世界英雄戦記 ~叛逆の雷帝~   作:完熟トマトマト

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第4話 決着

コツ――。

 

静寂の中、足音が響く。

 

濃く立ち込める土煙の奥。

 

一つの人影が、ゆっくりと姿を現す。

 

その身体を包むのは、

 

炎。

 

水。

 

雷。

 

風。

 

岩。

 

砂。

 

六色の光。

 

互いに反発し合うはずの六属性が、一人の男の身体へ溶け込むように揺らめいていた。

 

ヴァルターは目を見開く。

 

「……馬鹿な。」

 

あり得ない。

 

《万象》エリアス・ノール。

 

彼が同時に扱える属性は、最大二つ。

 

それが王国の誰もが知る事実だった。

 

だが、目の前の光景は、その常識を根底から覆している。

 

六属性。

 

それも、同時に。

 

(そんなことが……。)

 

(可能なはずがない……。)

 

ヴァルターの頬を、一筋の汗が伝う。

 

卓越した演算能力を持つ彼の思考ですら、目の前の現象を理解できなかった。

 

やがて、エリアスが静かに歩みを進める。

 

六色の光が、その歩みに合わせてゆっくりと揺らめく。

 

その姿は、まるで人ではない。

 

ヴァルターは無意識に一歩、後退していた。

 

そして。

 

歯を食いしばりながら、思わずその言葉を吐き捨てる。

 

「……化け物めッ。」

 

エリアスは何も答えない。

 

ただ静かにヴァルターを見据え続ける。

 

その瞳には、揺らぎも驕りもなかった。

 

ただ、戦いを終わらせるという、静かな覚悟だけが宿っていた。

 

王城の回廊を、無数の斬撃と六属性が駆け巡る。

 

《転移》。

 

斬撃。

 

《転移》。

 

豪炎。

 

《転移》。

 

雷撃。

 

風刃が唸り、岩槍が床を突き破る。

 

激流が石壁を砕き、砂嵐が視界を覆う。

 

ヴァルターは無数の小石を操り、《転移》を繰り返す。

 

紙一重。

 

また紙一重。

 

頬を炎が掠める。

 

風刃が肩を裂き、鮮血が舞う。

 

岩の破片が腕を打ち据え、全身へ傷が刻まれていく。

 

それでもヴァルターは止まらない。

 

その瞳は、一瞬たりともエリアスから逸れることはなかった。

 

狙うのは、ただ一つ。

 

身体を属性へ変化させた際に、必ず一%だけ残る肉体。

 

その僅かな隙だけを狙い続ける。

 

《転移》。

 

刺突。

 

《転移》。

 

斬撃。

 

何度も。

 

何度も。

 

執拗なまでに、その一点へ剣を突き立てようとする。

 

しかし。

 

徐々に戦況は傾き始めていた。

 

六属性を同時に纏ったエリアスの猛攻は、あまりにも苛烈だった。

 

ヴァルターは少しずつ被弾を重ね、防戦へ追い込まれていく。

 

このままでは先に倒れるのは自分だ。

 

だが。

 

エリアスの動きにも、僅かな変化が現れ始めていた。

 

踏み込みが鈍る。

 

属性の切り替えに、ほんの一瞬の遅れが生じる。

 

六属性同時使用。

 

それは圧倒的な力と引き換えに、肉体へ凄まじい負荷を与える切り札。

 

長時間維持できる力ではない。

 

短期決戦のためだけに存在する奥の手。

 

ヴァルターはその変化を見逃さなかった。

 

(……まだだ。)

 

(この男は、ここで討たなければならない。)

 

もし生かしたまま王国の敵へ回れば。

 

その脅威は計り知れない。

 

王国にとって。

 

そして王にとって。

 

これ以上ない災厄となる。

 

ヴァルターは静かに息を吸う。

 

次の瞬間。

 

本体と二体の分身。

 

三人すべての身体が、淡い赤い光に包まれた。

 

