D.U.地区の放浪は、その後数十分で決着が着いた。水を買い求めて入店したコンビニでそれとなく話を振ったところ、道順を聞き出すことに成功したからだ。
見事に真逆の方向へ進んでいたことを苦笑されこそしたが、初めて来る客は迷うことも珍しくないのだと言う。
「この辺りはビルばっかりで地図アプリなしだと厳しいです。頑張ってくださいね」
そう言って送り出してくれた店員に感謝を伝えつつ、チサトはシャーレへと歩みを進める運びとなった。
既にシャーレへ申し伝えた時間とは一時間ほど遅れてしまっている為早足となったチサトは、漸く目的のビルへと辿り着いた。
受付はないからそのまま上がって欲しい旨は伝え聞いていた為、足を止めることなく中へ入りエレベーターのボタンを押す。その僅かな待ち時間に振り返れば、カフェテラスのような空間で学生達が談笑している光景が目に入る。
その中には、
(私達が苦労してきた事を、こんなに容易く)
先生と言われている存在がどのような人物であろうと、この景色を生み出しただけで十二分な成果だと断言出来る。
(コレが出来るなら私はキヴォトスを走り回らなくてよかったし、何校と渡りをつける必要すらもなかったことになってしまう)
考えが過ぎってしまえばそれを抑えようもない。一人思考に沈むチサトは、無意識のうちに到着したエレベーターに乗り込もうとしてちょうど出てきた男性にぶつかってしまう。
「あっ。申し訳ございません」
「こちらこそごめんね。大丈夫?」
「私はなんとも。考え事をしていたので前方への注意が疎かになっておりました」
「大丈夫だから、頭を上げて欲しいな」
頭を上げたチサトの前に立つ男性は、柔らかな表情で彼女と目を合わせた。初めて見るロボットでも獣人でもない存在に目を瞬かせていると後ろでエレベーターが閉まり、どこかへと行ってしまった。
「あぁ、ごめんね。急いでるみたいだったのに」
「問題はありません。ここに着いた時点で目的は半ば達せられておりますので。それに、残り半分もどうやら今達成できたようですし」
「目的?あぁ、ということは君が──」
更に三歩ほど後ろに下がり、ロングスカートの端をつまみ静かに膝を折る。先生にとってはあまりにも見覚えがあるが見たことはない光景だった。
「お初お目にかかります。トリニティ総合学園ティーパーティー所属、香黒チサトと申します。ホストである桐藤ナギサ様より、シャーレへの人員支援としてこの度派遣される運びとなりました。どうぞ宜しくお願いいたします」
◇
互いの挨拶も程々に、チサトと先生はカフェの一角に席を取って向かい合う形で座っていた。立ち話もなんだから、という先生側の提案だ。
「改めて、この度は大幅に到着が遅れてしまい申し訳ございませんでした」
「気にしないで。なにか事情があったんだよね?」
「お気遣い痛み入ります。大変お恥ずかしながら道に迷っておりました」
「ああ、わかるわかる。ここの地形癖が無さすぎて覚えられないよね。本当は迎えに行けたら良かったんだけど忙しくて、ごめんね」
「それこそお気になさらないでください。先生がご多忙なのは理解しております」
「それじゃあ、これでおあいこって事で。それで香黒さん──」
「チサト、で結構です。今後トリニティに赴いて頂いた際に苗字呼びでは不仲を疑われかねません」
「そういうもの?」
「ええ、そういうものです。特に先生は人を名前で呼ぶことが多いようでございますし、私とて一人の学生です。ですので扱いは同じように」
学生、と言うにはあまりにも落ち着きすぎているような気がするな、と思ったが口にはせず先生は代わりに他愛のない質問を続けていった。
そしてその全てに淡々と、過去の自身の話を交えながら答えていくチサト。嘘を
そして先生も、チサトとの会話の中で、明確にボカされている会話があることに気がついていた。だが、それにはあえて気付かぬフリをしたまま先生は話を続けていた。今この場において、先生にとって最重要なのは
「トリニティの制服って、みんなそういう服ってわけじゃないよね?なんでその、メイド服を?」
「あぁ、気になりますか。これは上司の趣味です。トリニティ内での公務と
