魔法少女ゆずか⭐︎マギカ   作:アルマジロヒップ

11 / 12
11、私、最近楽しいの

「だぁ、もう辞め! 辞めだ辞め! 腹減ったろ? なんか頼もうぜ」

 重い空気を切り裂くように、リンは勢いよく立ち上がった。一度も口を付けなかった二人分のカップを流しに持って行く。中身はすっかりアイスココアだ。

 表情を崩したリンとは裏腹に、シオンは真剣な眼差しを向ける。両手をきちんと膝に乗せて、自分の座るハイスツールをリンの居る方角へ回した。

「それって、最後の晩餐にするつもりじゃ無いでしょうね」

「ふっ、何言ってんだよ。まだ昼だぞ? 」

「私は本気で聞いてるの。貴女、死ぬつもりなんでしょう? 」

 リンは答えず、ココアのカップを水道水で流す。スポンジを手に取って、二つのカップを洗い上げると水切り台に乗せた。それから水道を止めて、振り返らないままでやっと返事をする。

「だったら止めるのか? 」

 シオンは何度か口を開閉させて、小さく言った。

「……分からないわ」

 再び水道を出したリンは軽く手を洗って振り返る。

 いつもの調子を意識しているように、明るい調子で「ほら、宅配でいいだろ? 何食べるか決めちまおうぜ」

 

 自分のスマホを取って来たリンは、宅配アプリを開いてシオンに見せる。

「牛丼は? 」

「お肉の気分じゃ無いの」

「そ? なら、カツ丼」

「もっと嫌よ」

 分かりやすくムッとするシオンを見て、リンが吹き出した。

「ふっはは、そりゃそうか。海鮮ならどうだ? 」

「塩分は摂りたく無いの」

「じゃあ何だったらいいんだよ! 」

 痺れを切らしてシオンに画面を突きつける。

「これとか? 」

 数回のスクロールの後にタップされたのは、カフェのアフタヌーンティーメニューだった。

「昼飯の話をしてるんだったよな? 」

 

 数十分後のアイランドカウンターには、天丼とパンケーキが並んでいた。

「とんでもねぇ組み合わせだな」

 割り箸を横割りしたリンは、隣からの甘い香りに眉を顰める。

「結局、さっき言ってなかった物にしたのね」

 シオンは一緒に頼んだアイスカフェオレをストローで一口飲んだ。まだほんのり暖かいパンケーキに、別添えのバターを乗せる。

「お前、油っこいのは嫌う癖にバターは食べるんだな」

「バターはバターじゃない、何を言ってるの? 」

「なっ、お前と話してるとこっちが非常識みたいな気分になんだよなぁ」

 その後、二人はほとんど会話せずにそれぞれの昼食を平らげた。

 

