ひぐらしのなく頃に 時明し編 (圭一×レナ)   作:晃晃

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時明し編(1)天使になんてなれなくて

あぁあ、やっちゃった……なにやってるんだろ、私!?

 

転校したての通学路でクラスメイトの女の子に会って、挨拶したけど返事がなくて、やっと挨拶したと思ったら顔が真っ赤で様子がおかしい、だから心配しておでこに触れようとしただけなのにいきなり殴り飛ばされた……なんて、どう考えたってわけがわからない。

 

ごめんごめん圭一くん、ごめんね!

 

いますぐ戻って謝らなきゃ、とも思うけどそんな勇気は今の私を逆さにふっても出てこない。

 

残念なことに、私は普段振る舞っているほど愚鈍じゃないから、自分のこの異常が、どんな意味をもつかくらい……とっても認めたくないことだけど、ちゃんとわかってる。

 

だって、……私のためにあんなに命がけで戦ってくれた彼の勇敢さも、私の妄想を笑い飛ばし、刃物の飛び交う修羅場にさえ飛び込んでくる力強さも、意地悪だけど本当に私やみんなを必要だって思ってくれる彼の優しい笑顔も、私は全部全部知ってしまっていて……彼自身は絶対に覚えていないに違いないけど、あの屋根の上で彼に告白さえしてしまっているんだから。

 

普通に遊んで、普通に笑い合って、普通に恋をしよう。

 

自分でもあきれるくらいに、乙女ちっくな告白。

 

生まれ変わったわけじゃないけれど、ありえない記憶を持っている私にとっては同じこと。そんな彼と全く意識せずに自然に接しろというのは、いくらなんでも13歳の女の子には荷が重い。……は、はぅ……☆

 

認めよう。

 

私は、竜宮レナは、圭一くんに……恋している。

 

こうして考えている今だって、ちょっと油断すれば『恋するレナ』が『クールな私』を電光石火でノックアウトして表に出てこようとする。別に二重人格とかそんなんじゃないけど、誰にだって自分の中に、自分では御しきれない部分はあるはず。

 

私にとってはそれが……たぶん、恋する気持ち。

 

父と母のことを思えば、私にとってそれは怖いことだ。

 

魅ぃちゃんや梨花ちゃんが圭一くんをそういう意味で好きなのだって、たぶん本人以上によくわかっている。

 

でも、一番わかっていなかったのは、いや、わかっていたくせに表面だけで理解したつもりになって、わかろうとしなかったのは……『私』なんだ。

 

さっき彼の前に出て、それがよくわかった。

 

私にあの記憶がある限りは、圭一くんの前では、『私』でも『レナ』でも、『礼奈』でさえも同じこと。

 

おかしくなってしまった世界の全部が私を否定していると見えた悪夢のようなあの場所で、たったひとりだけ、全身全霊で『竜宮レナ』の全てを肯定し、受け止めてくれたのが圭一くんだったから。

 

彼を一度はなすすべもなく失ってしまった、その絶望の記憶を刻みつけられた今の私にとって、彼を求めてしまうこの気持ちはもはや本能だといってもいい。

 

もう二度と……失いたくない!

 

それは彼が死んだりいなくなったりするという意味だけじゃなくて、彼がほかの女の子の隣で笑っている未来さえも、いまの私にとっては『失った』うちに入るのかもしれない。

 

そんな我が儘な気持ちを知られたくない、でもこの愛しさを伝えたくてたまらない。でもでも、圭一くんにとっては私はまだ知り合ったばかりのクラスメイトにすぎなくて、その上いきなり挨拶代わりに殴り倒されたなんて……あああああああああ!?

