『箱入りの特級術師』浅雛蒼空   作:おいしいお塩

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今回も短めです
このあとは何本かおまけパートが入る予定です


起首雷同篇・エピローグ2

八十八橋での過酷な戦いから数日

 

激しい呪毒に侵されていた釘崎野薔薇の肌は、浅雛蒼空の『正緋』によって完全に元の美しい白さを取り戻し、伏黒恵の骨折も綺麗に結合していた。細胞の細かな修復を終えた3人は、すっかり元の元気な姿で高専の敷地内を歩いていた。

 

「なー、やっぱりあの時の浅雛先生、なんかおかしかったよな」

 

自販機の前で紙パックのジュースを飲みながら、虎杖悠仁がふと眉を下げて呟いた。

 

「俺の手を握りながら、急にボロボロ涙流してさ……。すぐに家入先生が『気のせい』って連れてっちゃったけど、俺、なんかずっと気になってんだよ」

 

「……あのおっとりした人が、あんな風に取り乱すの、初めて見た」

 

伏黒も缶コーヒーを片手に、真剣な目を地面に落とす。

 

「あんたたちも気にしてたわけ?」

 

釘崎が腕を組んで、フンと鼻を鳴らした。

 

「いつもおっとり綺麗なお姉さんぶってるくせに、あんな顔されたらこっちまで調子狂うじゃない。……だったらさ、元気付けるために何かサプライズでも仕掛けなさいよ」

 

「サプライズ! いいなそれ!」

 

虎杖がパッと顔を輝かせる。

 

「じゃあ、まずは浅雛先生の『好きなもの』のリサーチだな! ……俺知ってるぜ、先生、映画がめちゃくちゃ好きなんだ! ほら、サメが空飛ぶやつとか、サイボーグが異星人と素手で殴り合うやつとか、ああいう最高にイカしたZ級アクションを観ると、先生いっつも『おもしろいねぇ……!』って爆笑してんだよ!」

 

「却下」

 

釘崎が即座に、般若のような顔で虎杖の頭をはたいた。

 

「わざわざ先生を誘って、なんでそんなドブ泥みたいなクソ映画見せなきゃいけないのよ! 絶対にそんなの見たくないわ! もっとこう、女子が喜ぶオシャレなやつよ!」

 

「えぇー、おもしろいのに……。じゃ、じゃあ、他の人にも聞いてみようぜ!」

 

3人はさっそく、高専の仲間たちへ聞き込みを開始した。

 

グラウンドのベンチでは、2年生の先輩たちがそれぞれの印象を口にした。

 

「蒼空の好きなもの? あいつ、いっつも美味そうにお菓子食ってるだろ。任務のお土産に大福とか渡すと、モデルみたいな体型のくせに、すっごく嬉しそうに『美味しいねぇ』って食べるぞ」

 

「あと、俺のふかふかのお腹の上でお昼寝するのが好きだな! 『パンダくんのお腹は、世界で一番あったかいねぇ……』って、いつも寝ぼけ眼で丸くなってるぜ」

 

「しゃけ」

 

続いて、資料室の前で通りかかった一級術師、七海建人にも話を聞いてみる。

 

「浅雛さんですか。そうですね……彼女は今でこそ少し物忘れが多いですが、昔からよく高専の図書室や人気の無い場所で、一人で静かに読書をしていましたよ。旅の物語やエッセイなどを、とても大切そうに読んでいた記憶があります」

 

校舎の廊下を歩いていると、ちょうど自販機で激甘の缶コーヒーを買おうとしていた五条悟に捕まった。

 

「お、1年生3人が揃って僕に何の用? もしかして僕への愛の告白?」

 

「違います。浅雛先生の好きなものを教えてください」

 

伏黒の冷徹な一言に、五条は「ちぇー」と唇を尖らせながらも、嬉しそうにサングラスの奥の目を細めた。

 

「蒼空の好きなものねぇ。お菓子が好きだよ、特に和菓子。僕がスイパラで山ほどケーキ食べてる隣で、蒼空は温かいほうじ茶飲みながら、あんみつをちびちび食べるのがお決まり。……あ、僕の缶コーヒーもおねだりしてくるよ? 自分のほうじ茶でこっそり薄めて飲んでるの、実は全部バレてるんだけどね」

 

五条はくすくすと笑い、それから少しだけ声をトーンダウンさせた。

 

「あとは、映画も好きだよ。恋愛映画とか……本当は好きなんじゃないかな。僕はそういうの観ると、開始早々に眠くなっちゃうんだけどさ」

 

「恋愛映画! ほら見なさいよ、Z級サメ映画男!」

 

釘崎が勝ち誇ったように虎杖を睨みつける。

最後に3人が向かったのは、地下の医務室だった。白衣姿でタバコを咥えようとした家入硝子は、3人の企みを聞くと、ふっと優しく目を細めた。

 

「あいつのサプライズね……。蒼空はね、あんまり甘くない和菓子が好きなんだよ。とくにあんみつとどら焼き。あいつ、自分の好物よりも『みんなと一緒のものを食べる』ほうが好きだから、自分が何を食べたいかって、あんまり言わないんだけどさ」

