悲鳴を聞いた店員や買い物客が一斉に集まる。
床には一人の男性が倒れていた。
口元には白い泡が浮かび、すでに意識はない。
「離れてください!」
店員が必死に人垣を下げる。
蘭は思わず駆け寄ろうとするが、小西が静かに声を掛けた。
「毛利さん」
「現場へ近付かない方がいい」
「証拠を壊す可能性があります」
蘭ははっとして足を止めた。
「……はい」
数分後、救急隊と警察が到着する。
救急隊員が男性を確認すると、小さく首を横へ振った。
「死亡を確認しました」
その言葉で、店内の空気が一変する。
やがて現場へ駆け付けた目暮警部が周囲を見回した。
「事件です!」
「全員、その場から動かないでください!」
高木刑事と千葉刑事が買い物客への聞き取りを始める。
やがて事情聴取は小西たちの順番になった。
「お名前をお願いします」
「帝丹高校教師、小西浩平です」
「同じく帝丹高校教師、椎名小春です」
目暮警部が目を丸くする。
「先生でしたか」
事情を聞き終えたところで、小西は静かに店内を見回した。
(……このままでは長引く)
(万が一にも疑いを掛けられたくない)
小さく息を吐く。
「目暮警部」
「何でしょう」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「被害者が倒れる直前のレジの防犯カメラは確認されましたか」
目暮警部は高木刑事を見る。
「いや、まだですが……」
「では、先に確認してください」
「それと」
小西は床に転がる買い物かごへ目を向けた。
「被害者が最後に口へした物を全て確認してください」
「飲み物だけではありません」
「試食も含めてです」
目暮警部は目を見開いた。
「試食……?」
高木刑事が店員へ確認に向かう。
数分後、慌てた様子で戻ってきた。
「目暮警部!」
「被害者は倒れる数分前に、食品売り場で試食をしています!」
「何っ!」
店内がざわつく。
蘭も驚いた表情で小西を見つめていた。
(どうして……)
(まだ誰も話していないのに)
小西は淡々と続ける。
「被害者の買い物かごには調味料が多い」
「夕食の買い物としては不自然です」
「献立を考えていたなら、生鮮食品も入っているはずです」
「つまり」
「店内で試食をしながら商品を選んでいた可能性が高い」
高木刑事が頷く。
「確かに……」
「試食コーナーの映像も確認しました!」
「被害者と接触した店員が映っています!」
やがて鑑識から報告が入る。
「試食用のつまようじから毒物を検出しました!」
目暮警部は大きく頷く。
「犯人は試食担当の店員か!」
その後の事情聴取で、店員は犯行を認めた。
被害者は以前勤めていた会社の上司で、長年のパワーハラスメントによって家族を失っていたのだった。
事件は解決した。
帰り際。
目暮警部が小西へ深々と頭を下げる。
「小西先生、ご協力ありがとうございました。おかげで助かりました」
小西は小さく首を振る。
「私も現場に居合わせた以上、疑いを晴らしたかっただけです」
「それでは」
そう言って買い物かごを持ち上げる。
「椎名先生」
「あとは買い物を済ませましょう」
「はい」
二人は何事もなかったかのように歩き出した。
その後ろ姿を、蘭は呆然と見つめていた。
(すごい……)
(まるで新一みたい)
事件現場を一目見ただけで、本質へ辿り着く洞察力。
それは高校教師とは思えないほど鋭かった。
蘭は知らない。
この日目撃した数学教師が、これから自分たちの運命へ深く関わっていく人物であることを。
そして小西もまた知らない。
今日の出来事が、やがて自分と名探偵を結ぶ、小さなきっかけになることを。