令和のモリアーティ   作:オッパッピー

13 / 15
File.13 数式の目撃者(後編)

悲鳴を聞いた店員や買い物客が一斉に集まる。

 

床には一人の男性が倒れていた。

 

口元には白い泡が浮かび、すでに意識はない。

 

「離れてください!」

 

店員が必死に人垣を下げる。

 

蘭は思わず駆け寄ろうとするが、小西が静かに声を掛けた。

 

「毛利さん」

 

「現場へ近付かない方がいい」

 

「証拠を壊す可能性があります」

 

蘭ははっとして足を止めた。

 

「……はい」

 

数分後、救急隊と警察が到着する。

 

救急隊員が男性を確認すると、小さく首を横へ振った。

 

「死亡を確認しました」

 

その言葉で、店内の空気が一変する。

 

やがて現場へ駆け付けた目暮警部が周囲を見回した。

 

「事件です!」

 

「全員、その場から動かないでください!」

 

高木刑事と千葉刑事が買い物客への聞き取りを始める。

 

やがて事情聴取は小西たちの順番になった。

 

「お名前をお願いします」

 

「帝丹高校教師、小西浩平です」

 

「同じく帝丹高校教師、椎名小春です」

 

目暮警部が目を丸くする。

 

「先生でしたか」

 

事情を聞き終えたところで、小西は静かに店内を見回した。

 

(……このままでは長引く)

 

(万が一にも疑いを掛けられたくない)

 

小さく息を吐く。

 

「目暮警部」

 

「何でしょう」

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「どうぞ」

 

「被害者が倒れる直前のレジの防犯カメラは確認されましたか」

 

目暮警部は高木刑事を見る。

 

「いや、まだですが……」

 

「では、先に確認してください」

 

「それと」

 

小西は床に転がる買い物かごへ目を向けた。

 

「被害者が最後に口へした物を全て確認してください」

 

「飲み物だけではありません」

 

「試食も含めてです」

 

目暮警部は目を見開いた。

 

「試食……?」

 

高木刑事が店員へ確認に向かう。

 

数分後、慌てた様子で戻ってきた。

 

「目暮警部!」

 

「被害者は倒れる数分前に、食品売り場で試食をしています!」

 

「何っ!」

 

店内がざわつく。

 

蘭も驚いた表情で小西を見つめていた。

 

(どうして……)

 

(まだ誰も話していないのに)

 

小西は淡々と続ける。

 

「被害者の買い物かごには調味料が多い」

 

「夕食の買い物としては不自然です」

 

「献立を考えていたなら、生鮮食品も入っているはずです」

 

「つまり」

 

「店内で試食をしながら商品を選んでいた可能性が高い」

 

高木刑事が頷く。

 

「確かに……」

 

「試食コーナーの映像も確認しました!」

 

「被害者と接触した店員が映っています!」

 

やがて鑑識から報告が入る。

 

「試食用のつまようじから毒物を検出しました!」

 

目暮警部は大きく頷く。

 

「犯人は試食担当の店員か!」

 

その後の事情聴取で、店員は犯行を認めた。

 

被害者は以前勤めていた会社の上司で、長年のパワーハラスメントによって家族を失っていたのだった。

 

事件は解決した。

 

帰り際。

 

目暮警部が小西へ深々と頭を下げる。

 

「小西先生、ご協力ありがとうございました。おかげで助かりました」

 

小西は小さく首を振る。

 

「私も現場に居合わせた以上、疑いを晴らしたかっただけです」

 

「それでは」

 

そう言って買い物かごを持ち上げる。

 

「椎名先生」

 

「あとは買い物を済ませましょう」

 

「はい」

 

二人は何事もなかったかのように歩き出した。

 

その後ろ姿を、蘭は呆然と見つめていた。

 

(すごい……)

 

(まるで新一みたい)

 

事件現場を一目見ただけで、本質へ辿り着く洞察力。

 

それは高校教師とは思えないほど鋭かった。

 

蘭は知らない。

 

この日目撃した数学教師が、これから自分たちの運命へ深く関わっていく人物であることを。

 

そして小西もまた知らない。

 

今日の出来事が、やがて自分と名探偵を結ぶ、小さなきっかけになることを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。