八月三十一日。
夏休み最後の日。
阿笠博士の家。
コナンは机いっぱいに新聞記事を広げていた。
未解決事件。
解決事件。
傷害未遂事件。
一枚ずつ並べ、共通点を探していく。
「新一」
阿笠博士がコーヒーを持ってくる。
「まだ調べとるのか」
「ああ」
コナンは資料から目を離さなかった。
「ずっと引っ掛かってる」
「何がじゃ?」
コナンは傷害未遂事件の記事を指差した。
「この人」
「完全犯罪を実行できる準備をしてた」
「なのに最後で止まった」
「普通なら失敗したと考える」
「でも違う気がするんだ」
博士は静かに耳を傾ける。
「もし設計者が、本当に犯罪だけを望んでるなら」
「最後までやらせるはずなんだ」
「……」
「でも、そうじゃなかった」
コナンは腕を組んだ。
「設計者は、命令してるんじゃない」
「選ばせてる」
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。
証拠はない。
ただ、これまでの記事を読み続けた先に辿り着いた一つの仮説だった。
「だけど……」
「証明できない」
コナンは記事を閉じた。
「推理だけじゃ意味がない」
「証拠がなきゃ、何も始まらない」
---
同じ頃。
小西浩平は帝丹高校の数学準備室にいた。
夏休みが終われば二学期が始まる。
試験範囲。
授業計画。
小テスト。
黙々と準備を進めていく。
「小西先生」
椎名が新しい教材を机へ置いた。
「ありがとうございます」
「二学期も忙しくなりますね」
「ああ」
短く答える。
しばらく沈黙が続いた。
「工藤新一については」
椎名が小声で尋ねる。
「変化なし」
小西は資料を閉じる。
「六月から情報は止まったままだ」
「ならば」
「今までどおりだ」
「事実だけを積み重ねる」
「それだけだ」
椎名は静かに頷いた。
未来を知っている小西でさえ、証明できないことでは動かない。
それは何年経っても変わらない信条だった。
---
夜。
ライフ・ライン。
今日も数十件の電話が寄せられていた。
しかし、小西の回線へ転送された相談は一件もない。
「珍しいですね」
椎名が管理画面を見つめる。
「ああ」
小西は穏やかに答えた。
「何も起きない日が一番いい」
管理画面を閉じる。
静かな部屋に時計の針だけが響く。
---
翌朝。
九月一日。
始業式。
久しぶりに生徒たちの声が校舎へ戻ってくる。
小西は教壇へ立ち、静かに教室を見渡した。
夏休みが終わっても、あの席だけは空いている。
六月から変わらない空席。
その席を一瞬だけ見つめ、小西は何事もなかったように出席簿を開いた。
「出席を取る」
その姿を見ている者はいない。
そしてその頃、帝丹小学校では江戸川コナンもまた、新しい学期を迎えていた。
二人は同じ空の下で、それぞれの日常を歩み続ける。
まだ互いの存在を知らないまま。
しかし、運命の歯車は静かに回り始めていた。
二学期。
それは二人の天才が、初めて交差へ向かう季節の始まりだった。