「ナギサ!一夜が…一夜が!元に戻らない!」
リンちゃんが、そう言って赤黒い袋を抱えて戻って来たのは、1時間前の事だった。袋の中身を確認すると惨殺死体の様に滅茶苦茶にされた男の子の死体が出てきた。最近の戦いの所為でグロ体勢も付いてきた私にとっても目を背けたくなるような酷い状態だったのだ。
「ねえ…これ…南なのよね…?」
「ああ…間違いない…一夜だ…」
顔面の損傷も激しく人相が分からなくなっており、更には、身体が二つに切断されていた。どちらも人間にとっては、致命傷と言っても良かった。
「私の所為だ!急ぎすて、地面を確認しなかったから…」
「落ち着いて!リンちゃん!大丈夫だから…それに体が二つに切断されている時点でアウトだから」
南の耐久力がどの位なのかは分からないが、少なくとも身体を分断されて生きては生けないだろう。少なくとも一回は死ぬだろう。
「それに、ほら、脳も無傷みたいだし、アイツには“大嘘憑き”って言う隠し玉もあるから大丈夫よ」
脳味噌の損傷が関係するのかは解らないが、少なくとも南は死んだとしても“大嘘憑き”と言う全てを“無かった”事に出来る力があるのだ。確かに顔面の損傷も酷いが、そう簡単に死にはしないだろう。
「そ…そうか…」
今だに不安そうな表情を浮かべるリンちゃんは、きっと優しい子なのだろう。少なくとも我が部の中では、南を本気で心配するのは、リンちゃんと鈴音ちゃん位しかいないだろう。
「とにかく、落ち着いて。まずは、崩壊した顔面と体を包帯で固定しましょう?」
「あ…ああ。スマナイ…柄でもなく取り乱してしまった」
「良いのよ。今回は、異常事態だったし…」
今回の事件は完全に予想外だった。この平和な街中で南を射殺しバニングスを誘拐だなんて完全に想定外だったのだ。結果的には、南の異変を察知出来たから良かったものの…もし対応が遅れていたら…バニングスの令嬢が死んでいたかも知れないのだ。そうなれば…。
「…いや…今の方が不味いか…」
今の所犯人の目星すら付いていない。令嬢と一緒にいただけの南を撃ち殺してまで、誘拐したのに開放があっけなさ過ぎるのだ。
「“こっち”が先に見つけたのが痛いわね…。南も生きてるし…」
監視はバニングス側も行っていた。そして、異変に気付いたのは日野側…。私にとっては最悪の展開だと言って良いだろう。
「早急に手を打つ必要がありそうね…全く…」
友達が死に掛けてまで、家の保身にかかる自分が嫌になる。例え生き返るとは言え…。
リンちゃんに包帯と薬品で剝製の様に梱包される南を見ながら私は溜息をついた。
事件から数時間後、私は、南を病院へ無理やり隔離しその後、リンちゃんと別れ日野家のマンションへと向かっていた。後藤とヴィータちゃん、鈴音ちゃんには、今日の所は帰ってもらった。
「…」
自宅のマンションの前に見知った顔が見えてきたのを確認すると私は、足を止めた。
「…あらあら…こんな時間に何の御用かしら?」
出来るだけ単調に感情を見せずに言葉を選ぶ。
相手は、その言葉を特に気にせず同じく単調に話す。
「また、お前らか?…」
言葉に感情は込められていないが、辺りに立ち込めるのは軽く殺気だ。それも只の殺気では無い。確実に害意がある殺気だった。
「何の話?」
「今回の話だ。誘拐と殺人未遂…また、お前らか?」
「“また”?何の話かしら?私達は今回は何もしていないし、それ以前も何もしていないわよ?」
私の前の相手は、私の目をしっかりと見つめ内心を探るように目を細めた。
「本当に違うのか?」
「ええ。今回に限っては、100%家じゃない。少なくとも私は関係ないわ」
