王国最高戦力の一角である総団長も登場し、物語も少しずつ新たな局面へ進んでいきます。
それでは第五話、お楽しみください!
静まり返った回廊に、複数の足音が響く。
「ヴァルター!!」
先頭を駆けてきた男が声を張り上げる。
《剣鬼》ラインハルト・ヴォルフ。
第一から第十まで編成される王国騎士団。その第一騎士団を率いる団長であり、王都・王城防衛の最高責任者を務める男だ。
その後方には、第一騎士団の騎士たちが続いていた。
ラインハルトは全身血塗れのヴァルターを見るなり眉をひそめる。
「おい、ヴァルター! 大丈夫か!」
「何があった!? 襲撃か!」
ヴァルターは何も答えない。
ただ静かにラインハルトへ視線を向けるだけだった。
「……ったく。」
「すげぇ怪我じゃねぇか。」
ラインハルトは振り返り、後方の騎士へ叫ぶ。
「おい! 今すぐ治癒魔法が使える奴を――」
その言葉は、不意に止まった。
視界の先。
崩れた瓦礫の傍らに、一人の男が横たわっていた。
「…………。」
ラインハルトはゆっくりと歩み寄る。
胸部から上。
両腕。
頭部。
そのすべてを失った亡骸。
見間違えるはずがない。
「……エリアス。」
軍学校時代から苦楽を共にし、幾度となく戦場を駆け抜けた親友。
王直属親衛隊隊長、《万象》エリアス・ノール。
ラインハルトは固く拳を握り締めた。
「……嘘、だろ。」
しばらく立ち尽くした後、ゆっくりと周囲を見回す。
その瞬間、表情が険しく変わる。
血だまりの中に倒れる七人の騎士。
全員が見覚えのある顔だった。
第一騎士団の団員。
共に王都を守り、共に剣を振るってきた部下たち。
誰一人生きてはいなかった。
ラインハルトは唇を噛み締め、静かに呟く。
「……一体、誰だ。」
その声には怒りと悲しみが滲んでいた。
「俺の第一騎士団の団員と……。」
「戦友を殺したのは。」
静寂だけが、崩壊した回廊を包み込んでいた。
ヴァルターは静かに口を開いた。
「王城地下にて、《雷帝》レオナルド・ローゼズ、《鉄拳》ルイーゼ・アーデルハイド・レオノーレ、《万象》エリアス・ノールの三名が離反。」
「王命に従い、追撃を開始。」
「《韋駄天》クリフ・ノーランドは《万象》との戦闘により戦死。」
「《万象》エリアス・ノールは、私が討ち取りました。」
「《雷帝》と《鉄拳》は逃走。」
「現在、所在は不明です。」
「以上です。」
回廊に沈黙が流れる。
ラインハルトは俯いたまま、小さく口を開いた。
「……離反?」
ゆっくりと顔を上げる。
「エリアスが……離反した?」
信じられない。
あの男が。
誰よりも王国を想い、誰よりも騎士としての誇りを貫いてきた男が。
「何かの間違いじゃねぇのか。」
ヴァルターは首を横に振る。
「事実です。」
ラインハルトは拳を強く握り締めた。
「……理由は。」
「申し上げられません。」
その一言で、ラインハルトの眉がぴくりと動く。
「……そうか。」
短く返す。
しかし、その表情には納得ではなく、疑念だけが残っていた。
ラインハルトは倒れた団員たちへ視線を落とした。
そして、ゆっくりとヴァルターへ向き直る。
「……なぁ、ヴァルター。」
低く、押し殺した声。
「俺の第一騎士団の団員を殺したのも……お前か。」
ヴァルターは一切表情を変えない。
「……はい。」
「私が討ちました。」
その一言で、回廊の空気が凍り付く。
ラインハルトは目を閉じ、小さく息を吐いた。
拳を強く握り締める。
怒り。
悲しみ。
様々な感情が胸を駆け巡る。
それでも彼は剣へ手を掛けなかった。
目の前の男は王直属側近。
王命のもとで行動していることを理解していたからだ。
ヴァルターは静かに口を開く。
「《剣鬼》。」
ラインハルトはゆっくりと顔を上げる。
「王都全域へ非常警鐘を鳴らしてください。」
「全城門を封鎖。」
「《雷帝》レオナルド・ローゼズ、《鉄拳》ルイーゼ・アーデルハイド・レオノーレを国家反逆者として全国へ手配。」
ラインハルトは静かに首を横へ振る。
「……いや。」
「あの二人は親衛隊だ。」
「今から城門を封鎖したところで、もう王都を抜けてるだろう。」
ヴァルターは一瞬だけ目を閉じる。
「……その可能性は高いでしょう。」
「ですが、王命です。」
「可能性が僅かでもある以上、実行してください。」
しばらく沈黙が流れる。
やがてラインハルトは短く頷いた。
「……分かった。」
踵を返し、部下へ指示を出そうと歩き始める。
だが、数歩進んだところで足を止めた。
振り返ることなく、低い声で言う。
「……ヴァルター。」
「俺は、お前が嫌いだ。」
「昔からな。」
その言葉だけを残し、ラインハルトは第一騎士団を率いて走り去っていった。
ヴァルターは何も答えない。
ただ静かに、その背中を見送っていた。
一方、その頃――。