 

「あの、レナ~、もしもし?」

 

またいきなり、背後で声。

 

いつの間にか私の足は止まっていて、いつもの魅ぃちゃんとの待ち合わせ場所まで来ていたことに気づく。

 

「……おはよう、魅ぃちゃん☆」

 

慌てて表情を切り換えて、笑顔でおはようを言う。

 

……相手が圭一くんでなければ、こんなの簡単なのに。

 

「うん、おはよぉ……」

 

魅ぃちゃんはいつもよりテンションが低い様子で、曖昧な笑顔を返してくれた。

 

「魅ぃちゃん、今日も眠そうだね」

 

毎日とは言わないまでも、週に3日は深夜番組やら漫画の読み過ぎやらで寝不足を引きずりながら待ち合わせ場所に現れる魅ぃちゃんは、平均的な女子中学生の基準から言うとちょっぴりフリーダム過ぎると思う。

 

「うん……、なんか夢見が悪くてさ……、明け方までうなされてたみたい……ふぅわぁあぁああ~!」

 

往来でそこまで大あくびするのは、年頃の女の子としてどうかと思うんだ。

 

「わぁ……どんな夢かな、かな?」

 

話を合わせるけど、こっちの夢はとても語れそうにない。お父さんを騙そうとしていた二人組を叩き殺して、学校を占拠してみんなを縛り上げ、魅ぃちゃんを鉈で殴りまくった挙げ句に屋根の上で圭一くんとどつき合ったり抱き合ったりして、最後には梨花ちゃんが殺されて雛見沢が丸ごとガス災害で全滅する夢を見ましたなんて……。

 

「う~ん、あんまりはっきりとは覚えてないんだけどね、さんざん酷い目に合ったり、しなくてもいいような苦労をしたような気がする。あっははは、なんか梨花ちゃんが死んじゃったような覚えもあるかなぁ……!」

 

えっ……!?

 

まさか魅ぃちゃんも、覚えている?……私ほどはっきりとじゃなくても、あのありえない記憶を持ってるの!?

 

「み、魅ぃちゃん……梨花ちゃんを殺しちゃうなんて酷いよ、あんなにかぁいいのに。沙都子ちゃんやレナのことも殺しちゃったのかな? かな?」

 

すこし探りを入れてみることにする。

 

「そんなことないと思うけど……なんでかな。わかんないけど、最後は大暴れで、なんかスカッとするような終わり方だったかも。……あぁ、そういえばレナが教室でガソリン撒いてたかな?」

 

ガソリン……!?

 

それに、大暴れでスカッとするような終わり方って……私と圭一くんの、屋根の上での決闘のこと!?

 

私は思わず、魅ぃちゃんの両腕を掴んでいた。

 

「そ、その夢、もっとなにか思い出せないかな!?」

 

「えっ!? ど、どしたのレナ」

 

こっちの勢いに呑まれて目を白黒させる魅ぃちゃん。

 

無理もないけど、もし魅ぃちゃんが思い出してくれれば雛見沢の情報網を使えるからすくなくとも梨花ちゃん殺しについて調べるのは私の独力よりもずっと容易になる。

 

「え、えっとえぇっと……ご、ごめん、漠然としてて、その……あ、でも」

 

なにかを思い出したように、魅ぃちゃんが視線をこちらに向けて目を見開いた。

 

「……なに?」

 

続きを促すように、静かにその目を見返す。

 

……みるみるうちに魅ぃちゃんは涙目になって、顔が紅潮していく。複雑な感情がその瞳に去来する。

 

まさか、私に殴られたときのことを思い出して……っ!?

 

「レ、レナが……」

 

「うん……、どんなことでもいいよ、魅ぃちゃん。それがどんなにありえないことでも、レナは信じるから」

 

強い決意を瞳にこめてそう言った。

 

圭一くんも梨花ちゃんも魅ぃちゃんも、この世界の全てを……私は、絶対に守ってみせる。だから信じて。

 

私を、信じて。魅ぃちゃん……!

