魔法少女ゆずか⭐︎マギカ   作:アルマジロヒップ

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12、唯一の希望

「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらをのぞき込んでいるのだ」

――フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より

 

     ˙˚°✰

 

 はぁ。一人きりの自室で、ゆずかの気の抜けた溜息が響いた。

 リンに何やら意味深げな事を言われた日から、既に丸一週間が経過している。その間、シオンの事もパッタリと見かけなくなってしまった。

 何度かリンの家を訪ねる事を考えたが、先週のあの様子を思い出すと憚られる気がした。

 ただでさえ自分が余計な事ばかりしている自認のあるゆずかは、これ以上自分から動いてさらに二人との関係を悪化させる事を恐れていた。

「二人とも、どうしてるんだろ……」

 勉強机に突っ伏して、明日は漢字の小テストがあるというのに全く勉強に身が入らない。

 ゆずかはだらしなく机に上体を預けたまま、『環』の字をノートに書き連ねる。

 悪い姿勢で書いた字はふにゃふにゃに曲がっていて、どんどん左に寄って行く。

 身体を起こしたゆずかは、今書いたそれを消しゴムで消す。今度はちゃんと座って書き出した。

「やっぱり明日、リンちゃんに会いに行こうかな」

 

 次の日の放課後、ゆずかはリンのマンションの前まで来ていた。

 自動ドアを通ると、インターホンにしては大きな機械だけがある空間。リンが一緒の時はすんなり開いた、その先の二枚目の自動ドアは開かないようだった。

 ゆずかは逡巡してからその数字のボタンで『601』と入力、呼び出しボタンを最後に押した。

 しかし、返事はない。しばらくウロウロして、もう一度そのインターホンらしき機械に戻って来たゆずかは『フロント呼び出し』の文字を頼りにボタンを押す。

「はい、フロントです。御用件をどうぞ」

「あ、え、えっと……リ……東雲さんって、お留守ですか? 」

「お部屋番号は分かりますか? 」

「えと、『601』です」

 ついしどろもどろになってしまって顔が熱くなったが、なんとかインターホンの向こう側の人物と会話出来た。

「お呼び掛けしてみますので、そのままでお待ち下さい」

 体感一分、インターホンからはやはり留守だという結果が伝えられた。

 その後、瑞学にも行ってみたが、結局会えず終いになってしまった。

 こんな事ならメールアドレスを交換しておくんだった。

 ゆずかは今更ながら後悔した。

 

 その晩、入浴も夕飯も済ませて、後は寝るだけになったゆずかはアイスキャンディーを食べていた。

 浩一郎は明日も早い為、既に自室へ引っ込んでいる。

 ゆずかは退屈になってテレビのチャンネルを次々と変えていった。

 深夜ドラマ、再放送のアニメ、夜のニュース。無心で変える番組の中、見覚えのある顔が映った気がしてチャンネルを戻す。

 そのニュース番組では、最近話題の連続失踪事件の続報が取り上げられていた。

『行方が分からなくなっているのは私立瑞穂学園中等部二年生、東雲リンさん。警察は、周辺地域で相次ぐ連続失踪事件との関連も含めて——』

「……嘘、リンちゃん? 」

 テレビに映っていたのは紛れもない、ゆずかの大切な友達の一人だった。

 息が詰まって、アイスキャンディーを持つ手が震える。慌ててもう片方の手で押さえ付けると、流しに一口齧っただけのそれを置いた。口の中に残ったミルク味が、一気に甘ったるく感じる。

 初めて見る学生証の写真に写るリンは、他所行きの済ました顔をしていた。

 

     ˙˚°✰

 

