持ってきて正解なものもそうそう無いだろう。
『ギギ………キィー────!!!』
梟は最後まで諦めない。散々にメタられ斬られボロボロになりながらも、最後の力を振り絞り山本が産まれるよりも過去に逃げ、全てをやり直そうとする。
なんであれ奴が産まれさえしなければいいのだ。であれば産まれる瞬間に殺せばいい。梟自ら過去に戻るのはそれ相応に重たい対価がのしかかるが、命が消えるよりはマシである。
ピピピピ。
『──知ってるか?』
──過去に戻っている最中に、聴こえる筈のない声。
『
鈍痛、梟の翼音がバッサリと断ち切られる。同じ思念体だからこその、梟の身体を掴んでの追跡。何処からか聞こえた音による最適解の選択。
そして山本が経験した過去のどこかの時間に不時着し──全てを貫く溶解性の雨に飲まれ、梟は息絶えた。
『ここは──』
テスターの仕事を終えてひと段落した彼が辺りを見渡し、既視感に襲われる。
どこか懐かしく、故郷に帰ってきたような感覚。いや、これは……。
[ここは……]
あちこちに生えた巨大な蓮の葉。
どんな夢の世界の怪物ですら近付かない危険領域。
触れればひとたまりもない雨が吹き荒ぶ夢の世界。
「行こう」
本能であった。
自分が作られた意味が唯一ある場所で、意味が生きていた時間。
全てが手遅れになって意味が死んだ後じゃない。やるべき事が無くなっても続いた
ここは、自分が主役として立つべき舞台だ。
「けど……傘と雨具が無いと」
ピピピピ。
行くべき場所は分かっていた。必要なのはそこに行く為の傘であり。
……本当に都合良い話だ。神の声は"何処に居ようとちょっとしたデータを送ることが出来る"。
それは未来から過去に送る事も例外ではない。理論上、彼の行いに合わせられる者が居ればタイミングよく渡す事も出来るのだ。
そしてなんの因果か、たった今彼の手元に"ビリデスが死ぬ直前に使っていた雨具が届いた"。
「これなら──!」
紫色の、所々剥がれているとはいえまだ使える雨具と傘。
それを着込み、目的地まで走り続ける。
「ぐっ…この程度の痛み"!」
雨が顔に当たって溶かす。
皮膚を、肉を、骨を、血を。
少しでもコートを目深にして耐え凌ぐ。
「……
そして、溶けて崩れた喉を唸らせながらも古い蓮の葉が折り重なって出来た山を見つけた。
その根本にある洞穴の一つに躊躇なく入り奥に進む。じゃぼじゃぼと溶解性を失った水を掻き分ける。
「……あく台本を読まないとね」
「ッ!」
そして、洞窟の奥の灯りある場所から聞き覚えのある……ずっと自分の声として慣れ親しんだ音を聴いた。
……同時に、足がグズグズに崩れる感覚。であればと隕鉄の刀と傘に雨具を巻き付けて狙いを定める。
「◼︎◼︎◼︎《届ッッけぇぇーーー》!!!!!」
──彼の人生において最も感情の籠った投槍だった。
これまで培ったすべての経験を、覚えてる限りの技術を振るった。
…………。
「………ッ」
しかし、寸前で届かない。
投げる瞬間に崩れた落ちた足首が、思った通りに身体を動かさなかった。
そして雨具を失った彼に、水漏れがある洞穴は死あるのみ……。
「グ……ゥゥア"────ア"マ"グビロ"エ"ェ"ェ"!!!」
──で、終われる訳がない。
渾身の、命を賭けた最後の演技を行う。
最も人を注目させる誰かの声を、最も大きな声で、最も伝えたい言葉を響かせた。
…ドプン。
果たして気付いてくれたかどうか。
確認する事もできずに彼は洞窟に出来た水溜りに沈み……どうかこの後日談が終わることを願いながら、意識を遠のかせていった。
後に残るのは、どんな手を使ってでも、全てを運営の言う通りにした役が一つ。
エンド──After time stop./後日談の終わり。