ひぐらしのなく頃に 時明し編 (圭一×レナ)   作:晃晃

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時明し編(5)夜空に光る星を見上げて

「ありがとう魅ぃちゃん! 圭一くんと、すこしだけどちゃんとお話できるようになったよっ!」

 

電話越しにそう伝えると、魅ぃちゃんの明るい笑い声が返ってくる。

 

『あっははは、そりゃ何より! すこ~し妬けるけど、レナがすっごく嬉しそうだから圭ちゃんちに闇討ちするの、今日のところは勘弁しといてあげよっかなぁ!』

 

「わわ、ダ、ダメだよ魅ぃちゃん!? 今日じゃなくても、そんなことしたらダメなんだからね!」

 

慌ててそう言って、すぐに二人で笑い合う。

 

……これも魅ぃちゃんが応援してくれるおかげかもしれない。それに、あんなに私のことを考えてくれるなんて思ってなかったから、圭一くんにも感謝しないと。

 

『……ま、そっちは片づいてよかった。こっちの話も、してもいいかな?』

 

笑い転げていた魅ぃちゃんが口調を改めて本題に入る。

 

「あ、うん。……どうなったの?」

 

『リナについては、問題ないよ。穀倉の店で引き取ってもらうことにしたから。本人の強い希望があったってことでね。くっくっく!』

 

それは良い報せだった。

 

お母さんと同じくらいに大嫌いな女だけど、自分の手で殺すのも、誰かが殺してくれたと聞くのもやっぱり後味が悪いから、どこかへいってくれるのが一番いい。

 

私が穀倉に出ることなんてめったにないから、もう会うこともないだろう。

 

『そうそう、レナのお父さんにもよかったらなにか興宮でできるような仕事、紹介しようか?』

 

「……う~ん、魅ぃちゃんの紹介してくれるお仕事は、お父さんには勤まらない気がするなぁ」

 

ちょっとからかう目的で言ったら、魅ぃちゃんはむくれた調子で返してきた。

 

『ぶ~。ちゃんとカタギの仕事だよ。デザイナーの技術はあんまり活かせないかもしれないけど、基本は机仕事だからどうかな?』

 

事務関係なら、お母さんのサポートをしていたこともあるからお父さんなら勤まるだろう。

 

「うん、今度話してみるね。ありがと、魅ぃちゃん☆」

 

『えっへへ、レナのためなら、お安い御用だよ~☆……それより、厄介なのは鉄平のほうなんだよ』

 

「……え?」

 

すこし、雲行きが怪しくなってきた。

 

鉄平はリナのヒモなんだから、当然リナについて穀倉にいくものとばかり思っていたんだけど……。

 

『それがね、リナとは別れるって本人が言い張ってさ。あいつ、カタギになるから仕事を世話してくれって言い出したんだよね』

 

……は?

 

ヒモ生活から脱却して、真人間になるってこと?

 

「み、魅ぃちゃん、それっていいことじゃないの?」

 

あいつがそんな殊勝な人間には見えなかったんだけど。

 

『ま、世間一般で言えばそうなんだけどさ。……レナのお父さんとは違ってガタイもいいから、仕事の口なんていくらでも見繕ってやれるんだけどね』

 

なるほど、肉体労働者とかテキ屋なら似合いそうだけど……でもどうして魅ぃちゃんは、あっ!

 

「ま、まさか魅ぃちゃん、鉄平は……」

 

『……そう。雛見沢の家に帰るって言ってるんだよ。というか、そう言って出ていったって話だから、今頃はもう帰ってるかもしれないね』

 

なんてことだ。

 

……鉄平が戻ってきたのは、確かにいい報せじゃない。

 

リナを殺さずに遠ざけさえすれば、あいつも一緒にいなくなるものとばかり思いこんでいたけど、事はそう単純じゃなかったんだ。

 

あいつが帰ってくれば、沙都子ちゃんが危ない……!

