ひぐらしのなく頃に 時明し編 (圭一×レナ)   作:晃晃

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時明し編(3)中途半端なワルじゃない

私は魅ぃちゃんを連れて、いつものゴミ山に向かった。

 

こっちの無理なお願いを聞いてもらうのだからと、すこしサービスのつもりで私の隠れ家に案内する。

 

「……へぇ~、けっこう居心地よさそうだね!」

 

まだすこし緊張気味ではあったけど、魅ぃちゃんは物珍しげにきょろきょろと車内を見回し、本当に楽しそうに嬉しそうに、クッションに腰を下ろす。

 

魅ぃちゃん、にこにこしちゃってるよぅ……。

 

……ここでかぁいい☆とか思うと、私の中のいろいろなものが負けちゃうような気がする……。

 

「う、うん……それでね、魅ぃちゃん。レナのお願い、聞いてくれるかな……?」

 

そう切り出すと、魅ぃちゃんは変に茶化したりせずに、思ったよりも真面目な顔で頷いた。

 

「うん。私にできることなら、力になるよ」

 

そうして、じっと聞く態勢を作ってくれる。

 

……よかった。

 

魅ぃちゃんの気持ちがこの件ではプラスになっている。

 

私がなにか問題を抱えていることに気づいて、それを解決したいと心から思ってくれている証拠だ。

 

私は魅ぃちゃんに、今の私の家の状況をかついつまんで話した。リナがフラワーロードで働いていて、美人局をしている可能性があることも含めて、包み隠さず。

 

「……そっか。うん、さすがの私も、一人一人の従業員まで知ってるわけじゃないけどさ、そのリナってのについてはちょっと聞いてるよ。……ほら、沙都子の叔父。北条鉄平の奴とつるんでるっていうから、気に掛けてはいるんだ」

 

……これにはすこし、驚いた。

 

確かに、私にもあの北条鉄平が沙都子ちゃんの叔父だっていう知識はあった。でも、園崎家の魅ぃちゃんが北条家について注意を払っているっていうのが正直、意外。

 

「そいつを迂闊にどうこうすると、今度は鉄平のほうが厄介な動きをするかもしれない。こいつぁ、ちょっぴり考えどころかもねぇ……!」

 

言葉とは裏腹に、魅ぃちゃんはとびっきりの悪戯を考えるみたいに瞳を輝かせていた。

 

……言われてみれば、確かに。

 

鉄平はリナのヒモだって聞いた覚えがある。つまり収入源がリナだっていうことになる。そのリナが突然消えたとしたら、鉄平はどうするだろう?

 

「……たぶん、雛見沢に帰ってくるんじゃないかな。沙都子ちゃんのお家に」

 

魅ぃちゃんはうなずいて、腕組みをする。

 

「うん、私もそう思うな。そうなれば、沙都子は叔父に連れていかれる気がする。ほら、あぁいうチンピラって生活能力ゼロじゃん」

 

どうしてかな、驚くほど鮮明に予測できる。

 

去年の沙都子ちゃんや悟史くんの様子から、ある程度は想像で補えるとはいえ……悟史くんという守り手のいない沙都子ちゃんがたったの数日で壊されていく、そんな最悪の未来を……まるで、どこか別の世界で経験してきたとさえ思えるほどに。

 

これもあの夢みたいな、ありえない記憶の影響?

 

「……沙都子ちゃんが、大変なことになるよね」

 

私は、深刻な声音で言った。

 

魅ぃちゃんはうなずきながら苦々しく笑みを浮かべて、

 

「大変っていえば大変だね……、うん。なんていうか、その事態だけはなんとかして避けないと、史上最凶の極悪コンビが生まれちゃうような気がするよね」

 

……なにか、魅ぃちゃんの考えていることとレナの考えていることが天と地ほども違うような気がする。

 

やっぱり、私と魅ぃちゃんの持っている不思議な記憶の間には、どこか決定的な違いがあるらしい。それがなんなのかなんて、今の私にはわかるわけがない。

 

……ううん、それはどうでもいい。

 

鉄平が帰ってくる事態を危険視しているという点では、私と魅ぃちゃんの見解は一致しているんだから。

 

