異世界チハたん(九七式中戦車)無双〜聖女召喚されたけど捨てられました~ 作:LA軍
豪奢な尖塔が立ち並ぶ巨大国家の都。
王都の中央、王城地区にて──……。
ぶおーん!
キキキィィイッッ!!
腹に響く重低音が王城地区内に響き渡り、
鋭いブレーキ音が、城内の質の悪いガラスを叩くその振動に、多数の女官が慌てて室内から飛び出してきた。
彼女たちが向かう先はもちろん──。
「エミリさま!」「聖女さま!」
わらわらと、あっという間に二けたを越す侍女が集まると、聖女ことエミリを取り囲んだ。
もちろん、アイツが乗るランボルギーニごとね。
しかし、心配そうな顔をした次女の表情など気にもしないのか、
優雅な足取りで運転席から降りるエミリはといえば、滑らかな音を立てて扉を閉めるとともに、車の鍵をポーイと女官にむかって投げると一言。
「磨いといてくださる」
「は、はいぃぃ!」
それを慌てて受け取ってしまった侍女はと言えばと、真っ青な顔で、仲間を振り返るが、その他大勢は彼女から距離をとるようにそサササーッと散っていく。
そりゃそうだ。
誰だってエミリの乗る車に手なんて付けたくないもん。
そうして、女官たちが散ってしまえばここに残るは、ランボルとエミリ。
そして鍵を受け取ってしまった侍女と遠巻きに彼女らを見つめるその他大勢だけ。
……ていうか、鍵をわたしてどうするつもりなんだか。
ここは、高級ホテルじゃねーんだぞ?
っと、誰かが突っ込んでくれるならともかく。
残念ながらここは異世界。ツッコミ役になりそうな唯一の人物は遥か彼方でチハたんを駆っている。
なので、代わりに登場したのはそう──。
足音も高く、態度もデカそうな人物しかいなかった。
「おおぉ! エミリ! エミリか、お前どこにいっていたのだ?!」
やってきたのはもちろん、例のおーじ様だ。
そして、なんとまぁ、
この王子ってば、女官が止めるのもガン無視して、男子禁制のエリアにズカズカとやってくるではないかー。
相も変わらず空気も読まずにその傍若無人っぷりに、付き従う侍従たちも呆れ顔。
もっとも、だからと言って止まる男ではないのは明白だ。
一方で、
こっちはこっちでそんなこと全く気にもしない。
なにせ、エミリだ。
九条院エミリさまだ。
この国の習慣なんぞクソくらえといわんばかりの日本出身なのだから、当然のこと。
そもそも、このエミリ様が何者にも頷くはずがないのだー。
それどころか、おーじを見るなり、カツンッ! とヒールの高い靴を合わせる音を出すと、なぜかモデルポーズ──……そして、顎をあげて上から目線をつくると、いけしゃあしゃあと
「あ~ら。王子様。ご機嫌いかが?」
ずるっ!
「ご、ご機嫌もなにも、どこに行ってたのかと聞いている!」
さっそく勢いを削がれたおーじがカクンと肩を落とすも、
それに気づいているのかいないのか、こともなげに言うエミリ。
「もっちろん視察ですわ~」
「し、視察だぁぁ?!」
これには、おーじもさすがに毒気を抜かれたのか、
この地区から出ていってください、と詰め寄る女官を振り払うくらいしかできず、最初の勢いはどこかへ消えてしまった。
「い、いやまぁ、それは結構なことだが……。お前、その──そ、そろそろ魔族討伐のついて真剣に考えてくれんか?」
「考える??」
なにをと言わんばかりに首をかしげる。
悔しいが美人なのですげー
だからだろうか?
その後に続く言葉には何者も反論できない力強さがあった。
「──考えるもなにも、それならばまずは計画をみせてくださるかしら?……まさか、
そういうなり、かけていたサングラスをずらしとチラリと視線を交差させる。
こうすることでただ睨むより効果があるとエミリは経験則として知っている。
なぜ?