 空になったプラ容器を片付け終えた頃、リンがぽろっと溢す。

「お前なら、魔女を殺せるよな」

「え、ええ。それはそうね」

 何の事か分からない様子のシオンは曖昧に返す。

「やっぱ逃げてちゃダメだよな……腹も膨れた事だし」

 リンはソファまで移動して、シオンに手招きする。 

 首を傾げたシオンは、リンの表情を見て素直に従った。

 リンが座ったのはL字ソファと向かい合う、一人掛けのソファ。シオンはそのL字ソファに座るのかと思ったが、リンの隣の、もう一つの一人掛けへ腰掛けた。

「え、そっち? 」

「いけない? 」

 ソファに横向きで正座して、リン側の肘掛けに両手を添えるシオン。

「いや……まぁ、いいけど」

 リンは居心地悪そうに身震いして、咳払いもした。

「お前に……その」

 すっかり調子を崩したリンの声が上擦っている。

「お前に、折入って頼みがあるんだ」

 リンの横顔に、猫のようにソファで丸まったシオンの視線が刺さる。

「頼みって? 」

 その内容は、あんまりな無理難題だった。

「私が魔女になったら、お前に殺して欲しい」

 肘掛けに添えた手に顎を乗せるシオンは、二回瞬きをしてきちんと座り直した。

「やっぱり、っそんな事だと思ったわ」

「軽いな」

「貴女、私の命の恩人で良かったわね。そうじゃ無かったら今頃張り倒してるところよ」

 シオンはジトっとリンを見てそう言うと、首を振って何も映っていないテレビの方へ視線を移す。

「私、最近楽しいの……ゆずかと出会えて、貴女と戦えて」

「そうかよ」

 シオンはそっぽを向いたままで続ける。

「あの日、貴女に助けてもらわなかったら私は、自分の叶えた願いの意味さえ知らないままだった。きっとあのまま魔女になっていたんだわ」

 シオンは手に視線を落とし、逆剥けを弄り出した。続きがなさそうなのを見て、リンが問う。

「この話……受けてくれるのか? 」

「そうね……自殺教唆をするつもりはないけど……貴女が決めた事なら、私には止められない」

 落ち着かない様子のシオンは足をソワソワ動かし、長毛ラグの毛並みを撫で付けた。

「私は、貴女の気持ちが分かっちゃうんだもの……私だって、死んだ方が良い人は居ると思うわ」

 リンは一瞬、目を見開いてから笑った。

「やっぱりお前はアタシとは全然違うな。正反対だ」

「何よそれ、リンは何を考えているのか分からないわ」

 冗談っぽく乏しい表情を不機嫌にしたシオンに、リンはヘラヘラと笑い返した。

「お前には敵わねぇよ」

 

     ˙˚°✰

 

 次の日も、リンは学校を休んだ。その次の日も。

 土曜日の朝は雨が降っていた。4月に入ってから初めての纏まった雨。

 冷んやりと湿った空気で目を覚ましたシオンは、顔を洗っていつものように髪を結ぶとリンの部屋を訪ねた。

 この二日の間、リンは普段なら学校に居る時間から魔女退治に出ていた。勿論シオンもそれについて行った。

 一昨日も昨日も、リンの方からか誘いがあって一緒に出掛けたが、今日は何故だか部屋まで行ってみようと思った。

 ドアノブに手を掛けて、開けるのをやめる。リンにノックくらいしろと言われたのを思い出した。

 コンコンコン、三回鳴らして返事を待った。

 しかし、いつまで経っても静かなまま。

 まだ寝ているのかと思って、ドアを開けてみた。

 ドアの隙間から中を覗くと、空のベッドが目に映る。想定外の光景にドアを開け広げると、普段通りの部屋があった。散乱したクリーニング戻りの服や、広げっぱなしの教科書。いつも通りの部屋に、リンだけが居なかった。

 休日は昼まで寝るのが常の彼女が、何も告げずに朝から出掛けるなんて。

 胸騒ぎがして、シオンは家を飛び出した。

 バルコニーに出してある突っかけを適当に履いて、パジャマ姿のまま、傘も持たずに。

 六階のバルコニーから飛び降りたって、魔法少女だからへっちゃらだった。

 殺してくれと言われたあの日から、リンは普段通りの振る舞いをしていた。少なくともシオンにはそう見えた。

 しかし、だからこそ、より一層気に掛けていた筈なのに、こんなところで取り逃してたまるものか。

 この数日、リンがグリーフシードを使っているところを見ていない。彼女の精神状態を推し量ることは難しいが、連日の魔女退治だけでも相当消耗している筈だ。

 シオンは心当たりを片っ端から回った。ひなみの魔女が長い期間を過ごした旧校舎裏、四日前にひなみの魔女を殺した図書館。そのどちらにもリンの姿はなかった。

 図書館の駐輪場の屋根に入って息を整える。ずぶ濡れになった前髪から雫が落ちるのを見ながら、他にリンが行きそうな場所を考えた。

 青いチェックのパジャマはすっかり水分を含んで、地肌に張り付いてくる。冷たい感触に嫌悪感を抱きつつ、次にどうするか思案した。

 もしこのまま見つからなかったら。もし次に見つけた時、リンが人では無くなっていたら。最悪の場合ばかりが浮かんで来て頭が中々纏まらない。

 身体が酷く震えて、じっとしていられない。

 暫くして、なんとか息を整えたシオンは再び走り出した。

 

     ˙˚°✰

 

 楽しかったあの頃の記憶が頭を巡って、それがもう何処にもないと言う現実に胸が押し潰されそうだった。

 リンは雨粒の当たる感覚に意識を向ける。

 重い雨粒が全身にぶつかって、体を濡らし雫が伝う。

 その感覚が徐々に鈍っていった。

 記憶の中は陽だまりみたいに暖かで、そこに居ると息が出来ないほど苦しい。

 

――あ、あの。東雲さん、だったよね? 隣のクラスの。

 

――やっぱりそうだ。実は私も、魔法少女なんだ! 

 

 ひなみの声がする。まるで今この瞬間、呼び掛けられているかのように鮮明に。

 リンは、ぎゅっと瞼を閉じる。

 

――リンちゃん、大変! この子怪我してるの!

