この世界は、いつだって公平で残酷だ。そして、幸せは不公平で優しい。
たとえば、死は、誰にでもやって来るものだし、回避は不可能だ。
たとえば、戦争のない国の子供の幸せが戦争のある国の子供の幸せと同じかと問われれば、99%違うだろう。
「さて、行くぞ」
それは、俺達、兄妹にも闇の騎士達にも言えるものだろう。闇の騎士達が魔導士を襲う理由は、自らの主の為であり、けして自らの欲望のためではない。だけれど、襲われ未だに意識が戻らない両親や俺達にとっては、そんなものは関係なかった。
「…」
身体も元に戻り魔力も回復した身体で空を見上げるとむかつく程の星が輝いていた。
まるで、俺らをここから追い出そうとしているように。
まるで、ここが、俺らの居場所ではないと言うように…。
「兄さん…こらからどうするの?」
眠っているコウを背負いながらランが不安そうに俺に聞いてきた。そんなもの俺にだって分らない。分かる訳もない。
復讐を続けるのか。
復讐を諦めるのか。
道は、2つしかないのにその答えが分からなかった。
「…分らない。でも、取り合いず、父さん達の所に戻ろう。まずは、そこからだ」
復讐をするにしても。諦めるにしても。それを決断するのは今でなくても良いのだ。それが、数年後でも構わない。今は、休みたいし今回の事で予想外な勢力が加わっていることが分かった以上、もう俺達に手のだし用は無いだろう。
「…そうね。お父さんの所に帰ろうか…」
そんな時だった。俺達が借りているホテルの正面玄関に見覚えのある奴が立っていた。
「…もう。帰るのか」
銀色の闇は、そう言うと、俺達に付いてくるように言った。数秒迷いがあったが、俺達は付いて行くことにしたのだった。どうせ、身元もバレているのだ。無視したり逃げた所で何も変わりはしないだろう。もし、処分されるのだとしたら、せめて、コウだけでも助けてもらおう。
「…」
「…」
無言で、ついて行くとそこは、古い工場の跡地だった。夜にもかかわらず、電灯も何も付いておらず、月明かりだけが、俺達を照らしていた。
銀色は、何かを唱えると薄い黒色の魔力光が発生し次の瞬間には、小学生の身体から大人の女性の身体へと変化していた。恐らくこちらが、正体なのだろう。
「話を聞かせてもらえないか?」
銀色は、そう言うと俺達を真っ直ぐに見据えた。月明かりに照らされた銀色の髪が幻想的で不覚にも美しいと思える程の闇だった。
「話しだと?」
「ああ。お前たちの両親の事だ…死んだのか?」
銀色は、表情を少し曇らせ俺達の返答を待っていた。
「…いや、死んではいない」
「ただ、数年間、目覚めないのよ。リンカーンコアの損傷による。魔力の喪失及び不足。リンカーンコア自体がもうないから回復も出来ないのよ。」
リンカーンコアはいわば、魔導士の命と同意義のものであり、それの喪失及び損傷は、その人物の死と同意義なのだ。
俺達の両親は、管理局の魔導師だった。まあ、そこそこ優秀な魔導師だったらしく局内でも人望があった。そのおかげで、俺達は、何とか生きて来れたのだが。そんな、ある日、それは、俺等が遊園地の遊びに行った時だった。両親が休みで、俺達はとっても嬉しくて、とっても幸せだった。そんな時、闇の騎士の襲到を受けた。両親は、俺らを庇って、リンカーンコアを蒐集された。ロクにデバイスも持たずに戦ったのだ、当然の結果だったのだろう。だけれども、デバイスはなくても、両親は、戦い続けたのだ。最後まで…結果、蒐集の際にリンカーンコアを傷つけられ、意識不明になってしまったのだ。
「…」
銀色は、そんな俺らの話を黙って聞いていた。まるで、罪を噛み締める様に黙々と聞いていた。
被害者と加害者…いや、実際に両親を襲ったのは、烈火の将だし両親のリンカーンコアを傷つけたのは、泉の騎士なのだが、その管理人格であった、銀色も同罪と言う事なのだろう。
