令和のモリアーティ   作:オッパッピー

10 / 15
File.10 選択という数式

八月三十一日。

 

夏休み最後の日。

 

阿笠博士の家。

 

コナンは机いっぱいに新聞記事を広げていた。

 

未解決事件。

 

解決事件。

 

傷害未遂事件。

 

一枚ずつ並べ、共通点を探していく。

 

「新一」

 

阿笠博士がコーヒーを持ってくる。

 

「まだ調べとるのか」

 

「ああ」

 

コナンは資料から目を離さなかった。

 

「ずっと引っ掛かってる」

 

「何がじゃ?」

 

コナンは傷害未遂事件の記事を指差した。

 

「この人」

 

「完全犯罪を実行できる準備をしてた」

 

「なのに最後で止まった」

 

「普通なら失敗したと考える」

 

「でも違う気がするんだ」

 

博士は静かに耳を傾ける。

 

「もし設計者が、本当に犯罪だけを望んでるなら」

 

「最後までやらせるはずなんだ」

 

「……」

 

「でも、そうじゃなかった」

 

コナンは腕を組んだ。

 

「設計者は、命令してるんじゃない」

 

「選ばせてる」

 

その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。

 

証拠はない。

 

ただ、これまでの記事を読み続けた先に辿り着いた一つの仮説だった。

 

「だけど……」

 

「証明できない」

 

コナンは記事を閉じた。

 

「推理だけじゃ意味がない」

 

「証拠がなきゃ、何も始まらない」

 

---

 

同じ頃。

 

小西浩平は帝丹高校の数学準備室にいた。

 

夏休みが終われば二学期が始まる。

 

試験範囲。

 

授業計画。

 

小テスト。

 

黙々と準備を進めていく。

 

「小西先生」

 

椎名が新しい教材を机へ置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「二学期も忙しくなりますね」

 

「ああ」

 

短く答える。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「工藤新一については」

 

椎名が小声で尋ねる。

 

「変化なし」

 

小西は資料を閉じる。

 

「六月から情報は止まったままだ」

 

「ならば」

 

「今までどおりだ」

 

「事実だけを積み重ねる」

 

「それだけだ」

 

椎名は静かに頷いた。

 

未来を知っている小西でさえ、証明できないことでは動かない。

 

それは何年経っても変わらない信条だった。

 

---

 

夜。

 

ライフ・ライン。

 

今日も数十件の電話が寄せられていた。

 

しかし、小西の回線へ転送された相談は一件もない。

 

「珍しいですね」

 

椎名が管理画面を見つめる。

 

「ああ」

 

小西は穏やかに答えた。

 

「何も起きない日が一番いい」

 

管理画面を閉じる。

 

静かな部屋に時計の針だけが響く。

 

---

 

翌朝。

 

九月一日。

 

始業式。

 

久しぶりに生徒たちの声が校舎へ戻ってくる。

 

小西は教壇へ立ち、静かに教室を見渡した。

 

夏休みが終わっても、あの席だけは空いている。

 

六月から変わらない空席。

 

その席を一瞬だけ見つめ、小西は何事もなかったように出席簿を開いた。

 

「出席を取る」

 

その姿を見ている者はいない。

 

そしてその頃、帝丹小学校では江戸川コナンもまた、新しい学期を迎えていた。

 

二人は同じ空の下で、それぞれの日常を歩み続ける。

 

まだ互いの存在を知らないまま。

 

しかし、運命の歯車は静かに回り始めていた。

 

二学期。

 

それは二人の天才が、初めて交差へ向かう季節の始まりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。