ケンカをする時、レナは容赦しなかった
たいていはまずれなぱんで相手をめった打ちにする
これで確実に相手は一時間は足腰たたなくなるのだが
そのあとに鳩尾への一撃! これが恐れられた!
呼吸を止められるような独特な衝撃があり、
殴られた者は半日は保健室送りになる
格闘王の才能の片鱗だったのだが、
この時、本人はまだ知らない―――」
「魅ぃちゃん……人の隣でへんなナレーションを入れるのはやめてよぅ」
「あ、あははは、ごめんごめん。朝の秒殺コンボがあんまり鮮やかだったからさ……速過ぎて見えなかったけど」
あれから魅ぃちゃんと二人で圭一くんを学校まで運び、保健室に寝かせていまはお昼休み。沙都子ちゃんは「転校の翌日に朝からダウンだなんて、都会のもやしっ子はひ弱でいけませんわねぇ!」なんて言いながらも、昨日のトラップが原因かとすこし心配そうだった。
……実際、全然まったく関係ないんだけど。
お弁当をすませた私と魅ぃちゃんは、こうして圭一くんのお見舞いにやってきていた。
「……う、うぅ」
と、私たちの話し声で目が覚めたのか、圭一くんが低く声をあげて目を開けた。
「あ、あれ……? 俺、なんで……」
状況がつかめずにいる圭一くんに、魅ぃちゃんが顔をのぞきこんで言う。
「おっはよ、圭ちゃん。朝から貧血で倒れるなんて、ついてないねぇ! ちゃんと朝ご飯食べたぁ?」
あっけらかんとした笑顔でいけしゃあしゃあと嘘が言える魅ぃちゃんを、こういうときは尊敬してしまう。
「ひ、貧血……? おかしいな、記憶がとんでる」
ベッドの上で身体を起こして頭を振っている。
……お、おぼえてないのかな?
圭一くんは首をかしげながら私たちの方を見て、
「……えっと、二人が助けてくれたのか?」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、圭一くんをノックアウトしたのはレナです……。
「そうだよ~、美少女二人に運ばれるなんて、この果報者っ! おぼえてなくて、残念だねぇ~?」
いっひっひ、と下品な笑みを浮かべてみせる。
「そ、そうだったのか……くそう、この前原圭一、一生の不覚だぁあー!」
頭を抱えて叫びをあげる圭一くんは、やっぱり圭一くん以外の何者でもなかった。……当たり前か。
「……ありがとな、二人とも。えっと、魅音、に……竜宮さんだったよな」
「ぁ、う、えと、ね……」
笑顔を向けられて覿面にうろたえる私にかわり、
「この子のことはレナでいいよ。みんなそう呼ぶから」
魅ぃちゃんがそう言ってくれた。
「……あぁ、わかった。ありがとな、レナ」
「は、……はぅ☆」
素直な感謝を向けられて、くすぐったいやら申し訳ないやら……やっぱり正直に言って謝らなくちゃと思うんだけど、いまだに圭一くんの前に出るとうまく言葉が出てこない。あぁもう、ほんとにどうかしてるよ、私……!
「えーっと、いまは……昼休みなのか?」
「そうだよ~。転校早々授業さぼって保健室でおねんねなんて、圭ちゃんもなかなかワルだねぇ。くっくっく!……はいよ、これ、みんなからおかずのおすそわけ。こっちの煮物ときんぴらごぼうは梨花ちゃんと沙都子、カニシュウマイはおじさんから。で、ミートボールはレナから! よ~く味わって食べて、元気になること!」
圭一くんのお弁当箱と、みんなのおかずを詰め合わせたタッパーを差し出す魅ぃちゃん。さすが委員長、こういうときは手際がいい。まともな思考を保てないいまの私には、魅ぃちゃんの存在が頼もしくて仕方ない。
「お、おぅ、ありがとな……って、弁当箱軽いぞっ!? 俺の弁当のおかず、ぜんぜん残ってないじゃんか!」
「ほうれん草のおひたしが残ってるよ~、ほらほら」
「それだけかよっ!……ったく、すげぇ連中だなぁ」
お母さんのお弁当を食べ損ねたことを嘆きながらも、圭一くんは素直に受け取って、膝の上にお弁当箱を置いてさっそく食べ始める。
「……ぉ、お茶、いれるね。はぅ」
手持ちぶさたになってしまって、私は隣の職員室へお茶をもらいにいくのを口実にいったんその場を逃れた。
廊下に出て後ろ手に扉を閉めると、その場に座り込みそうになるのをなんとかこらえて胸をなでおろす。
……さっきから心臓の音がうるさくて、おかしくなりそうだった。
もとから圭一くんのことは好きだったけど、ここまで自分を抑えられなくなるなんて計算外だ。
なんとか普通に話せるように努力しないと、また意味もなく殴っちゃうよ……そんなこと毎度毎度やってたら、仲良くなる前に確実に嫌われる。
「こんなことで悩んでる場合じゃないのに~」
湯気のたちそうな頬をぺちぺちと手で叩いて冷ましつつ職員室で知恵先生に挨拶して、お茶を分けて貰う。
「竜宮さん、前原くんの様子はどうですか?」
「あ、はい。大丈夫みたいです」
そう答えると、先生は安堵した様子で微笑んだ。
「そうですか、よかったです。……引っ越しやらなにやらで疲れていたのかもしれませんね。しばらく気をつけてあげて下さい」
「……は、はぃ」
まさか私が殴って意識飛ばしましたとは言えない。
そそくさとカレーの香り漂う職員室を後にして、保健室に戻る。ベッドでは、食事中の圭一くんに魅ぃちゃんがあれこれと話しかけては邪魔をしていた。
「魅ぃちゃん、ごはんの邪魔しちゃ駄目だよ、だよ」
言いながら、お茶を圭一くんに手渡す。
「あ、サンキュ」
急いで詰め込みすぎたのか胸を押さえていた、圭一くんはそれを受け取るなりぐっと飲み干す。
「げほ、げは、がはっ! あづぅうっっ!?」
入れたてのお茶は熱すぎたらしく、即座にむせた。
「あっははは、慌てすぎだよ圭ちゃん!」
み、魅ぃちゃん、笑い事じゃないよぅ!