「私達が、憎いか?」
銀色は、答えの分かりきっている質問を口にした。
「…憎いに決まっているだろう。親をほとんど生きた屍にした奴らの事が憎く無い訳がないだろうが…。出来るなら、今すぐにでも殺してやりたいさ。」
「…そうか…」
「でも、出来なくなった。他の騎士達は、バカに強い奴らが守っているし、お前達にも異常な連中が常に守っている。もう俺達に付け入る隙なんて無くなったんだ。それに、たとえ、殺しても他の奴らから殺されるのがオチだ」
下手をうてば、管理局が動き両親すらも殺されるだろう。ここ数年で、俺達は、社会の闇を嫌と言う程見てきたのだ。将来を有望視される魔導師の戦力を減らすなど、管理局には、出来ないだろう。実際に闇の書の被害者がここ数か月で、何人も行方不明になっているのだ。
「…どうにも…ならねえよ…」
もう全てが遅すぎるのだ。あの不意打ちが失敗した時から、俺達の復讐は終わっていたのだ。
「…殺せるのなら殺してやりたいよ。でもな、俺らにはコウがいるんだ。頭に血が昇っていたあの時なら、やれたかも知れないがな。コウの事を考えるともう無理は出来ないんだ。家族をもう失わせる訳にはいかない。」
「…」
銀色は、黙って俺の言葉を聞いていた。口の端からは、少し血が滲んでいた。
「すまない。私の命で償えるのなら、償うつもりでいたのだ。だが…」
「…もういい。消えてくれ」
銀色の言葉には嘘は無いのだろう。だが、その誘いは、今の俺達にとっては死ぬよりも辛い事なのだ。殺した所で誰が証明してくれるのか?誰が、俺達を許すのか?きっと、再び憎しみの連鎖が生まれるだけなのだ。
「じゃあな…」
俺達は、銀色の隣を通り過ぎ自分の世界に帰る。もう二度と関わる事もなくなるだろう。
「一瞬だけでもいい夢が見れたよ」
そう呟きながら、バリアジャケットを展開した瞬間。
「「!!!」」
突然衝撃が走り気が付いた時には、俺達は、壁に打ち付けられていた。
「な、何だ!」
「どうなってるのよ!」
手足を動かそうとしても、手足には、太い螺子が打ち付けられていて、動く事も出来なかった。
「…これは!」
銀色が、驚いた様に螺子が飛んできた方向を見ていた。俺達は、その方向を見ると絶句した。
「こんな夜に何の相談してんだ?リン?」
そこには、黒い学生服をきた、少年が立っていた。彼の名は、南一夜。超能力者だった。
「それは、こちらのセリフだ…なぜ、お前がここにいる?」
「さぁ?取り合いず、何となくだ。けして、後藤とヴィータを見て“星光”の事を思い出して、女々しく思い出ここに来た訳じゃないぞ?」
南は、月明かりでも分かる程、顔を赤くして答えていた。そして、一つため息を着くと、突然銀色を睨みつけた。その視線にその場の全員が震えた。言うならば、身体中に虫が湧いた様な不快感の様な感じだった。異常。いや、それ以上の何かだ。
「…リン?」
「な、なんだ?」
まるで、地の底からの声の様な南の言葉に銀色は、答えた。
「何勝手に自分の命を賭けてるんだ?」
「…」
「お前が、居なくなったら、俺は誰に八つ当たりをすれば、よかったんだ?後藤か?ヴィータか?時田さんか?夢か?それとも日野さんか?俺に死ねと言いたいのか?」
瞬間、凄まじい閃光が走り何かが銀色を貫いた。
「カッ…」
銀色の腹部から赤い色の液体が大量に流れだし、肉の焼ける臭いと、音が上がった。
「…そこで、寝てろ。」
そう言うと、南は、スタスタと俺達の方へと歩いて来た。俺達は、動けないなりに身構えたが、体が、勝手に震えた。
「ど、どうするつもり何だよ!」
「…なにも?」
そう言って、南は手を振った。すると、手足を拘束していた、螺子は全て消え去り、穴が空いた服すら元に戻っていた。
「これで、リンの事を許してくんねえかな?」
