世界英雄戦記 ~叛逆の雷帝~   作:完熟トマトマト

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第3話 怪物

クリフは地を蹴った。

 

その姿が掻き消える。

 

固有能力――《高速移動》。

 

親衛隊最速、《韋駄天》。

 

その異名に相応しい速度で、一瞬にしてエリアスとの間合いを詰める。

 

二振りの《メルクリウス》が閃く。

 

鋭い斬撃が空を裂いた。

 

次の瞬間。

 

放たれた斬撃は空中で二つに分かれる。

 

さらに四つ。

 

八つ。

 

分裂を繰り返した無数の斬撃が、四方八方からエリアスへ降り注いだ。

 

それだけでは終わらない。

 

クリフ自身も《高速移動》で死角へ潜り込み、ほぼ同時に二振りのレイピアを突き出す。

 

斬撃。

 

刺突。

 

分裂する刃。

 

親衛隊最速と《メルクリウス》を組み合わせた、本来なら回避不可能な連続攻撃。

 

――だが。

 

遅い。

 

親衛隊最速、《韋駄天》と称されるには。

 

あまりにも、お粗末な速度だった。

 

迷い。

 

動揺。

 

葛藤。

 

敬愛する隊長へ刃を向ける覚悟が、最後まで決まらない。

 

そのすべてが、クリフから”最速”を奪っていた。

 

エリアスは、その一瞬の揺らぎを見逃さなかった。

 

クリフの斬撃が、その身をすり抜ける。

 

気付いた時には。

 

エリアスは、すでにクリフの眼前へ立っていた。

 

右手が伸びる。

 

掌が、クリフの眼前で静止した。

 

「……っ。」

 

反応できない。

 

速すぎる。

 

違う。

 

(違う……。)

 

(隊長が速いんじゃない。)

 

(俺が……。)

 

(遅かった。)

 

本来の自分なら届いていた。

 

親衛隊最速、《韋駄天》。

 

そう呼ばれるだけの速さは、確かにあった。

 

だが。

 

隊長へ刃を向ける覚悟だけは、最後まで持てなかった。

 

(俺は……。)

 

(あなたを斬りたくなかった。)

 

(最後まで……。)

 

(あなたを敵だと思えませんでした。)

 

エリアスは短く息を吐く。

 

「……すまない。」

 

その一言だけだった。

 

次の瞬間。

 

掌から解き放たれた紅蓮の豪炎がクリフを包み込む。

 

轟音が王城の回廊を揺らす。

 

火柱は一瞬にして天井へ達し、やがて静かに消えた。

 

そこに、《韋駄天》クリフ・ノーランドの姿はなかった。

 

その刹那。

 

ヴァルターが現れた。

 

振り返る暇すらない。

 

エリアスの背後へ転移したヴァルターは、迷うことなく剣を振るう。

 

鋭い斬撃が首筋を狙う。

 

だが、エリアスの身体は炎へと変化し、刃は何の手応えもなく空を切った。

 

しかしヴァルターは止まらない。

 

次の瞬間には別の小石へ転移し、再び斬り掛かる。

 

さらに転移。

 

さらに斬撃。

 

目まぐるしく位置を変えながら、四方八方から攻撃を浴びせ続けた。

 

だが。

 

エリアスの身体は炎へと変化し、斬撃は何の手応えもなく空を切った。

 

次の瞬間。

 

ヴァルターは再び転移。

 

別の小石へ。

 

今度は側面から斬り掛かる。

 

しかし。

 

風刃が唸る。

 

ヴァルターは咄嗟に身体を捻り、その一撃を躱す。

 

着地した瞬間。

 

地面から岩槍が突き上がる。

 

さらに豪炎。

 

雷撃。

 

水刃。

 

休む間もなく異なる属性の攻撃がヴァルターへ襲い掛かった。

 

転移を繰り返しながら、その猛攻を紙一重で躱し続ける。

 

ようやく距離を取ったヴァルターは、静かにエリアスを見据えた。

 

「流石ですね。王国最強候補と称されるだけはあります。」

 

一瞬の沈黙。

 

「《転移》だけでは、反応されますか。」

 

そう呟くと、ヴァルターは右手の剣を静かに掲げる。

 

刀身が淡い光を放ち始める。

 

「ならば。」

 

「出し惜しみはできません。」

 

ヴァルターは剣先をエリアスへ向けた。

 

「私の剣の真髄を、お見せしましょう。」

 

刀身の輝きが、一層強く増していく。

 

溢れ出した光がヴァルターの全身を包み込んだ。

 

その姿が、ゆらりと揺らぐ。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

四人。

 

五人。

 

六人。

 

光が静かに収まる。

 

そこには、六人のヴァルターが並び立っていた。

 

「……分身か。」

 

エリアスが目を細める。

 

ヴァルターの右手に握られた剣。

 

幻想剣《ミラージュ》。

 

実体を持つ分身を生み出す能力を宿したダイダロスの遺産。

 

生み出された分身は本体と同等の身体能力を持ち、装備までも完全に再現する。

 

ただし、固有能力や魔法は受け継がない。

 

六人が同時に一歩踏み出す。

 

コツ――。

 

乾いた足音が回廊へ響いた。

 

石畳が僅かに軋む。

 

その瞬間、エリアスは理解する。

 

(足音……。)

 

(床が軋んだ。)

 

(幻影ではない。)

 

(実体を持つ分身か……。)

 

「厄介な能力だ。」

 

六人のヴァルターが同時に剣を構える。

 

次の瞬間。

 

全員の姿が、一斉に掻き消えた。

 

無数の小石が宙を舞う。

 

正面。

 

頭上。

 

背後。

 

左右。

 

六人のヴァルターは、それぞれ異なる軌道で小石を操り始めた。

 

