とある市民の自己防衛   作:サクラ君

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第50話 希望の光

無音。音の聞こえない教室内。

 

それは、ある意味不気味なモノだ。

 

人の気配がするのに、音がない。

 

「では、今日は、ここまで」

この空間で有一の音源であった、先生の声が響きわたる。それが、全ての始まりだった。

 

「じゃあ…」

先生が教室の扉を閉めた。

 

「「「レッツ!パーティー!!」」」

我がクラスの大多数の生徒が、一目散に校庭へ飛び出して行った。いや、このクラスだけでなくその他のクラスの生徒も飛び出していた。

 

『走ろうぜ!』

 

「「青春の光!!!」」

 

『駆けようぜ!!』

 

「「その手に掴むために!!」

 

『夢を!』

 

「「愛を!!」」

 

『誰が勝っても!』

 

「「祝福を!!」」

 

どうやら、この学校の大多数の生徒は、理事長に洗脳された様だ。可哀想に今度良い精神科を紹介してやろうか?

 

「はあ…」

そんな、小学校高学年の生徒が、校庭を走り回る姿を窓から眺めながら俺は、この学校の生徒の未来を憂いていた。

 

「はあ…」

と、そんな俺と同類のため息が聞こえたので首を向けると、日野さんが呆れた表情で校庭を見ていた。

 

「あの、バカ、問題起こさなきゃいいけど…」

 

「誰か、知り合いでも行ったのか?」

 

「ええ。後藤がね…」

 

「ああ…」

目を光らせて、走っている後藤を思い浮かべたら、頭が痛くなってきた。

 

「アイツが、優勝なのかね?」

 

「さあね。このクラスだけだったら、そうかもだけど、今回は、5・6年も参加するしね。正攻法じゃ難しいんじゃない?」

まるで、奥の手でもあるとでも言ったいいかただな。

 

「それに、1組も参加するしな…俺等みたいな凡人には、無理なイベントか…」

1組には、赤神、遠藤、八神を始め運動神経の良い男子生徒が多々集まっているのだ。勝率など皆無に等しいだろう。

 

「果たして?それは、どうかな?」

すると、教室の扉に寄りかかりながら腕を組んでいる男がいた。

 

「…原田…」

 

「よう。斎藤、随分とシケた面じゃねえか?」

男は、ニヤリと笑うと軽い足取りで俺に近づいてきた。奴の名は、原田大輝。俺の一番の親友であり、聖杯一の情報を持っている男である。

 

別名“ストーカー予備軍”。

 

「意外ね。アンタは、あっちの人間だと思ってたんだけど?」

 

「ヒデェな。確かにそうだが、落ち込んでいる友の為に良い情報を仕入れてきたんだぜ?」

 

「情報?」

日野さんが、首をひねると原田は、ニヤリと笑い俺に机に座る様に促した。俺は、少し不気味に思いながらも指示通り席に着いた。

 

「…席を外しましょうか?」

すると意外な事に日野さんがそう言った。

 

「…斎藤?」

 

「スミマセンデシタ!!!」

心を読まれた?怖いよこの人!

 

「いや、別に聞かれても困る話じゃねえしいいぞ」

 

「そう」

そう言って、日野さんは言うと、自分の席に着いた。

 

「さて、我がヘタレな友は、月村に好意を寄せているが、こんなイベントでも無いと、声をかけることも出来ないチキン野郎であるが…」

 

「おい!」

 

「それは、クラスの誰もが知ってるわよ」

 

「日野さんまで!!」

我が友とクラスメイトの俺に対する評価に涙がこぼれた。

 

「まあ、それは、ともあれ。そんな哀れな斉藤の為に俺は、独自の情報網を展開し気になる情報をつかんだのだ」

 

「情報?」

 

「赤神達は、恐らく今回の件にはノータッチの可能性が高い」

 

「は?」

何を言っているのだろうか?

 

「赤神達は、今回のデートの相手の彼氏だぞ?彼女の為に頑張るんじゃねえのか?」

 

「そうだな。だが、奴らとて空気位は読めるだろうからな。確かに運動能力では、群は抜いているが、そこらへんは理事長が調節しているらしいからな」

 

「理事長が?」

 

「…ああ。確かにイベントの成功より面白さを優先する理事長なら手くらい打つでしょうし、赤神君達は、ウチのバカ共と違って大人だしね」

 

「まあ、後藤と比べてもな」

赤神達と後藤では、何かがかかった時の真剣さが違う。後藤は我慢を知らないからな…。まあ、それが、本来の子供の姿なのだが。

 

「まあ、アイツだけじゃないんだけどね…」

気のせいか、日野さんは遠い目をして、グランドを見ていた。…確かにね…。

 

「希望は、出ていたが、流石にあの狂人共を相手に勝つ自信なんぞ無いぞ?」

確かに赤神達の不安は、薄まったが、残りの(彼女・彼氏のいない)狂人共を出し抜けるとは到底思えないが。下手をすると俺は死ぬかも知れん。

得に後藤の殺気がここに居ても分かる位に感じるのだ。

 

「まあ、後藤の方は、南辺りに相談してみるわ…下手に優勝したら、文芸部廃部の危機ですしね」

何故に南?そう思ったが、気にしない方が身のためだ。と自分の勘が訴えていたので、あえてスルーしようか。

 

「ともかくだ」

そこで、原田は、ニヤリと俺を見た。

 

「少しは、希望を持てたか?斎藤君?」

狂人。後藤。理事長の策略。全く問題は解決していないに等しいが…。まあ、いいか。

 

「少しな。…原田」

 

「何だ?」

 

「俺……走ってくるよ!」

 

「ああ。行け」

俺は、教室を飛び出し廊下を駆けた。目指すは、グラウンド…いや。

 

「月村さんとデートだ(超小声)!」

 

 

 

 

少年が、飛び出した教室に1人の少年と1人の少女が取り残されていた。

 

「行ったか…」

 

「良かったの?あんな希望を与えちゃって。いくら赤神君達が、参加しないと言っても相手はまだ100人以上いるのよ」

 

「…大丈夫だろうさ」

少女の言葉に少年は、グランドを見ながら言う。

 

「斎藤は、負けねえよ。それこそ赤神達が出てきてもな」

 

「そう言える訳は?」

 

「俺と斎藤は、幼稚園の時からの付き合いなんだがな。奴は、自然と力を押さえちまう癖があるんだよ。知ってたか?アイツの50m走のタイム」

 

「タイム?」

 

「驚く事なかれ。4秒弱だ」

 

「…冗談でしょう?」

 

「マジだ。しかもこれは1年の時の記録だ。それ以来奴は、8秒台を出す様になっていったがな」

 

「手を抜いているって事?」

 

「恐らくな」

 

「でも、そんな噂聞いたことも無かったけど?」

少女は、思い出す様に頭を抑えたが、そんな噂など聞いたことが無かった。

 

「それはな、その時の測定が、ミスだと思われていた事もあるが、その後5秒台を叩き出した、女がいてな。そっちの方が有名になっていたからだろうな」

 

「あ、それなら聞いた事があるわね。確か…誰だっけ?」

 

「忘れた。…依頼するか?」

 

「いいわ。時間の無駄だしね。その気になれば、ジィにでも調べてもらえば済むしね」

 

「さいで~」

 

少年と少女は、そう言いながら窓の外を眺める。そこには、一生懸命に走っている少年の姿があった。

 


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