魔法少女ゆずか⭐︎マギカ   作:アルマジロヒップ

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4、魔法少女になるって決めたから!

 次の日、ゆずかはまた寝不足だった。

 魔法少女について考えていたら、眠れなくなってしまったのだ。

 もしかしたら、シオンが尋ねてくるかもと淡い期待も抱いていたが、結局やって来る事もなく。

 ただ寝返りを打っては、窓の外を覗くのを繰り返しただけ。気が付いたら丑三つ時を回っていた。

「はぁ……」

 朝のホームルームまでの僅かな時間は、今のゆずかにとって貴重な睡眠時間だ。

 机に突っ伏して、だらしのない声を漏らした。

 そんなゆずかに、面白くない由香里は席の前までやって来た。

「ゆずちゃーん……ゆずちゃんってば! 」

「……はへっ、何? 」

 机を両手で叩かれて、飛び起きる。

「何、じゃないよ! 今朝は全然喋ってくれないし、学校着いたら寝ちゃうし、ゆずちゃんなんかおかしいよ。具合悪い? 」

「いやぁ、そういう訳では……」

 本当の事は言えないが、心配もかけたくない。つい曖昧な答えになってしまった。

 由香里の膨れっ面になんとか言い訳をしようと目を泳がす。

「最近ハマってる漫画があってさ。続きが気になり過ぎて夜中まで読んじゃったの」

 驚くほどにスラスラ出て来た嘘。

「へぇ、なんていう漫画? 」

「ええっとね、タイトルなんだっけかな……凄く面白いんだけどなぁ」

 危ない。掘り下げられる事は考えていなかった。

 そのまま思案する振りをしていると、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。

「あ、もうこんな時間。後で聞かせてね」

 由香里が自席に帰って行き、ゆずかはホッとした。同時に幼稚園時代からの親友に、重大な隠し事が出来てしまった事実に胸が痛む。

 由香里ちゃん、ごめんね。でも、いくら由香里ちゃんでもこんな事話せないよ。

 その日のゆずかは、ずっと上の空だった。

 ホームルーム中も、授業中も頭の中は魔法少女でいっぱいだ。

 

 一限目、体育。よりにもよって朝から。当然、ゆずかにとって地獄の五十分だ。

 体育館へ移動して、出席番号の近い生徒とペアで準備体操に励む。拭えない胸焼け感を抱きながら、開脚した背中をペアの生徒に押してもらう。

 地窓から差し込む陽光が、眼窩(がんか)を刺激して来て恨めしく思えた。

 不幸中の幸いか、授業内容は跳び箱。待ち時間が多く、運動自体も激しくない。

 出席番号の若いゆずかは早々に一度目を飛び終えて、列の後ろに付く。

 男子の列と女子の列に分かれてはいるが、全ての生徒が飛び終えるまではそれなりに時間がかかる。

 他の生徒を参考にする程勤勉ではないゆずかは、いつの間にか思考の中に沈んでいた。

 魔女、確かに怖いしグロいけど……でも、綺麗だったな。こんなのって変かな。

「次! 永見! 」

「はい! 」

 教師に呼ばれた由香里が飛ぶ。

 元気に走り出したが、ロイター板の手前で減速。跳び箱の上に座る形になった。

 由香里ちゃん、昨日リンちゃんとシオンちゃんが来てくれなかったら危なかったんだよね。

「怖がらずに勢いを落とさず走って来いよ。それと、もっと奥に手を付くように」

「はぁい」

 由香里は教師からの助言に、照れ臭そうに返事をする。お尻で着地したのが恥ずかしかったのだろう。

 列が進む。ゆずかも体育座りを崩さないまま、前へ滑るように移動する。

「次! 西村! 」

「はい! 」

 どんどん進む列。ゆずかは呼ばれて行く生徒達の名前をBGM代わりに聞き流していた。

 由香里ちゃんだけじゃない。私も、昨日死んでたかも知れないんだよね。あんまり実感湧かないな。

 リンちゃんの話が本当なら、ここに居る皆んな、いつ魔女に食べられちゃうか分からないって事だよね。

 でも、みんなは知らない、見えもしないんだ。だからこんなに普通なんだ。

「次! 矢部! 」

「はい!」

 私はもう普通じゃないのかな。みんなが知らない事、知ってるってだけで良い気になってるだけ?

 違う、よね?

 私も、私にだって、リンちゃんやシオンちゃんみたいになれる素質がある。

 もしも何かあった時、私が戦えたら?

 もう昨日みたいに、由香里ちゃんや他のみんなの事も危ない目に遭わせずに済む?

 もしそうなれたら、それはとっても嬉しい事だよね?みんなの役に立てて、私もカッコよくなれるんなら後悔なんてする筈ないよね?