エリアスはその光を見据え、静かに目を細める。

 

(強化魔法……。)

 

(オリジナルが施したか。)

 

赤い輝き。

 

あれは最大出力の身体強化。

 

そして分身にも、その恩恵が及んでいる。

 

直後。

 

三人のヴァルターが同時に姿を消した。

 

《転移》。

 

《転移》。

 

《転移》。

 

次の瞬間。

 

三人はエリアスの背後へ同時に現れる。

 

そして。

 

今回の戦闘において、最速の刺突が放たれた。

 

しかし。

 

見えている。

 

エリアスは振り向くことなく腕をかざす。

 

炎。

 

水。

 

雷。

 

風。

 

岩。

 

砂。

 

六属性が一つへ収束する。

 

次の瞬間。

 

エリアスの腕の先で、空間そのものが爆ぜた。

 

三人のヴァルターを巻き込みながら。

 

次の瞬間。

 

爆炎の中から、一つの影が飛び出した。

 

「――ッ!」

 

全身を黒く焼かれた人影。

 

その身体は勢いよく宙を舞い、エリアスの眼前へ迫る。

 

(ヴァルター……!)

 

エリアスが身構えた、その刹那。

 

違う。

 

その人影は微動だにしない。

 

黒焦げとなった分身だった。

 

エリアスが気付いた時には、既にその背後から一つの影が迫っていた。

 

ヴァルター・クロイツ。

 

残る分身を盾とし、自らはその背後へ身を潜めていたのだ。

 

(六属性の直撃……。)

 

(先頭は消滅した。)

 

(だが、最大出力の強化魔法で強化された二体目が、一瞬だけ爆発を耐えた……!)

 

その一瞬で十分だった。

 

ヴァルターは黒焦げとなった分身を掴み、前方へ投げ捨てる。

 

役目を終えた分身は、そのまま光の粒となって消滅した。

 

ヴァルター自身も満身創痍だった。

 

純白の外套は焼け焦げ、全身の至る所から血が流れ落ちている。

 

それでも、その瞳だけは鋭くエリアスを捉えていた。

 

左手の剣が一直線に突き出される。

 

エリアスは身体を属性へ変化させ、躱そうとする。

 

――その瞬間。

 

ヴァルターの左手から細剣が消えた。

 

《転移》。

 

代わって握られていたのは、一振りの純白の槍だった。

 

エリアスの瞳が、大きく見開かれる。

 

「……っ!」

 

ヴァルターの固有能力、《転移》。

 

それは、自身の魔力を帯びた物体同士を、自身を含め瞬時に入れ替える能力。

 

通常、転移できる対象は自身を中心とした半径五十メートル以内に存在し、なおかつヴァルター自身が認識しているものに限られる。

 

しかし、一日に一度だけ。

 

その制約を超越し、あらかじめ魔力を帯びさせておいた物体であれば、距離という概念を無視して《転移》することができる。

 

ヴァルターがその手に握る純白の槍。

 

それは王より「来るべき時まで決して使うな」と託されていた一本。

 

ダイダロスの遺産。

 

その最高傑作の一つ。

 

《天命槍アキレウス》。

 

古の名工ダイダロスが、とある伝説の武器を目指して造り上げた至高の槍。

 

その能力は、ただ一つ。

 

光の槍を放つこと。

 

放たれた光は、生物、魔法、そして他のダイダロスの遺産すら例外なく消滅させる。

 

だが、その力にも欠点は存在した。

 

射程は七十メートル。

 

攻撃範囲も人一人を飲み込めるほどの円に過ぎない。

 

ゆえに、この槍には絶対の命中精度が求められる。

 

槍身には十個の小さな宝石が埋め込まれている。

 

光の槍を放つたび、そのうち一つが輝きを失う。

 

すべての宝石が光を失った時、《アキレウス》はただの硬質な槍となる。

 

これまで四度、その力は振るわれていた。

 

ヴァルターは静かに《アキレウス》を突き出す。

 

純白の穂先が眩く輝いた。

 

