『箱入りの特級術師』浅雛蒼空   作:おいしいお塩

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青春ですね


『放課後の二本立て、あるいはきらめく日々のポートレート』

高専に入学してから数ヶ月。

 

浅雛蒼空の学校生活は、お世辞にも順風満帆とは言えなかった。

 

「う、うぐっ……! あと……あとちょっと、空間の歪みを、はんぶんこに……!」

 

第二グラウンドの片隅。蒼空はメンズサイズのブカブカな制服の袖を握りしめ、必死に呪力を練り上げていた。だが、次の瞬間、脳を直接殴られたような激しい頭痛が襲い、ツゥ、と鼻から鮮血が伝い落ちる。

 

「──そこまで。蒼空、一回休みな」

 

見かねた硝子の声に、蒼空はその場に膝をついた。

 

入学以来、彼女は授業も任務も特訓も、誰より泥臭く頑張ってきた。呪力のコントロール自体は少しずつ滑らかになり、暴発することはなくなった。──けれど、それだけだった。

 

術式の燃費の悪さと脳への莫大な負荷は、どれだけ訓練しても一向に改善されない。威力が増すわけでもなく、数回術式を発動すれば、すぐに脳が焼き切れるような頭痛に襲われて倒れ込んでしまう。強さという意味での目に見える成果は、悲しいほどにゼロだった。

 

(わたし、やっぱりみんなの足手まといになっちゃうのかなぁ……)

 

普通なら心が折れてしまうような状況。だけど、蒼空の瞳は、まだ死んでいなかった。

 

実力で並ぶのが難しいなら、せめて心の距離だけでも。そう思った蒼空は、高専の「最強の二人」として周囲から恐れられ、近寄りがたいオーラを放っていた五条悟と夏油傑に対し、入学直後から持ち前の真っ直ぐさでグイグイと積極的に絡みに行ったのだ。

 

「五条くん、おはよう! 今日もサングラス格好いいねぇ!」

 

「夏油くん、その前髪ってどうやってセットしてるのぉ?」

 

最初は「何だこいつ、うっとうしいな」「浅雛さん、あまり距離が近すぎるよ」と煙たがっていた2人だったが、どれだけ冷たくあしらわれても、めげずにハキハキと笑顔で話しかけにくる蒼空の純粋さに、いつしか毒気を抜かれ、今ではすっかり普通に言葉を交わす仲になっていた。

 

そんな蒼空のひたむきさを、一番近くで見ていたのが家入硝子だ。

 

2人の女の子はすぐに大の仲良しになり、今では硝子も親しみを込めて『蒼空』と名前で呼んでくれる。

 

この映画鑑賞会も、元々はそんな2人のささやかな秘密の楽しみだった。

 

自習室のテレビを借りて、2人でこっそりお菓子を食べながら映画を観る。それが定番だったのだが、ある日、蒼空が持ち込んだ限定の高級チョコレートの匂いに釣られて、五条がふらりと自習室に顔を出したのだ。

 

『え、何これ美味そう。お前ら、いつもこんな美味いお菓子食べながら映画見てんの? ずるじゃん。俺も混ぜて』

 

チョコをはんぶんこしてあげると、五条は「美味っ!」と目を輝かせ、それ以来、すっかりお菓子目的でこの集まりに居座るようになった。さらに蒼空が映画好きだと知ると、五条も気まぐれに一緒に観るようになり、映画そのものの面白さにもハマっていった。

 

五条も一緒に観ると聞いた蒼空は、「できるだけ男の子が退屈しない、好きそうなものにしよう!」と一生懸命考え、それからは爆発やカーチェイスが満載の、派手なハリウッドのアクション映画をレンタルしてくるようになった。

 

すると今度は、映画の面白さに興奮した五条が『傑も来いよ! マジで車の爆発やべーから!』と夏油を強引に誘うようになり、最終的にこの「4人での映画鑑賞会」という特別な放課後が企画されるに至ったのだった。

 

「はい、お前らコーラとポップコーン。映画始めるよ」

 