レオナルドとルイーゼは王都の屋根を飛び越えながら、王城から距離を離していた。
バチバチッ――。
蒼白い雷がレオナルドの全身を駆け巡る。
雷鳴とともに屋根から屋根へ跳び移り、一歩ごとに常人では追うことのできない速度で駆け抜ける。
その隣ではルイーゼが固有能力《金剛明王》を纏っていた。
黄金色の闘気が全身を包み込み、身体能力を極限まで引き上げる。
石畳を蹴るだけで地面にひびが入り、その反動だけで建物の屋根へ飛び移る。
二人は王都を縦横無尽に駆け抜けていく。
その速度を視認できる者は、この王国でもほんの一握り。
王直属親衛隊。
王直属側近。
各騎士団団長。
そして王国騎士団総団長。
それほどまでに、王直属親衛隊とは規格外の存在だった。
レオナルドは屋根の上から王城を一瞥する。
遠く王城の方角から、幾度となく爆音が響き渡る。
空へ立ち上る土煙。
揺れる大地。
異変に気付いた人々が足を止め、一斉に王城を見上げていた。
「何だ……?」
「王城の方じゃないか……。」
「訓練にしては派手すぎるぞ。」
不安げなざわめきが街中へ広がっていく。
だが、まだ誰一人として知らない。
王直属親衛隊が離反したことも。
王国最高峰同士が死闘を繰り広げていることも。
そして、この日を境にアルヴェリア王国の運命が大きく変わることも。
王国最高峰同士の激突は、なおも続いていた。
レオナルドは小さく目を伏せる。
「……隊長。」
ルイーゼも振り返ることなく呟いた。
「勝つよ、あの人は。」
その言葉に、レオナルドは何も返さない。
ただ前だけを見据え、再び雷を迸らせた。
二人の姿は、一瞬で王都の街並みへと消えていく。
「もう少しだ。」
レオナルドが小さく呟く。
目の前には王都を囲む巨大な城壁。
あそこを越えれば、王都の外。
ひとまず追撃を振り切ることができる。
ルイーゼはレオナルドへ視線を向ける。
「このまま一気に抜けるよ!」
「ああ。」
二人は同時に地面を蹴った。
バチバチッ――。
雷が弾ける。
黄金の闘気が唸る。
常人では目で追うことすら叶わぬ速度で、二人は一直線に城壁へ向かう。
あと数百メートル。
あと数十秒。
そう思った、その時だった。
レオナルドの表情が変わる。
「……止まって。」
ルイーゼは理由を尋ねることなく急停止する。
二人の前方。
城壁へと続く街道の中央。
一人の男が、腕を組んだまま静かに立っていた。
風が外套を揺らす。
その姿に見覚えがあった。
「……総団長。」
レオナルドが静かに呟く。
ルイーゼも苦笑いを浮かべる。
「はは……。」
「よりにもよって、一番会いたくない人が来ちゃったな。」
王国騎士団。
第一から第十まで編成される十の騎士団。
そのすべてを束ねる頂点。
王国騎士団総団長――《龍神》ドラグ・ヴァーミリオン。
王国最強候補の一人が、二人の行く手を静かに塞いでいた。
しかし。
総団長は剣に手を掛けようとはしなかった。
ただ静かに、二人を見つめていた。
二人が身構える中、総団長はゆっくりと視線をレオナルドへ向ける。
その腕に抱えられた、一人の少女。
「……フィオナか。」
行方不明となっていた王直属親衛隊の一人。
《聖女》フィオナ・ローゼズ。
その亡骸を見つめ、総団長は僅かに目を細めた。
次いで、レオナルドとルイーゼの周囲へ視線を移す。
「……。」
尋常ではない。
二人の身体から溢れ出る、とてつもない量のマナ。
まるで人の器を超えた奔流。
その異常な気配に、総団長は瞬時に答えへ辿り着く。
(……賢者の石。)
アルヴェリア王国の秘宝。
建国以来、王家のみが管理を許された国家最高機密。
その石から生み出される膨大なマナを知らぬ者はいない。
そして。
行方不明となったフィオナ。
王城で起きた異変。
賢者の石の持ち出し。
点だった情報が、一つの線として繋がる。
総団長は静かに息を吐いた。
「……やはり。」
「王は、何かを隠していたか。」
その瞳に宿っていたのは怒りではない。
長年胸の奥に抱き続けてきた、疑念が確信へ変わった者の眼差しだった。
レオナルドは総団長を真っ直ぐ見据える。
ルイーゼも黄金の闘気を解くことなく、一歩前へ出た。
張り詰めた沈黙。
やがて総団長が静かに口を開く。
「答える必要はない。」
「お前たちの顔を見れば分かる。」
その視線はレオナルドが抱えるフィオナの亡骸へ向けられる。
「……その娘は、王国を裏切るような人間ではない。」
次に、レオナルドへ。
「お前も。」
そしてルイーゼへ。
「お前もだ。」
総団長はゆっくりと目を閉じる。
「親衛隊。」
「その中でも、お前たちは王国への忠誠心が強かった。」
「そんな者たちが、揃って離反する。」
「それも隊長であるエリアスまで。」
静かに目を開く。
「理由がないはずがない。」
レオナルドは何も答えない。
総団長は続ける。