「となると、リナをどうにかするだけじゃなくて、鉄平も動きを封じなきゃならないってことか……」

 

どうにかする。その言葉ですぐに思いつくのは、私がしてしまった安直すぎる暴力での解決手段。

 

魅ぃちゃんの家は雛見沢の大地主というだけじゃなくて興宮の暴力団もやっているから、暴力による解決というのはむしろ私よりも専門家だといっていい。

 

……リナ相手なら、不意を突かれない限り私だって負けるつもりはないから、脅すくらいなら自分でやるけど、始末されるのはさすがに後味が悪そうだ。

 

「魅ぃちゃん……できれば、その、荒っぽいことは」

 

無理な頼み事をしておいて、さらに難題を持ちかけるようで気がひけるけどそう付け加えた。

 

すると魅ぃちゃんは小さく微笑んで、

 

「ん、わかってるよ。レナは優しいなぁ!……ま、リナってのはよく知らないけどさ、鉄平は頭の悪いチンピラってだけで根っこから悪いやつじゃないと思うからね。手荒にやろうと思えばやれるけど、できれば穏便にすませるつもりでいるよ」

 

……そうなのかな。

 

私には、沙都子ちゃんを壊しちゃうような叔父がいいひとだとは思えないけど、ひょっとしたら魅ぃちゃんの見た夢の中ではそうなのかもしれない。

 

「とにかく、鉄平についてはこっちにまかせてよ。葛西さんに相談してみる。……まずは、そのリナをレナのお父さんから引き離すのが先決かね」

 

「うん……」

 

魅ぃちゃんに相談してよかった。

 

やるべきことがはっきりしたから。この件に関して私がすべきことはふたつ。

 

まず、お父さんとしっかり話し合うこと。

 

もうひとつは……リナさんとの対決。

 

「……なぁに、話っていうのは」

 

相談した翌日、私はさっそくリナさんをダム現場に呼び出した。夢の中の状況とほとんど変わらない。

 

違うのは、まだ状況があそこまで煮詰まってないから、たぶんリナさんのほうも私の用件に見当がついてるだろうということ。

 

「単刀直入に言いますね。……お父さんと、別れてもらいます」

 

ずばりと言ってやったら案の定、リナさんは驚いたそぶりも見せずに肩をすくめるだけだった。

 

「ふふっ……礼奈ちゃん。大人の関係に口を出すのは、あんまりいいことじゃないわよ~?」

 

「リナさん、男の人いますよね。お父さん以外に」

 

写真の入った封筒を取り出す。中身はダミーだけど。

 

「……北条鉄平さん。ちょっと調べてもらったんです」

 

リナさんは顔を歪め、聞こえないくらいに小さく舌打ちをしてみせる。

 

「はン、なるほどね。……ガキにしちゃ用意周到じゃないのさ。でもさァ、話の筋がおかしいじゃない? 別れたいってあの人が言ってくるならともかく、娘のあんたにどうこう言われるのは心外だねぇ」

 

にやつきながら絡みつくような視線を送ってくるけど、私は見切っている。この女は、……駆け引きをしながら同時に私との間合いをゆっくりと詰めている。

 

こいつが欲しいのは、私の『まだお父さんには話してない』っていう言質。父親を悲しませたくない娘が独断で動いているなら……あのときと同じ。ここで私を行方不明にしてしまえばいい、そう判断する。

 

……前は不意を突かれたけど、わかっていてこの程度の女にどうこうされるような私じゃない。

 

「お父さんはこういうの苦手なんです。お母さんと別れるときも、ずいぶん取り乱しちゃって大変でしたから」

 

こいつにとって都合のいい答えをわざわざくれてやる必要はない。

 

「手切れ金とかはいりませんよね。この半年くらいで、ずいぶんいろいろとお父さんに買わせてますし」

 

マンションの頭金を払う前に動けたのは運がよかった。

 

まだお父さんの金銭感覚は致命的なところまで壊れきってはいない。まだ……やり直しがきくんだ。

 

「……ハ、取りすましちゃって気に入らないねぇ」

 