硝子が炭酸の缶をテーブルにカツンと置き、部屋の電気を消してリモコンの再生ボタンを押した。

 

1本目は、五条が楽しみにしていたハリウッドのド派手なアクション映画。

 

画面の中でヘリコプターが墜落し、ビルが崩壊するたびに、自習室は大盛り上がりになった。

 

「ひゃはは! 見ろよ傑、あのカーチェイス、マジでありえねーだろ!」

 

「そうだね、悟。あの速度で激突して無傷なのは、もはや呪術の域だよ」

 

「あはは、すごいねぇ、車が空を飛んでるよぉ……!」

 

「うるさいよ五条、画面が見えない。……まぁ、頭を空っぽにして観るには悪くないスカッとする映画だね」

 

コーラを片手に、みんなで笑い、ツッコミを入れながら観る時間。硝子もポップコーンをつまみ、楽しそうに画面を見つめている。蒼空が必死にみんなに話しかけ、繋ぎ止めたからこそ出来上がった、眩しい青春の特等席がそこにはあった。

 

やがて1本目が終わり、画面にエンドロールが流れる。

 

「あぁー、面白かった! じゃあ次は、わたしがずっと観たかった映画、流してもいいかなぁ……?」

 

蒼空が少しはにかみながら、2本目のディスクをセットした。それは、蒼空がずっと気になっていた、静かで切ない街の恋愛映画だった。

 

「恋愛映画ぁ? ま、いーけどさ」

 

五条がソファに深く体を預け、夏油も「たまにはそういう静かなお話もいいね」と頷く。

 

──しかし

 

映画が始まって、わずか5分。

スクリーンにお洒落なピアノの旋律が流れ、主人公たちが静かに語り合い始めたその瞬間、ソファの右側から「すー……すー……」という規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「……あれぇ?」

 

蒼空がそっと視線を向けると、さっきまであれほど騒いでいた五条が、口を半開きにして爆睡している。

 

さらにその隣では、いつも生真面目な夏油までもが、前髪を少し揺らしながら、五条と完全にシンクロするような綺麗な姿勢で深い眠りに落ちていた。

 

(う、うわぁ……。やっぱり男の子には、こういう静かな映画は退屈だったかなぁ……。せっかく4人で観るのに、選択、失敗しちゃったかも……)

 

必死に作った4人の時間を台無しにしてしまったかもしれないと、蒼空がちょっとしょんぼりして、大きすぎる袖で顔を隠そうとした、その時。

 

トン、と隣に座る硝子が、蒼空の肩を優しく小突いた。

 

「気にしなくていいよ、蒼空」

 

硝子はコーラの缶を傾け、眠りこける男子2人を呆れたように一瞥すると、クスッと悪戯っぽく微笑んだ。

 

「あのクズどもは放っときな。色気より食い気のバカと、普段から難しいことばっかり考えて脳みそ疲れてる前髪なんだからさ。せっかくの静かな映画なんだから、ここからは私たち女の子だけで、のんびり楽しもう?」

 

「硝子ちゃん……! うん、そうだねぇ、いっしょに観よぉ……!」

 

硝子のさっぱりとした優しさに救われ、蒼空のぱっちりとした瞳に、温かい笑顔が戻った。

 

2人はそっと、眠っている五条と夏油の肩にブランケットをかけてあげると、寄り添うようにして画面に視線を戻した。

 

テレビの淡い光が、自習室を優しく照らしている。

 

蒼空は手元の大切なメモ帳を取り出し、まだまどろみのない、凛とした綺麗な丸文字で、そっとこう書き留めた。

 

 

『五条くんと夏油くん、映画が始まって5分で爆睡! でも、すっごく気持ちよさそう。硝子ちゃんが「2人は放っとこう」って笑ってくれて、すっごく嬉しかったなぁ。わたしがグイグイ行って作ったこの4人の時間が、いっぱーい、だーーい好き!』

 

 

どこまでも澄み渡る青空のような、誰も傷ついていない、きらめく夏の第1ページ。

 

心地よい映画の音楽と、男子たちの静かな寝息に包まれながら、4人の放課後はゆっくりと更けていくのだった──

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