「…」
私の言葉に納得したのか、しないのか、腕を組み考えこんだ。しかし表情は、相変わらず厳しかった。
「どうしたの?いつものアンタらしくないわよ?」
私は、目の前のそいつに話しかける。そいつは、普段は、そんなに疑り深い奴では無いのだ。恐らく今回の事件で先走った行動に出たのだろう。それだけ大切な存在が危険にさらされたのだ。
「………悪い。少し冷静になる時間をくれ」
「ええ。アンタは、こんな所よりお嬢様の近くにいてあげなさい。話なら別の日に聞いてあげるから…」
「…南は、どうなんだ?アリサは錯乱してたが」
「まあ、重症ってのは間違い無いわね。でも大丈夫よ死太いからアイツ」
「そうかい。なら、心配ねえな」
そいつは、少し笑うと私に背を向け帰って行った。きっと、完全には信用してくれては、いないだろうが…今日の所は、コレで十分だ。私は、そう考えマンションへと足を踏み入れた。
ある程度の情報操作の指示を出した後、私は電話に手をかけた。
番号を押し呼び出しのコールが鳴る。
『はい。何で御座いましょう?お嬢様?』
「…相変わらず、1回で出るのよね。ジィは…何?常に電話を確認してるの?」
呼び出し1回目で目的の人物が出た。しかも現在の時刻は夜の1時半である。
『ホッホッホ。この歳になりますと何かと情報が必要になります物で』
「…なんの情報よ?」
『ジジィの秘密に御座いますよ。所で、ご用件は何で御座いましょうか?』
「今日の事件の事は、知っているわよね?」
『ええ』
ジィの情報網は、私にも解らない程巨大で、広範囲だ。だからこそ私は今日の事件を知っていると踏んでいた。電話越しにジィの笑顔が浮かんでいるように感じる。
『“バニングス”の方も大変でしょうな。ホッホッホ…まぁ、“日野”に被害が来なくて幸いでしたな』
「とばっちりは、来るだろうけどね…」
『お嬢様。ガンバですぞ』
「アッハハハ~。人事だとでも?」
『左様で御座いますか。お電話を頂いたという事は…分かりました。今すぐ荷物をまとめて帰還いたしましょう』
「…ゴメンね…せっかくの休みだったのに…」
滅多に聞けないジィの疲れた声に申し訳なさがこみ上げてくる。ジィの休みは、それ程少ないのだ。盆と正月くらいの休みしかないと言ったが、実際はもっと少ない。
『いえいえ。“日野家”のお仕えして、数十年。“日野家”の為ならば、休みすら要らない。使用人全員の気持ちで御座います』
「それは、言いすぎよ。全く…」
『ホッホッホ。では、本日の9時頃には、帰還いたしますので』
「うん。了解」
私は、そう言うと電話を切った。
「…」
部屋の中に静寂が訪れる。私は、ベットにもたれ掛かる。
「…」
今日は、色々あった。
いや。ありすぎた。初めは、南のデートを笑いながら皆で見て終わるはずだった。
だが、結果としては、“バニングス”にとっての大事件に出くわす事になった。
ついでに、南の様子もおかしくなっている。
「事件の対応…犯人…目的…ついでに南の事か…やる事が多すぎるわよ!全く!」
手身近にあった、枕を投げ飛ばし天井にぶつける。枕は落下し私の頭に命中した。
「あぅ…」
疲れが、津波の様に押し寄せてくる感覚を感じながら私は、目を瞑る。
取り合えずは、私に出来る事は全てやった。後は、ジィや使用人の人たちに任せよう。私は所詮は、小学生の小娘でしかない。今、出来る事は限られているのだから。
「…」
そう考えた所で、私の意識は闇に落ちた。
夜の廃工場。
女の子。
呼び出し。
ロリ。
さて、紳士淑女の皆様方。この組み合わせをどう思いますか?
