令和のモリアーティ   作:オッパッピー

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この作品のコンセプトは圧倒的な巨悪とコナンの頭脳戦です。


File.5 選別

七月中旬。

 

夜の帳が下りた頃、小西浩平は自宅の書斎でパソコンの電源を入れた。

 

黒いスーツを脱ぎ、伊達眼鏡も外している。

 

教師としての一日を終えた今からが、もう一つの仕事の始まりだった。

 

画面には『ライフ・ライン』の管理画面が表示される。

 

相談件数――五十七件。

 

そのうち四十九件は一般オペレーターへ自動転送済み。

 

残る八件だけが、小西自身による確認対象だった。

 

「今日も多いですね」

 

黒いルームウェア姿の椎名小春が、冷たいアイスコーヒーを机へ置く。

 

「ありがとう」

 

小西は礼を言い、受話器を手に取った。

 

最初の相談者は、勤務先への不満を口にする男性だった。

 

小西は数分間話を聞くと、静かに通話を終える。

 

「一般オペレーターへ戻してください」

 

「承知しました」

 

続く相談者は、近隣住民との騒音トラブル。

 

三人目は金銭問題。

 

どれも殺意には至っていない。

 

小西は感情を交えず、淡々と振り分けていく。

 

「先生」

 

椎名が静かに尋ねる。

 

「どのような基準で選別されているのですか」

 

小西は画面から目を離さないまま答えた。

 

「憎しみではない」

 

「絶望だ」

 

「怒りだけなら、人は時間と共に忘れる」

 

「だが、絶望は違う」

 

「人は何かを失った時、本当に壊れる」

 

椎名は静かに頷く。

 

「だからこそ、本物だけを相手にするのですね」

 

「ああ」

 

「嘘を見抜くためだけではない」

 

「救えない人間を見極めるためでもある」

 

その時、一件の回線が転送されてきた。

 

『……もしもし。』

 

若い男の声だった。

 

震えている。

 

「お話を伺います」

 

『娘が……いじめで、殺されました。』

 

小西は目を閉じる。

 

声色。

 

呼吸。

 

沈黙。

 

そこに演技はない。

 

『警察は事故だって言いました。』

 

『学校も何もしてくれませんでした。』

 

『私は、どうすればいいんでしょう。』

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて小西は静かに口を開いた。

 

「まずは、すべてを話してください」

 

「それから、一緒に考えましょう」

 

相談者は嗚咽を漏らしながら語り始めた。

 

小西は最後まで一言も遮らず、耳を傾け続ける。

 

---

 

通話を終えると、小西はヘッドセットを外した。

 

「小春」

 

「はい」

 

「身辺調査を始めてくれ」

 

「相手方全員ですか」

 

「ああ」

 

「相談内容に虚偽はなかった」

 

「復讐へ至る可能性は高い」

 

椎名はメモを取りながら頷く。

 

「いつもの手順で進めます」

 

「頼んだ」

 

それだけ言うと、小西は椅子へ深く腰掛けた。

 

「小西先生」

 

「どうした」

 

「もし、この方が最後まで復讐を決断できなかったら」

 

小西は少しだけ考えた。

 

「その時は、それでいい」

 

「犯罪は勧めるものではない」

 

「選ぶのは、最後まで本人だ」

 

その言葉に嘘はなかった。

 

ライフ・ラインは犯罪を強制する場所ではない。

 

選択肢を与える場所だった。

 

---

 

翌朝。

 

帝丹高校。

 

いつものように黒いスーツへ袖を通した小西は教壇に立つ。

 

黒板へ数式を書き始める姿は、昨夜の電話相談とはまるで別人だった。

 

生徒たちにとっては、少し口は悪いが授業の上手い数学教師。

 

その裏で、日本中の絶望へ耳を傾ける男であることを知る者は、椎名小春ただ一人だった。

 

そしてこの日もまた、誰にも知られぬまま、一つの運命が静かに動き始めていた。

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