とある市民の自己防衛   作:サクラ君

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結構ダークな話です。


番外編 とある悪意のナイトメア(前)

「おや?珍しいですな。ジィの部屋に客が来るとは」

 

「ん?迷った?そうですか。では、出口までご案内いたしましょう」

 

「おや、その本は?」

 

「拾った?この部屋で?ホッホッホ・・・そうですか」

 

「では、お読みになるとよろしいですよ。なに・・・時間はたっぷりございます」

 

「え?なんの物語かって?」

 

「ホッホ・・・なに、とある“殺人者”にまつわる物語ですよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

夜の裏路地を女は、走っていた。

既に靴も脱げており、足の裏がボロボロになりながらも。

 

「はっはっは・・・嫌ぁ・・・」

 

女は、絶望的な表情になり止まった。

 

「グルルル・・・」

 

目の前には、死が牙を剝いて唸っている。

 

「い、嫌・・・嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁ!」

 

どんなに叫んでも。

 

どんなに否定しても。

 

目の前の死からは、逃れられない。それが、女の運命だった。

 

「ガウ!!!」

 

「あ・・・・・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!

 

体を食いちぎられ悲鳴にすらならない声を上げる女はそのまま、もの言わぬ肉片に変わり果てた。

 

 

 

夏の暑さも酷くなる8月の中盤。そんな中でも俺達警察は、休みもせずに働く。

ブルーシートに覆われたテントの中に入るとそこには無惨に殺された死体があった。

 

「うへ~酷いですね。また、これですか?」

 

「今月で8件目か・・・」

 

新入りを押しのけ害者を観察する。

 

「まるで、デケェ犬にでも食い殺されたみたいな傷だな・・・」

 

「ですね。一応、保健所や役所に該当する犬を調べて貰ってますけど」

 

「それで、見つかれば苦労はしねえよ」

 

俺は、ため息をつくと鑑識に後を任せテントを出る。外に大勢いる野次馬を押しのけ車に乗った。そして、手帳を開く。その中には、これまでの被害者の名前が書き込まれている。

 

「・・・これで、69件目・・・どうなってやがるんだよ」

 

 

 

 

 

そもそも、この事件の起こりは、約1年前だった。

最初の被害者は、40代男性だった。死因は、出血死。大型の犬らしきものに噛まれた様な後があり、血塗れの状態で裏路地に倒れていた所を発見された。

警察は、何処かの犬が脱走し被害者を喰い殺したと言う方向で捜査を開始したのだが、それから僅か、2日後、今度は、20代女性が同じ状態で死体で発見された。

そして、その後もそれが続きこれを連続殺人と断定し捜査が開始された。

だが、1年経っても今だに犯人への手がかりすら掴めていないのが実状だが。

 

 

 

 

俺は、手帳を閉じると新入りに指示をだす。

 

「新入り。ここへいけ」

 

「へ?病院?先輩のご友人でもいらしゃるんですか?」

 

「そういえば、お前には、言ってなかったか?実はな、この事件にはな生き残りがいるんだよ」

 

「・・・生き残りですか?聞いたことがないですけど」

 

「だろうよ。生きている事が分かれば、犯人から狙われかねんからな」

 

俺は、ため息をついて懐から一枚の写真を取り出す。そこには、一組の家族が写っていた。

この事件の6件の事件の被害者である家族。

 

「余世一家の一人娘。夢ちゃんだ」

 

全ての事件の鍵は、彼女が握っているに違いない。

新入りに車を操作させながら俺は、窓の外を眺めた。

 

 

 

 

 

病院の受け付けで面会希望の書類を提出しコーヒーでも飲みながら待つこと20分。

うんざりした顔の看護師が近付いてきた。

 

「加藤さん。また、貴方ですか?」

 

「はは、江頭さんは相変わらず綺麗なお肌で・・・」

 

「どうも・・・いい加減にして貰えますか?夢ちゃんは、ただでさえ精神的に厳しい状態になっているんですよ?もう、そっとしてあげてください」

 