 

「魅ぃちゃん、ごめん。いったん電話切るね! レナ、梨花ちゃんのお家にかけてみるよ!」

 

『あ、う、うん。なにかわかったら、連絡ちょうだい』

 

受話器をいったん置いて、梨花ちゃんの家の電話番号をダイヤルする。たった5桁の番号を回す時間が惜しい。

 

落ち着け、竜宮レナ。クールになれ。

 

あの男は暴力で食べている人間だ、真正面からやり合えば本気の私でも勝率は五分以下。使い慣れた得物があれば互角までは持ち込めるけど、すこし心許ない。

 

とはいえ、夢の中でやったような、一撃で殺すような不意打ちを仕掛けるわけにはいかない。せっかくリナを殺さずに済ませたのに、ここで過ちを犯すわけにはいかないからだ。なるべく穏便に済ませないと。

 

魅ぃちゃんの話からすると鉄平は正式な組の構成員じゃないみたいだから、カタギになると言い出せば園崎組の力でそれを妨害することはできない。せいぜい仕事をさせないとか消極的な妨害ならできるかもしれないけど、それでは沙都子ちゃんを救うのに役に立たない。

 

なにかないか、なにかないか、なにか……!

 

『ボクなのです……』

 

つながった。すこし暗い声の梨花ちゃんが出る。

 

「梨花ちゃん! レナだよ、あの……さ、沙都子ちゃんは……いるかな。かな!?」

 

『みぃ……いないのです。沙都子は北条の家に、帰ってしまったのです。お買い物の途中で、叔父が現れて……沙都子を、連れていってしまったのですよ……』

 

最後のほうは、すこし泣きそうな声だった。

 

……やっぱり、もうそんなことになってたのか!

 

「……わ、わかったよ。ごめんね梨花ちゃん、レナに任せて。レナ、がんばるから!」

 

『み? レナ、なにを……』

 

受話器を置いた。

 

私は愛用の鉈をひっつかむと、すぐに玄関を飛び出して停めてあった自転車へと飛び乗った。

 

北条の家まで自転車なら1000秒もかからない!

 

といっても街灯の少ない夜道だから全力で漕ぐわけにもいかないし、あの男と対峙したときに対処できるだけの体力は残しておかなきゃいけない。

 

大丈夫だよ、沙都子ちゃん。すぐに助けてあげるから!

 

沙都子ちゃんも私にとってなくてはならない大切な仲間の一人。あんな奴に壊されるなんて、許せるものか!

 

「沙都子ちゃーん!」

 

北条家の前につくなり、自転車から飛び降りて玄関の扉を叩く。声が返ってこないなら、玄関を破ってでも侵入するつもりだったけど……中からどすどすという足音が響いてきて、勢いよく玄関の扉を開けた。

 

現れたのはパンチパーマの体格のいい男、北条鉄平!

 

「なぁんね! やっかましぃわ!」

 

とか怒鳴られると思って身構えていたけど、違った。

 

「おぅ、沙都子の友達かい! 助かったわぁ、ちょっと沙都子に言ってやってくれんね」

 

人相の悪い男が、心底困り果てたという顔でそんなことを言い出すものだから、戸惑うしかなかった。

 

「わしは真人間になるつもりで戻ってきたのに、沙都子が信じてくれんね……無理もないのはわかっとる。けどやり直す機会くらい、与えてほしいんよ!」

 

熱い瞳で語るな、暑苦しい。

 

……と切って捨てれば話は早いんだけど。

 

さすがにその真剣な様子を見てしまうと、嫌とも言い出せずに招かれるまま居間へと通される。

 

「あ、レ、レナさん!」

 

部屋の隅で泣いていたらしい沙都子ちゃんが、私に気づいて声をあげる。

 

「た、助けてくださいまし! 叔父様が、叔父様が変なのでございますわぁ~! ふわぁあぁああん!」

 

沙都子ちゃんは普段から泣き虫だけど、こんな場面では泣かない気丈さも持ち合わせているはずなのに。

 

でも、壊れているとかそういう泣き方じゃなくて、不気味なものに戸惑ってどうしていいかわらずに、心細くて泣いているという風情だった。

 

「変っちゅうのはひどいんよ……沙都子ぉ、放っておいたことはこのとおり、謝る! だからワシに、もう一度家族として沙都子を守ることを許してほしいんね!」

 

土下座だった。

 