 

――元気になって良かったね、チビちゃん。ん? この子の名前だよ、チビちゃんって呼ぶの。

 

 そうか、そんな事もあったな。

 ひなみがチビを連れてきた時の事を思い出す。魔法で傷を癒してやると、さっきまでが嘘のように元気になって、部屋に閉じ込められるのを嫌がった。

 リンの家で面倒を見るという案はこの時に却下され、結果的にチビは野良猫生活を再開させたのだ。

 

――チビちゃん、今日も会えるかなぁ。私おやつ買って来たんだ。

 

――もう、危ないよ! 自分で降りられないのに、どうして木に登るの?

 

 思えばチビがいたお陰で、ひなみとより一層仲を深める事が出来た。あの小さな子猫がいつも会話の中心にいて、クラスも違えば趣味も合わない二人の女子中学生にとって、最大といえる共通の話題となっていた。

 

――駄目、放って置いたら大変な事になっちゃうよ。リンちゃんお願い、一緒に戦って!

 

 どうして断らなかったんだろう。あの時、引き摺ってでも結界から引き離していれば——

 

——リンちゃん……ごめん……みんなの事、お願いね。

 

 みんなって何だよ、お前はどうなる?

 他の誰が助かったって意味がない。アタシにはお前しか、ひなみしか居ないのに。そんな勝手な事言うなよ。

 アンタを失いたくなくて、沢山人を巻き込んで、その挙句チビまで失って……アタシにはもう、何もない。

 アタシは誰も救えない、誰かを傷付けてばかり。

 アタシって本当バカだよな、ひなみ。

 こんな奴、せめて魔女にでもならないと、釣り合いが取れない。お前もそう思うだろ?

 

     ˙˚°✰

 

 走り出したシオンの、向かった先は公園。ゆずかと由香里が、ひなみの結界に巻き込まれた場所だ。

 そこにリンが居た。傘もささずにベンチに座っている。

 シオンはその姿に駆け寄った。ベンチの前まで来ると、力が抜けて膝に手を突く。

「こんなところで、何してるのよ……心配したじゃない」

 荒い呼吸を誤魔化そうと、落ち着いた口調を意識する。

 しかしリンは、無反応でただじっと座っているだけだった。雨で色の変わったスウェットズボンの上に両手を揃えて、状況にそぐわない綺麗な座り姿勢をしている。俯いて、垂れた前髪からは止めどなく雨が流れていた。いつものリンの姿とは程遠く、髪を下ろした姿が小さく頼りなく思えた。

 シオンは続きの言葉を思い付けず、黙って呼吸を整えた。

「……早く終わらせたい」

 雨音にかき消されそうな小さな声。

「え? 」

「しんどいんだ……お前と一緒に居るのも……普通に立って、普通に振る舞うのも。もう限界なんだ」

「リン……」

 リンは思い出したように息を吐き出した。

「普通にしてるだけでも……お前に酷いこと言うんじゃないかって」

 糸が切れたように上体を折る。両腕を肩に回して、震える身体を抱いた。

「バカ、バカ……リンのバカ! 」

 シオンは、その小さな背中に覆い被さるように抱きしめた。地面に付いた膝が泥に染まっても、気にしない。

「私が、そんな事気にするとでも思った? 私には取り敢えず生きてみろとか調子のいい事言って、そんな理由で……そんなの、私は許さないわ」

「……んだよ……何なんだよ」

 顔が見えなくても、リンが泣いているのが分かる。

 シオンはそっとリンから身体を離して、続きを言った。

「それに、こんな所で貴女を一人にしていたら、私がひなみさんに祟り殺されちゃうわ」

 上手く言えているか分からないが、シオンなりのいつもの軽口だった。

「ひなみは、そんなんじゃないよ」

 リンは息の多い声で言った。今日初めて顔が見える。目元が真っ赤で、小さな子供のようだった。

「貴女がいつ死んだって構わないけど、今日は駄目。私は毎日そう言うわよ」

「そんな、屁理屈じゃねぇか」

 二人ともびしょ濡れで、二人ともズタボロで、少しだけ笑った。

「良く見たらお前それ、パジャマじゃねぇか。こんなに濡れて……風邪引くぞ」

「魔法少女でも風邪を引くの? 」

 シオンが膝立ちのまま首を傾げると、二つのお団子ヘアから雫が滴る。

「引くに決まってんだろ」

「知らなかったわ」

 リンは晴れた目元を細める。

 立ち上がって、申し訳程度に膝を払ったシオンが「帰りましょう。リンの方が風邪引いてるかも」と、手を差し出す。

 リンはその手に、震える自分の手を重ねようとして、止まった。

「ぁ……駄目だ、もう……」

 雨足は益々強くなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。