魔法少女ゆずか⭐︎マギカ   作:アルマジロヒップ

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6、具合の悪い人でも食べられそうな物

「リン、起きてる? 」 

「……起きてるぞ」

 何故だかシオンが枕元に立っているが、ここはリンの部屋だ。

 幼い頃に買い揃えられた女の子らしい家具達に、脱ぎ散らかった服が掛かっている。

 リンは頭まで布団を被ったままで言う。

「なんだよ、休日くらいゆっくり寝かせろ」

「具合の悪い人でも食べられそうな物ってあるかしら」

「ん? なんだよ、体調悪いのか? 」

 ここで漸くリンの顔が見える。寝起きでも鋭い眼光はそのままだ。シオンの顔色を確認するが、いつも通りケロッとしている。

「元気そうじゃんか」リンはそう言うと、身体を起こしてベッドに座りながら大欠伸をした。

「そういえば、昨日はゆずかと何を話したの? あの子、泣いてたわよ」

「なんだ知ってたのか……あれだよ、アイツがさ『魔法少女になるって決めたから』とか言い出すから、ちょっとお灸を添えてやったっていうか」

「ふぅん」

「そんくらい別に良いだろ? まぁ効き過ぎたかも知んねぇけど。あれか? アタシがアンタを差し置いて、妹と仲良くなってるんじゃないかってヤキモチ妬いちゃったとか? 」

「別に、そんな事なら構わないわ」

 わざと意地悪っぽく言ったリンは、全く効いていなさそうなシオンを見て鼻を鳴らした。

 シオンは散らかっている服の中から適当に見繕って着替え始めた。リンよりも少し小柄な彼女が着ると、何でもオーバーサイズになってしまう。

「着た後のは洗濯カゴだかんな」

 そう言うとリンは、大きく伸びと欠伸をしてから立ち上がった。

「そんでさっきの、『具合の悪い人でも食べられそうな物』って何の事だよ」

 

     ˙˚°✰

 