……先日のリナがやってみせたその場をやりすごすための格好悪い土下座じゃない、心の底から相手に許しを乞い、誠意を伝えたいことを示すための自然な形。

 

大の男が丸くなって頭を畳にこすりつける様は、確かに……沙都子ちゃんでなくても泣きたくなるくらいに不気味な光景ではあった、と言ったらすこし可哀想か。

 

……というよりも、この粗暴そうな男にこんな一面があったというのが意外でならない。

 

夢の中で騙し討ちを仕掛けて脳天を叩き割ったあげく、死体を容赦なくばらばらにして埋めてしまったのがなんだか申し訳なくなるくらいに。

 

「お、叔父様がいまさらそんなこと言っても、し、信じられるわけ、ありませんわぁ!」

 

叔父の不可解な行動に説明のつかない不気味さを感じただろう沙都子ちゃんは、聞く耳をもたない状態だ。

 

「あ、あの……沙都子ちゃん、お話だけでも、聞いてあげたらどうかな。レナが一緒にいるから。お話を聞いてそれでも許せなかったら、レナと帰ろう?……だめ?」

 

すこしかわいそうになってきたのでそう説得してみる。

 

逃げ道を用意したのがよかったのだろう、沙都子ちゃんはすこし考えるそぶりを見せたけど、ぱっとこちらに駆け寄ってきて、私の後ろに隠れた。

 

「……レ、レナさんがそう言うなら、お話だけは聞いてさしあげますわよ!」

 

私の後ろで強がっても、あんまり意味ないと思うな。

 

でも鉄平はそれで構わないというように頭を上げ、まっすぐに沙都子ちゃんのほうを見た。

 

「……沙都子、ワシはな。ゴロツキみたいな人間じゃ」

 

みたいじゃなくてそのものです。

 

たぶん沙都子ちゃんも内心で私とまったく同じツッコミを入れたことを確信する。

 

「けどな、最初はそうじゃなかったんよ。ワシの兄貴……沙都子の父親は、ワシよりもっと大きくてもっと強かった。ワシは小僧の頃、兄貴の背中に隠れてばかりの、弱っちぃガキんちょじゃった」

 

なにか意外なことを聞いてしまった気がする。

 

……沙都子ちゃんの最後のお父さんとは面識がないけど確かに物凄く怖い人だったとは聞いてるかな。

 

「ワシも大きくなるうちに、隠れてばかりじゃいかん、守られてばかりじゃいかんと思うようになった」

 

沙都子ちゃんがはっと息を呑んで顔を上げる。

 

「兄貴には生意気言うなって小突かれた。ワシはそれが気に入らなくて、ことあるごとに兄貴に刃向かうようになったんじゃ。……そのうち、度胸もついて、ガタイも大きくなってきて、守られるばかりじゃなくなった。そうしたら、兄貴はワシを笑ったんじゃ」

 

沙都子ちゃんはもうしゃくりあげるのをやめて、黙って聞き入っていた。自分と悟史くんとの関係に置き換えて聞いているのかもしれない。

 

「ようやっと強くなったな、弱い奴は守ってやるのが家族じゃ……と言って笑ったんじゃ。ワシはずっと馬鹿にされてたんだと思って相変わらず兄貴のことを嫌っとった……けど、最近ようやくわかったんね」

 

両の拳を畳にあてて、歯噛みする。

 

「悟史じゃ」

 

ぴくり、と沙都子ちゃんが肩を震わせる。

 

「……沙都子をかばって、胸を張って立っていた悟史の顔、あれがワシを守っていた兄貴の顔だったんじゃ。誰に頼まれたわけじゃないのに、誇り高く自分の家族を守ろうとする顔。悟史は沙都子が強くなるまでの間、守ることを当然だと思っとったんじゃ!」

 

鉄平の吠える声は、決して上品なものじゃない。それどころかもう嗚咽まじりになっていて、汚くて見苦しくて不様で……でも、気高さをそこに感じてしまう。

 

家族を守るのは当然。……私がお父さんを守ろうとしてこの人を殺したのも、その想いに駆られてのことだったのは、なんて皮肉で滑稽な偶然だろう。

 