「次! 朝日! ……朝日? 」

「は、はい! 」

 突然現実に引き戻されたゆずかは、弾かれたように走り出した。

 跳び箱が近づいて来ても躊躇わない。グッとロイター板を踏み込んで、五段の跳び箱を飛び越える。

「凄いじゃないか、朝日! これなら六段も余裕で飛べそうだな」

「あ、ありがとうございます」

 驚きのあまり勢いが付いてしまったが、思いの外うまく飛べた。

 先生に軽く会釈をして、列の後ろに戻る。途中で由香里が小さく拍手しているのが見えた。口パクで『ゆずちゃん凄い』と言っている。

 すっかり目が覚めて、胃のムカつきは治っていた。それと同じように心も晴れやかだ。

 そうだ、私だって魔法少女になれる。魔法少女になって、皆んなや自分を守れるようになればもう怖いものなんて何もないはずだよ。

 

 二時限目、国語。三時限目、理科。

 ゆずかは寝不足の事なんてすっかり忘れて、授業に前のめりになっていた。

 だってきっと、憧れの魔法少女は才色兼備で、皆んなの事を思い遣る素敵な人の筈だから。

 気掛かりなのは魔女の事だったが、昨日まで何ともなかった学校に突然魔女が現れるなんて事にはならず。

 四時限目の英語を終えて、給食の時間。

 ゆずかの学校では、給食センターで作られた食事を当番制で全員に配っている。

 班形態に移動させた机、ゆずかと由香里は丁度隣り合わせだ。

「ね、ね、ゆずちゃん。朝言ってた漫画、結局タイトルなんだったの?」

 由香里がパンをちぎりながら、思い出したように尋ねて来た。

「あぁ、えっとね……」

 ゆずかは視線を漂わせて、誰かの鞄に付いたキーホルダーを見つける。

「パラレルレコードだよ」

 流行りの漫画だ。最近アニメ化もされたらしい。

「あ! それ、私アニメ観てるよ! ね、ゆずちゃんは何処まで読んだの? アニメの三話までの内容は知ってる? 凄い衝撃回だったの! 」

「へぇ、私アニメの方はまだ観てなくてさぁ……」

 タイトルは知っているが、内容には詳しくない。今後、由香里と話を合わせる為の宿題が出来てしまった。

 

     ˙˚°✰

 

 午後の授業を終えた帰りの時間、由香里がいつも通りゆずかの席までやって来る。

「ゆずちゃーん、一緒に帰ろ」

「ごめん、由香里ちゃん。今日はちょっと寄らなくちゃいけない所があって」

「え、そうなの? どこ行くの? 」

 由香里は意外そうに目を丸くした。

「まぁ、ちょっとね。家と反対方向だし、由香里ちゃんは先に帰ってて」

 ゆずかは言い終わる前に教室外へ歩き出していた。

 入学後、同じクラスになってからは毎日欠かさず登下校を共にしていた。由香里の誘いを断るのはこれが初めてだ。

「えー! ちょっとぉ」

 話し足りない様子の由香里に振り返らずに行く。ここで立ち止まったら、またパラレルレコードのオタク漫談を聞かされかねない。

 

 校門を出たゆずかは早足になった。

 向かう先は家とは真反対。駅の方向だ。

 その駅を通り抜けて、さらに行った所には私立瑞穂総合学園――リンの通う学校がある。

 魔法少女になってリンやシオンと共に戦いたい。今日どうしても、その覚悟が出来た事を伝えたかった。

 リンの事だから、願いより先に魔法少女になる事を決めるなんて変なやつだと言われるかも知れない。

 そんな事を考えて、口に笑みを含ませて先を急いだ。

 駅の中を通り過ぎると、気が急いてとうとう走り出す。

 リンの家もシオンの居場所も知らないゆずかには、この下校時間を逃す手はないのだ。

 見えて来た、瑞学の正門だ。キャメル色のブレザーに身を包んで、所作だけで分かる良家の子供達が帰路に着き始めている。

 少し離れた所から歩測を落としたゆずかは、息を整えながら目的の人物を探した。

 時折り現れる迎えの車や固まって歩く生徒達を避けながら、正門の向かい側を陣取る。

 瑞学の出入り口はこの正門以外にも複数ある為、入れ違いになってしまうかも知れない。それを知りつつも、兎に角待った。

 キョロキョロと、覚えのあるポニーテールを探して。

 