また一歩間合いを詰めながら、声にわずかに凄みを滲ませてくる。……まだ、私がただの小娘だと思っているらしい。なんておめでたい女。

 

「なら、気に入るように話してあげる。……さっさと手をひきゃ、命だけは許してやるって言ってんだよッ!」

 

振り向きざまに『礼奈』の顔に戻って言ってやると、一瞬息を呑む気配があった。

 

「勘違いするな、売女。私はあんたにお願いしてるわけでも忠告してるわけでもない。命令してんの」

 

この一瞬だけ、瞳に本気の殺意をこめて数センチの距離まで間合いを詰める。

 

「……ハハ、こりゃ驚いたね。猫かぶってるとは思ってたけど、あんたもとんだアバ……ぎっ!?」

 

死角から私の首へ伸ばそうとした手を視線をそらさないままでつかみ、握りつぶさんばかりに手首を締める。

 

「はぁ、なにそれ?……見え見えなのよ、そんな安っぽい手口。本気で喧嘩売ってるんなら、買うけど?」

 

「なめんな、このガキャ……ッ!?」

 

リナが一歩足を引いて蹴りの姿勢に入った瞬間に顔面に頭突きを入れ、同時に両手を解放する。

 

……それは私の両手も自由になったことを意味する。

 

一瞬で右の平手を往復させ、左手をストレートの形で顔面へと送り込む。

 

「……ヒッ!?」

 

左の人差し指と中指が、正確にリナの眼球1センチのところに静止していた。

 

がくがくと身を震わせ、その場にへたりこむリナ。

 

「……レナがその気なら、失明してたね?」

 

くすくすと冷笑を響かせてやる。

 

「なめてるのはどっちかわかった?……くぐった修羅場の数が違うのよ、オバサン」

 

もはや泣きそうになってこちらを見上げてくるリナへと歩み寄り、脇腹を靴のつま先で蹴ってやる。恐怖で身体が動かないのだろう、リナはくぐもった悲鳴をあげながらその場に横倒しになった。

 

「ひぐっ、や、やめて……れ、礼奈ちゃん。わ、わかった、わかったから。お父さんとは別れます、だから」

 

「安心してください、リナさん」

 

にこりと笑みを浮かべてリナの手をとると、左手の薬指からお父さんが贈った指輪を乱暴に抜き取る。

 

そしてこれみよがしにその指をいじりまわしながら、

 

「リナさんに殺す価値なんか全然ないですから。でもレナ、あなたの顔は大ッ嫌いだから次にレナの視界に入ったら……うん、レナのお父さんに美人局なんか仕掛けようとしたことを、死ぬほど後悔するような目に遭わせちゃおうかな、……かな?」

 

目を細めながら軽く指を反らせると、みしりと骨が軋む音がした。

 

「い、いやぁあぁ、許して、許してぇ!」

 

耳障りな泣き声。……ほんと、反吐がでそう。

 

「あはははは。……ちなみに、北条鉄平さんを連れてこようとしても無駄ですよ?」

 

「……ぇ、へ?」

 

そこで、隠れていた魅ぃちゃんが姿を現す。

 

「知ってます?……あ、リナさんみたいな末端の従業員じゃ知らないかな。レナの友達の魅ぃちゃんです」

 

魅ぃちゃんはいつもの部長の顔じゃなく、冷厳さの塊のような表情でリナを見下ろしていた。これが多分、園崎家の頭首として振る舞うときの魅ぃちゃんだ。

 

「……園崎魅音と申します。以後、お見知り置きを」

 

低い声音でそう言いながら、まるで虫けらを見るように不愉快そうな様子でリナを眺め回した。

 

リナのほうは、噂に聞く園崎家の頭首代行として雛見沢を仕切る少女であり、自分の属する園崎組の跡取り娘でもある重要人物の登場に青くなった。

 

「さきほどの、私の友人への無礼な振る舞いについては不問とします。知らなかったことに責を問うのは理不尽というもの。……そうでしょう?」

 

「は、はぃっ……そ、そそ、そうです、し、知らなくて……あ、あたしっ、知らなかったんですっ!」

 