 ゆずかは深夜の街を走る。

 幸い浩一郎はすっかり眠ってしまっていたので、こっそり家を抜けて来たのだ。

 着替えている時間すら惜しく、パジャマに突っかけ姿で。

 行く当てがある訳ではない。それでも、今動かなければ何か取り返しのつかない事になってしまう気がしてならなかった。

 大通りを超えて、踏切を渡って、兎に角走った。

 気が付くとたどり着いていたのは瑞学の校門だった。時刻は既に十二時を回っていて、当たり前に門は閉じられている。

 息が苦しくて、ゆずかは膝に手を付く。

 ここからどうしたら良いんだろう。リンちゃんが行きそうな場所なんて知らない。私は、リンちゃんの事、何も知らない。私、何も出来ない。

 勢いだけで考え無しに飛び出して来たのが情けなくなった。息が整うのと反比例するように涙が込み上げる。

 夜の暗闇に呑み込まれそうな気がした。

 遂に涙が溢れそうになった時、背後から呼ぶ声がした。

「ゆずか! 」

 振り返ると、そこに居たのはキュゥべえだ。

「大変なんだ、ゆずか」

「キュゥべえ。私をリンちゃんか、シオンちゃんのいる場所まで連れて行って」

 ゆずかはキュゥべえに被せるようにして言った。

 こんな真夜中にタイミングよく現れるなんておかしい。それでも今はこの獣を信じる以外に進む道がなかった。

「分かった、こっちだよ」

 キュゥべえは、何事も無かったようにゆずかの要望に応えて動き出す。まるで台詞をスキップされたゲームキャラクターのようだ。

 振り返りつつ前を走るキュゥべえを追いかける。

 慣れない突っかけが裸足に擦れて踵の皮が捲れてしまっても、ゆずかは足を止めない。どんどん進んで行くキュゥべえの後ろ姿に何とか喰らい付いた。

 やがて辿り着いたのは、何度か訪れた事のある公園だ。先週の火曜日、リンと最後に会ったのもこの公園だった。

「ここだよ」

 キュゥべえは短く言うと、公園の入り口横にちょこんと座る。

 ゆずかはキュゥべえに御礼を言って、乱れた呼吸のまま公園に入った。

 街灯のある公園内は夜中でも明るく、オレンジ色の風景を作り出していた。

 見渡してみると、端のベンチに人影がある。辺りと同じオレンジ色に染まったハーフアップツインのお団子ヘア。ぼんやりと暗い空を見上げるその少女に声を掛ける。

「シオン、ちゃん」

「……ゆずか? 」

 シオンは声を掛けられてからハッとして、驚いた顔でゆずかを見る。それから、丸い目で小首を傾げた。

「どうして、こんなところに居るの? 」

「あ、その、ニュースを見て……リンちゃんが居なくなったって本当? 」

 ゆずかはシオンのいつもと変わらない様子に、拍子抜けしつつも、一先ずは安堵する。

「え、ええ……本当よ」

 シオンは一瞬、苦虫を噛み砕いたように顔を歪ませて応えた。

「そんな、どうして……シオンちゃんは何処か心当たりはないの? 」

 眉根を寄せたゆずかが問うと、シオンは俯いて黙り込んでしまった。

「シオンちゃん? 」

「……ねぇ、ゆずか。私ね、貴女の事を最初は妬ましいと思っていたの」

「え! そうなの? 」

 質問の答えがまだなのを忘れたように、驚きと悲しみの混じり合った表情をするゆずか。シオンは顔を上げてそんなゆずかを見ると、緩く笑う。

「だって貴女は、私にない物を全部持っているんだもの。優しいお父さん、ずっと仲良しのお友達、自分だけの部屋、素直で優しい心」

「それって、褒めてる? よね? 」

 両手をもじもじ動かすゆずかに、立ち上がったシオンが向き合った。

「ええ、そうよ。だからね、最初は貴女が魔法少女になっても、ならなくってもどうだって良かったのよ……それでも貴女を止めに来たのはゆずか、貴女が私の願いによって生まれた唯一の希望だったから」

「どう言う事? 」

「ちゃんと、話すわ」

 

 それから、二人でベンチに座り直した。オレンジ色の街灯が、深夜の公園に優しくベールを掛けている。

「私の願いについては、話した事があったわよね? 」

「うん、お父さんを消しちゃったんだっけ? 」

 ゆずかは脱ぎ掛けの突っかけを足で弄った。

「ええ、私のパパ、酷い人だったのよ。私のママを虐めるの、だから消したの。その私のママは、貴女のママと同じ人なのよ」

「え! え? え! 」

 動揺したゆずかは思わず突っかけを足から離して蹴飛ばした。それをシオンが拾いに行きながら続ける。

「私がパパを消した事で、別の人生を歩む事になった私のママから生まれて来たのがゆずかなのよ」

「そんなサラッと……そんな凄い事……」

 足が地面に付かないように縮こまっているゆずかの足元に、突っかけが返される。シオンはその場に蹲んだまま、ゆずかを見上げた。

「あのね、ゆずか。私は私のママ、闇名友美子を助ける為に魔法少女になったの。その結果、朝日友美子になった貴女のお母さんは亡くなってしまった。でもきっと、その人生はずっと、もっと、幸せだったと思うの」

