『箱入りの特級術師』浅雛蒼空   作:おいしいお塩

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過去編は一気にあげていきます
明日に続きます


『青い夏のひび割れ、あるいは届かない祈り』

「五条、夏油、いってらっしゃぁい! 任務、いっぱーい頑張ってねぇ。お土産は美味しいお菓子がいいなぁ!」

 

2006年の初夏。高専の正門前で、浅雛蒼空はメンズサイズの大きな袖をちぎれんばかりに振って、笑顔で2人を送り出した。

 

星漿体・天内理子の護衛任務。いつも通りの、ちょっと大きくて特別な任務。ただそれだけだと思っていた。

 

サングラスを指で弄りながら「ったく、お前は呑気でいいなー」と笑う五条と、「ああ、行ってくるよ、浅雛さん。硝子と良い子で待っているんだよ」と優しく微笑む夏油。

 

2人の背中が、眩しい夏の光の中に溶けていく。

 

まさかあの背中が、あんなにもボロボロになって、あんなにも遠くなって帰ってくるなんて、この時のわたしは思いもしなかったんだ──

 

 

 

数日後

 

任務から戻ってきた2人の空気は、完全に一変していた。

 

「あはは! 蒼空、見てよこれ! 俺、反転術式も、赫も、無下限の自動選択もぜーんぶできるようになったわけ! ほら、もう誰も俺に触ることもできない。マジで俺、最強になっちゃった!」

 

自習室で、五条は以前よりもずっとギラギラとした、圧倒的な呪力を全身から放ちながら笑っていた。その姿は神々しいほどに美しく、空間すらも彼を拒絶しているかのように残酷だった。

 

彼はたった一人で、世界の頂点へと駆け上がってしまったのだ。

 

「……うん、すごいねぇ、五条。本当に、すっごく強くなったんだねぇ……」

 

蒼空は笑ってみせたけれど、その瞳は自然と、部屋の隅のソファに座る夏油へと向いていた。

 

「夏油、任務、本当にお疲れさまぁ。あの……体、どこも痛いところはない……?」

 

「ああ、心配いらないよ、浅雛さん。私はどこも怪我なんてしていないさ。……少し、疲れているだけだからね」

 

夏油はいつものように、穏やかで丁寧な声でそう言った。

 

でも、その顔は驚くほどに青白く、どこか酷く痩せてしまったように見えた。何より、いつもは五条の言葉に楽しそうにツッコミを入れていた彼の視線が、今はどこか遠く、底知れない暗闇の底を見つめているようで──

 

(ダメだ……。このままだと、何かが絶対に、ダメになっちゃうよぉ……)

 

4人で集まってハリウッド映画を観て、お菓子をはんぶんこして笑い合っていたあの時間が、パキパキと音を立ててひび割れていくのが分かった。

 

五条は、一人で強くなりすぎて、このままだと誰の手も届かないところで『ひとりぼっち』になっちゃいそうで、見ていてすごくハラハラする。

 

そして夏油は、隣を歩いていたはずの親友が遠くへ行ってしまったことに、静かな寂しさを抱えている。それだけじゃない。彼の呪力の底からは、今にも決壊しそうな、ドロドロとした辛そうで苦しい悲鳴が聞こえてくるような気がした。

 

「よし……! わたしも、もっともっと、特訓頑張らなくちゃ……!」

 

バラバラになりそうな4人を繋ぎ止めたくて、蒼空は毎日、吐き気がするまでグラウンドで空間を歪ませ続けた。

 

けれど、現実は無情だった。どれだけ脳を酷使しても、術式の威力も燃費も何一つ変わらない。数回使えば、すぐに激しい頭痛でその場にぶっ倒れ、硝子ちゃんのいる保健室のベッドへと運び込まれる日々。強さの成果なんて、これっぽっちも出なかった。

 

夕暮れの保健室。白い天井を見つめながら、蒼空はぎゅっと拳を握りしめた。

 

分かっている。今の、こんなにも弱くて不器用なわたしの言葉じゃ、あの2人の心には、本当の意味で届かないんだ。

 

「大丈夫だよ」って、どんなに綺麗ごとを言ったって、命懸けの最前線で孤独に戦う2人にとっては、ただの気休めにしかならない。

 

 

五条の隣に並んで、「一人じゃないよ」って手を握ってあげたい。

 

夏油の隣に並んで、彼が抱えているその言葉にできない辛さも、苦しさも、全部はんぶんこして背負ってあげたい。

 

 

そのためなら、わたしの身体なんて、脳みそなんて、どうなったって構わない。

 

(待っててね、五条、夏油……。わたし、絶対に強くなるから。二人の寂しさも、辛さも、全部一緒に分けてもらえるくらい……絶対に、二人のいる場所に、追いついてみせるから……っ!)

 

夕闇が迫る保健室の中で、蒼空はポケットのメモ帳を強く、強く抱きしめた。

 

ぱっちりとした瞳に、哀しいほどの悲壮な決意の光を宿しながら、浅雛蒼空の「覚醒へのカウントダウン」が、静かに時を刻み始めていた──

 

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