九月上旬。
二学期が始まって一週間。
帝丹高校では、文化祭の実行委員を決めるホームルームが行われていた。
数学の授業を終えた小西浩平は、教卓の上に教科書を閉じる。
「来週、小テストを行う」
「範囲は今日までの内容だ」
教室のあちこちから小さなため息が漏れる。
「先生、早すぎますよ」
一人の男子生徒が苦笑しながら言った。
「夏休み明けだからこそだ」
小西は淡々と答える。
「忘れた知識は、早いうちに思い出した方がいい」
歯に衣着せぬ物言いだったが、生徒たちはすっかり慣れていた。
「はいはい」
「勉強しますよ」
教室には笑いが広がる。
小西は軽く頷くと、教室を後にした。
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昼休み。
職員室。
椎名小春が教材を整理している小西へ声を掛ける。
「小西先生、お疲れさまです」
「ありがとう」
椎名は静かに腰を下ろした。
「工藤新一くんについてですが」
「新しい情報はありません」
「そうか」
小西はそれ以上尋ねなかった。
新聞。
雑誌。
公開情報。
調査会社から届く報告。
どれも六月以降は空白のままだった。
「焦る必要はない」
小西は書類を閉じる。
「証拠は、集め続ければ必ず積み上がる」
「途中式を飛ばした数式は、必ずどこかで破綻する」
「僕は、その破綻を待てばいい」
椎名は小さく微笑んだ。
「小西先生らしいですね」
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同じ頃。
阿笠博士の家。
学校帰りのコナンは、ノートへ事件を整理していた。
博士が麦茶を差し出す。
「今日は事件はなかったようじゃな」
「ああ」
コナンは頷いた。
「でも、気になることがある」
新聞記事を一枚取り出す。
「最近の犯人ってさ」
「捕まった後、みんな同じことを言うんだ」
博士が記事を読む。
『自分で決めました。』
『誰の指示でもありません。』
『私一人でやりました。』
似たような供述が並んでいる。
「普通なら」
コナンが静かに言う。
「誰かに利用されたなら、その相手を恨む」
「でも誰もそう言わない」
「まるで……」
言葉を選ぶように沈黙する。
「誰かを庇ってるみたいなんだ」
博士は腕を組む。
「その誰か、というのが設計者か」
「まだ分からない」
コナンは首を横へ振る。
「でも、事件の犯人じゃない」
「少なくとも、人を脅して利用するような奴じゃない気がする」
証拠はない。
それでも、積み重ねた事実から見えてきた輪郭だった。
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夜。
ライフ・ライン。
今日、小西の回線へ転送された相談は二件。
一件は家族間の金銭問題。
もう一件は職場の人間関係だった。
どちらも復讐へ至る段階ではない。
「一般オペレーターへ戻してください」
「承知しました」
椎名が操作を終える。
管理画面には、新たな着信は表示されない。
「静かですね」
「ああ」
小西は穏やかに答える。
「事件が起きないなら、それでいい」
静かな部屋。
時計の秒針だけが時を刻んでいた。
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窓の外では、秋の気配を含んだ風が吹き始めていた。
帝丹高校では数学教師としての日常。
帝丹小学校では小学生としての日常。
二人はまだ互いを知らない。
しかし、一人は「証拠」を積み重ね。
もう一人もまた「証拠」を積み重ねていた。
お互いへ向かいながら、まだ交わることのない二本の線。
その交点は、少しずつ近づいていた。