「シオンちゃん」

「浩一郎さんは優しいもの、貴女を見ていれば分かるわ」

 微笑んだシオンはそこで立ち上がり、ベンチに背を向ける。

「だからね……貴女にはやっぱり、魔法少女にならないで欲しい。虫のいい話だっていうのは分かってるの。散々巻き込んで、嫌な思いもしたわよね……それでも、ゆずかには自分の力で生きて貰いたい」

 振り返ったシオンは、街灯の色で表情がよく分からない。

「貴女には、それが出来るわ」

 ゆずかはゆっくり深呼吸して、しっかりと答えた。

「分かったよ。私、魔法少女にならないよ。折角シオンちゃんとお母さんがくれた人生だもん、ちゃんと自分で責任を持つよ」

 小さく息を吐き出したシオンは、再びゆずかの隣に座った。

「貴女が妹で良かったわ、ゆずか」

「い、妹! そっか、そうだよね……それならシオンちゃんは、私のお姉ちゃん? 」

 きっと頬を染めているゆずかの手に、シオンは優しく自分の手を重ねた。そして照れ臭そうに笑って見せる。

「はい、お姉ちゃんです」

「んんんんんっ! シオンちゃーん! 」

 ゆずかは勢いに任せてシオンへ抱き着こうとして辞めた。

「間違えた、お姉ちゃん! お姉ちゃんだ! 」

 言い直すと、また抱き付く。

 シオンは赤子をあやすように、その背中を優しく撫でた。 

「私とゆずか、全然似てないと思っていたけど、やっぱり姉妹なのね……その格好、私もそんな風に家を飛び出した事があるのよ」

 短い間、そうして二人でくっ付いて、シオンが切り出す。

「ほら、早く帰らないと。浩一郎さんが心配するわ」

「あ、そうだよね……でも、シオンちゃんは? 」

 身体を離したゆずかは、気を持ち直すようにパジャマの裾を整えた。

「私は……リンの所に行くわ」

「リンちゃんの居場所が分かるの? 」

「ええ、だから私ももう行かないと。お姉ちゃんと会うのは今日で最後よ」

 人差し指を口の前に持って来て、シオンは悪戯っぽく言った。街灯に照らされて、きゅっと上がった口角に影が落ちる。

「え? どういう事? 」

「貴女は私達と一緒に居るべきじゃない……自分の力で生きるって約束してくれた貴女にとって、私はきっと悪影響だわ」

「そんな事! 」

「ごめんなさい……これは私のケジメなの。だって私は、専業魔法少女なんだもの」

 ゆずかから離れるように立ち上がったシオンは、長いウェーブヘアを靡かせてくるりと回る。

 全てがオレンジ色のこの公園で、紫苑の花が咲いたみたいだった。

 最後にもう一度微笑んで、振り切るように行ってしまったシオンの小さな背中が遠ざかって行く。

 本当に、もう最後なんだろう。ゆずかはそう分かっていながら、追いかける事が出来なかった。今追いかけてしまっては、シオンの決意に、あの綺麗な去り姿に泥を塗ってしまう気がした。

 

 街灯の外側で、白い尻尾が揺れる。赤く光る二つの瞳が残されたゆずかを見て、去って行った。

 

     ˙˚°✰

 

「将来の夢、一年B組朝日ゆずか。私の将来の夢はまだ分かりません。でも、だからこそ、誰かの事を笑顔に出来る大人になれるよう、出来る事から精一杯努力して行きたいです」

 中学に上がって最初の授業参観。ゆずかはいつかと同じテーマで作文を読んでいた。

 あれから、リンが見つかった報道がされる事はなく、長い間続いていた連続失踪事件の続報もなくなった。やがて世間の興味は移り変わり、最近では芸能スキャンダルばかり報道されている。

 自席の前で作文を読み終えたゆずかは、軽く一礼して教室の後ろを振り返る。苦労して休みを合わせた浩一郎が誇らしげに拍手しているのを見て、ゆずかも胸を張って席に着いた。

 