「わ、わっ、けけけ、圭一くん、だ、大丈夫!?」
熱くてむせた人に何をどうすればいいのか、咄嗟には思いつかなくてとりあえず背中をさする。
「けほ、けほっ……うぅ、ありがと、レナ」
「は、はぅ……☆」
な、名前を呼ばれるだけでぽうっとしちゃうのは、早くなんとかしないとっ……!
平常心平常心、クールクールクール!
「ぇ、えと、あの、お茶、いれなおしてこようか?」
「いや、いいよ。もう食べ終わるとこだし、熱かったけどおいしかったぜ、うん」
圭一くんはすこし照れくさそうに言ってから、残りのお弁当をたいらげると満足そうに息をついた。
「あぁ、美味かった。でも昨日みたいにわいわい騒ぎながら食べたら、もっと美味かったんだろうなぁ……!」
「そりゃそうだね! でも圭ちゃん、保健室で美少女に給仕されながら食べるってのも、なかなかオツなものだったんじゃないの~?」
魅ぃちゃんが混ぜっ返すと圭一くんは大笑いして、
「そりゃそうだな、これはこれで最高だぜ!」
楽しそうな笑顔と心地のいい言葉をくれた。
……とくん。
いま、なにかが胸に落ちる感じがした。
たぶん、これが……私が、この世界で守らなくちゃいけないものなんだ。
圭一くんや魅ぃちゃん、みんなの笑顔。
とっても大切で、かけがえのないものだから……私が、守らなくちゃ。
絶対に、……取り戻す。
「さぁさ、その元気なら午後の授業は出られるよね?」
魅ぃちゃんの言葉に圭一くんは大きく頷いて、
「おう、望むところだ!」
なんて、まるで喧嘩でも買うみたいな威勢のいい言い方でベッドを降りた。
「……レナ、お弁当箱洗ってきてあげるね」
圭一くんのお弁当箱と魅ぃちゃんのタッパーを回収してその場をもう一度離れる。
「じゃ、先に教室行ってるよ~☆」
魅ぃちゃんは私が仕切り直したがってるのを察してくれたのか、そう言って圭一くんの背中を押していった。
「……ふぅ」
裏の水道でそれを洗っている間に深呼吸して、ややパニックぎみの頭に冷静さを取り戻す。圭一くんの前でも、ちゃんと切り換えられるようにならないと……。
この恋心も大切なものではあるけど、いまの私にはそれよりも重要な課題が山積みになっている。
正直、どこから手をつけていいかわからないくらいだ。
まず、この世界で私が絶対に解決しなくちゃいけないことが二つ、……いや、三つある。
ひとつ目は梨花ちゃんの死を防ぐこと。梨花ちゃんが殺されたのは私が学校を占拠した日の翌日の朝だった。
あれは絶対に事故でも自殺でもない、他殺による死体。だから殺した人間がいて、殺す理由があるはず。
その犯人と理由を突き止め、あるいは突き止められなくても、凶行を阻止することが必要になる。後者だけなら、それほど難しくはないかもしれない。あの無防備な防災倉庫に住んでいる梨花ちゃんだからこそあんなことになった可能性は高い。綿流しの後、どこか……そう、たとえば魅ぃちゃんちにでも泊まっていてもらえば、誰が相手であろうとそう簡単に梨花ちゃんに手を出すわけにはいかないはずだ。
ふたつ目はガス災害による雛見沢の全滅を防ぐこと。
こちらはすこし……いや、かなり難しい。すぐにそう結論づけられるのは、あの夢の世界で私はオヤシロさまの原理主義者たちが細菌テロを計画していて、まるであのガス災害のように村人たちを殲滅するのではないかと恐れ、それを阻止するための手段を考え続けた経験を持つからだ。細菌テロよりは火山性ガスのほうが多少は信憑性が高いかもしれないけど、それでもなんの知識も持ち合わせない村の一少女の言葉に従って全村民が避難するなんてことはありえない。村で求心力を持つ梨花ちゃんか、村の実質的な代表格である魅ぃちゃんの力を借りられればなんとかなるかもしれないけど、その時点である程度の説得力がなければならない。
魅ぃちゃんはあぁ見えても責任感も慎重さも持ち合わせているから、いくら親友の頼みでも軽々に村を動かしたりはしない。……いまの私は親友というよりも片思いの相手なのかもしれないけど、それでもたぶん無理だろう。たぶん。
梨花ちゃんは……現実の発言力があまりないのが痛い。