「桐藤ナギサさんから?」
「いえ、直属の上司は別の方です。本当に変わり者のどうしようもない方ですよ」
酷い言葉の割に僅かに弾んだチサトの言葉、その端に僅かに感じた悲しみにはあえて触れず、先生は話題をズラしていった。
その後も幾つか質問を挟みつつ互いのカップが空になった頃、先生は本題を切り出した。
「チサト、君はどうして派遣されてきたの?聞いた限り君の役職は代替不可能だと思うんだけど」
「トリニティから先生への就任祝い、と捉えて頂いて構わないかと。若しくはティーパーティーから私への三行半なのかもしれません」
「……心当たりが?」
「そんな深刻に構えないでください。冗談ですよ。強いていえば先生への媚びです。これから先、貴方に助力を求める事があるかもしれない我々からの報酬の先払いです」
「……君はそれでいいの?」
「その問いに意味はありますか?」
「君の事について、無駄なことなんて何一つとしてないよ」
ナギサやハスミが聞けば大袈裟に首を縦に振るであろう、聞くものによっては羞恥心を招くような台詞を当然の如く言い切った先生に、チサトの目が見開かれた。そして同時に、僅かな納得を覚えた。周囲を見れば、まだ和気藹々と話をする学生たちが目に入る。
(この人であれば、こういう空間を作れるだろうな)
自分にもナギサにもない、こんなあけすけに優しい部分がきっと人を惹きつけるのだろう。それでいて、決して駆け引きができない訳でもない。必要な場面で必要な手札を切る強かさも持っている。
だが同時に、チサトとてただの子供ではない。数ある学校の中でも頭抜けて政争の多いトリニティにおいて後ろ盾もなく、その椅子に座ることすらなく派閥の代理的な長として据えられている紛れもない傑物だ。
「組織に所属するとは、得てしてそういうものです。私がその場にいることが、つまりそういうことです」
「それは────」
香黒チサトは名言しない。己の本音は今回の仕事には全く介在する余地などないからだ。ただ、先生の言葉には覚悟と信念、そして生徒への並々ならぬ感情を感じた。そこに一定の価値を見出したチサトはそれ故に言葉を濁した。
それは決して答えにはなっていない。それでも、この優しい大人はこれ以上の追求はしないだろうと、そんな確信がチサトにはあった。
果たして、先生は何も言わなかった。ただ静かにこちらを見つめる瞳に複雑な色があるのをチサトは見てとった。先生も同時に、チサトの瞳から様々な感情を読み取る。互いに互いの距離感を図り、先にその間を見切ったのはチサトだった。
「此度の茶会はお開きとしましょう、先生。お仕事が詰まっているのでは?」
「……うん、そうだね。そろそろ戻る時間だ」
「それでは、早速お手伝いしますよ」
「長旅で疲れてない?無理はしないでね」
そう言いながら立ち上がった先生は、片付けようとテーブルに視線を落として固まった。
つい先程まで目の前に置いていたはずのトレーは跡形もなく、それどころか使う前よりも綺麗になっている。
「……いつの間に掃除を?」
「先程申し上げた通り、私はトリニティの生徒会としての業務に加えて他校へのメッセンジャーを行っており、更には上司の身の回りの世話も行っていました。この程度の遠出、何も問題はございません。先生はご自身のお仕事のことだけ考えていて下さい」
「……はい」
先程話をしていた時とは比べ物にならない程の有無を言わせぬ圧力に、先生は同意することしか出来ないのだった。
この日、シャーレでの業務は定時の2時間前に終わり、先生はチサトの事務処理能力の高さに愕然とする事になった。
お気に入り3桁行きそうなら出そうかなと思ってた簡単な主人公紹介、投稿前に確認したら99名だったのでこちらに添付しておきます。
名前:香黒 チサト《こうこく チサト》
所属:トリニティ総合学園
学年:1年生
部活:ティーパーティー(サンクトゥス分派)
年齢:17歳
誕生日:8月7日
身長:170cm
体重:58kg
スリーサイズ:B83cm・W63cm・H81cm
身体的特徴:羽有り(天使の翼)、ケモ耳無し
趣味:ガーデニング、料理
その他特筆:白髪(膝丈まである)、錆色の羽(4枚)、紅の瞳