『大空スバルのひまわり観察絵日記。〜我が愛しのマダオ』 作:しまうまP
【○月×日 てんき:どしゃぶりのち、心の雨】
始まりは、本当にほんの些細なすれ違いだったんだ。
その日、スバルは総合格闘技部の遠征の打ち合わせで、いつもより帰りが遅くなってしまった。
「やべっ、早く帰らなきゃ! マリン、今頃また赤ちゃんのおむつ替えでテンパってないかな……!」
土砂降りの雨の中、自転車を必死に漕いで、息を切らせて我が家のリビングに飛び込んだスバル。
だけど、部屋の中はいつもと違って、驚くほど静まり返っていた。
「あれ……? マリン? 赤ちゃんは……?」
見ると、ベビーベッドの中では赤ちゃんがすやすやと眠っている。
そしてその横のソファで、マリンがスバルのジャージを着たまま、小さくなって膝を抱えていた。
テーブルの上には、冷めきったスバルの分の晩ご飯。
「……遅かったね、スバルちゃん」
マリンの声は、いつもの
「おかえりなさぁ〜い❤️」
っていうおっさん臭いトーンじゃない。
信じられないくらい低くて、今にも消えちゃいそうな声だった。
「ご、ごめんマリン! 遠征の話が長引いちゃって……。留守中、大変だったろ?」
「ううん……お義母さんも手伝ってくれたし、大丈夫だった。……スバルちゃん」
マリンはゆっくりと顔を上げた。
その目は、少し赤く腫れている。
「スバルちゃん、最近ずっと無理してるでしょ。部活もやって、家事もやって、夜泣きにまで付き合って……。お姉さん、スバルちゃんが倒れちゃうんじゃないかって、毎日怖いの。……私のせいで、スバルちゃんの青春を全部奪っちゃってる気がして……」
「な、何言ってんだよマリン! スバルは自分で腹括って――」
「腹括らせちゃったのは、私でしょ!!」
マリンの叫びが、夜の部屋に響いた。
「もういいよ……。スバルちゃんは部活に集中して。お姉さん、一人で頑張るから。……今日で『育児格闘技部』は、廃部ね」
「マリン……!?」
言い返す前に、マリンはバッと立ち上がると、自分の着替えを掴んで、お母さんの部屋のほうへ逃げるように行ってしまった。
自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
(なんなんだよ、もう……。スバルは、マリンと赤ちゃんのために頑張ってたのに……!)
お互いがお互いを思いやるあまりに生じた、最悪のすれ違い。
夜の静けさが、いつもより何倍も重くのしかかってくる。
マリンのいないベッドは、信じられないくらい広くて、寒かった。
次の日の朝。
どんよりした気分のまま総合格闘技部へ行き、部活のジャージのポケットからノートを取り出す。
いつもならギャグ満載で埋まるはずのページが、真っ白なまま、スバルの涙で少しだけ滲んだ。
スバルは震える手で、今日の日記を、でも心からの本音を書き殴った。
◇◇◇
【心の雨の観測データ:些細なすれ違いから、マリンに『育児格闘技部廃部』を言い渡されてしまった。
あいつ、スバルの体調を心配して、自分のせいでスバルの青春が壊れてるって思い込んでやがる。バカ野郎。
スバルの青春は、部活だけじゃない。あいつと出会って、泥だらけのステップを見て、ドームでプロポーズされて(※公私混同)、一緒に赤ちゃんを育ててるこの毎日が、今のスバルの最高の青春なんだよ!!!
あいつが『お姉さん、一人で頑張るから』って言った時の泣き顔が、胸に刺さって離れない。
廃部なんて、絶対に認めない。
今日の部活が終わったら、速攻で家に帰ってあいつの胸にタックルブチかまして、全力で引き止めてやるからな。
待ってろよマリン、大空家のパパの本気のツッコミ(愛)を、今夜こそ見せてやるッス!!!】
◇◇◇
(続く)