それはエミリだからだ。
「ぐっ。そ、そこまでは言っておらんが──その、せ、聖女ならば軍の先頭に立てば、それだけでも兵の士気は上がろうというもの」
「……ふっ。面白いことをいいますね? つまり、
この私に? と続けて、腕を組む。
おまけに、暗にくだらないと……いや、暗に言うような女ではないので、態度で示しつつ鼻で笑う。
さ、さすがエミリだぜー。
「そ~んなことよりも、こちらが頼んだ件はどうなってまして?」
「んな?! そ、そんなことって、お前──」
「な・に・か?」
ジロリ。
「い、いや。……な、なんでもない。だ、だが、頼んでいた件とな?……な、なんだったろうか?」
帰ってきたら、散々に問い詰めようと待ち構えていたはずの王子であったが、
まさかまさか、逆に問い詰められるとは思わず、ただただ、たじたじだ。
「はぁ……。まーたですの?? 何回言えば覚えられるのかしらぁ? 人にあれをやれ、これをやれと言う割に、そちらは一体全体何をしてくれたのですのぉ~?」
「ぐ、ぐむぅぅ……!」
二の句が継げない王子。
や、やはりすげぇぜ、エミリ。
「はぁ~~あ。その様子だと本当に覚えていないようですわね。……しかたないのでもう一度教えて差し上げますけど──石油ですわ、せーきーゆー。その調査のことですわぁ」
「せ、せきゆとな?」
「もっちろん、正確にいうなればレギュラーガソリンとかハイオクが欲しんですけどぉ……。こんなクソみたいなド田舎にあるとは期待しておりませんので、まずは原料から──。……あらぁ、その顔ってば、もしかして、調達どころか調査も何もしてないんですのぉ~~??」
くすくすと笑うエミリのせいで一瞬で顔は真っ赤になるおーじ様。
しかして、これしきで怒ってなるものかと、なんとか堪える……。
「ぬ、ぬぬぬ……! な、なにもしてないはずがなかろう! そ、そのあれだ──配下のものに指示をして国内のみならず、友好国にも確認をさせている。もちろん、商人経由で世界中をな!」
それだけ言って、「どーだぁ!」とふんぞり返る王子であるが、それを見ているエミリは肩をすくめるのみ。
それどころか、サングラスをかけ直すと小さく嘆息して言った。
「……つまり、なにも成果はないのですね」
「ッ!」
図星だ。
実際、石油なるものの捜索ないし、商品があるかの問い合わせをしているとことなのは事実なのだが、
それがすなわち目に見える成果かといわれると──……
「あっきれた……。まさか、『今、頑張っていますー』で、評価してもらえるとでも?……そんなのは小学生のうちに母親限定ですわよ」
「ぐぬー!! しょ、しょうがくせいが何かは知らんが、やることはやっている!!──お、おい、あれを!」
指をパチンッ!
顔を真っ赤にした王子が指示を出すと、
背後に控えていた侍従が、おずおずと盆にのったそれを差し出してきた。
「ほ、ほら、これだ!──これなら文句はなかろう」
ゴトッ。
そこにあったのは、雑なつくりに瓶のなかに詰まった黒い……
「おや、それは?」
「ふ、ふん! どーだ? お前が言う通り、悪臭のする水──火を近づけると燃えるという、それよ。……実物を見たのは始めてだが、特徴は揃っておろう? これはなぁ、遠方の商人が車軸のグリスに使っているものだそうだ!」
えっへん。
「……へぇ、グリスですの?」
そういうなり、チラリと瓶に一瞥だけをくれるエミリ。
しかし……。
「で?」
「ふふんっ。正直、お前に言うほどのでもないので、黙っていたのだ。だが、成果がないなどと言われては黙っておれんわなぁぁ~」
わーははは! と、今度こそ勝ち誇る王子。
っていうか、なにと戦っているんだか──。
「まぁ~、そうですの。それはそれは、結構なことですけども──……」
ジロリ。
「こーんなタールのようなものを持ってこられてもねー」
フッ。
もはや、一瞥するどころか手にもとらない。
それどころか、一笑に付す始末。どうやら──というか、当然エミリのお眼鏡にかなう代物ではなかった様子。
これには、おーじをして顔をさらに真っ赤にするしかない。
「んな! ち、違うのか?! しかし、これ以上のものは国内には──」
「ま~~~ったく違うわけではありませんことよ。……ただ、質が悪すぎますわぁ」
タールと石油ではちょっとねー。
そういうなり、瓶を指ではじいてもはや興味すら示さない。
「そ、それなんだが……。本当にこの石油だかなんだかとかいうものから、ガソリンやハイオクなるものができるのか? お前のランボルギーニから少し採取させてもらったが、似ても似つかないが……」
「あたりまえですわー。私も専門ではないので、詳しくはありません。ただ、たしかこう──色々加工すると聞きましたわね」
「そ、そのやり方は?」
「そんなの
「んぐーッ!」
おっほー!