 ゆずかは、半開きのカーテンから差し込む光で目を覚ました。昨日の雨が嘘の様に晴れていて、その青が目の奥に染みるのでカーテンを閉じる。

 シオンはいつの間にか居なくなっていた。

 今は何時だろうと、目覚まし時計を手に取ると差し示されているのは十一時五十分。

 休日とはいえ寝すぎである。折角の休みが消えてしまう。

 ゆずかが慌てて上体を起こそうとすると、目の奥から後頭部にかけて鈍い痛みが走った。

 思わずこめかみに手を当ててベッドに身を沈め直す。

 あぁ、やっちゃったかも……

 測らずとも分かる、身体の火照りにこの頭痛。盛大に風邪をひいていた。昨日のツケが回ってきたのだ。

 取り敢えずこのままではいけない。ゆずかは重い身体を何とか立たせて、水分補給を試みる。

 リビングへ向かう為、部屋のドアノブに手を掛けると後ろから声を掛けられた。

「ゆずか、どこへ行くの? 」

「へ? シオンちゃん」

 振り返ると、窓を開けたシオンが丁度侵入してくる所だった。初めて会ったあの日から鍵は開けっ放しだ。

「声カスカスね、ベッドに戻った方がいいわ」

 窓枠を跨ぎながらシオンが言う。

「でも……なんか飲みたくて」言いかけたゆずかはカサカサとした音に、彼女の手に提がるビニール袋を見つけた。

「それってもしかして」

「具合の悪い人でも食べられそうな物、リン厳選よ」

 ベッドの上に立つのは辞めて貰いたいのだが。シオンとリンの優しさに触れて、注意もツッコミもどこかへ行ってしまって。

「シオンちゃーん」掠れ声でシオンへダイブした。

 熱のせいか脚がもつれ、ぶつかった二人はベッドの上へ倒れ込む。

「ちょっと、危ないわよ」「うぅ、いいもんっだ」

 窓を背にして座ったシオンの胸に、ゆずかが顔を埋める。鼻が無事なのをいい事に、シオンとリンの匂いの違いを楽しんでいた。

 そんな時。ぐぅ、小さく唸る様な音が響いた。ゆずかの頬が赤さを増していく。

「食欲はあるのね」

「だ、だって、昨日の夜から何も食べてないんだもん」

 ゆずかはシオンの胸に耳を押し当てた。優しい声色が頭に響いて、それが何だか心地よかった。

「浩一郎さん、何も準備してくれていない訳じゃないでしょう? 」

「うん、買い置きの冷凍食品もあるしお金も置いていってくれてるけど……昨日は疲れてたから」

「そうなの」

 自分の管理不足を咎められると思ったのに、シオンの相槌はあっさりした物だった。

 少しの沈黙の後、ゆずかが呟く。

「ね、もうちょっとこのままで居ても良い? 」

「構わないわよ」

 ゆずかは嬉しくなって、喉の渇きなんて忘れてしまった。

 しかし、それは本当に『もうちょっと』でお仕舞いになる。

 インターホンの音。来客を知らせる音が二人きりの部屋まで届いた。

「来たみたいね」

 そのチャイムに心当たりがある様子のシオンは、ゆずかの身体を横にずらしながらムクリと起き上がる。

 それから、名残惜しそうに唸り声を上げるゆずかへ「ちょっと待っていて」と言い残して玄関へ向かった。まるで自分の家の様に。

 開けっ放しのドアから聞こえて来る一階の物音。体勢を整えて寝転び直したゆずかは、ぼんやりとその声を聞いていた。無意識に瞼が降りていく。

 一瞬意識を夢の中へ浸したが、額に触れる冷たさで再浮上した。

「結構アチィな」

「……うん? 」

「あ、ワリィ起こしたか」

 ぼやけた視界にはリンが映っていた。額の温度はリンの掌の物だったようだ。

 その冷んやり気持ちのいい手が離れて行って、シオンを指す。

「こいつだけじゃ心配だからな、必要そうなモン見繕って来たんだよ」

 シオンの持っていた袋の中身はスポーツドリンクとゼリー飲料。これは元々リンの家にあった物だった。それとは別に、リンの手にも袋が携えられていた。

「ったく、折角二手に別れたのに何にもしてないのかよ」

 悪態を吐いたリンが台所を使う間、スポーツドリンクをシオンに飲ませてもらったゆずかは掠れた声が少しマシになった。

「来てくれてありがとうね。風邪、移っちゃわないかな。今更だけど……」

「平気じゃないかしら。私達、魔法少女だし」

 分かるような分からないような事を言うシオンに、ゆずかは魔法って便利だなと思った。

 暫くの間、十秒で栄養補給出来る便利なゼリーをチビチビ食べているとリンが部屋に帰って来た。

 両手でお盆を持ち、腕と背中を使ってドアを開ける。その上には温かいうどんが乗せられていた。

「はい、お待ちどうさん。食べられる分だけ食べろ」

