「はぁ……」
「どうしたんだい? ため息なんてついて」
「いや、なに、最近少し忙しくてな。その上、寝ても疲れが抜けなくて」
大学の食堂で俺はため息をついた。側にいる女が、あまりにも巨大なパフェを食べながら真意を尋ねてくる。大した理由でもないので取り繕うが、女の視線はこちらを縫い止めて離さない。……こいつの前でやるんじゃなかった。
「ああ……、まあそうだな。バイトやら課題やらで忙しいというだけだ。大学生のよくある悩みだよ」
「いつも言っているけれど、そんなに大変ならさっさと僕に買われたらいいのに」
「やめろ金持ち発言。いや金持ちというか、倫理観が無いというか」
側にいる女は相変わらずおかしな発言をしてくる。こいつは冗談みたいに言うが、実際にやりかねないから怖い。長年の付き合いで知っているが、それを真実にできるほどの資産を持っているからだ。
「ま、嫌だね。苦労は買ってでもするべきっていうだろ? というか、変な金銭感覚を今のうちにつけたくないんだ」
「強情だなぁ。ひと束ぐらいなら誤差だよ。君がトイレに行っている間にでも鞄の中に入れておいてあげるね」
「お前の発言のせいで、俺は今日常に鞄を手放せなくなったんだが」
足元に置いていた鞄を自らの体に抱き寄せる。女は肩をすくめて、不満げな表情をした。
「冗談だよ、冗談。君は真面目なんだから」
「これ関連で冗談じゃなかったことあったよな」
「たかだか一回のお茶目ぐらい気にしない、気にしない」
「その一回以外はお茶目じゃないってことか?それなら、よりタチ悪いんだが」
見てるだけで口の中が甘ったるくなりそうなパフェが消えていくのを眺めながら、コーヒーを飲む。凝り固まった肩を回せば、パキパキという音が鳴った。
「今は何をしているんだい?」
「動画編集が基本だな。最近はshortの作成や生配信の切り抜きの依頼が多い」
「それでも疲れるものなのかい?」
「見てる分には普通に楽しいんだがな。有名な事務所に所属している人はその辺りが上手いから」
「コンビニでバイトしながら、それもするんだろう?そんな生活をしていたら、近いうちに体を壊してしまうよ?」
「しゃーねーだろ。親に自分で学費稼げって言われてんだから」
コーヒーカップの水面に俺の顔が映った。顔色が悪くても、このコーヒーの色ではわからない。
「忙しいのはお前もじゃないのか?」
「別に。慣れてしまえば特に問題ないよ。たしかにもう少し娯楽の時間が欲しいとは思うけどね」
女の艶やかな唇から離れたカップが、音もなくソーサーに着地する。座高は俺の方が高いのに、疲れて背中の曲がった俺より背筋の伸びた女の方が目線が高い。
「それに」
空のガラス容器に立てかけられたスプーンが小さな音を奏で、女が紙ナプキンで口元を拭った。言葉の続きが気になってそちらに視線を向けた直後、俺の顎に細い指が添えられて顔が上に向けられる。
瞬間、恋が俺の視界を奪った。
「恋は盲目、なんてね」
彼女は軽く笑って続けた。
「私は「デザート」があるから頑張れるのさ」
「……「パフェ」は甘いが、嫌いな甘さじゃない。だが随分高そうだ。俺に払えるとは到底思えないが」
「ふふ、返品は不可能だよ。もうつまんでしまったのだから。足りない分は君の時間で補ってもらおうかな」
「金欠は人生で一番高い買い物をしたせいだったか。大人しく時間をかけて清算するとしよう」
男とは単純な生き物だと俺は思う。どれだけ「辛」い日々でも、たった「一」つの甘さで塗り替えられてしまうんだから。