「♪♪♪」
僕こと後藤聖一は、小学4年生の男の子である。事件後、日野から解散命令が出た後にヴィーたんから、この場所に来るように指示を受けたのだ。
「身の危険を感じちゃう!」
「…物理的に感じさせてやろうか?」
止まらない思春期の妄想を良い感じに壊すのは、我が愛しの“永遠の少女(エターナルロリータ)”であるヴィーたんだ。今日もエスカリボルグがよく似合っている。
「ごめんなさい」
流石にそれで殴られたら妄想所か、下手を打てば天国に飛ばされかねないので、真面目になろうか。
「で?ここが、現場ってわけね」
「ああ」
僕達が居るのは、時間的に言うと昨日事件があった現場である。時刻は、現在1時位か。門限のある僕にとっては、一応電話をしているとは言え結構な時間である。
「どう思う?」
ヴィーたんの言葉から、現場を見渡す。
廃工場と言う名に相応しい程荒れ果てた現場だった。錆びた鉄パイプが散乱し僕の腕ほどある鎖が天井から垂れ下がっている。オマケに凄くホコリが俟っており目や鼻が痛い。目を凝らせば、猫やネズミ。訳の分からない虫等が這いずり回っている。正直あまり長居はしたくない現場である。
「…」
その中でも一際目を引くのは、工場の壁にこびり付いた大きな染みであった。暗くて色はよく分からないが、吐き気を催す匂いと不気味さが、伝わってくるのが分かった。
「正直よく調べないと分からないけど…ヤバイ…」
僕自身何度も人間を撲殺して、内臓の匂いを嗅いでいるが、やはり慣れるモノではない。しかも…もしコレが、人間だったならば…常人の感覚では考えられない程の…。
「とにかく…詳しく調べようか。ヴィーたん手伝ってくれる?」
「あ…ああ」
どうすればこうなるのかが察しがついているであろうヴィーたんの顔は少し青くなっている。“バニングス”さんや“南”を襲った犯人かそれとも別の犠牲者は分からないが、エスカリボルグを使った所で、此処までにするには時間がかかり過ぎる。つまり犯人は、人間を長時間かけて磨り潰したのだ。
「所でよ?私もついノリで後藤をよんじまったけど…どうやって調べるんだ?」
「うん。それはね…ヴィーたん!」
おなじみ天使のチート道具の説明に入った所で、只ならぬ殺気を感じヴィーたんを抱え、跳躍する。
「って!わ!」
予備動作なしで急に跳んだモノだから、ヴィーたんはビックリしていた。うん。可愛いなぁ~。って!いかんいかん!
「…」
目を凝らし殺気のした方を見やる。
「おい!どうした?急に?」
「…ゴメン。ちょっと黙ってて…」
殺気に気づいていないのか、ヴィーたんは、訳の分からない様な表情をしていた。
「…何かいるのか?」
でも、僕の表情を読み僕と同じ方向を見やる。そして、僕へ無言でエスカリボルグを差し出した。
「誰だ!出て来いよ!」
工場の中に僕の声が不気味に反響する。殺気は消えていないが…。
「っ!」
殺気は消えないどころか、更に数を増していた。その場所は…地面!
「ヴィーたん!ゴメン!」
ヴィーたんを抱え上げ、今度は天井に下がっている鎖まで飛び上がる。天使化はしていないが、これ位の身体強化はお手のものだ。
「って!何だよアレは!」
腕の中で、上がった悲鳴の様な声に反応し僕は下をみる。そこにあったのは…。
「地面が…蠢いてる?」
「いや…大量の蟲だ…」
さっきまで僕たちが居た工場の地面には、何万匹という数の蟲が湧いていた。一匹は1ミリに満たない蟲だったが、それが、地面を埋め尽くす程現れたのだ。
「か…痒い!」
ヴィーたんが身体を動かしてそう言った。同感である。僕も身体が痒くなってきた。
「あの蟲は、此処に来たときにいた蟲だったよね。いつの間にあれだけ増えたんだ?」
蟲は、壁を伝い天井も埋め尽くした。完全に“悪夢”である。
「ちっ!」
僕は、エスカリボルグを強く一振りする。すると、ソニックブームの様な風が巻き起こり近くの壁を大破させた。明らかに事件現場の破壊だが、仕方ないだろう。
「跳ぶよ!」
「あ。ああ」
今度は、しっかりと伝え、壁の穴に向かい跳躍する。蟲が壁の様に阻害するが、再び風圧で押しのける。
「舐めるな!」
外も同様に黒い蟲が蠢いていた。が何とか、エスカリボルグで蹴散らし退散させる。
「うおおおおおおおお!!!」
正体不明の蟲は、それでも僕達に向かい群がってくる。そのたびに僕は、ソニックブームを起こし蟲をはじき飛ばす。
「後藤!このままじゃジリ貧だぞ!」
ヴィーたんの焦りの声が聞こえるが、まさにその通りだった。
「転生者…いや、文芸部的にいうと、超能力者の仕業か!」
蟲は、払えども払えども群がる。蟲を操る力か?