「けど兄貴は死んだ。悟史もいなくなった。二人とも、沙都子を守るのが嫌になっていなくなったわけじゃあないんね、沙都子を守れなくて、守ってやれなくて、悔しくて悔しくてしょうがないはずなんよ。……けど、ワシは守れる。沙都子のそばにいて守ってやれるのは、今はワシだけじゃ。兄貴はもう帰ってこないけど、悟史は帰ってくるかもしれん。沙都子が嫌なら、悟史が帰ってくるまでの間だけでもいいんじゃ、ワシを男にしてくれ。家族も守れないまま、愚図のゴロツキなんかで終わりたくないんじゃ。どっかでくたばるとしても、ワシはワシの家族を、沙都子を守り抜いたんじゃって胸を張って兄貴のところへ逝けるようにさせてほしいんね!」

 

一気に叫び、鉄平は……沙都子ちゃんの叔父さんは、泣いた。声をあげて泣いた。

 

気づくのは遅いけれど、それは今の私も同じ……その後悔が、私を、そして彼をいま走らせている。

 

あのときこうしていれば……なんてことを、もう二度と思わなくて済むように。せいいっぱいやったんだから、もう後悔はないと、笑って最後を迎えるために。

 

物語の終わりは、笑顔がいい。

 

悔いも憂いも諦めも、そんなの全然似合わない!

 

「……信じ、ますわ」

 

ぽつりと、沙都子ちゃんが口を開いた。

 

「叔父様を、信じますわ。だって……わたくしも、私も……おんなじ、だから!」

 

顔をあげた沙都子ちゃんの頬を、大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちていた。

 

「にーにーは、私を守ってくれた! いつだって守ってくれた、自分が傷つくのも構わずに守ってくれた! でも私だって、にーにーを守ってあげなくちゃいけなかったのに! にーにーは強い人じゃなかった、それなのに痛みも悩みも苦しみも全部自分で抱え込んで、私を守り続けてくれた……! 私が強くなって、にーにーを守れるくらいに強くなっていれば、きっとにーにーはいなくならなくて済んだんだもの!」

 

沙都子ちゃんが、叔父さんのところへ飛び込んでいく。

 

二人は抱き合って泣いた。

 

あたりかまわず大声で、みっともなく泣いた。

 

でもそれは、二人にとってきっと必要なことだった。

 

家族になるための、儀式だから。

 

……もう、私がここにいる必要はないかな。

 

そっと席を立って廊下へ出ると、そこに魅ぃちゃんが立っていた。軽く目をこすってから、笑顔をみせる。

 

「ほらね、レナ。……いかにも凶悪そうなコンビが結成されちゃったでしょ。おじさんはこれを恐れてたワケ」

 

冗談めかして言うけど、さっきまでの話を聞いて泣いていたのは見え見えで、沙都子ちゃんのことを喜んでいるのもバレバレだ。本当に魅ぃちゃんは素直すぎる。

 

「梨花ちゃんから、レナが早まったことをしないように止めてくれって言われて来たけど……やっぱり、余計な心配だったね。帰ろ、レナ」

 

「うん……、そだね」

 

小さく笑い合って、私と魅ぃちゃんは玄関から静かにお暇することにした。

 

……たぶんこれは、魅ぃちゃんの見た夢と同じか、似たような顛末なんだろう。私が叔父さんを殺さなかったらあの夢の世界もそうだったかもしれない。

 

……いや、理由はわからないけど、そうじゃない。

 

これはやっぱり奇跡のようなことで、本来の叔父さんはもっと意地悪で、沙都子ちゃんは壊れてしまう、それが普通の成り行きなんだと心のどこかでわかっている。

 

だからこそ、この世界で起きた奇跡を喜ぼう。

 

こんな美しい奇跡は、そうそう起こるわけがない。

 

「守っていかなきゃね……」

 

魅ぃちゃんが星空を見上げて、ぽつりと呟く。

 

「家族を、仲間を……雛見沢の、みんなを」

 

とても綺麗な笑みを浮かべてそう言った魅ぃちゃんの横顔に……思わず見惚れて、どきどきしてしまう。

 

こんなレナは、いけない子かもしれません……。

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