魅ぃちゃんの慈悲に縋ろうとその場で土下座するリナ。

 

本当に、殺す価値もない女だ。

 

「……でも、もう知ってしまった」

 

およそ相手を人間扱いしていない口調。

 

まるで覚えの悪い動物にこれから鞭打とうとするかのような冷酷さがこもっている。

 

「彼女が私の友人だと知っていてあなたがこれからどう行動するか。……その答えによっては、あなたは私の顔に泥を塗ることを選んだと思っても構いませんね?」

 

ぞっとするような宣告だった。この鹿骨市で、園崎の名を敵に回せばどうなるか……園崎のお店で働く彼女が、知らないはずはなかった。

 

これで鉄平やそれ以外のちんぴらを引き連れて報復に出る手段も断たれた。荒事の実力では私にかなわず、魅ぃちゃんの権力にがんじがらめにされ、もはやリナに選べる道などそう多くは残っていない。

 

「ひっ、ひっ……ひ……っ!」

 

嗚咽を漏らしながら、地面に額をこすりつけるリナ。

 

「あなたにその気があるなら、葛西を通して穀倉の姉妹店に話をつけてあげましょう。……私もこの子に、余計な前科はつけさせたくありません」

 

魅ぃちゃんは軽く私の肩に手を置いて、そのまま背を向けて歩み去る。魅ぃちゃんの言ったのは文字通りの意味だけど、リナは間違った方向に深読みをしたようだ。

 

「あ、ありがどう、ご、ございまずっ……!」

 

たぶん彼女の頭の中では、私は魅ぃちゃんが将来頭首を継いだときに邪魔者を始末するために育て上げた懐刀だとか、そんな想像ができあがっているに違いない。

 

みっともない土下座を続けるリナを置いてダム現場を去った私たちは、道を数百メートルもいかないうちに、

 

「あっははははははは!」

 

こらえきれずに笑い出してしまっていた。

 

「あっひゃっひゃ、あいつの顔見た!? 涙と鼻水で化粧流れてめちゃくちゃで……あぁもう、面白すぎ!」

 

「あっははは、魅ぃちゃんカッコよかった! 脅し方が漫画にでてくる悪役みたいだったよぅ!」

 

「いっひっひ、それ言ったらレナだって、どこのスケ番だよぅ! 隠れて見てて噴きそうになったんだから!」

 

「はははは! いやほんと、ありゃ傑作だったぜ! 俺なんか途中までマジで怖かったもんなぁ!」

 

「レナだって笑いをこらえるの大変だったよ! でも、これでもうあの人がお父さんに近づくことは……」

 

ぴたりと足を止める。

 

なにかいま、聞こえてはいけない声が聞こえたような。

 

見れば魅ぃちゃんも笑っていた顔のままで凍っていた。

 

ふたり同時にぎぎぎぎ、と首を回転させ……振り向く。

 

そこに、圭一くんが立っていた。

 

「……あ、いや。村を見物がてら散歩してたら、なにか剣呑な声が聞こえたからさ」

 

ちょっと気まずそうに笑う。

 

「レナがピンチになったら飛び込もうかと思って様子をうかがってたんだ。……いやぁ~、でも二人ともマジで迫力あってかっこよかったぜ!」

 

バッチリだ、とばかり笑顔で親指を立てるその顔面に、私の拳が数発続けて弾け、マシンガンみたいに打撃音がつながって聞こえた。

 

「うわぁぁあぁあんっ、記憶を失えぇええぇっ!?」

 

「ぷべらっ!?」

 

コンボをつなげまくる私に、魅ぃちゃんが抱きついて動きを封じ、必死で止める。

 

「レナぁ、圭ちゃんもう意識とんでるってぇ!?」

 

はっとして動きを止めた瞬間、どさりと圭一くんの身体が地面に倒れ落ちる。

 

恋する乙女として好きな人に絶対見られてはいけない姿を見られた上、またもやこのパターン。

 

……あとは、ほんとうに都合良く彼の記憶が飛んでくれることを神様にでも祈るしかなかった。

 

たすけてオヤシロさま……!(切実)

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