浅雛さんが特級術師として頑張ります
2018年、春
呪術高専の敷地内、柔らかな木漏れ日と桜の花びらが舞い散る中庭のベンチ。
そこに、大人のメンズサイズほどもあるブカブカの特注制服に身を包んだ女性が、ぽつんと一人で座っていた。
浅雛蒼空。
現役の特級術師でありながら、眠気の限界にあるようなトロンとした寝ぼけ眼をして、膝の上に広げた古い分厚い本を、長い睫毛を伏せながらぽやぽやと静かにめくっていた。
そこへ、いつも通りの軽い足取りで歩いてくる五条悟と、まだ高専の制服に袖を通したばかりの一年生3人組の姿があった。五条は蒼空の姿を指差しながら、少し声を潜めて後ろの3人に語りかける。
「ほら、あそこにいるのが、さっき話した浅雛蒼空先生。僕と同じ、もう一人の『特級』だよ」
「えっ、あの人が特級……!? めちゃくちゃ美人だけど、なんか、すげー眠そうだな……」
悠仁が目を丸くして呟く。五条はニカッと笑って言葉を続けた。
「蒼空はね、通称『箱入りの特級』って呼ばれてて、高専の敷地から滅多に出ないんだ。だから普段はあんな風に一人で本を読んで過ごしてることが多いかな」
「へえ、箱入りねぇ……。ってか、スタイル抜群の美人なのにもったいない! なんでこんな男臭い高専にこんな綺麗なお姉さんがいるのよ」
野薔薇がふんふんと鼻を鳴らしながら、早くも蒼空の整った容姿に見惚れている。
「でも、なめるなよ二人とも。蒼空はめちゃくちゃ強いから。それに呪力操作が僕より丁寧で分かりやすいんだ。実は恵も、少し前から蒼空に簡単な呪力操作を習ってるんだよね」
五条に話を振られ、恵は少し気恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、小さく頷いた。
「……はい。五条先生の指導は感覚的すぎて意味が分かりませんが、浅雛先生の教え方は抜群に上手くて、本当に参考になります」
「おい恵! 僕の指導だって天才的だろ! ……ま、そんなわけでね、僕としても蒼空にはもっとみんなと関わってほしいから、今年から授業にも参加してもらおうと思ってるんだよね」
「マジか! 特級の先生に授業してもらえるなんて、なんか格好いいな!」
悠仁が拳を握って目を輝かせる。4人が近づいてくる気配に気づき、蒼空は本からゆっくりと顔を上げた。
「……ん? 五条ぉ……。その後ろの子たちはぁ……?」
ブカブカの萌え袖から小さく手を振り返しながら、おっとりと首を傾げる。普段は「天然のブラインド」の役割を果たす長い睫毛が眠たげに瞬いた。
「紹介するよ! 今期の一年生、僕の自慢の生徒たちだ。こっちが虎杖悠仁、そっちが釘崎野薔薇。恵はもう知ってるね」
五条の紹介に、悠仁と野薔薇がそれぞれ元気よく挨拶をする。
蒼空はトロンとした目を細めて、大人の「おっとり綺麗なお姉さん先生」としての洗練された穏やかな笑顔を浮かべた。五条から『今年から授業に参加してもらう』という話を聞いた瞬間、蒼空は胸がパッと明るくなるのを感じて、嬉しそうにパタパタと萌え袖を振った。
「ん……っ、授業ぉ……? わあ、嬉しいなぁ……。わたし、みんなの先生として、しっかりもののお姉さんとして精一杯がんばるねぇ……」
その言葉に、五条が「あはは、しっかりものかぁ」とからかうように笑う。
蒼空は胸元の大きなポケットから、小さくて可愛らしいメモ帳とペンをそっと取り出した。
「はじめての生徒たちにね、わたしからお祝いがあるのぉ。わたしね、和菓子がとっても大好きなんだ。あんみつとか、どら焼きとか……。だからね、今度みんなで一緒におやつを食べようねぇ……」
おっとりと微笑みながら、蒼空は早速ペンを構えて3人を真っ直ぐに見つめた。
「だからね、みんなの好きなものも教えて欲しいなぁ……。悠仁くん、釘崎ちゃん、恵くん、何が好きか教えてくれる……? 」
「えっ! 俺、パフェとか洋菓子も好きだけど、大福とかの和菓子も全然いけるっす!」
「私は銀座のオシャレなタルト! 高いやつ!」
「……俺は、生姜を使ったものなら何でも。あ、甘いものも何でも食べられます」
3人がそれぞれ嬉しそうに答える声を、蒼空はトロンとした目のまま、一文字ずつ愛おしそうに、拙いけれど丁寧な文字でメモ帳へ書き留めていく。
【虎杖くん:大福もいける。
釘崎ちゃん:タルト。
恵くん:しょうが、甘いもの。
みんなでおやつ。】
浅雛蒼空は胸のポケットにメモ帳を大切に仕舞いながら、心からの洗練された笑顔をみんなに咲かせていた。