 そんな教室内を外から覗く少女が一人。

「あの子はもう大丈夫ね」

 校舎の向かいの屋根に座った魔法少女姿のシオンは、教室内の人々に習って音が鳴らない程度の拍手を送る。

「もっと近くで見なくていいのかい? 」

 横に座ったキュゥべえが不思議そうに聞くと「ゆずかにバレたら大変じゃない」とシオンが答える。

 他の生徒の発表が始まったのを見て、シオンは手元に目を落とした。その手には二つのグリーフシード。

「君はあの時グリーフシードを持っていたのに、どうしてリンにそれを使わせなかったんだい? 」

「これはひなみのグリーフシードよ、私にはそんな酷い事は出来ない……」

 寂しそうに遠くを見つめたシオンをじっと眺めて、キュゥべえは心底理解出来ない様子で言った。

「訳が分からないよ。君達は魔女になるのが嫌なんじゃなかったのかい? 」

「分からなくって良いわ。人はね、いつまで生きるのかよりも、どうやって生きるのかが大事なのよ」

 薫風が吹いて、シオンの柔らかな髪を揺らした。

 立ち上がったシオンは教室に背を向ける。凛とした表情で、足元のキュゥべえに呼び掛けた。

「さぁ、そろそろ行きましょう。街を守る時間よ」

 

     ˙˚°✰

 

「ねぇ、ゆずちゃん。その自由帳、来る度に出してあるけど何が描いてあるの? 」

 放課後、ゆずかの部屋で寛ぐ由香里はココアを煽ってから聞いた。

「え? そんな大した物は描いてないよ? ただの落書き帳」

「へぇ、じゃあ見せてよ! ゆずちゃんの落書き見てみたいなぁ」

「やだよ、恥ずかしいもん」

 ゆずかの緩い抵抗は何の効果もなく、由香里は机の上に置かれた自由帳を手に取った。

「たっは、下手っぴぃ、でも可愛い」

「もー、だから言ったじゃん」

 面白そうにページを巡って、一つの絵に目を留める。

「ん、この絵は上手だ。これもゆずちゃんが描いたの? 」

 指差されたのは、いつかシオンが描いたキュゥべえのイラストだった。

「あぁ、それはねぇ……ちょっと、知り合いが描いたんだ」

「ふーん、上手で羨ましいなぁ」

 更にページを捲る由香里を尻目に、ゆずかは少しだけ寂しくなった。

 シオンの行方は分からないし、リンももう家には居ない。ゆずかには二人が、きっと何処かで自分達だけの幸せを見つけている事を願うしかなかった。

 それに、ゆずかには他にやるべき事がある。

 自分の人生を生きる事。

 もしも、いつか二人と再開出来たなら。その時に胸を張れる自分になっていたい。

「あれ? これだけすごい間が空いて描かれてる。可愛い絵だね」

 由香里の声で自由帳を覗くと、一番最後のページに見覚えのないイラストが書かれていた。

 キュゥべえらしき生き物の尻尾を、片手で掴んで振り回している少女のイラスト。イラストの中の少女はウェーブがかったロングヘアで、上部はくま耳のようなお団子になっている。

「これ……」

 ゆずかには直ぐに、その絵の作者が分かった。いつの間にこんな物を描いたんだろう。

 イラストの頭の辺りをそっと指で撫でて、由香里に意地悪を言ってみる。

「これはね、私の内緒のお姉ちゃんだよ」

 そう、私の、私だけの、大切で最高のお姉ちゃん。

「え? ゆずちゃん一人っ子でしょ? どういう事? 」

「だから内緒だって」

「何それ! 」

 案の定食い付いてきた由香里を軽く躱して、ゆずかはあのイラストをどうやって取っておこうか考えていた。

 まずはプリントアウトして複製、拡大コピーした物を壁に飾るのも良い。

 原画は色褪せないように大事にしまっておかなければ。

 きっと、シオンが見たら呆れた表情をするのだろう。楽しくなりそうだ。




最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました!
この文章を読んでいるという事は、全12話を完読してくださったって事で間違いないですよね?( ᐕ)⁾⁾ね?

1話完結ではない作品を最後まで書き上げたのはこれが初めてなので、ほぼ処女作と言える作品、ここまでお付き合いいただけた方が居るかもと思うだけで嬉しいです!

実は本編中で飛ばしたシーンや、出せなかった設定など少しだけ書き足りない部分があるので作品ページで追加更新する可能性があります!
キャラクターの設定集(誰も望んでいなくても付いてくる私の言い訳付き)も書けたらいいなって思ってます。
もし反応を頂けたら、頑張って早く書いちゃうかも₍₍ (ง ˘ω˘ )ว ⁾⁾
すみません冗談です。どちらにせよ執筆はまだなので間は空きますが、更新の際はそちらも見て頂けたらとっても嬉しいです♪
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