 小さな折り畳みテーブルに乗せられた器から、お出汁の良い香りが漂って来る。

「わぁ、ありがとうリンちゃん」

 ベッドに腰掛けていたゆずかは嬉しそうにテーブルへ向かう。

 横に同じ様にして座っていたシオンはその様子をじっと見て「私のは無いの? 」

「ねぇよ、なんで人様の台所借りて、アンタの飯まで作らにゃなんねぇんだ。お前はこっち」

 無表情に不満を少し滲ませたシオンには、コンビニ弁当が手渡された。

「……のり弁? 」

「揚げモンは好きじゃねぇんだろ? ご飯が入ってて、揚げモンがメインじゃないのはそれだけだったんだよ」

「よく知ってるわね、いただきます」

 シオンはほんの少し頬を緩ませ、付属の割り箸を開けた。

 熱々のうどんに息を吹き掛けながらその様子を見ていたゆずかは、満足そうに笑う。

「シオンちゃんとリンちゃんって夫婦みたいだね」

「はぁ? 誰がこんな奴と結婚するかっての」

「そうね、リンは私の好みじゃないわ」

「なんかそれはそれで癪だな」

 二人揃ってわざわざ看病に来てくれて、こうして自分の部屋でお昼ご飯を食べてくれている。ゆずかは昨日感じた疎外感が嘘の様に満たされた気持ちになっていた。

「今日は良い日だね」

「どこがだよ、風邪っぴき。それ食ったら、さっさと寝てさっさと治せ」

 不機嫌顔で凄まれた。そんなリンの物言いなんて怖くない。ゆずかはそう思いながら、緩い返事を返した。

 小さなテーブルに三人分の食事が並ぶ。コンビニ弁当のプラ容器やお盆がひしめき合って、窮屈そうだ。

 リンが選んだのはサラダうどん。別々になっているうどんとサラダを混ぜ合わせて、それに付属のドレッシングをかけるタイプだ。

「タルタルも使う? 」

 サラダと一心同体になったうどんを見て、シオンは自分ののり弁に付いていた白身フライ用のタルタルソースを差し出した。

「要らないんなら貰っとく」

 ドレッシングで染まったうどんに白いタルタルのラインが入る。

「これも、あげるわ」

 続いて、タルタルのペアであったはずの白身フライがシオンの箸によって運ばれて来た。

「お、ありがとよ」

 すっかりデラックス仕様になったサラダうどん。リンはその全てを混ぜ合わせてから、美味しく平らげるのだった。

 

     ˙˚°✰

 

 二人が帰って、再び静寂に包まれた自室。ゆずかはベッドに寝転んで、ぼんやりと天井を眺めていた。まだ、楽しげな二人の声が耳に残っている。

 お腹は満たされて、枕元にはいつでも飲めるようにと二人が置いて行ってくれたスポーツドリンクもある。心も身体も満たされて、もう寝ていられる程具合も悪くない。

 外は夕焼け空、浩一郎もじきに帰って来るだろう。

 今日は楽しかったなぁ。

 すっかり熱の下がった頭で、また三人でこの部屋に集まれると良いなと考えていた。

 

「ただいま」

 玄関ドアの音と、一晩聞かなかっただけで懐かしい気もして来る声。

 ゆずかは階段を駆け降りて、出来るだけ元気な声で言った。

「おかえり! お父さん」

「あぁ、ただいま。ってもうお風呂入ったのか? 」

 浩一郎はゆずかを目にするや否やそのパジャマ姿にふれる。普段ならまだ入浴には早い時間だ。

「いや、これは……お休みだから、つい一日パジャマで過ごしちゃった」

 ゆずかは風邪の事を浩一郎には黙っている事にした。もうほとんど平熱に戻っているし、喉や鼻の症状もない。余計な心配をかける必要も無いはずだ。

「休日だからって怠け過ぎると月曜日が大変だぞ」

「はぁい」

 上手く誤魔化せたようでほっとした。

 さて、真っ直ぐにお風呂へ向かった浩一郎が上がって来るまでに証拠隠滅といこう。

 弁当類のゴミはリン達が持ち帰ってくれていて、洗い物まで済ませてくれた。残る証拠といえば、浩一郎が食事用に置いて行った現金だ。

 ゆずかはダイニングテーブルに置かれた二千円を急ぎ回収した。

 でも、これどうしよう。

 このままお小遣いにしてしまうのは流石に良心が痛む。かといって、一銭も使わなかったと言えば怪しまれてしまうかも知れない。

 考えた末、一つ思い当たった。

 そういえば、リンちゃんのスカート汚しちゃったままだ。

 恐らくリンの事だからそんなものは要らないと突っぱねられてしまう。しかし、こういう事情だと説明すれば受け取って貰えるはず。

 義理も果たして証拠も隠す。我ながら良い考えだと悪人笑いをする、寝癖の中学生がそこに居た。

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