令和のモリアーティ   作:オッパッピー

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名探偵コナンのトリックの中には、さすがに無理があるという物も混じっています。


File.2 悪魔の証明

冷たい。

 

全身から少しずつ熱が失われていく。

 

薄暗い独房。

 

錆びた鉄格子。

 

湿ったコンクリートの床。

 

小西浩平は痩せ細った身体を簡素なベッドへ横たえ、静かに天井を見つめていた。

 

神奈川毒物カレー事件。

 

日本中を震撼させた大量殺人事件。

 

その犯人として逮捕され、死刑判決を受けて十数年。

 

何度も冤罪を訴えた。

 

何度も再審請求を行った。

 

しかし、誰一人として耳を貸さなかった。

 

警察は証拠を信じた。

 

裁判所は判決を信じた。

 

そして何より、人々は名探偵の推理を信じた。

 

「……〇〇 〇〇」

 

乾いた唇から、その名だけが漏れる。

 

怒りなのか。

 

憎しみなのか。

 

あるいは、理不尽への諦めなのか。

 

自分でも分からなかった。

 

「俺は……やっていない……」

 

かすれた声は、誰にも届かない。

 

独房には、自分の呼吸だけが静かに響いている。

 

(これで終わりか)

 

誰にも信じてもらえず。

 

誰にも救われず。

 

冤罪のまま人生を終える。

 

そんな結末だけは受け入れられなかった。

 

視界がゆっくりと白く霞み始める。

 

身体から力が抜けていく。

 

(せめて……)

 

(もう一度だけ……)

 

(人生を……)

 

そこで意識は途切れた。

 

---

 

「っ!」

 

小西は勢いよく目を開いた。

 

荒い呼吸。

 

額には冷や汗が滲んでいる。

 

見慣れた寝室。

 

静かな朝だった。

 

しばらく天井を見つめたまま呼吸を整える。

 

「……また、この夢か」

 

いや。

 

夢ではない。

 

自分が確かに生き、そして死んだ未来の記憶だった。

 

小西はゆっくりと身体を起こし、窓の外を見る。

 

朝日が街を照らしている。

 

平和な日常。

 

あの日、二度と見ることはないと思っていた景色だ。

 

「もう何年経っても、忘れられないか」

 

静かに呟く。

 

忘れるはずがない。

 

あの日々が、今の自分を作ったのだから。

 

---

 

朝食を済ませ、黒いスーツへ袖を通す。

 

伊達眼鏡を掛けると、鏡の中にはいつもの帝丹高校の数学教師・小西浩平が映っていた。

 

「……」

 

鏡を見つめながら、タイムリープした直後のことを思い返す。

 

最初は理解できなかった。

 

死んだはずの自分が、高校一年生の春へ戻っていた。

 

家族がいた。

 

友人がいた。

 

自由に歩ける街があった。

 

そのすべてが眩しかった。

 

何日も泣いた。

 

未来は悪夢だったのではないかと思おうとした。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

ニュースで流れる事件。

 

街で起きる事故。

 

未来で知っていた出来事が、一つ残らず現実になっていく。

 

その瞬間、理解した。

 

(時間が戻った)

 

(俺は人生をやり直している)

 

最初に考えたのは、未来を変えることだった。

 

真犯人を警察へ突き出す。

 

未来を話す。

 

自分の冤罪を防ぐ。

 

だが、どれだけ考えても結論は変わらない。

 

証拠がない。

 

未来を知っているなど、誰も信じない。

 

未来の自分を救ってくれる者はいない。

 

ならば、自分で未来を変えるしかない。

 

小西は決意した。

 

正義に期待することをやめる、と。

 

生きるためなら、悪人になっても構わない。

 

まず、自ら電話相談サイト『ライフ・ライン』を立ち上げた。

 

表向きは悩み相談窓口。

 

しかしそれは、本物の絶望だけを選別し、相談者へ完全犯罪の設計図を授ける犯罪相談窓口。

 

最初は自分一人で窓口をしていたが、ビジネスとして回り始めたことで徐々に規模を広げていった。

 

そして、相談者が起こした事件を隠れ蓑にしながら、自分を冤罪へと追い込む未来に関わった人間の現在の居場所を、一人ずつ調べ上げていった。

 

真犯人。

 

捜査を誤る警察官。

 

誤判を下す裁判官。

 

そして、未来で自分を犯人と断定した名探偵。

 

未来を変えるため、小西は盤上の駒を静かに動かし始めた。

 

その卓越した頭脳は、やがて黒の組織のナンバー2・ラムの目にも留まる。

 

「組織へ来い」

 

その一言が、小西の人生を再び大きく変えた。

 

表では教師として教壇に立ち。

 

裏では黒の組織のブレイン「コニャック」として暗躍する。

 

すべては、二度とあの独房へ戻らないため。

 

すべては、生き抜くため。

 

小西はネクタイを締め直し、伊達眼鏡の位置を整えた。

 

「……同じ未来には、絶対にしない」

 

その静かな決意を胸に、数学教師・小西浩平として、新たな一日が始まるのだった。




冤罪の恐ろしさを少しでも感じて頂けたでしょうか。
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