 

何度か口を開きかけて躊躇う様子を見せながらも、魅ぃちゃんは探していた言葉を見つけたようだった。

 

「レナが、私と……」

 

敵同士だった。すれ違ってしまった。

 

そんな言葉が出てくるものだと思っていた私は、次に続く言葉を数秒ほど理解できなかった。脳が焼き切れそうな衝撃を受けて動けなかっただけかもしれない。

 

「……え? 今、なんて」

 

「だから……、レナが私と、恋人同士だった気がする」

 

褒めて褒めて。

 

あまりのくだらなさに反射的にコンボを叩きこんでしまわなかった私の驚異的な忍耐強さを。

 

「魅ぃちゃんは何を言ってるのかな?……かなッ!?」

 

「ひぃっ! だ、だって本当にそうだったんだもん!」

 

泣きそうな魅ぃちゃんをがっくんがっくんと揺さぶりつつ聞き出したところ、どうもその夢の中では私から魅ぃちゃんに迫っていたらしい。……そりゃ、魅ぃちゃんはたまにどうしてってくらいかぁいくて、思わずお持ち帰りしてダム現場の秘密基地に閉じこめて飼っちゃおうかなって思うこともあるけどいくらなんでもそれはない。

 

「はぅ……それで相思相愛になっちゃう魅ぃちゃんも、レナはどうかと思うよ?」

 

迷惑そうな顔でそう言うと、魅ぃちゃんは申し訳なさそうな、それでいてどこか名残惜しそうな表情。

 

「う~、ごめんよぅ。……でもさ、すっごく仲良くて幸せだったよ。レナじゃないけど、はぅ~☆ってかんじ」

 

なにを思い出してるのかほわっとした笑顔を浮かべる。

 

これにはちょっと驚いた。

 

魅ぃちゃんの笑顔と言えば、不敵な笑みや腹を抱えての大笑いというのが定番で、こんな無防備で幸福感あふれる表情を私たちに見せてくれることはあまりない。

 

それは魅ぃちゃんの人格形成の根幹に園崎家の魅音であるという事実が強く根ざしているからであって、こんな当たり前の14歳の女の子みたいな自然な表情を人前で見せることがあるとは思っていなかった。

 

……なるほど、さっきまでの私と同じだ。

 

「恋、してるんだね。魅ぃちゃん」

 

あぁ、なんて忌々しくて甘美な痛み。こんなもの、みんなをあの定められた未来から救おうと決意している今の私には不要、場違いにもほどがある感情だというのに。

 

この感情に一度捕らわれてしまったらもう逃れられない。もがけばもがくほどその身に絡みつく蜘蛛の糸、あるいは茨の刺のよう。どうにもならない感情を持て余してあとはただ傷つくのを待つばかりだ。

 

「うん……、そうかも……」

 

ふわふわした表情のまま魅ぃちゃんが力無くうなずく。

 

その気持ちはよくわかるよ……って、あれれ?

 

「レナぁ……、嫌いに、ならないでね」

 

な、なんだろなんだろ、その不安そうな上目遣い。

 

「え、ぁ、別に、嫌いじゃないよ?」

 

そう、嫌いなわけがない。魅ぃちゃんは私にとって一番の親友で、みんなをまとめる頼もしい部長さんで、ときどきすっごくかぁいい、でも手の焼ける女の子で……私の、最大の恋敵……の、はず、だったんだけど……。

 

圭一くん、昨日転校してきたばっかり。

 

悟史くん、1年前に転校していっちゃった。

 

だとすると、魅ぃちゃんは誰に恋してるのかな?

 

……かなッ!?

 

まったくの自然体、呼吸からは読めない不意のタイミングで瞬時に間合いを詰めてきた魅ぃちゃんの突進を反射的にかわしていた。

 

まさかかわされるとは思っていなかった魅ぃちゃんは、勢い余って私の背後に立っていた木にまっすぐにつっこんで、顔面から思いっきり激突してしまった。

 

……す、すっごく痛そう。

 

「うぅう……避けたぁっ、レナが避けたぁっ!」

 

半泣きで鼻を押さえながら、どこかのうぐぅな生き霊さんみたいな無駄にかぁいい抗議の声をあげる魅ぃちゃん。

 

「ご、ごめんね、魅ぃちゃん。いきなりだからレナ、びっくりしてついよけちゃった」

 