次の瞬間。

 

小石と《転移》したヴァルターたちが、四方八方から一斉に斬り掛かる。

 

エリアスは身体を炎へと変化させ、その斬撃を受け流す。

 

間髪入れず雷となって距離を取り、風刃を放つ。

 

さらに岩槍が床を突き破り、豪炎が回廊を埋め尽くした。

 

しかし。

 

そのどれもが届かない。

 

攻撃が迫る寸前。

 

六人は別々の小石へ《転移》し、そのすべてを紙一重で躱していく。

 

再び小石が動く。

 

《転移》。

 

斬撃。

 

《転移》。

 

刺突。

 

《転移》。

 

六人は誰一人として同じ動きを見せない。

 

攻める者。

 

牽制する者。

 

退路を塞ぐ者。

 

次の《転移》の布石となる小石を配置する者。

 

すべてが、一人の思考によって寸分の狂いもなく連携していた。

 

「……なるほど。」

 

エリアスは六人を見据え、小さく息を吐く。

 

(違う。)

 

(厄介なのは分身じゃない。)

 

六人分の位置取り。

 

六人分の剣筋。

 

無数の小石の軌道。

 

《転移》の発動位置と、そのタイミング。

 

(これほどの情報量を、一人で演算し続けているのか……。)

 

(……化け物め。)

 

六人のヴァルターによる猛攻。

 

《転移》を繰り返しながら繰り出される斬撃。

 

エリアスは炎へと身体を変化させ、雷で距離を取り、風刃と豪炎で反撃する。

 

しかし、その攻撃もまた《転移》によって躱される。

 

互いに決定打を与えられない。

 

ヴァルターは静かに距離を取った。

 

「……埒が明きませんね。」

 

その視線が左手の剣へ落ちる。

 

「ならば。」

 

左手に握られた剣が妖しく輝き始めた。

 

逆刃剣《リバース》。

 

ダイダロスの遺産の一振り。

 

その斬撃によって刻まれた傷は、戦闘の余波によってやがて消える。

 

しかし。

 

空間へ刻まれた印だけは消えない。

 

そして術者が望んだ瞬間。

 

その刻印から、一度だけ同威力の斬撃を放つ。

 

壁。

 

床。

 

柱。

 

天井。

 

そして。

 

何もない空間。

 

これまでヴァルターが剣を振るったすべての場所が、攻撃の起点へと変わる。

 

――解放。

 

その瞬間だった。

 

壁から。

 

床から。

 

天井から。

 

何もない空間から。

 

無数の斬撃が一斉に射出される。

 

死角はない。

 

回避する隙もない。

 

さらに。

 

六人のヴァルターが同時に《転移》を繰り返しながら斬り掛かる。

 

全方位。

 

完全包囲。

 

エリアスは瞬時に六属性を切り替える。

 

炎。

 

水。

 

雷。

 

風。

 

岩。

 

砂。

 

身体を各属性へ変化させながら、怒涛の連撃を捌いていく。

 

だが。

 

《万象》にも、完全ではない弱点があった。

 

身体を属性へ変化させられるとはいえ、

 

全身を同時に変化させることはできない。

 

どれほど精密に制御しても、

 

必ず僅か一%だけ、肉体のまま残る部位が生まれる。

 

ヴァルターは、それを知っていた。

 

否。

 

戦いながら見抜いていた。

 

六人の視線が、同時に一点へ集まる。

 

(そこだ。)

 

攻撃が届く。

 

そう思われた、その瞬間――。

 

世界が、白く染まった。

 

炎。

 

水。

 

雷。

 

風。

 

岩。

 

砂。

 

本来、決して交わるはずのない六属性が、一つへ収束していく。

 

次の瞬間。

 

天地を揺るがす大爆発。

 

六属性が渦を巻き、エリアスを中心として全方位へ一斉に解き放たれた。

 

逃げ場など存在しない。

 

回廊は瞬く間に崩壊し、王城の一角が轟音とともに爆ぜる。

 

爆炎。

 

衝撃波。

 

砕け散る石壁。

 

猛烈な暴風が周囲すべてを飲み込んでいった。

 

「……っ!」

 

ヴァルターは咄嗟に無数の小石を後方へ射出する。

 

《転移》。

 

《転移》。

 

《転移》。

 

間一髪。

 

爆発の範囲外へ逃れたヴァルターは荒く息を吐いた。

 

「……はぁ…はぁ…。」

 

視線を上げる。

 

分身は六体。

 

いや。

 

違う。

 

三体が、爆発へ巻き込まれ消滅していた。

 

残ったのは、本体を含め三人だけ。

 

ヴァルターは土煙の向こうを見据える。

 

(今の攻撃は……。)

 

エリアス・ノール。

 

《万象》。

 

彼が同時に扱える属性は、最大二つ。

 

それが王国中の共通認識だった。

 

だが。

 

先程放たれた一撃は違う。

 

炎。

 

水。

 

雷。

 

風。

 

岩。

 

砂。

 

六属性すべてが、同時に放たれていた。

 

(あり得ない。)

 

(私の知り得る情報にはない……。)

 

その時だった。

 

コツ――。

 

静寂の中、足音が響く。

 

濃く立ち込める土煙の奥。

 

一つの人影が、ゆっくりと姿を現す。

 

そして。

 

その身体は。

 

六色の輝きを纏っていた。

 




ご覧いただきありがとうございます!

今回からヴァルターやクリフのダイダロスの遺産が本格的に登場しました。

ダイダロスの遺産は、それぞれ全く異なる能力を持っており、今後も様々な武器が登場予定です。

次回、エリアスとヴァルター。王国最高峰同士の戦いが、ついに決着します。

ぜひお楽しみに!
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