次の瞬間。

 

一本の光が世界を貫く。

 

そして――

 

五つ目の宝石が、静かにその輝きを失った。

 

純白の光が、世界を貫いた。

 

速い。

 

否。

 

その光は、速さという概念すら置き去りにしていた。

 

エリアスは咄嗟に六属性を纏い、身体を属性へ変化させる。

 

しかし――間に合わない。

 

光は六属性を容易く貫き、その身を呑み込んだ。

 

静寂。

 

眩い閃光が消え去る。

 

舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく。

 

そこに立っていたのは――

 

エリアスの下半身だけだった。

 

胸部から上。

 

両腕。

 

頭部。

 

そのすべては、純白の光によって跡形もなく消滅していた。

 

力を失った身体が、その場へ崩れ落ちる。

 

鈍い音が、静まり返った回廊に響いた。

 

王直属親衛隊隊長。

 

《万象》エリアス・ノール。

 

王国最高峰と謳われた男は、この瞬間、その生涯に幕を下ろした。

 

そして静寂だけが、王城を支配していた。

 

ヴァルターはその場へ片膝をつく。

 

「……はぁ……はぁ……。」

 

荒い呼吸が、静かな回廊へ響く。

 

全身を襲う激痛。

 

焼け焦げた外套。

 

流れ続ける鮮血。

 

それでもヴァルターは静かにエリアスの亡骸を見つめた。

 

(……見事でした。)

 

《万象》エリアス・ノール。

 

間違いなく王国最高峰。

 

この私に《天命槍アキレウス》を使わせた、初めての男。

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

視線を王城の奥へ向けた。

 

(《雷帝》。)

 

(《鉄拳》。)

 

(《万象》。)

 

王国最高戦力たる三名が離反。

 

そして。

 

《万象》エリアス・ノール。

 

《韋駄天》クリフ・ノーランド。

 

二人は死亡。

 

王直属親衛隊七名のうち、四名を一度に失ったことになる。

 

(……まずい。)

 

王国にとって、これ以上ない損失。

 

それだけではない。

 

ヴァルターは静かに《アキレウス》へ目を落とす。

 

(使ってしまった……。)

 

王より。

 

「来るべき時まで決して使うな。」

 

そう命じられていた切り札。

 

王命に背いたことに変わりはない。

 

(いかなる処分も受け入れましょう。)

 

そう呟き、ヴァルターはゆっくりと歩き出す。

 

右手の《幻想剣ミラージュ》を腰の鞘へ納める。

 

そして。

 

床へ転がる一振りの細剣を拾い上げた。

 

《神速剣メルクリウス》。

 

かつて《韋駄天》クリフ・ノーランドが振るっていたダイダロスの遺産。

 

ヴァルターは周囲へ視線を向ける。

 

「……七人ですか。」

 

戦闘の音を聞きつけた王国騎士団。

 

いつの間にか回廊の入口には七人の騎士が立ち尽くしていた。

 

彼らは目の前の惨状に言葉を失っている。

 

ヴァルターは何も言わない。

 

ただ静かに《メルクリウス》を構えた。

 

一閃。

 

放たれた斬撃は空中で幾重にも分裂する。

 

次の瞬間。

 

七人の騎士は、一人残らず両断されていた。

 

血飛沫だけが静かに舞う。

 

ヴァルターは目を閉じ、小さく息を吐く。

 

「……申し訳ありません。」

 

その声は、誰へ向けたものだったのか。

 

倒れた騎士たちへか。

 

それとも。

 

既に息絶えた《万象》エリアス・ノールへか。

 

答える者はいない。

 

《天命槍アキレウス》。

 

王より託された、王国最高機密。

 

その存在を知ることを許された者は、国王と、もう一人の王直属側近のみ。

 

万象すら滅ぼすその力。

 

それを目にした者を、生かして帰すことは許されない。

 

それが。

 

王直属側近、ヴァルター・クロイツに課せられた使命だった。

 

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