言い切ったエミリに再び黙り込む王子。
まぁ、王子からすれば、急にガソリンだなんだと言われてもねー。
なにせ、ここは剣と魔法の世界だ。
ガソリンの精製技術などあろうはずももない。
もっとも、そんな理屈がエミリに通用するはずもないけどね。
──なぜならエミリだから。
「はぁ。……まったく、ガソリンひとつ作れないなんて。
「ぐ!」
ぐむむー……と、何も言い返せずに顔をさらに赤くするしかない王子。
しかし、言われっぱなしは性に合わないらしい──。
「そ、そう言われてもだな! いきなり、ガソリンなどという未知の物資を用意しろと言われてもだなぁ!」
そりゃそうだ。
「なら、そーいうののプロフェッショナルはいないのかしらぁ?」
「あ、あのなぁ! そんなに都合よくガソリンのプロフェッショナルなど、早々そこらにいるはずが……」
ん?
あれ??
……ガソリンのプロフェッショナルとな?
そこまで言ったとき、
ふと、その言葉にひかっかりを覚えたおーじ様であったが、エミリのキッツい態度にすぐに霧散する。
「い、いや! そもそも、それを手に入れてどうする? 別にそのガソリンだの、車だのがなくとも、お前のスキルで聖女として魔族と戦ってくれればよいのだぞ」
「冗ぉ談ッ! なんともまぁ、馬鹿な事いいますわねぇ。……ではなんです?
「お、愚かだと?! お前は、そのための聖女召喚だぞ! そのお前が働かないなら誰が──うッ!」
そこまで言われたとき、
エミリは、どこからともなくだした成金趣味の扇子をとりだし、ビシィ! と王子に向けた。
「……馬鹿も休み休み言いなさい。聖女一人でどうにかなるよう戦場なら、とっくの昔に何とでもなっているはずです。そもそも、
「そ、それはそうだが──」
痛い所を突かれた気持ちで歯噛みする王子。
実は、聖女召喚はこれまでに何度も行われている。
そのたびに成果は出ていると言えば出ているのだが、魔族は今現在も元気いっぱい活動中──つまり、何も変わっていないのが事実だ。
しかし、だからといって女に言い負かされてはなるものかと、おーじ様はなんとかは食い下がる。
「──それとこれは別であろう! お前を呼んだのは確かに我らの都合ではあるが、それとは別に、お前はここにきてずっとランボルに乗って観光をしているだけはないか!」
「それのどこがいけないのです? そもそも、観光ではなく、視察と言っているでしょう」
いや観光じゃん! とこの場にいた全員が頭の中だけで突っ込む。
もっとも、それをいちいち口にはしないけどね。
「その観光だって──こほんっ、視察だってまともに見れる都市がいくつありましてぇ? どこもかしこも、まったく酷い道だらけですし、そもそも、どこも国内にほとんど見るべきものは見れないじゃないの」
「そ、それは──」
「ふんっ。偉そうに戦争だの、魔族だのと語るよりも、まず道を整備なさい。道を」
バシンッ!