南は、真剣な表情になると、更に閃光が、迸り銀色に襲いかかった。銀色の苦悶の声が、辺りに響く。
「…まだ、足りないのなら、死ぬ寸前まで、リンを苦しめても良い。そして、元に戻して、また、苦しめる。気が済んだら、言ってくれ」
南は、感情が無い声でそう言って、更に閃光を銀色に向けた。俺達は、その光景を唖然として見ていた。そうすることしか出来なかったと言った方が正しかった。とにかく目の前の状況について、整理が出来なかった。
「…」
「あ…ガッ…」
その間にも南は閃光を休ませる事なく銀色へと叩きつけていた。手加減も何も無い只の蹂躙がそこにはあった。
「も、もう、止めろよ!お前ら仲間じゃねえのか!」
「そ、そうよ!」
あまりの光景に、俺達は言った。それに対し南は。
「恨みは、晴れたのか?我慢は、しない方が良いぞ?俺は、リンの仲間だからこそ、殺さない様に殺されない様に、生かさず殺さず。調節してるんだ。なぁに、安心しろよ?俺の能力が有る限り、リンは死ない。そんなことは、俺がさせない。“仲間”だからな」
“仲間”。その言葉に俺は、底なしの寒気を感じた。恐らく南は、俺達が良いと言うまで、銀色を…いや、リィーン・フォースを“生かし続ける”だろう。
“生き地獄”に晒し続けるのだろう。“仲間”だから“友達”だから。彼女を守るために、彼女を苦しめ続けるのだろう。
「…もう、良い!止めてくれ!」
俺は、叫んだ。それにランも続いた。
「もう、良いから!もう許すから!」
俺達の為に、罪を一人背負おうとした、友人を苦しめたくは、無かった。
「…分かった。良かったな、リン」
南は、閃光を放つのを止めた。閃光が消えた後には、ピクピクと動き呻き声を上げている“何かが”あった。
「さて、教えろよ」
南は、俺達にを見渡し射抜くような視線を放った。有無を言わせるつもりは無いと言った、所だろう。
「お前らの親は、何処にいる?こっちに連れて来れるか?」
「…それは…」
無理では、無いが…。
「言っておくけど、お前らに拒否権は無いぞ?」
南は、冷たい視線で、今だに眠っているコウをを見ていた。そう言えば、あれだけの音がしたのに、コウは一切目を覚まさなかった。つまりこれは、南から何かを仕込まれていたのだろう。そう。例えば…。
「コウちゃんの意識を“無かった”事にしているからな。妹を永遠に廃人にしたけりゃ、どうぞ、ご勝手に」
南は、不気味な笑顔を顔面に貼り付け笑った。
「…お前…狂ってるだろう?」
「さぁ?俺は、ただ、全てを“無かった”事にしたいだけさ。“今”を守る為にな。言わば“自己防衛”さ」
南は、俺に手を差し出した。
「“仲直りしようぜ?”」
あの天使の方がまだ、人間らしかった。
話が、通じた。
交渉が出来た。
損得があった。
「…ああ。」
だけれど、こいつは。
得しか、与えるつもりは無いらしい。
きっと、それ以外には、耳を貸さないだろう。
交渉なんて、もってのほかだ。
ただ、一方的に相手に得を与える。損をさせて、恨みを拡大させない。力づくで、相手を幸せにする。
狂った。“敵の味方”なのだ。
「交渉成立だな。」
南は、ニッコリと笑う。そして、気が付くとコウの姿が見えなくなった。“無かった”事にされたのだろう。
「ん、じゃ、用意が出来たら、日野さんにでも連絡してくれ。俺は、もう眠い」
そう、言うと南は、夜の闇へと溶けて行った。
「…ラン」
「…なに?」
「…父さんと母さんをこっちの病院に移す準備をしようか」
「…うん」
「…なあ、リイン・フォース…いや、リン」
俺は、いつの間にか元に戻り震えていた、リンに声をかけた。
「ゴメンな」
「…ああ」
恐らく、この時ばかりは、俺達が加害者。リンが被害者となった瞬間だった。
結局。俺達の復讐の理由は、“超能力者”と言う非日常により“無かった”事にされた。俺達の時間も努力も全て、無意味なモノへと成り下がったのだ。