「私は真実を知らん。」
「だが、一つだけ確かなことがある。」
「お前たちは理由もなく国を裏切るような騎士ではない。」
ルイーゼは驚いたように目を見開く。
「……総団長。」
総団長は二人を真っ直ぐ見据えた。
「レオナルド。」
「一つだけ聞こう。」
「お前たちは……。」
「この国を滅ぼすつもりか。」
森を吹き抜ける風だけが、三人の間を静かに通り過ぎた。
レオナルドは静かに首を横へ振る。
「……違います。」
抱きかかえたフィオナへ視線を落とす。
「俺が望むのは、この国を滅ぼすことじゃない。」
「妹を、取り戻すことです。」
静かな声だった。
だが、その言葉には揺るぎない決意が宿っていた。
「そのために立ちはだかる者がいるのなら。」
レオナルドは総団長を真っ直ぐ見据える。
「俺は、その者を斬ります。」
一拍置き、静かに続けた。
「……たとえ、それが。」
「この国の王であっても。」
静寂が訪れる。
総団長はレオナルドの瞳を見つめたまま、何も言わなかった。
総団長は静かに目を閉じた。
風が三人の間を吹き抜ける。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか。」
短い一言。
それだけで十分だった。
総団長はレオナルドの腕に抱かれたフィオナへ、もう一度視線を向ける。
「お前の覚悟は理解した。」
「だが、私にも譲れぬものがある。」
静かに腕を組み直す。
「私は、この国を愛している。」
「民を。」
「領土を。」
「歴史を。」
「そのすべてを守るため、この剣を振るってきた。」
真っ直ぐレオナルドを見据える。
「故に。」
「国へ火種を生む者は、誰であろうと斬る。」
「それが盗賊でも。」
「英雄でも。」
「……王であってもだ。」
レオナルドは静かに頷いた。
互いの信念を理解した。
だからこそ、互いに一歩も譲れないことも。
総団長は二人へ背を向ける。
「行け。」
その一言に、ルイーゼが目を見開く。
「……いいの?」
総団長は振り返らない。
「今のお前たちを討てば、それは私の信念に反する。」
「だが。」
「次に会う時、お前たちがこの国へ牙を剥くというのなら。」
総団長はゆっくりと首だけを動かした。
「その時は、私がお前たちを斬る。」
レオナルドは小さく頷く。
「……ありがとうございます。」
レオナルドは小さく頷き、ルイーゼと共に歩き出す。
その時だった。
「……少し待て。」
総団長の声に、二人は足を止める。
総団長は腰の小袋から、一枚の漆黒の布を取り出した。
布とは思えぬほど滑らかで、光を吸い込むような黒。
「これは、遥か西方の国で編まれた希少な布だ。」
総団長は布をレオナルドへ投げ渡す。
「包んだものから漏れ出るマナを極限まで抑える性質を持つ。」
「大きさが中途半端でな。」
「使い道がなく、しまい込んでいた。」
レオナルドは布を受け取る。
総団長はレオナルドの腕ではなく、その周囲から溢れ続ける膨大なマナへ視線を向けた。
「……賢者の石。」
「それを持ち歩くのなら、その布で包め。」
「マナを感知できる者は各国を見渡しても、ほんの一握り。」
「だが、その一握りがお前たちを追えば、逃げ切るのは容易ではない。」
「余計なマナは、漏らさない方がいい。」
レオナルドは静かに布を見つめ、小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
総団長は小さく頷く。
そして、背を向けたまま最後に言葉を残した。
「もう、我が国へ戻ってくるな。」
「お前たちは、新たな火種を生み出す。」
短い沈黙。
「勘違いするな。」
「お前たちが悪いと言っているわけではない。」
総団長は静かに続ける。
「お前たちを、そこまで追い詰めた。」
「その責任は……王にある。」
その言葉を最後に、レオナルドはフィオナを抱き直し、ルイーゼと共に王都を後にした。
総団長は二人の姿が見えなくなるまで、ただ静かにその背中を見送っていた。
アルヴェリア王国。
建国以来揺らぐことのなかったその国は、この日を境に静かに軋み始める。
そして──
王直属親衛隊。
《雷帝》レオナルド・ローゼズ。
《鉄拳》ルイーゼ・アーデルハイド・レオノーレ。
二人の逃亡劇が、ここから始まる。
第五話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は第一騎士団団長《剣鬼》ラインハルト・ヴォルフ、そして王国騎士団総団長《龍神》ドラグ・ヴァーミリオンが初登場しました。
二人の設定やイラストについては、簡単キャラ紹介にも挿絵付きで順次追加していく予定ですので、ぜひそちらもご覧いただけると嬉しいです!
また、気になる点やご感想などがありましたら、お気軽にコメントしてください!
それでは、また次回!