『大空スバルのひまわり観察絵日記。〜我が愛しのマダオ』 作:しまうまP
【○月×日 てんき:なみだのち、さいこーの日本晴れ】
叙々苑の肉を巡る全面戦争から数日。
お母さんが
「マリンちゃん、本当にちゃんと弁償する気あるのかしらねぇ」
なんて笑っていた、ある日の夕方のことだった。
学校から帰ってきたスバルが、いつものように
「ただいまー……」
と居間のドアを開けた。
そこには、いつもならスバルのジャージを着てゴロゴロしているはずの、あのマダオの姿がなかった。
テレビもついていない。
お肉の匂いもしない。
それどころか、押し入れを開けると、マリンが持ち込んでいたはずの変なポエムノートも、怪しい海賊の帽子も、全部綺麗になくなっていた。
「……え? マリン?」
スバルは家中を探したけれど、どこにもあの赤い不審者はいない。
テーブルの上を見ると、ぽつんと一枚の手紙が置いてあった。
『スバルちゃん、お母さん、今までありがとね。
次のお給料が入ったから、叙々苑の特上肉とドームのチケット、冷蔵庫に置いておくわ。
お姉さん、やっぱりトップアイドルだから、いつまでも一般の家庭に甘えてちゃダメだなって気づいたの。
短い間だったけど、本当に楽しかったよ。バイバイ!』
いつもみたいなふざけた文字じゃない。
驚くほど綺麗で、どこか寂しげな文字。
それを読んだ瞬間、スバルの頭の中が真っ白になった。
(え……? 本当に出て行っちゃったの……?)
毎日お風呂を占拠されて、お肉を食べられて、不審者アラートを鳴らして。
「早く出て行け!」
って、毎日毎日あれだけ怒鳴っていたはずなのに。
静かになりすぎたリビングを見渡した瞬間、胸の奥が、張り裂けそうなくらい痛くなった。
うるさくて、めんどくさくて、限界オヤジで。
でも、誰よりも自分を信じて泥臭く努力していて、ステージの上で世界一輝いていて、スバルのことを
「大好き」
だって真っ直ぐ言ってくれた、あの人が。
もう、この家にいない。
「……っ……ッ!」
スバルは手紙を握りしめると、靴も履き替えるのも忘れて、玄関を飛び出した。
夕暮れであかね色に染まる街を、涙で視界をぐしゃぐしゃにしながら、全力で走った。
「待てよ……! 勝手に出て行くなんて許さないからな……!!!」
あじさい公園の、あの出会いのベンチ。
そこに、大きなキャリーケースを横に置いて、寂しそうに夕日を眺めているマリンの後ろ姿が見えた。
「マリンのバカ野郎ーーーーーーーーーーーー!!!!!(大号泣)」
スバルは全力で走って、マリンの背中に思いっきり飛びついた。
「ひぇっ!? ス、スバルちゃん!?」
驚いて振り向くマリンの服の裾を、スバルは両手でギュッと掴んで、子供みたいに声をあげて泣いた。
「行かないでよマリン!!! 勝手に出て行くなよ!!! スバル、まだあんたにジャージ返してもらってないし! お肉の恨みも晴らしてないんだからな!!! 寂しいじゃんかよぉぉぉ!!! 一緒にいるのが、当たり前になってただろぉぉぉぉぉ!!!」
スバルの大号泣の告白に、マリンは目を丸くしていたけれど、やがて、困ったように、でも愛おしそうにふにゃりと笑った。
「スバルちゃん……。お姉さん、感動しちゃう。……でもね、私、ただの居候だし……」
「居候じゃなきゃいいんだろ!!!」
スバルは涙をゴシゴシと拭って、マリンの目を真っ直ぐに見据えた。
「もうさ……うちの家族になっちゃえばいいじゃん!!! お母さんだってあんたのこと大好きだし! スバルだって……あんたがいない毎日なんて、つまんないよ!!! だから、もうずっと、うちにいろ!!!」
「……スバルちゃん……ッ!」
今度はマリンの目に、ボロボロと大きな涙が溢れ出した。
「本当に!? 本当にずっとスバルのジャージ着て、お風呂に一番に入って、未来のお嫁さんルート目指してもいいのぉぉぉぉぉ!?」
「それは断固拒否だけど、家族としてなら、まぁ、お姉さんとしてなら、置いてあげてもいいよ!!!」
二人は夕暮れの公園で、お互いに泣きながら笑い合った。
その日の夜、我が家の食卓には、マリンが弁償した叙々苑の特上肉が山盛りになっていた。
お母さんは
「あらぁ、マリンちゃんが本当の娘(?)になるなんて、賑やかになって嬉しいわぁ」
と大喜び。
マリンはさっそくスバルの横にぴったりくっついて、
「お義母さん、これからは毎日スバルちゃんを愛でますね❤️」
なんて言って、お母さんと乾杯している。
スバルは、新しく買ったノートの表紙に、マジックで大きくこう書き直した。
**『大空家の、やかましい家族日記』**
最初の1ページ目、スバルは笑顔で、こう書き込んだ。
◇◇◇
【大空家の、やかましい家族日記:マリンが本当に出て行きそうになったので、スバルは恥を忍んで大泣きして引き止めた。
今日から、宝鐘マリンは我が家の正式な居候……じゃなくて、世界一ダメで、世界一カッコいい、私達の『家族』になりました。
……あ、お嫁さんの件は、家族会議の結果、満場一致で今後も永久に却下されることが決定しました! ざまぁみろマリン!!! これからもよろしくな!!!】
◇◇◇