「・・・私は、事件の真相を知りたいだけですよ。案内お願いします」

 

「・・・・・・」

 

まるで、汚物を見るように俺をもう一度見るが、残念ながら帰る気などさらさらない。

 

「・・・先輩・・・嫌われてますね・・・」

 

「うっせい」

 

エレベーターに乗り込み、江頭さんが8階のボタンを押す。上へと上がる起動音を聴きながら、売店でかったお菓子の袋を見る。

 

「一応分かっているとは、思いますけど、夢ちゃんにお菓子を上げる事は出来ませんからね」

 

「ち、なら、江頭さんから渡して下さいよ」

 

そうこうしている内に、8階につき、フロアに出る。そして1つの個室の前に案内された。部屋の前のプレートを確認すると、”余世 夢”との文字があった。

 

 

 

 

「・・・」

 

「邪魔するよ~」

 

病室のベットの上に一人の女の子が座っていた。そして、こちらを睨みつけている。

 

「やあ、久しぶりだね。元気だった?覚えてるかな?」

 

夢ちゃんは、首を少し縦に振った。どうやら覚えてくれていたらしい。

 

「3日に1回は来れば、嫌でも覚えるわよ・・・」

 

今の江頭さんのセリフは、無視の方向で。

 

「えっとな・・・今日は、ちょっと話を聞きに来んだけど・・・いいよね?」

 

「・・・やってない・・・」

 

「ん?」

 

「アタシは、やってない!どうして、誰も信じてくれないのよ!」

 

突然夢ちゃんは叫びだした。俺達は、直ぐに部屋を出ることになった。

 

「アタシじゃない・・・アタシじゃないのよ!」

 

そんな、叫びが、俺の耳に残っていた。

 

 

 

 

 あの日から、夢ちゃんの病室は、出入り禁止となった。聞いた話によると、再び状態がおかしくなったそうだ。

 

「畜生・・・いまの手掛かりは、あの子しかいねえんだぞ!」

 

あの日以来未だに犠牲者が増え続けているのだ。この1週間だけでも、既に3人殺されていた。このままでは、犠牲者ばかりが増えてしまう。

 

「とにかく何か手掛かりでも掴まねえと・・・。何か・・・」

 

俺は、パソコンと向かい合い画像ファイルを開く。映し出されるのは、この事件の被害者達。全員無惨に引き裂かれこと切れている。

 

「・・・・・・」

 

つい目を逸したくなるような写真を食い入る様に見つめる。

これまでの被害者は、全員共通点など無かった。つまりこれは、無差別殺人の可能性が高い。犯人は、犬を使い被害者を追い回し、そして、犬に食い殺させる。今分かっている事はそれぐらいしかない。

 

「だとすると・・・犯人は、愉快犯なのか?・・・いや・・・だったら・・・」

 

あそこまで、無惨に殺すのか?この事件の6件目の被害者である余世夫婦の死体は、無惨にも原型を止めていない程ズタズタにされていた。夢ちゃんは、その中に埋まっている形で発見された。一体誰が彼女を埋めたのか、それは未だに分かっていない。

 

「そういえば、この事件は、他と違っていたな・・・」

 

他の事件は、外で行われていたが、この事件だけは、家の中で行われていた。

 

「ふむ・・・」

 

この事件には、何かとんでもない“悪意”が感じられる。

 

「とにかく、この事件の鍵は、確実に夢ちゃんにある。何とかしなくちゃな」

 

“悪意”に先を越される前に。その時俺の携帯電話が無機質に鳴った。

 

「ん?」

 

俺は、それを取る。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

「それは、本当か?」

 

『・・・・・・・・・・・・・』

 

電話の相手は、ある事を言うとさっさと電話を切った。

 

 

 

 

警察署から病院までは、車で約1時間程かかる。俺は、クーラーをガンガンかけながら熱い夜の町に車を走らせる。

 

「流石にこの時間は、不味いかな・・・でも良いか」

 

そう独り言を言いながら車を走らせる。目指すべき病院を目指して。


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