2007年 4月X日
高専に来てから二週間が経った。東京の空気にはまだ慣れないけれど、同級生のみんなは本当に個性的で退屈しない。
五条くんは相変わらず我がままで生意気だけど、任務の時は本当に頼りになる。硝子ちゃんは不器用な私をいつも気遣って、隣で髪を梳かしてくれる優しいお姉さんみたい。そして夏油くん。彼は一番話しやすくて、私の拙い話をいつも穏やかに微笑みながら聞いてくれる。
この三人となら、どんなに厳しい呪術師の道でも、きっと笑顔で歩んでいける気がする。明日も任務、みんなの足を引っ張らないように頑張ろう。
2007年 8月X日
今日も茹だるような暑さの中、任務が終わった。
最近、術式を使うたびに頭の奥が少しぽかぽかして、軽いお昼寝の後みたいに意識がぼんやりすることが増えた。硝子ちゃんに診てもらったけれど、原因はよく分からないみたい。
でも、みんなの隣に立つためだもん。これくらい、なんてことない。
今日の帰り道、夏油が冷たいラムネを買ってくれた。ビー玉がカラリンと鳴る音がすごく涼しくて、なんだか嬉しかったな。忘れたくないから、ここに書き留めておく。最近ちょっと文字を書くのに時間がかかるようになってきた。気をつけなきゃ。
2007年 8月X日
最近、朝起きると、昨日なにをしたか一瞬思い出せない時がある。
ノートに「忘れない、忘れない」って何度も書き殴っている自分の文字を見て、少し怖くなった。脳の境界線が少しずつ融けていくみたい。これが私の術式の【まどろみの代償】なんだと思う。
でも、五条も硝子ちゃんも、それに夏油も、最近すごく辛そうな顔をしてる。みんな、一人で何かを抱え込んでる。私だけが弱音を吐いて、みんなの負担になるわけにはいかない。
しっかりしなきゃ。大丈夫、私はまだちゃんと文章だって書けるし、みんなのことも、あのラムネの味だって、ちゃあんと覚えているから。
2007年 9月X日
硝子ちゃんから、連絡があった。
五条も帰ってきたけれど、二人とも見たことがないくらい暗い顔をしていて、私に何も話してくれない。
でも、分かってしまった。高専の結界の外が、すごく騒がしい。みんなが「夏油傑」の名前を怒った声で呼んでいる。
夏油が、たくさんの非術師を殺して、遠くへ行ってしまったって。もう高専には戻らないって。
嘘だよね。だって、次の映画の約束、まだ決めてないのに。夏油は、私のことを守ってくれるって、あの廊下で約束してくれたのに。
なんで、いっちゃったの。
どうして、わたしを置いて、ひとりでいっちゃうの。
夏油のばか。わたしのなまえ、もうよんでくれないの。
あたまが、すごく、いたい。熱くて、ドロドロして、なにかが融けていく。
いやだ、わすれたくない。夏油の、あのやさしいかお、わすれたくない。
まって、おいていかないで。わたし、もっと、つよくなるから。
だから、みんな、かえってきて。
五条も、硝子ちゃんも、なかないで。
あたまのなかが、ずっと、まっしろで、ぽかぽかして、
かなしいのに、なみだが出るのに、
なんだか、すごく、ねむたいなぁ……
2007年 9月X日
きょうも、みんな、おそい。
にしのそらが、すごくだいだい色で、きれいで、
なんだかちょっと、さびしい色だった。
ノートをよんで、えいがの約束を、おもいだす。
つぎは、夏油のすきな映画にするんだ。
五条は、おかしをいっぱいたべる。
硝子ちゃんは、となりにすわって、わたしの髪をさわってくれる。
なんだか、さいきん、あたまの中がずっとぽかぽかして、
まどろみのなかにいるみたい。
いろんなことを、すこしずつ、わすれていっちゃうみたいだけど、
みんなのなまえと、この約束だけは、
ぜったいに、ぜったいに、わすれたくないな。
みんな、はやく、かえってこないかなぁ……
読んでいただきありがとうございます
そろそろおわりですね