 暫くして、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「それじゃあ瀬戸さん、ご機嫌よう」

「ええ、東雲さんもご機嫌よう」

 蝶の真似でもする様に手を振る女子生徒、その視線の先には青髪のポニーテール。

 ゆずかは入れ違わずに会えた喜びをそのままに、駆け寄って行った。

「リンちゃん! 」

「うげっ」

 リンは視界にゆずかを捉えた瞬間、可憐な少女の表情を一気に崩す。

「あら、東雲さん。公立の子にお知り合いが? 」

「あ、いや……いえ、この子はその……親戚の友達で」

 物珍しそうにリンの肩越しにゆずかを覗く瀬戸という女生徒。真っ直ぐに切り揃えられた前髪が揺れている。

 リンは慌てた様子でゆずかを隠して、誤魔化そうとした。

 ゆずかはリンが嘘をついた事に少しだけムッとしたが、魔法少女の事なんて言える訳がないのだ。これは仕方がない。

「あの、こんにちは」

 立ち塞がるリンを避けて瀬戸さんに挨拶してみる。

 彼女は丸い瞳を三日月型にして、優しい声で応えてくれた。

「こんにちは」

 『公立の子』という言葉にびくついていたゆずかは安堵して微笑み返す。

「それでは失礼するわ、今度こそご機嫌よう」

 リンはヒラヒラと手を振って、反対側の手はゆずかをしっかり捕まえて急ぎ足にその場を離れる。それでも歩き方は上品に。

 振り返ると瀬戸さんはまた、蝶の様に手を振っていた。

「可愛らしいお友達と仲良くなさって」

 生優しい笑みを讃えて見送ってくれている。

 

 すっかり学校が遠のいた頃、やっとリンがゆずかの手を離した。それから、大きくため息を吐いて姿勢をだらしなくする。

「だーあ……お前な、学校凸は流石にやばいだろ。何しに来たんだよ。こないだの、チンチクリンなのは一緒じゃないのかよ」

「由香里ちゃんとは今日別々に帰ったから……」

 ゆずかは答えながら掴まれていた手首を反対の手で撫でた。別に痛くはなかったが、ドラマで観たので真似してみた。続けて、本題に入る。

「今日はね、絶対にリンちゃんと会いたかったの。私、魔法少女になるって決めたから! 」

 リンの目が大きく開き、すぐに睨みへ変わる。

「アンタ、まだそんな事言ってんの? 」

 冷たく見下ろす眼差しが刺さる。

 瞬時に萎縮したゆずかはソワソワと手揉みして返す言葉を探した。しかし、何か言い返す前にリンの言葉が降って来た。

「この後暇か? ウチ来いよ、アンタには直接見せた方が効きそうだ」

 リンの考えの読めない笑みと思いがけない誘いに、ゆずかは黙って頷くしか出来なかった。

 

     ˙˚°✰

 

 リンの後をついて行くと、見えて来たのは横幅の広い建物。

 外壁は細い木材と蔦植物で装飾されており、ゆずかはまるで小さくしたショッピングモールみたいだと思った。

「ここだ」

 短く、さも当然の様に言うリンにゆずかは目を丸くした。

 本当にここなの? ここって何かの会社とかじゃないの?

 次々湧き上がる質問を、なんとか飲み込んで後に続く。

 建物に入ってからも、何もかもが初めて見る光景でゆずかはずっと目を泳がせていた。

 黒くて艶々な広い廊下。カードキーをかざすと開く自動ドア。それを抜けると、天井の高いエントランスがあった。なんだかよく分からない丸い飾りが幾つも吊り下がっていて、壁の隙間からは間接照明の灯りが漏れ出ているのが見える。

 口を開けて真上を見るゆずかを、リンが肘で突く。

「おい、あんまアホっぽくすんな」

「あ、ごめん……」

 ゆずかはちょっぴり恥ずかしくなって、今度は下を向いた。まだ新しい筈のローファーがボロに見える。

 大きな窓の外に目を向けると、緑の生い茂る壁に人工滝が流れていた。外からはこんなの見えなかったのに。

 少し進むと受付があって、綺麗な女性が座っている。

「お帰りなさいませ」

 綺麗にお辞儀で挨拶する受付の女性に、見向きもせずに進むリン。ゆずかは後を追いながら小さく会釈しておいた。

 受付の直ぐ奥の壁の前でリンが立ち止まると、その壁がスライドしてエレベーターホールが現れた。

「え! 壁が動いた! 」「しっ! 」

 慌てて口を塞いだゆずかに、リンが小声で続けた。

「ただのエレベーターだよ、いちいち反応すんな」

「ごめんなさい……」

 今度こそ本当に反省したゆずかは、もう何が起こっても口を開かないぞと心に決めたのだった。

 エレベーターに乗り込んで、カードキーを翳すと押してもいない六階のボタンが光った。この建物は六階建のようで、六のボタンが一番上にある。

 ゆずかにとっては魔法のような光景で色々聞きたくて仕方がなかったが、グッと我慢して黙っていた。

 辿り着いた六階は薄暗く、小音でクラシックが流れる落ち着いた廊下だ。

 足元はよく分からない模様の絨毯敷きで、そのフカフカな地面を土足で歩くのがくすぐったく感じた。

 ゆずかがその感触を楽しんでいると、そう距離を歩かないうちにリンの家族が住まう部屋の玄関前に着いていた。

 マンションの一室なのに、一軒家であるゆずかの家よりドアが大きい。表札は無く、ドアの横に『601』と表記があるのみだ。

リンが「ここだ」と言ってカードキーを翳すと、電子音と共に鍵の開く音が聞こえた。

 重質なドアを、全身で勢い付けて開けるリン。

「さ、入んな」「お、お邪魔します」

 玄関を開けるだけで一苦労なんだなとぼんやり思いつつも、ゆずかはおずおずと足を踏み入れた。

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