事が動き出してからとどめの一撃として梨花ちゃんの言葉は有効だけど、そもそもの避難を決めるにはやっぱり年齢的にも立場的にもやや弱いかな……。
となると、こちらはまず災害が起きうるっていう資料を用意する必要がある。夢の中では詳しいことを覚えておけるような精神状態じゃなかったけど、テレビで聞いたことをいくつか断片的には思い出せるから、次のお休みには図書館にでも行ってみようかな。
みっつ目は……これは当然のことなんだけど、私自身があの過ちを犯さないことだ。もちろん夢の中と同じ状況になったとしても私は魅ぃちゃんや圭一くんに絶対に相談するから、同じ展開にはならないと断言できる。
でも一番いいのは、あの状況を作り出さないこと。
つまり、お父さんとリナさんがこれ以上親しくならないようにして、お父さんにちゃんと自立した生活を送ってもらう必要がある。これは……やっぱり、私自身が解決しなきゃいけないのかな。
……ううん、実際に話し合うのは私にしかできない役目だけど、魅ぃちゃんに話せばなにか知恵を貸してくれるかもしれない。確かリナさんは園崎系列のお店に勤めてたはずだし、詩ぃちゃんのボディーガードをしてた……ええっと、葛西さんだっけ。あの人と接触をはかることができれば、まったくの無駄にはならない。
……なんだ、考えてみれば私にもできそうな方策があるじゃないか。なにもかもが八方塞がりだと思ってしまっていた夢の中の私が馬鹿みたいだ。
でも……ちょっと問題があるかな、と思うのは。
「え、私に話って……ぅ、うん、いいけど」
放課後、魅ぃちゃんに相談を持ちかけたら、案の定だ。
なにを勘違いしたのか、ぽぅっと顔を赤らめる。
これだ。……ただの親友ということなら気兼ねなく頼めることもいろいろとあるんだけど、いまの魅ぃちゃんは今朝見た夢のせいか私をへんに意識してしまっている。それも私の見るところ……その、かなり本気でおかしくなってしまっているのだからタチが悪い。
私の夢ほどの現実感はないにせよ、魅ぃちゃんの心理にこれほどの影響を与えているという不穏な夢の内容も、かなり気になるところだ……それはそれで聞きたいような聞きたくないような微妙なところ。
「えぇと……、どうする? ウチに来る?」
魅ぃちゃんの問いにすこし迷った。
確かに園崎家で話すのは内容を考えると悪くない選択なんだけど、ここはすこし慎重に考えよう。魅ぃちゃんのテリトリーに行ってなにか間違いがあっても困る。
……はぅ、だって。
今朝は私もちょっとどきどきしちゃったし、魅ぃちゃんがなんだかかぁいくて、油断すると流されそう……!
この状況で救いになるのは、魅ぃちゃんが実は押しが弱い性格で、そう強引には迫ってこないだろうということ、さきほど圭一くんの前で気を遣ってくれたことから見ても、私に嫌われたくないと思ってくれている、というところだ。
なんだかんだいっても魅ぃちゃんは健気な女の子なので私を本気で困らせるようなことはしない。なんとかして私の役に立って、気に入られようとしてくると思う。
……それを利用するみたいで、すこし自分が嫌になる。
やっぱり私は打算的なんだろうか……こんな子、圭一くんはきっと嫌いだよね……とと、なに余計なことを考えてるんだろ。
とにかく、話をするなら私のテリトリーがいい。
別に魅ぃちゃんを信用しないわけじゃないけど、慣れた場所のほうが自分のペースを掴みやすいのは確かだ。
「ダム現場に行こうよ。……ちょっと大事な話だから」
「だ、大事な話……☆」
み、魅ぃちゃん。そこ、どきどきするとこじゃないよ……?
赤くなって胸を押さえている魅ぃちゃんの動揺っぷりを見ていると、こっちまで妙に意識してしまいそう。
……う、受け容れるわけにはいかないけど、魅ぃちゃんかぁいいよぅ……☆
「レ、レナ? なんで壁に向かってヘッドバンキングしてるの……!?」
魅ぃちゃんが心配そうに私を見るけど、本当のことは言えない。レナ、親友に心から萌えるとか、恋する女の子にあってはならないことだと思うんだ!
「な……なんでもないよっ!」
はぅ、お、おでこ痛い……。