それだけ言うと、今度こそ扇子を閉じると、もう用事はないとばかりに視線を切るエミリ。
そして、あとはもう話はないとばかりに、さっさと背を向けて自室へ去ってしまった。
……しーん。
「んなぁ?!」
当然、一拍遅れて反応したのは、あとに残された女官たちと王子。
あまりにも当然の顔で言い切るものだから、全員をして茫然自失。
それどころか、まるで、巨大な嵐が去ったかのようにあり様に、王子をして自尊心を保つために叫ぶしかなかった。
「……く、くっそがー!! なんなんだ、あの女はぁぁあー!」
あの女はぁぁ……。
女はぁぁ……。
王城の壁に王子の絶叫が反響し、ますます場が静まり返る。
「はぁはぁ。……くそがっ!!」
怒気を吐いてなんとか気を落ち着けるも、まったく気分が晴れないのか、顔が真っ赤だ。
「お、王子、いかがなさいます?」
「いかがも、なにもあるか!!」
ド畜生ッ。
「お、おのれー。なんとも、使い勝手の悪い聖女が来たものだ! おい、神官長はどこだ?!」
「……こ、ここにおりますが」
よぼぼ、と現れたのは、
いつぞや、エミリを召喚した場にいた責任者の老神官だった。
「そこにいたか、神官長!──いったい、なんなんだあの女は?! 言うことは聞かないわ、気位は高いわ、金遣いは荒いわ、あげくにガソリンだっぁあ?!」
「お、王子落ち着いてくだされ」
「これが落ち着けるか!!」
あの聖女をうまく使わないと、今後の評判にも関わるのだ。
無理を押しての聖女召喚は、予想以上に王子の立場を危うくしていた。そう、王子の名がつく通り、この国には国王がいまだ健在だ。
後継者候補だってたくさんいるわけで、王子さまは未だ太子として認められていなかった。
それらの理由から、一刻も早く目立つ成果を上げようと聖女召喚の儀式を行ったのだが、このままでは──。
ぐぎぎぎ……!
「と、とにかく今は聖女様の機嫌を損ねないように、言うことを聞いておきましょう。
「影響力だけあったところで、使い物にならんのではむしろ邪魔ではないか!!」
くっそー!
「しーっ! 滅多なことを申されますな! 聖女様信仰は、この国に根付いておるのですよ? それを
「ちっ! 分かってる。し、しかしだなぁ!」
おーじだって、面と向かって聖女ことエミリと敵対したいわけではない。
ちゃんと魔族と戦うなり、それなりのことをしてほしいだけだ。
「そ、それでしたら、まずは聖女様に貸しをつくしましょうぞ? さすれば、そのうちにご自分の使命を自覚されるかと」
「ふむ。貸しか……」
つまり、ガソリンの捜索と道の整備。
「……くっ。やむを得ないか」
まったく無駄な金と人手だが、仕方ないと割り切るしかないのだろう。
なにせ、あの聖女の声は無視できないし、そもそも、誰もが聖女の声を聴いているし、見ている。
つまり、それを
「はぁ……仕方ない。まずは道の整備とやらに取り掛かるとするか」
「えぇ、それと並行してガソリンなるものを捜しましょうぞ」
「うむ。そうしよう」
ここは聖女に恩義を感じてもらうためには、まずは外堀から埋めていくかと、軽く決意する王子たち。
しかし、参ったね。
道をつくれ、
石油を捜せ──か
「……では、引き続き石油のサンプルは継続して探すんだ。あの女の車の寿命ともいえる燃料は、もうわずからしい。それまでになんとしてもな!」
「もちろん、おおせのままに──あと、道については?」
ちっ。
それなんだよなー。
「やはり、やらんわけにはいかんだろう。あの、おん……ごほんっ、聖女様の言う通りにしろ。予算も好きに使って構わんぞ。……父にする言い訳はそうそうさな。──何と言ったか? あの女が道を語るとき、あの口癖」
「すべての道はローマに通じる、でしたかな? ローマがなにかは知りませんが、途方もないことを言われておりますね……」
まったくだ。
なにが道だ……。
「魔族を叩くには火力だろうが!」
くそ!
しかし、聖女は聖女。その力はまさに救世主のそれなのだ。
つまり、その言葉は対魔族において絶対ということ──。
「……しかたあるまい。下民どもを総動員してでも、道の
「ははー!」
そうして、こうして、聖女えみりの鶴の一声によって、王国は道路整備に着手する。
それと同時に、商業にも力をいれ、
石油のサンプルをはじめ、ガソリンの精製などのその技術を持つものを捜すために各地を走ることになるのであるが────………………それがのちに最適解だと知るのは、まだ先のこと。