「…何のために俺らを襲う?…くそ!考えたって仕方ないか!あんまり使いたく無かったけど…仕方ない!」
僕は、敵の位置を探るのを放棄し空へと意識を向けた。そこには、雲一つない空が広がっている。
「はっ!」
僕が、空を睨み付けた瞬間。
「は?」
ヴィーたんの驚きの声と共に滝の様な豪雨が降り注いだ。天使の力の一つである。天候のコントロールだ。その気になれば、この世を氷河期に出来る力である。雲一つ無い空から、豪雨を降らせるくらい訳ない。
「コレくらいか」
大量の蟲が大量の水に流され黒い渦を巻きながら排水溝や道路に流れこんだ。完全に地面から蟲がいなくなるのを確認し、ヴィーたんを地面に下ろす。
「………」
辺りを警戒しながら見渡すと、どこかから拍手が聞こえた。僕は、音を頼りに暗闇へと目を凝らす。すると、闇の中から一人の女の子が現れた。
「は?」
「なっ!」
僕とヴィーたんの声が重なる。驚きと動揺の音色が辺りに響いた。
「お見事です。流石は、天使と言った所でしょうか。私の蟲をこんな方法で駆除するとは…予想以上に読めない方のようですね」
女の子は、クスクスと笑い僕を見据える。その瞳には冷たさすらある。
「私の姿を見て同様なされたでしょうが、私は彼女とは、別人ですので悪しからず。まぁ、他の可能性をヴィータさんは考えているようですが、先に宣言しますと完全に的外れですので」
女の子は、余りにも無防備に近づいてくる。この距離ならば、僕やヴィーたんの射程圏内なのだが、僕達は何故か動けなかった。罠とかそんな物ではない、何か別のプレッシャーが身体を固定していた。
「えーっと…僕達に何の様?」
「はい。こちらを調べられるのは、少々マズイので、その足止めを…」
女の子がそこまで、言った所で、何か凄まじい音が僕の身体から発せられた。
「は?」
何故か辺りがユックリ動いている。僕は、自分の身体を見て納得する。
身体が、横から折れていた。完全に“くの字”に曲がっている。
誰が僕の隣にいた。そいつの足の位置から恐らくそいつから蹴られたのだろう事が分かった。変化前とは言え僕の身体は頑丈だ。普通はこうはならないはずだ、その上僕に気付かれる事無く近づくなんて至難の業の筈だった。つまり…。
「在り得ない…」
女の子に気を取られた隙に接近し純粋な脚力だけで身体を粉砕したのだ。しかも、ヴィーたんは、まだ気付いていない。
「…手伝いに来ました」
最後に時間が戻りそんな声がハッキリと聞こえたと同時に僕の身体はコンクリートの壁を突き破り完全に粉砕された。
走馬灯なんて、見る事も無く僕の意識は完全に途絶えた。
廃工場の前に二つの骸が転がっていた。その骸を気にした風もなく二つの影が対峙していた。
「…流石ですね。“天使”と“騎士”を一瞬で」
少女は、先程の惨劇の感想を淡々と述べた。
「この位、大した事ではありません」
男は、そう言うと建物へと移動し建物に手をかざした。すると、建物は一瞬で燃え上がった。
「“天使”は、本気では無かった。“騎士”は、我々の敵にはならない。ただ、それだけの事です」
「…成る程。ところで、これからどうするつもりですか?二人も殺してしまいましたが?」
そう言って、少女は、骸へ視線を向ける。少女からすれば、二人とも戦っていれば、只では済まない相手であった。それを目の前の男は、一瞬で屠ったのだ。強い事は、聞いていたが、正直ここまでとは思いもしなかった。背中に冷たい汗が伝った。
「簡単です」
少女の問いに男は答える。
「この事を“無かった”事にすれば良いんです」
赤く燃え上がる工場の炎に照らされながら男。ファーストは微笑んだ。
亀更新ですみませんでした。ようやくデート編終了です。