──私には、夢がありました。それは、幼い私にはとっても大切な夢でした。
「ちーちゃんは、王子様みたい……」
「ううん違うよ!こういう時はヒーローって言うの!ちーちゃんは、私たちのヒーローなの!」
私をヒーローと、呼んでくれる子達がいた。幼心に嬉しかった。それはきっと、彼女たちに必要とされることへの優越感と、私が初めて手にした自尊心だった。
正しくあろう、強くなろう。彼女達の
──そう、大切な夢『でした』。
大きくなるにつれて、私は次第に自分の在り方がわからなくなっていった。正しくあろうと行動しても、強くあろうと努力してみても、そんな私を世界は嘲笑うかのように全てを踏みにじっていった。
人より背が高いことをコンプレックスにする少女がいた。そんな少女を貶める子達がいた。
間違っていること自体を悪いとは思わない。誰もが道を誤つことはある。だがそれは正しさを知らないからだ。正しさを説けば、それできっと正しい方に戻れる。
だが、そこに悪意は微塵もなかった。
少女を貶める彼女らと話をしたことがある。何故そのようなことをするのか。
その時の表情を、私は今も忘れられずにいる。
『だって、気持ち悪いじゃない。私達と違うの』
あの時のキョトンとした表情、何も悪くない、自分たちの行為は当然のことだという
正しさは揺るがない。誰かを傷つけることが間違っていて、その逆が正しい。そう信じていた私は、この日を境に狂ってしまった。自分の正しさに対する不信感を日に日に募らせていき、そしてある日、正しく在ることを諦めた。
──大切な、夢『でした』。
優しくあろう、と決意した。正しくなくてもいいからただ優しくありたい。幼い頃親友達ががそうしてくれたように、私も誰かに優しさを分け与えたい。
そんな私と、同じことを謳う少女がいた。仲良くなるのは、きっと自然な流れだったと思う。共に様々な活動を行った。奉仕活動部と銘打ち時には他校の自治区近くにまで人助けを行っていた。
とても充実した日々だった。そんな日は長く続かなかったけれども。
『だって、気持ち悪いじゃない?いい子ぶっちゃって人助けをしているだなんて。アンタも大概だけどさ』
そんな私達が気に入らなかったのだろう、共に活動をしていた先輩にかけられたのはそんな言葉だった。
『私達は皆善い人だと思われたくてやってんの。アピールにならない活動ばっかりもう沢山』
その後のことは、よく覚えていない。ただ、私の目の前で涙を流しながら私にしがみつく一人の少女と、血に塗れた拳だけが視界に映っていた。
──大切な、何だっけ?
ヒーローに、ならなくちゃ。正しくはなれなくても。優しくはなれなくても。せめて強く、誰よりも強くならなくちゃ。守らなくちゃ。大切な誰かを、私にとって掛け替えのない彼女達を。
幼い頃に出会い、別れてから文通だけだった親友達と再会したのは、高校生になってすぐだった。
トリニティ総合学園。そこで再会した彼女達とお互いの成長をひとしきり笑い合って、暫くは静かな生活を送っていた。共にご飯を食べ、放課後はショッピングに繰り出し、とても幸福だった。
それでも、格式のある家に生まれていた2人は瞬く間に学内の派閥争いに飲まれていった。顔を突き合わせれば皮肉を言い合うようになってしまった2人が悲しくて、見ていられなかった。そうして、一触即発の綱渡りのような日々を過ごす私は、ある日ついに問いかけてしまった。
何故、と。何故2人が言い争うのかと。
『チサトちゃんは部外者なんだからさ。余計な口を挟まないでくれないかな?』
綺麗な笑顔の筈なのにひりつくような威圧感を肌で感じた。そんな彼女と視線を合わせるのも怖くて、縋るように振り返った。
『チサトさんには関係のないことです。私たちのことを何も知らない癖に、仲裁のつもりですか?』
対照的なほどに冷たい目だった。過去に向けりたこちらを嘲るような目ではない、もっと鋭くて明確な拒絶を示す視線に耐えられず、逃げるように私はその場を立ち去った。
──たいせつなんて、もうない
私が逃げ込んだのは、図書館だった。その日以来、数多ある書架を転々とし、誰と接することもなく日々をやり過ごしていた。授業に足を運ぶことは殆どなくなり、気がつけば年を跨ぎ、私は留年していた。
それで良かった。今は兎に角私を知っている誰かが居なくなるまで耐え忍びたかった。
『やぁ、はじめまして。君は今日から私の部下だ』
そんな事を言いながら無遠慮に私のいる部屋の扉を開け、その人は入ってきた。その人はズカズカと近づいてきて舐めまわすようにこちらを見、そして鼻で笑った。
『なんだ、儚げに見えるからと期待していたのに、私より遥かに強そうだな。時間が勿体ない。早く行くぞ』
何も分からぬままに手を引かれ、導かれたのは
『彼女は今日から私の秘書になる。よろしく頼むよミカ、ナギサ』
後に聞かされた話によると、私が不登校気味になった事へ心を痛めた親友達は仕事に身が入らず、簡単なミスも増えて大変不愉快であったらしい。
言葉も態度も不十分なままあのザマとは、本当に情けない、とその人はボヤいていた。
その人のことは嫌いだった。こちらの話を聞かず振り回すところも、他人の言葉足らずを指摘する癖に本人もほとんど何も言わないところも、不器用で、どうしようもないくらい優しいところも。
──嫌いに、なれたならよかったのに。
新しい仕事に慣れ、ぎこちなくも親友達と少しは話ができるようになってきていた矢先、その人は死んだ。私が他校へ出かけている隙に部屋ごと爆破され、そのまま命を落としてしまった。
トリニティに戻った私が見たのは、黒焦げた主の部屋と空の棺だった。骨も、肉も、何も残らなかったのだそうだ。
その棺の前に膝を折り、項垂れる私の瞳から涙が零れることはついぞなかった。ただ、主から与えられていた拳銃を自身のこめかみに当て、引き金を引いた。
主人公ができるまで、ダイジェストでした。