慌ててそばに寄ってしゃがみこむと、その隙をついてふわりと魅ぃちゃんの両腕が私の肩にかかる。

 

「えへへ、つかまえた☆」

 

もう一度言うね。褒めて褒めて。

 

その幸せそうな顔の真ん中に閃光のごとき一撃を放たなかった私の、類いまれなる思慮深さを。

 

「み、みみみ、魅ぃちゃん!?」

 

正直、このときの私の感情はあまりにも複雑だった。

 

同性の私相手に、どうみても恋する乙女の瞳を向けてくる魅ぃちゃんを別に気持ち悪いとは思わなかった。

 

むしろあまりにもかぁいくて抱きしめたくなってしまうのを、後のことを考えてぐっとこらえなければいけなかったほどだ。

 

躊躇う理由なんてひとつしかなくて、いま魅ぃちゃんが感じている感情は精神疾患で治し方はレナが知ってるからレナにまかせてとは言い出せないくらいに私もその精神疾患とおぼしき感情を感じてしまっているからだ。

 

魅ぃちゃんのことは大好きだけど、そういう関係になりたいのはやっぱり圭一くんで、魅ぃちゃんがライバルでなくなったのはありがたい気もするけど厄介さでいえばどっちが上なんだろうこの場合、と思ってしまう私はちょっぴり薄情で打算的な女の子なのかもしれない。

 

「み、魅ぃちゃん、落ち着こ? レナは逃げないから」

 

「……でも」

 

あぁあああ、魅ぃちゃんってば寂しそうなせつなそうな恋に落ちそうな、そんな目で見ないで!

 

クールになれクールになれクールになれ、竜宮レナッ!

 

魅ぃちゃんの腕を掴んで振り解こうとしたそのとき、軽いものが地面に落ちる小さな音がその場の凍てついた、でもなにやら甘やかな空気を吹き飛ばした。

 

「ぁ、あぁあぁあ……!」

 

地面に落ちた白い肩掛け鞄。

 

その隣にたたずむ制服の足をたどって視線をあげると、そこに……圭一くんが立っていた。

 

ありえないものを目にしたかのような驚愕の表情で。

 

「……こ、これは……ビジュアル的にはまさに天国、夢のような光景だ。甘酸っぱさと背徳感がブレンドされて、その異常性、非日常性さえも些細なことだと思わずにはいられない、まるで刃の上を裸足で渡るかのような緊張感と鮮烈な感動を与えてくれる新世界の萌えと言えよう!……くっ、だがしかし、自分が関わることを拒絶された閉鎖的なその世界は触れることすら叶わない禁断の果実、この光景に萌えることは生物としての本能がそれを否定し警鐘を鳴らしてくるという諸刃の剣。自己の快楽を超越したそのストイックさはもはや、孤高の萌えといっても過言ではあるまい! だから俺はあえて涙を呑んで喝采を、いやいや口が滑った、祝福の声をあげよう、新しいクラスメイトたちに幸あれと、どんな過酷な現実が二人を試してもこの萌えの伝道師たる前原圭一は君たちの味方であぶっ!?」

 

その凶悪な切れ味をもつ、私にとっての絶望的宣言を最後まで言わせるようなことはしなかった。音速のジャブで頬を撃ち、のけぞって動きの止まった顔面にストレートを一閃、そしてとどめとばかりに懐へ飛び込んでショートアッパーを放って鳩尾を深く抉り、強引に意識を刈り取る。拳打だけでできる初歩の無力化コンボ。

 

「げふっ!」

 

短いうめき声とともに、絶望の使者は地面に沈む。

 

「レ、レナ! それって転校生の圭ちゃんだよ!?」

 

全部終わってから魅ぃちゃんが事態を認識して慌てる。

 

そして、私が自分の行動に気づいたのは魅ぃちゃんに遅れること十数秒の後だった。

 

……あぁああああ!?

 

「けけけ、圭一くぅうんっ!?」

 

またもや思い人を地に這わせてしまった私の恋に、果たして一縷の望みはあるのかな……、かな……?

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