 

硝子は灰皿に灰を落とし、遠い目をする。

 

「映画は……最近はあんまり自分から観に行ってないみたい。……だけど、今でも本は好きだよ。遠くの綺麗な風景とか、海が描かれた旅行記をね、何度も新鮮に楽しそうに読んでる」

 

「よし、決まったわ!」

 

釘崎が拳を握りしめる。

 

「私が最高の名作映画をセレクトする。虎杖と伏黒は、先生の好きな和菓子を用意しなさい。今日の放課後、浅雛先生を談話室に拉致するわよ!」

 

その日の放課後。

談話室のソファに、大きすぎる萌え袖の制服を着た浅雛蒼空が、ぽやぽやとした猫背のまま座らされていた。

 

目の前のテーブルには、虎杖たちが用意したお取り寄せの「高級あんみつ」と「どら焼き」、そして淹れたての温かいほうじ茶が並んでいる。

 

「ふぇ……? あれぇ、みんなして、どうしたのかなぁ……? わたし、何かお仕事、忘れちゃってた……?」

 

とろんとした寝ぼけ眼をさらにトロンとさせて、蒼空は自分のポケットに隠したメモ帳をぎゅっと握りしめた。

 

「違う、違う! 浅雛先生、これ、俺たちからのサプライズ!」

 

虎杖が満面の笑顔で、和菓子の器を差し出す。

 

「この前、任務から帰ってきたときさ、先生、急にボロボロ泣き出したじゃん? 俺たちのこと心配してくれたのは嬉しいけど……先生の様子がおかしかったから、みんなで元気づけようと思って!」

 

「……?」

 

その言葉を聞いた瞬間、蒼空はコテン、と小首を傾げた。その瞳には、嘘偽りのない純粋な困惑だけが浮かんでいる。

 

「わたしが……お外で、泣いちゃったぁ……? ん……おかしいなぁ、そんなこと、あったかなぁ……?」

 

「え……?」

 

虎杖の手がピタリと止まる。

 

「伏黒くんの骨が繋がって、釘崎さんのお肌から毒が消えて……うん、硝子ちゃんが『わたしの仕事がなくなるじゃない』って怒りに来たのは、メモ帳に書いてあるんだけどねぇ……。わたしが泣いちゃった記憶は、どこにもないよぉ……?」

 

蒼空は、ぽやぽやとした丸文字で書かれた最新のメモページをみんなに見せた。そこにはみんなが無事に治ったことだけが嬉しそうに書かれており、自身が涙を流した記述は一行もなかった。

 

(忘れてる……? あんなに、胸が締め付けられるみたいに泣いていたのに……?)

 

虎杖と伏黒、そして釘崎の間に、一瞬だけ言葉にできない奇妙な違和感と、冷たい風のような切なさが通り抜けた。

 

しかし、蒼空はすぐに、大人の「おっとり綺麗なお姉さん先生」としての洗練された穏やかな笑顔を崩さずに微笑んだ。

 

「でもねぇ、みんなが、わたしのことを考えて、こんなに美味しそうなお菓子を用意してくれたこと……。わたし、すっごく、すっごく嬉しいんだよぉ……!」

 

そう言って、蒼空は大きすぎる萌え袖の手でスプーンを持ち、あんみつをパクリと口に運んだ。

 

「んん〜っ……! 美味しいねぇ……! お豆がとっても優しくて……。虎杖くんも、伏黒くんも、釘崎さんも、ほら、一緒に食べようねぇ」

「……っ、うん! 美味いな、先生!」

 

虎杖は「なんか変だな」という胸の引っかかりを一度心の奥に押し込み、元気よく笑って自分たちの大福に噛み付いた。

 

部屋の電気が消され、釘崎が選んだ「ちょっぴり切なくて温かいヒューマンドラマ映画」が画面に映し出される。

 

暗い部屋のなか、テレビの光が蒼空の長い睫毛を照らし、無意識に作られた『天然のブラインド』が光の屈折を優しく和らげていた。

 

蒼空は、生徒たちと並んで美味しいお菓子を食べながら、画面のなかの「誰かと誰かが心を通わせる姿」を、すっごく愛おしそうに見つめている。

 

(あ、あれぇ……? わたし……こういう映画、前にも……だれかと、一緒に……?)

 

まどろみの奥底で、何かが小さくさざ波を立てたような気がしたけれど、やっぱり何も思い出せない。

 

それでも、隣で「このシーン、マジで泣けるわ……」と鼻をすする釘崎や、静かに画面を見つめる伏黒、少し退屈そうな虎杖の温もりを感じながら、蒼空は幸せそうにほうじ茶をずずっと口に含んだ。

 

「みんなと一緒に食べるお菓子は、世界で一番、美味しいねぇ……」

 

過去の残酷な限界も、名前を失くしたあの夏の親友のことも、今のわたしの脳からは少しずつ消えていってしまうけれど。

 

 

今、この温かい光の中にいられることが、浅雛蒼空にとって何よりの救いだった──

 

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